NPO法人日本サーバント・リーダーシップ協会

過去の活動


「サーバントリーダーシップ 入門講座 東京」開催のご報告

2017年10月4日(水)、東京で「サーバントリーダーシップ 入門講座」を開催いたしました。

本講座はサーバントリーダーシップとは何かを理事長の真田と共に学ぶ初心者の方向けの講座です。
当日は企業で勤務さている方や自衛隊、少年院にお勤めの方など様々な分野の方々にご参加頂き、意見交換を行いました。



ご参加頂いた方からは「ワークを通じてサーバントリーダーに必要なことは何かを考えることができて良かった」「様々な分野の方々が同じような問題意識を持っていることに気付けた」といったお声を頂きました。

今後も様々なテーマの勉強会を開催予定です。ご興味のある方は、ご参加下さい。
※今後の開催情報はこちらから

『1分間マネジャー』著者 無料オンラインサミット情報

『1分間マネジャー』で有名なケン・ブランチャード氏は、
サーバントリーダーシップの普及に熱心に取り組んでいます。
この度彼が新著「Self Leadership & The One Minute Manager Revised Edition※」の
発売にあたり、そのキャンペーンを含めサーバントリーダーシップの
オンライントレーニングサミットを無料で公開するとのことです。

※2005年発売タイトルの改訂版

英文のページにはなりますが、ご興味のある方はご覧ください。
詳細はこちら

第24回東京読書会 開催報告

第二期第24回(通算第79回) 東京読書会開催報告
日時:2017年9月22日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期東京読書会は、前回から第8章「サーバント・リーダー」に入っています。前回は、グリーンリーフが壮年期に出会い、その知識と行動とそれを裏付ける人間性に強く魅かれた同世代のユダヤ教神学者、アブラハム・ヨシュア・ヘシェルの評伝を会読しました。今回から、若いグリーンリーフが通ったカールトン大学の学長ドナルド・ジョン・カウリングの評伝を会読します。20世紀の前半、37年の長きにわたって学長としてカールトン大学の発展を支えたカウリングに、グリーンリーフは在学中のみならず卒業後も関係を保ち、多くの影響を受けています。学長の座にある間、自らが理想とする大学を目指して注力し続けたカウリングの人となり、そしてその前半生と学内でのエピソードをグリーンリーフは鮮やかに描いていきます(今回の会読範囲、p.409 10行目からp.421、9行目まで)



【会読範囲の紹介】
[ドナルド・ジョン・カウリング - 偉人の生き方](第1回)
・グリーンリーフはこの評伝を、若い彼が偉大な生涯を送りたいと望んでいた時に出会い心を揺さぶられたダニエル・バーナムの次の格言で始めました。「小さな計画など立ててはならない。そんな計画に人の血を騒がすような魔力はなく、その計画自体おそらく実現しない」。そのグリーンリーフがカールトン大学で出会ったのが大学の学長でその人生の全盛期にあったドナルド・ジョン・カウリングでした。グリーンリーフは1926年度のカールトン大学卒業生ですから、カウリングとの最初の出会いは1920年代の前半と思われます。
・グリーンリーフのカウリングの印象は、「自分の個性にふさわしい生き方をしっかり選択(中略)直面している状況を打破できる強烈な個性を、存分に発揮(中略)彼はその生き方を維持したまま、驚くほど建設的な長い人生を歩んだ。」というものでした。
・カウリングは、1909年から1945年にかけて、ミネソタ州ノースフィールドのカールトン大学学長の座にありました。36年の学長の任期の間、カウリングは1866年に設立された同大学の立て直しに腐心し、そして21世紀の現在、同大学は米国アイビー・リーグ校に匹敵するスコアを記録する上位校としてその名を世界にとどろかせています。
・本書では少し戻った個所の記述ですが、カウリングは、あまり人好きの性格ではなかったのか、周囲の評判は必ずしも高くはなかったようです。グリーンリーフは、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの「(前略)想像力をたくましくし、直接的な経験と関連付けなければ、言葉の意味は理解できない」という格言を引用しつつ、グリーンリーフが見たカウリング像を伝える、とわざわざ断りを入れています。
・カウリングの表面的な印象は、前述の通り「お高く留まった無口な男で、愛想も悪く、とはいえ節度はあったが、ファースト・ネームで呼び合える友人は少なかった」というものです。グリーンリーフは、学内のいろいろなことに関与することで、カウリングとの関係が深まり、その中で、周囲に知られていない彼の本質である「深い洞察力を備えた、話の分かる優しい人で、開花すべき人間の精神の自由について確固とした信念を持っていた」ことに気がつきます。グリーンリーフは、表面的な付き合いでは彼のことはわからず、それどころか「人は善と悪の両方を備えて生きてこそ、人生を心から楽しみ、その意味を理解できる。そのことを私はカールトン大学で学長(注、カウリング)から学んだ」とまで述べています。
・学生時代からカウリングと交友のあったグリーンリーフですが、その関係は、彼の卒業後に深まります。お互いの議論は時に白熱し、グリーンリーフは、自らの若気の至りの発言で、カウリングとの関係が壊れたと覚悟したことや、逆に保守的なカウリングに愛想をつかしかけたことなどもあるなど、遠慮なく本音を戦わせる関係がグリーンリーフにカウリングをサーバントリーダーと認識させる根拠となったと思われます。
・「カウリングは保守的な人だったが、どんなに考えが合わない相手であっても、人の才能は高く評価した」。人間の性質がしばしば「合理的に可能だと判断できるとき、どの分野の大人たちも非常に独断的になる(p.412-p.413)」と考えるグリーンリーフが、カウリングを高く評価する根拠となっています。カールトン大学でも多くの教授が社会の風潮や表面的な評価といったことを乗り越えて、カウリングによって採用されました。
・ミネソタ州のキリスト教の大学のひとつに過ぎなかったカールトン大学は、カウリングの36年におよぶ尽力により、リベラルアーツの牙城としての地位を築いていきます。グリーンリーフは、カウリングをビルダー(組織の創設者)と認め、「今日ほど教育の質が問題視されていない時代に、彼は良質な組織を築こうとしていた。当時の基準に合わせて教育の質を追求しただけでなく(彼は「西のダートマス大学」を作りたいと言っていた)、その基準をはるかに超えるものを作ろうとしていたのだ」「カウリングは責任感の強い人物の典型だった。最善を尽くさねばならないという義務感を持っていた」と高く評価しています。
・カウリングは1880年8月21日、英国のコーンウォール州トレヴァルガに靴職人の父、ジョン・P・カウリングと裕福な農家の生まれの母メアリー・K・(スティーブン)・カウリングの間に生まれました。夫婦の身分差などが原因の一つとなって、一家は1882年ごろに米国ペンシルヴァニアに移住、カナダへの移転などを経験して、同地に落ちつきました。
・使徒伝道者でもあった父の影響でカウリングは敬虔な信仰心を持っていました。また自由への情熱と不屈の精神も父親から受け継ぎ、貧しい家庭の中で自ら働いて学費を稼ぎつつ、猛烈に勉強しました。学業の傍らでコネティカット州の教会の祭司を務めるなど、その生活ぶりをグリーンリーフは過酷と評しています。しかしながらカウリングはその境遇にあってもユーモアのセンスを持ち続けたそうです。
・幼いころからキリスト教の教えに親しんだカウリングにとって、宗教は彼の人格の中核を形成しています。それだけではなくイェール大学で神学を学んだ経験から、彼は宗教に対して教条主義的ではないリベラルな姿勢を持っていました。グリーンリーフは、「人間は敬虔から学ぶ生き物だ - 必ずしも、経験のしもべになる必要もなければ、経験に拘束される必要もない。終始一貫した生き方が形作られるとき、ドナルド・カウリングがそうであったように、あらゆる貴重な経験が、その生き方に組みこまれる」と述べています。
・1906年にカンザス州のベーカー大学の哲学と聖書学の助教授として招聘されたカウリングは、イェール大学時代の学友でありカールトン大学の卒業生であるマリオン・リロイ・バートン博士の提案で、カールトン大学に学長として招かれ、1909年にその座に就きます。若くして学長となったカウリングは、緊張の中で、自分がカールトン大学のすべての責任者であると自覚し、その心構えで仕事に臨みました。校舎は設備の建設と整備、教職員の雇用と人事、学生の問題など。その几帳面な性格は学内の農場の搾乳小屋のデザインを設計士とやり取りする中で、搾乳小屋の特徴を綿密に調べ尽くすといった行動に現れました。グリーンリーフもカールトン大学の礼拝堂の美しいステンドグラスや床のイタリア製のタイルがカウリングの配慮と愛情の成果であることに、改めて感銘し、学生たちに、これらを注意深く見てほしいと訴えています。
・グリーンリーフは、カウリングが「徹底的なまでに‘責任感をもって’自分の仕事にのぞむ姿勢」について、二つのエピソードを挙げています。一つは、学内で作業員が理事の指示で植木を切ろうとしていたところに遭遇したカウリングが、今後は植木の伐採に至るまで自分の意思に基づくように学内に命じたこと。もう一つは植物学の教員が作る展示用ケースの寸法を自ら測り、その良否を確認したことでした。



【会読参加者による討議】
・この評伝の中で、グリーンリーフは19世紀の米国の哲学者、ラルフ・ウォルド・エマソンの「一つの制度(an institution)は一人の人間の長く伸びた影だ」という言葉を引用しつつ、グリーンリーフが卒業したカールトン大学をカウリング学長の影と表現している(日本語版、p.411) 直接的にはエマソンの言葉だが、制度を人の影と定義していることに興味を覚えた。ここで人というのは、リーダーに位置にある人と思うが。
・影という限りは、会社などの組織のさまざまな現象のどこを取り上げるか、どの方向から見るか、といったことが影自体と同じく重要だろう。この点があいまいだと複数の制度、過度に複雑化した制度など目的を見失ったものが作られがちである。
・言葉の定義となるが、制度(institution)の意味は、仕組みやシステムといったものから事業と広くとらえることができる。人間の影という定義に沿えば、iPhoneはスティーブ・ジョブズの影ともいえる。影自体は現象であり、実態があるのは光の方かもしれない。
・はたして制度というものが社会における前提条件なのかを考えたい。制度がなくとも人間社会は形成できるのではないか。言い換えれば、制度ありきで人間社会が形成されるのか。人々のつながりの中で、さまざまな必要が生じて合意を形成した結果が制度なのではないか。その視点に立つと、人々のつながりや関係性の方がより重要であり、制度は結果に過ぎないように感じる。
・前の章の「教会におけるサーバント・リーダーシップ」にあるクエーカー教徒向けの雑誌投稿「二十世紀後半に求道者となること」の中に興味深い記述がある。一つは米国社会哲学者リチャード・B・グレッグの投引用で、「キリスト教は人間の共同体が持つ理想を、社会的なプログラムに組みこむ手だてを持つ必要がある」というもの(日本語版、p.357)、もう一つはこの投稿の最後に記された芭蕉の「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ」だ(日本語版、p.359)。社会を変えるには理念や理想を語るだけではなく、それを制度という形にしなければならない。またその制度に依拠する人たちも制度の表面的なことをなぞるだけではなく、その制度が求めている理念を認識して、自身の行動と対照して確認していく必要があると考える。
・リーダーの思い、つまり思い描くビジョンとそこへ導こうというミッション。それが具現化したということだろう。
・制度はとかく硬直化しやすい。現場が自主性を持つことができる緩さが必要だ。制度によって組織を外部から守るとともに、中の自主性や一定の自由を維持することで、その組織の中に力を与えることができる。
・制度の典型が文章化された規定とかルールだが、これが他社との比較の結果、追随する形で変わったり、あるルールが上役の交代で全部やり直しとなったり、と理念なき制度が横行することも多い。
・福岡県春日市の教育委員会は、10年以上前に、当時すでにブラック化していた教員の勤労実態の改善を図った。春日市の教育係長となった工藤一徳氏は、教育委員会の形式的な業務や些末なことまで上位の決裁を要する仕事をスリム化し、権限移譲を促進させて、教員が教育に集中できる時間を増やすように努力した。工藤氏の働きかけは制度として定着し、彼が定年で退職した後も10年以上にわたって成果が維持されている。無意味な権威主義を振りかざした何人もの校長の意識を変革したことが大きい。工藤氏が現場を去ってもその精神、文化が制度として残っていると言える。
・昨今の企業社会でESG投資が注目されている。環境(environment)、社会(social)に配慮し、統治(governance)がしっかりしている企業を評価するという考え方であり、指標である。ESG投資の指標では経営者とステークホルダーである投資家との対話がどのようになされているかが重要視される。ESGの視点から企業を見ると、制度と理念の関係には多種あることに気づかされる。理念の裏付けなく制度が制定されているケース、あるいはあるワンマン経営者の企業では、制度の整備が企業規模に見合わないレベルにありながら、経営者の理念は会社の末端まで浸透しているといったケースもあり興味深い。

・今日の会読範囲の最後の方で、学長のカウリングが礼拝堂の床のタイルにこだわったり、用務員に自分の許可なく学内の木を切らないように命じたエピソードが書かれている(日本語版、p.420-421)。細部に注意を払うことの重要性は理解しつつも、大学のトップがここまで介入するべきかという疑問がある。
・自分の話になるが、勤務先の中国進出の先頭を務めることになった。事務所の設営では内装、什器、備品、すべてを手掛けなければならなかった。自分たちがやらねばならないことを理解し、部下として成果を出してくれる人がまだいなかったからである。自分が思い描く形をつくるために、すべてを引き受けなければならない段階というものがあることは否定できない。
・礼拝堂のタイルや学内の木の話は、大学経営のいわば外堀。カウリングは大学の教員や職員がその本来の目的にできるように外堀の仕事を自ら引き受けたとも考えられる。外堀がしっかりすることで、中の人たちは、安心して任務に邁進(まいしん)することができ、その中で広がりをもつことができる。
・カウリングは礼拝堂のステンドグラスに細心の思いを注いだカウリングを回顧しつつ、学生たちにそのことに気づいてほしい、と言っている(日本語版、p.420)ことが印象深い。
・本田宗一郎は、製造現場の整理整頓に厳しく、作業員に汚れが目立つ白い作業服を支給した。ゲバが汚れていなければ、作業服は汚れないという考え方によるものだ。さらに現場に頻繁に足を運び、整理整頓を注意し続けた。ただし、一方的な性格ではなく、部下の進言にもきちんと耳を傾けたという。ビジョンにこだわるが故に細部にこだわりつつも、その姿勢は柔軟という典型だ。
・組織に貢献するということはサーバントとしての行動である。サーバントというと、とかく人、つまり他者に対する貢献という軸で評価されがちな、サーバントリーダーシップの要素なのだろう。
・外資系の企業に勤務中である。消費者に近い業界で、ビジネスモデルへの批判を耳にすることもあるが、日本法人の社員はほぼ全員が設立者の‘You can do it.’の精神、理念に共感して勤務している。そのため、外資系ながら平均勤続年数も長い。
・武士道は忠義、忠誠のために命を捨てることをいとわないが、それは無意味に自己犠牲を求めるのではなく理念に共感し、これに殉じる(じゅんじる)ことが求められているのだと理解している。
・日本語版の解説で金井壽宏先生が「喜んでついてくるフォロワーがいなければ、その場にリーダーシップは存在しない(日本語版、p.563)と述べている。リーダーが周囲を強制的に従わせるのではなく、組織への忠誠を示すことで周囲がそれに共感することが必要。先刻討議した「制度」という仕組みも、部下の無批判と盲信を求める強制力がその本質というものでは、不具合である。その制度を利用する人がきちんと考えて理念や内容の良否を判断できることが大切だ。

・定年になって、それまでの営業や品質保証の仕事から、教育やカウンセリングに携わっている。カウンセリングの経験から、多くの人がもっと自分の価値観を表明してよいように思っている。カールトン大学が誇るリベラルアーツは、そのような個々人の価値観を明確にするものであり、この学長の思想や生涯に興味がかきたてられる。
・カウリングの37年間の長い学長生活を考えると、どうしたら情熱を維持できるかという思いに至る。生涯終始一貫して信念に沿った行動を行う、というのは実に厳しいことである。引き続きしっかり学んでいきたい。

次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダシップ」第二期第25回(通算第80回)の読書会は、10月27日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

「サーバントリーダーシップ 入門講座 大阪」開催のご報告

2017年9月25日(月)、大阪で「サーバントリーダーシップ 入門講座」を開催いたしました。
本講座はサーバントリーダーシップとは何かを理事長の真田と共に学ぶ初心者の方向けの講座です。



ご参加頂いた方からは「サーバントリーダーシップの入口がわかった様に思います。会社の中での実践を考えていきたいです」「もっと自分のあり方、ホンマに目指したい姿を考え、決める、ということを今日から実践したい」
といったお声を頂きました。

終了後は有志による懇親会を行い、さらに学びを深め合いました。

今後も様々なテーマの勉強会を開催予定です。ご興味のある方は、ご参加下さい。
※今後の開催情報はこちらから

第10回実践リーダー研究会 開催報告

2017年9月27日(水)、グリーフケアによるコミュニティ支援を行う上智大学グリーフケア研究所の入江杏氏をゲストに迎え「第10回実践リーダー研究会」を開催いたしました。



グリーフケアとは、さまざまな「喪失」を体験した方々に、心を寄せて、寄り添い、ありのままに受け入れて、その方々が立ち直り、自立し、成長し、そして希望を持つことができるように支援することです。入江氏はご自身も世田谷一家殺人事件により実の妹家族を失うというご経験をされました。



当日は入江氏にグリーフケアやご自身の経験についてお話し頂きました。また、参加者の皆様とも活発に意見交換をして頂くと共に会の終了後には、入江氏を囲んで懇親会を行いました。

勉強会にご参加頂いた皆様からは「グリーフケアはとても身近で必要なことだと感じました。入江さんのしなやかな語りにとても癒されました。悲しみや苦しみと共に生きること、その悲しみや苦しみを生きる力に変えることは大切なことだと思いました」「会社の部下やメンバーにグリーフケアの考えを持って接したい」といったお声を頂きました。



本勉強会は今後も定期的に開催予定です。
次回開催予定が決まりましたら、順次ご案内いたします。


※現在開催が決まっている勉強会はこちら から

第23回東京読書会 開催報告

第二期第23回(通算第78回) 東京読書会開催報告
日時:2017年8月25日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期東京読書会は、今回から、第8章「サーバント・リーダー」に入りました。グリーンリーフが自身の人生を通じて出会った二人のサーバントリーダーの評伝で構成される章です。今回は、この章の序論とグリーンリーフと同世代のユダヤ教神学者、アブラハム・ヨシュア・ヘシェルの評伝を会読しました。この章で取り上げられるヘシェルとドナルド・ジョン・カウリング(次回以降会読)の二人は無論のこと、グリーンリーフ自身も宗教に対する敬虔な姿勢をもっています。科学万能の思想の下、人間の認知と判断を至高とする現代の思想に対し、グリーンリーフは彼のリーダーシップ論において、そうした視点を転換することを説きました。前章「教会におけるサーバント・リーダーシップ」に続き、参加者は、普段、あまり接点のない宗教の視点での世界観に接しつつ、熱心な討議と意見交換が行われました。
(今回の会読箇所:p.399~p.409、9行目。ヘシェルの評伝の最後「敬虔な人に、死の恩恵を」まで)



【会読範囲の紹介】
[序論]
・この章は、グリーンリーフが親しい関係を築き、かつ「サーバント・リーダーの模範のような人々」と認めた人々の中で、「私の思うところを書いた」二人の人物の評伝です。「ひとりは、ドナルド・ジョン・カウリング。私の父と同世代で、私の母校の学長を務めた人だ。政治や経済についての考え方がきわめて保守的な人だった。もう一人は、ラビのアブラハム・ヨシュア・へシェル。私の同世代で、リベラルな活動家だ」と紹介されています。カウリングは若いグリーンリーフに強い影響を与え、へシェルとはお互いに60歳前後に知り合ったようですが、その人物像に強い印象を与えたようです。
・グリーンリーフは、「この二人は全く異なるタイプの人物だが、顔を合わせていればお互いに親近感を覚えただろうと思う」と二人の共通点として、「偉大な誠実さと神秘主義的な思想(注)。二人とも心のおもむくままに行動した」という点を挙げています。
 (注)神などの絶対者をその絶対性を維持しつつ人間がその内面で直接に体験しようとする宗教
    上の思想、哲学。キリスト教をはじめとする西洋のみならず、世界各地の宗教に反映され
    ている。
・グリーンリーフはカウリング学長の評伝で彼を独裁者的に表現した。そのことへの友人からの批判に対して、グリーンリーフは、多くの人が満足し、その良さを満喫しているカールトン大学の組織環境が1909年に学長に就任したカウリングの精力的な献身によって、不振を極めた状況から現在(注)の良い組織に作り上げられてきたと、認識することを求めています。
 (注)サーバントリーダーシップの初版は1977年に米国で出版された。そのころの評価と思
    われる。
・この序論で、グリーンリーフは20世紀の偉大なユダヤ教神学者(注)の一人と称されるヘシェルと同世代人として、「近年非常に親しくさせてもらっている」と書いていますが、彼がサーバントリーダーシップの概念を固める中で、サーバントリーダーと認識した人物に出会ったことになります。
 (注)ヘシェルの他、ヘシェルの評伝にも登場する「対話の哲学」のマルティン・ブーバー
    (1878年~1965年)や宗教の倫理学的側面の深い研究者であるエマニュエル・レヴィ
    ナス(1906年~1995年)等が著名である。
・グリーンリーフはこの二人から多くを学び、そして「今でもそばにいるかのように、良く響く彼らの声がはっきりと聞こえてくる」、とこの解説に続く評伝への読者の期待感を高めます。

[アブラハム・ヨシュア・へシェル - 華麗な人生を築く]
・グリーンリーフは、ヘシェルの評伝を彼の言葉から始めます。「不条理を超えたところに意味がある、ということを覚えておいて欲しい。どんな些細な行いも大事です。どんな言葉にも力があります。すべての不条理を、すべての不満を、すべての失望をなくすために、社会を変革する役割がわれわれにはあるのです。これだけは心にとめておいてほしい。人生の意味とは、芸術作品のような人生を築くことだ、と」 この発言は、1972年12月23日に逝去したヘシェルがその死の直前に出演したテレビ番組で、司会者から若者へのメッセージを依頼されてのものです(注)
 (注)日本語版では1972年12月23日が放映日と認識する記述となっているが、12月23日はヘ
    シェルの逝去日であり、その少し前(Shortly before)に放映されたものと想像する。
・ヘシェルの人柄について、グリーンリーフは、彼がユダヤ教神学院で倫理学と神秘学を担当するのに最適な高い倫理観と深遠な宗教感覚を持つ人と評します。
・あるときグリーンリーフは、若手管理職向けに実施した研修でヘシェルに講演を依頼しました。夜の部で2時間におよぶヘシェルの講演は、若く頭脳明晰な管理職たちにも深い感動を与え、参加者の一人が翌朝、グリーンリーフに「あのあと五分ほど、みんな押し黙って席を立てずにいたんですよ」と、旧約聖書に登場する預言者アモス(注)の再来だと話し合ったエピソードを紹介しています。
 (注)紀元前750年ごろの牧者であり預言者。イスラエルはソロモン王の栄華のあと、堕落して
    北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂したが、その時代にあってアモスは王国の滅亡
    を警告し、また神の呼びかけに答えるように王と人々に述べ伝えた。
・グリーンリーフは、ヘシェルや彼の家族との他愛ないできごとにも、彼への深い思いを語りつつ、ヘシェルの経歴を語ります。ユダヤ教敬虔主義派(ハシディーム)(注)指導者の流れをくむ彼は1907年にワルシャワに生まれました。敬虔なユダヤ教に満ち溢れた環境の中、彼は幼い時から抜きんでた才能を発揮します。そして “すべての事象に人智を超えたものが暗示されていると確信する。つまり神の存在を日々経験し、生命の浄化を日々の業とする”人々との生活の積み重ねが彼の思想と宗教的精神を培っていきます。
 (注)18世紀ポーランドでバアル・シェム・トブにより始められたユダヤ教の正統を目指す
    運動。敬虔な信仰と活動を重視する。ヘシェルの祖先はこの創始者と親しい間柄で
    あった。
・グリーンリーフは20歳のときにドイツ最高峰のベルリン大学に入学、1936年までに博士号取得、新進のユダヤ学者、作家として世に売れ、ユダヤ教学者のはるか先輩で、世界的名声を博していたマルティン・ブーバーから彼の自由ユダヤ学園の後継者に任命されます。
・順風満帆な彼の人生をナチスドイツの台頭が阻みました。1938年にナチスによりポーランドに追放され、その後、家族とともにアメリカに移ることを企図して(注)、1939年に一旦英国に渡り、その間にユダヤ研究所を設立しました。1940年に米国、シンシナティのヘブライ・ユニオン・カレッジの教員となり、その後、ニューヨークに移り住んでいます(注)。
 (注)ヘシェルは、自宅に踏み込んできたゲシュタポにより身の回りのものと原稿を詰めた
    カバン2つのみ保持して国境線に放置される形で追放され、奇跡的に生還した。
 (注)故郷のポーランドに残ったヘシェルの母親と3人の姉は、ヘシェルの米国移住前にナチス
    により強制収容所で虐殺された。
・グリーンリーフは、ヘシェルが4か国語で研究書を記述し、他にも2か国語を操ることができることに感嘆し、そして彼の代表的著作「イスラエル預言者(注)」に関するヘシェルの発言を引用しています。ヘシェルは今日(1970年ごろ)の教育について「(前略)このままでいい、気持ちにゆとりを持とう、などと・・・・そんなはずはありません!問題に立ち向かうこと、何台と向き合うことが大事なのです」と語っています。
・ヘシェルは、「イスラエル預言者」を出版した50歳代の後半から、机に向かっての研究活動のみならず、社会問題へのさまざまな活動への積極的関与が目立つようになります。アラバマ州セルマでの公民権運動のデモではマーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)とともにその先頭に立ち、ベトナム反戦運動にも関わりました。その一方でのユダヤ神学の研究はさらに磨きがかかり、また非ユダヤ教徒との交流にも時間を割いています。グリーンリーフは、ヘシェルのそのような時期に知り合い、その知識と人柄に強い魅力を感じたことを率直に述べています。
・ヘシェルが第二バチカン公会議におけるカトリックとユダヤ教の融和に大きな足跡を残したことであり、それは教皇パウロ6世も高く評価した(注)ことをグリーンリーフは、ヘシェルの晩年の功績の一つと高く評価します。
 (注)第262代ローマ教皇(法王)。本名、ジョバンニ・バティスタ・モンティーニ
    (1897年~年、在位1963年~1978年。前教皇ヨハネ23世が開始した第二バチカ
    ン公会議を引き継ぎ、これを全うした。
・ヘシェルの宗教観が独特であり、また強い吸引力を持っていることを取り上げたグリーンリーフは、ヘシェルの信条を「ただ存在することが祈りであり、ただ生きることが神聖である」と述べて、その敬虔でありまた強い信念を持つ姿に強い敬意を表しています。そして自分とヘシェルの絆の源泉が「究極の宗教体験というものは、神秘に満ちた一体感を意識すること」という信念が共通していたことだ、と分析します。
それは、二人のそれぞれの考え方や言葉、習慣やヘシェルが政治活動に、グリーンリーフが組織論にとそれぞれの関心領域といったものではない高次のものでした。また当時の宗教をめぐる社会の状況は、二人が尊重する神秘主義的な感覚を世の中が支持していないことへの問題意識の共有も二人の一体感を強めました。
・ナチス政権の弾圧を生き抜いてきたヘシェルは、その後も続く社会問題の闇の深さに苦しみ、解決を望んでいました。ヘシェルはグリーンリーフに尋ねます。「神秘性の中に起源を持つこれほど多くの宗教が、なぜ、社会奉仕の媒体として機能しないのだろうか。宗教的な生活を送る人々は、なぜ、形式にばかりこだわって、中味よりも外見に心を奪われるのか」。グリーンリーフは「(前略)そんな状況に対峙した場合、人はただ生き方を改めて出直すだけだ。われわれは預言者の声に耳を傾けよと求められる(後略)」と預言者の言葉に従えばよい、と答え、ヘシェルが「今を乗り切るための新たな預言の声」を聴いてくれたと確信しています。
・ヘシェルは、生涯最後の著作「真理への情熱」の原稿を出版社に渡した足で、雨まじりの雪が舞うコネチカット州ダンベリーで友人を迎え、すぐに老躯に鞭打って引き返すという無理を重ねた。1972年12月23日、ユダヤ教の安息日の未明、ヘシェルは眠るように逝きました。この親友の死に、グリーンリーフはヘシェルの生前の口癖を思い出し、そして贈る言葉としています。「敬虔な人に、死の恩恵を」



【参加者による討議】
・グリーンリーフがヘシェルとの絆について、「神秘に満ちた一体感を意識する(日本語版 p.408)」という認識が共通していたことを挙げている。フランクフルトのユダヤ神学院でのヘシェルの前任者であり、ともに20世紀を代表するユダヤ神秘主義神学者のマルティン・ブーバーの代表的著作に「我と汝(われとなんじ)(注)」がある。ブーバーは自分と相手の関係性、つまり人間としての関係が壊れたときは、その関係は「我と汝」から「我とそれ(=モノ)」に変換してしまうと説く。現代は人と人との関係が、一種軽くなっていて、当初からモノとの対峙となっている。他者を軽視し、軽視の延長で差別すること、そこから生じる対立と憎悪は一体感と対極にある。
 (注)1923年刊行。邦訳は植田重雄訳、岩波新書(1979年)、その他
・勤め先の会社の組織のことを考えた。部署単位ではある種の一体感があるが、部署同士ではいろいろな利害がある。自部署の都合が優先して、他部署の内部のことには関心を抱かず、会社全体での一体感が作れないことが多い。
・ある程度の規模の組織であれば、共通の目的、ゴールがあることで一体感や達成感の醍醐味を味わえるが、外部との関係では温度差がある。コミュニケーションを外に広げることを考えて、熱意を伝える方法を工夫していかないといけない。
・自分は一体感というものは、ある種の「生もの」と思っている。時間が経つことで、一体感のもとになる考え方や組織、制度にしがみつく人が出てきて組織が守旧的になり、一体感それ自体が変質するということを経験したことがあった。それが行きつくと組織が崩壊する。ただし、元となる考え方に普遍性があって、それが世の中で有効なものであれば、壊れた組織も何等かのきっかけで復活することがある。

・日本のIT業界は若い人の参入が多く、世代交代が進む一方で、過去の成功体験に基づく昔からのやり方に固執するロックインと呼ばれる状態が多く残っている。昨今の日本のIT業の隆盛の中での停滞は、成功に復讐されているように映る。未来に向けて正しく変われるかが問われることになるだろう。
・変革の原点には、現状に満足しないことがある。しかしながら、これは単に不満、不満足だということでもない。不満が先に立つ改革は物事を壊すだけで、そこに「積み重ね」による成長がない。
・変革を重ねるだけの「変革の一本槍」ではいけないのだろう。本流の中から亜流が生まれる中で、次の本流が誕生する。その中で新たな気づきを知覚できるかどうか。新たな気づきを得られないと成果がでてこない。
・ネットワーク機器で世界を席巻しているシスコシステムズは、ふた昔前は弱小企業の一つに過ぎなかった。いろいろな人に助けを求めながら、「何かを得ては、何かを捨て」を繰り返して大きくなってきた。その中で、本流を見極めることに徹したことが成功の要因だろう。
・正しく変わり続けるという行為に、日本の武道や芸事における師弟関係を表す守破離(しゅ・は・り)という考え方がある。まず師匠の型を学んで模倣し、それを体得したところで師匠の型から離れて自分の型を作り、さらにそこからも離れて自在になるというものだ。変革の仕組みが組織の中に存在するか。日産自動車でのゴーン革命と呼ばれるものは、この変革の仕組みを企業内にビルトインし、かつ定着させることだったと考えている。
・一方でホンダの本田宗一郎は「得手に帆挙げて」という言い方で、いろいろな人の得意分野を組み合わせることの重要性を訴え、それを経営者の責務と心得ていた。
・堀江貴文氏が「多動力」という著書(注)で、これまでのように特定の専門能力に特化するのではなく、個人の中で多くの能力をもち、これらを掛け算することによって、大きな変革を生み出すと述べている。またリンダ・グラットンは著書「ライフ・シフト」(注)の中で、人生100年時代において人間関係、パートナーシップの重要性が増してくると主張している。それぞれ、今、目前にそうした時代が到来していると訴えているが、正しい決断を行うという意味では、この人的ネットワークによる才能の掛け合わせがキーになるように思う
 (注)堀江貴文著 「多動力」(幻冬舎、2017年)
 (注)リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著、池村 千秋訳
   「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)-100年時代の人生戦略」(東洋経済新報社、2016年)
・宮大工の宮本常一は、南向きに生えている木は建物の南面に、北向き生えている木は北面に適していると述べている。陰陽の組み合わせの妙が、宮本の他に真似できない絶妙な建築を生み出した。適材適所ということを深く考えされられるはどこにでもあることだと考える材料となる。

・適材適所という点で、組織の上の役割と下の役割が噛み合っていないことが多い。どちらかの責任というよりもそれぞれの立場に役割があり、それを支える仕組みが必要だ。上役はある時点で権限をきっぱりと手放すことが必要だが、こうしたことを組織の仕組みに組みこむ。個人の善意や活動にばかり依存するとうまくいかないことが多い。
・職場の中で、管理職の地位にありながら、いろいろな場面で決断ができない、ものごとを先送りしてしまう人がいる。部下はフォロワーとして支える覚悟と意識があるのだが。フォロワーをうまく使えない人は良いリーダーになれないと痛感している。
・フォロワーが情報や意見を発信して、組織を動かしていく意気込みを持つことも重要。それができる信頼関係が築かれていることが必要条件だ。

・正しく変わる、という点は、リーダーの最も重要な責務を表していると考える。組織に変革をもたらすのはリーダーの決断に基づくが、その際に正しい方向を見極めることについて、盤石の法則などないことは論を俟たない。コモンズ投信の代表の渋澤健さんが、彼の先祖であり日本資本主義の父である渋澤栄一の思想を語る中で、「経営者の責務は決断であり、決断とは未来を現在につなげること」と語っていた。グリーンリーフは、人間、ひいては自分が宇宙の中心で究極の存在であることを前提とする近現代の思考の中での正しい決断を導く方法に疑問を呈し、正しい決断の責務を負うリーダーの在り方を考え抜いた。その果てしない思考の中で、世界の究極を探求し、正義を希求し続けたヘシェルと心の中で強くつながっていたのだろう。

次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダシップ」第二期第24回(通算第79回)の読書会は、9月22日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

第11回 大阪読書会 開催報告

8月25日(金)第11回大阪読書会を開催いたしました。
本勉強会ではロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」を参加者で会読しています。
"一人では読み進められなかったりわからなかった事も、参加者同士の自由な感想・意見交換によって学びを深められる"といったお声を多く頂きます。

今回ご参加頂いた方からも『今回の範囲は、先に読んだ時にはどうしようと思うくらいよくわかりませんでしたが、読書会では、本当に楽しいひとときになりました。本当に、不思議な「会」です。』といったお声を頂きました。



大阪での次回読書会は9月26日(火)です。初参加・お久しぶりの方もお気軽にご参加ください。(多くの方が途中回からのご参加です)
次回開催情報はこちら

第22回東京読書会 開催報告

第二期第22回(通算第77回) 東京読書会開催報告
日時:2017年7月28日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期東京読書会は、第7章「教会におけるサーバント・リーダーシップ」の2回目でこの章の最後の会読を行いました。
今回の範囲は、グリーンリーフがカトリック修道院で行った講演の記録が中心となります。1974年の講演の12年前に始まった第二バチカン公会議の意義を踏まえて、グリーンリーフは教会に、リーダーとして、そしてリーダー養成機関としての役割を期待し、強い激励を行いました。そして、もう一つ、この章のまとめとして、グリーンリーフが考える教会の現代的意義とについて、書下ろしの小論が付されています。ここにも彼の現代の教会への強い期待が読み取れます。(今回の会読箇所:p.373~p.398、4行目。この章の最後まで)



【奉仕のための組織編成】
・この小論は1974年8月12日にウィスコンシン州ミルウォーキーのアルヴェルノ大学にある聖フランシス教育修道女会での講演の記録です。13世紀の聖人アッシジのフランシスコの流れをくむ女子修道会の経営する大学は100年以上の歴史を持っています(注)。
 (注)13世紀イタリアの聖人であるアシジの聖フランチェスコ(フランシスコ)を祖とする
    修道会。アルヴェルノは聖フランチェスコが祈りのために籠った山の名称であり学校
    名として利用している。アルヴェルノ大学は価値観教育などの取り組みにも注力して
    いる。
・「みなさんがこの修道会の過去を振り返り、その将来の計画を立てるとき、切迫感が修道院中に広がりそうな気がします」と、グリーンリーフは冒頭から問題の核心に触れていきます。組織というものに対する不信感、伝統的な価値観の転換とそれに基づく奉仕への疑問。こうした不確実な時代にいることを聴衆、その中心は聖フランシス教育修道女会の修道女(シスター)ですが、彼女らと共有して議論を展開していきます。
・グリーンリーフは聴衆が所属するカトリック教会のトップから「(自分の場の修道会と管区(注)はうまくいっているが、米国のカトリックの)教会はどこもかしこも混乱している」と聞き出します。この言葉に、グリーンリーフは、「困難は非常に重要な要素であり、組織を活気づけるもの」と、むしろチャンスであると述べます。有能なリーダーは、組織が直面する混乱が新しい息吹を吹き込み、混乱からの回復を図る力が組織の存続に欠かせないと訴えます。
 (注)宗教団体が運営や信仰の浸透のために地域を区切る、その地域範囲。カトリック教会
    では司教が管理する司教区の下に主任司祭が管理する教区、さらに小教区と階層構造
    となっている。
・単に組織に利用されているだけで自分の才能を伸ばすことに組織が何も貢献していない、と気づいた同時代の多くの人の反発に、グリーンリーフが「誰よりもこの問題に関わっている」と評価したのは、1958年から1962年までのわずかな在位期間に、第二バチカン公会議(注)を招集し、カトリック教会を他の宗派、宗教との対話に導いたローマ教皇ヨハネス23世(注)です。
 (注)ローマカトリック教会による最高会議。過去1600年間20回の公会議はカトリックの教
    義に関する検討と定義が主目的であったが、本会議では、カトリックの現代化やプロ
    テスタントや他宗教との融和などが協議された。教皇ヨハネス(ヨハネ)23世と後を
    継いだパウロ6世によって1962年から1965年に開催。
 (注)本名アンジェロ・ジュゼッペ・ロンカッリ(1881~1963) 1958年10月にピウス12世
    の後を継いで、当時歴代最高齢の76歳で第261代ローマ教皇(法王)に就任。1959年
    1月第二バチカン公会議を招集。
・グリーンリーフは、「彼(ヨハネス23世)のおかげで西欧での教養ある人々の多くが精神の高揚を感じて、さらに奥の深い人間となり、寄り集まって力をつけ、彼らを苦しめる勢力に対抗することになった(後略)」とその功績に最大級の評価を与えています。
・グリーンリーフは、アメリカでのカトリック教会に対して、「(米国ではカトリックは少数派ながら)永久的に最大の力を持つ可能性がある社会的勢力」と見ていると述べます。避妊、中絶、安楽死、離婚、共産主義といったカトリック教会の伝統的な協議に反する行為への反対表明を、社会に安易に迎合しない行為として評価しつつも、何も生み出さない否定ではなく、望ましい方向への肯定的な姿勢と言動を求めます。「特定の目的をしっかり狙い、肯定的な行動をとる以外に、組織や社会全体を導いていくのは不可能」であり、その観点で、「私は非カトリック信者として、ヨハネス23世の統治に気分が高揚するのを感じました。なぜなら、リーダーシップを築くという肯定的な気運が巻き起こり、新たな希望が世界にもたらされたからです」と米国カトリック教会を激励します。
・グリーンリーフは、人々の思想や行動を、肯定することよりも否定することが広がりやすいという世間一般の性質が、リーダー不在で組織への不信に満ちた社会を作りがちであると指摘します。そのような中でも組織が持つ可能性をもっと広げ、多くの若者が望む「個人的な充実感」を満たすことを実現する新しい組織は、「社会の建設的な勢力となる」と述べています。そして聴衆である修道者(主に修道女=シスターと思われます)に、「個人的な自己実現を達成するのに最適な場」としての「傑出した存在として現れる、修道会と教会の両組織を作ること」を求めました。教会と学校は「(すべての人の)個人的な自己実現を達成するのに最適な場を見つけられる、特別な組織」であり、その中で「質の高い人生」を送ることができることようにと期待を寄せています。
・そうした期待を込めて、グリーンリーフは「モデルとなる組織を築くため」に、以下の4つの提言をおこないます。
 - 「並はずれた奉仕をする組織には目的とコンセプトが必要不可欠」であり、
  そこには「‘すべての’人々」が参画し、失敗からも学ぶ。
 - リーダーシップとフォロワーシップを理解する。生来のサーバントの素質を持つ人々が、
  一層努力することで組織の型が作られる。
 - 組織構造のあり方を考えること。ピラミッド構造の頂点の一人ではなく、
  「対等なメンバーの中の第一人者」として奉仕する真のサーバントがリーダーとなり
  メンバー全員が平等であること(本書第2章参照)
 - トラスティ(受託者)による組織の監視と指導の必要性。最高の信託を担う人で、
  実際の経営に関わらず、内部の人よりも衡平で客観的であること(本書第3章参照)
・組織自体が信頼を失っている現代(1974年)において、グリーンリーフは「真実と、血の通う人間性を心から求めることによって、考え抜いた組織再編」を求めます。そして聴衆である聖フランシス教育修道女会のシスターに「導くことがふさわしいときは導いでください、従うことがふさわしいときは従うのです」と述べます。そして「‘リーダーシップ’とは、ひとりの人として現在やるべき以上のことを想定して、リスクを冒して‘今すぐこれをやりましょう’と言えること」「‘フォロワーシップ’もリーダーシップ同様、責任のある役割です」と説き、「組織を良き存在とするのは、実際に信念を実行すること」と訴えました。
・「何千年もかけて、どういう人間がサーバントとして優秀な人物になるかを学んできた」私たちは、「長い間、個人で達成していたことを複数の人間が協力して達成すること」について学びを深める必要がある、というのがグリーンリーフの主張で、彼は、「二十世紀後半に堂々とサーバントとして君臨する存在に築き上げ(中略)みなさんの教会、ひいては世界をも動かすようにさせる」ことを聴衆である、修道会の女性修道者に働きかけました。
・この講演の最後で、かれは20世紀のクエーカーのリーダーであった、ルーファス・ジョーンズ(注)の次の言葉、「現在、私たちは危機に瀕しています。ですが、私たちは松明の担い手にもなれますし、小さな炎を大切に守り、少しでも長く持たせることもできるのです」を引用して、グリーンリーフからの「松明」を受け取ってほしい、という希望をこめて、講演を終えました。
 (注)1933年~1993年。20世紀クエーカー教の卓越した指導者。
    本書第5章、日本語版p.283-p.284参照。

【育成の最前線にいる教会】
・この論文には、出典が記されていませんが、内容から第6章にまとめられたクエーカー向けの2つの記事とカトリック修道会向けの講演録を踏まえて、本書がまとめられるときに書き下ろされたものと思われます。
・グリーンリーフは、この章に掲載した3つの論文、講演録と本書第2章「サーバントとしての組織」で述べた教会への言及(日本語訳 p.150~p.154)を基に、現代における「新たな預言の兆候」を教会が受け止めることへの期待を高めます。新たな預言とは、「これまでは語られていても誰にも聞こえなかった預言が、人の耳に届き始める」ものというのがグリーンリーフの説明です。
・グリーンリーフは、個人が自己啓発に過度に注力することを現代の問題として、挙げています。「自分に欠けたものを埋め合わせることだけに携わっている人々は、その欠落感を埋められないだろう。自分のためだけに探究しても、満足感を味わえることはめったにない」と語り、「こうした新しい気づきを得た求道者」が自らを癒すことに夢中になることから脱却し、教会にも「新しい教師を庇護し、新しい教えを活
用する組織」として「育成の最前線」という役割を期待しています。
・凡庸さとは「与えられた人材や物的資源で、合理的に見て可能なレベルに到達できないこと」と定義するグリーンリーフは、西洋社会の多くが凡庸さに甘んじる欠点を「伝統的な道徳律の本質部分に欠陥があるせいだと思う」と大胆に述べています。西洋社会の道徳律の基礎となるモーゼが神の啓示による十戒を「経験と英知を合理的に成文化したものとして、個人の行いの道標となる実際的な規則をまとめたものとして、そして良き社会の根本原理となるものとして与えてくれたなら、人類にとってどれほどよかったことだろう」と述べています。そうであればこの道徳律が単なる禁止事項にとどまらず、現代に至るまで発展し、合理的に正当化されていくことで社会の中心となっただろうという見解です。
・「‘サーバント’とは、各個人や各組織の持つ、奉仕する能力に合ったものを義務とする高度の道徳律をクリアする人間だ」というグリーンリーフの仮説のもとで、彼はサーバントの資質がなかった人がサーバントになることへの喜ぶ以上に、生来のサーバントの資質を持った人が「奉仕する組織」を築いていくことを強く望んでいます。「ビルダー(組織の創設者)となるだけの能力をもつサーバントにとって、この世の一番の喜びとは何かを築くことである」というグリーンリーフは、将来のサーバントリーダーや組織のビルダーを養成する組織としての教会への強い期待を表明して、本論を終えています。



【参加者による討議】
・会読範囲には、「リーダーは奉仕に努めよ」というグリーンリーフの意見が明確に出ているが、通読して「それがなぜ教会や修道会、学校なのか」という疑問がある。「個人的な自己実現を達成するのに最適な場を見つけられる、特別な組織になっていかねばなりません(本書(日本語版)p.382)」という点は、企業でも同様ではないだろうか。
・教会や学校と企業を比較すると、前者には社会における公共性があり、後者の企業には営利追求という看過できない目的がある。一方で学校や教会がもつ公共性は、それが原因となって停滞を生みがちな面は否定できない。グリーンリーフは、現代の教会や学校に時代に即した変化を求めている。もちろん変化することそれ自体が目的ではない。意義ある変化に向けて重要なことは組織に注意を払うということだと考えている。
・この講演が行われた1974年当時、企業の社会的責任の概念や社会的存在を意識することは、まだあまり高くはなかっただろう。現代は従業員をはじめ企業の利害関係者の巻き込みも多くなっている。
・この講演(1974年8月14日)のわずか前に、米国ではウォーターゲート事件で当時のニクソン大統領が辞任した。米国民の自国に対する不安とリーダーへの不信がピークになった時期だが、教会への強い言葉の背景に、こうした社会の混乱もあったのではいか。
・企業と学校、教会を比べると、その組織の構成員に差異がある。教会はその地域に根ざして、人の誕生からの一生涯の付き合いとなる。米国勤務で暮らした経験では、教会はその地域の源泉だということを実感した。また、外部から来た自分などにも開放的で、信徒ではないにもかかわらず、集まりに呼ばれて歓待されたことがある。
・教会が地域の身近なコミュニティであり、学校としての教育の機能も持っていたことは理解できる。
・本書(日本語版) p.375に名門校の校長が「優れた学校なんてありえませんよ」と発言したという話がでている。どんな組織にも制約が多く存在し、その制約が組織の成長を阻害することがある。教会や学校のように、そこに集う人のための組織にも制約があって組織が成長する限界があることがわかる。
・視点を変えてみると、シスターが集まる女子修道会がグリーンリーフを招いて講演してもらうのに、何を期待していたのだろうか、という点に興味がある。グリーンリーフもカトリック教会の実際の運営を担う司祭(男性)やブラザーと呼ばれる男子修道者ではない、シスター、つまり女子修道者に、あたかも組織の中核者のように熱く語りかけていることに着目している。
・宗教団体は、基本的に縦型組織であり、ことにカトリック教会はローマ教皇を頂点とする数億人規模の全世界で一枚岩の組織だ。その巨大組織をもって2000年間、自らの教義を精緻化することに努め他宗派、他宗教を否定してきた。そのカトリック教会がヨハネ23世教皇のリーダーシップで第二バチカン公会議を開催し、他宗派、他宗教との対話、融和を主眼とする方向に、数億人の組織の舵を大きく切っている。グリーンリーフはカトリック信徒ではなく、神学理論にも関心は低いようだが、巨大組織の中で組織の方向を変えた偉業に、極めて熱い思いを抱いているように思う。
・グリーンリーフは、教会、大学、企業を念頭に置いて巨大組織のサーバントリーダーシップを説いている。本書第2章などでそれを明確に述べている(注)。現代社会は、巨大組織の下で動く構造になっているが、そのことを受け入れた上で、巨大組織こそが社会の変革のイネーブラーであるとして、サーバントであることを求めている。
 (注)日本語版、p.108-109

・講演の導入部分で、グリーンリーフがカトリック教会の長老に教会の運営状況を聞いたところ、その長老が、自分が管轄する教会や教区はうまくいっているが、カトリック教会全体は厳しいと回答した。その答えにギクリとしたという話がある。これを踏まえて、組織に一定の危機があることはむしろチャンスだと話していることが興味深い。視点を変えることで見えてくるものもある。
・組織の構成員がある程度の危機感を持つことはむしろ望ましい。組織の中で意識的にそのような状況を作ることも十分にあり得る。
・自分の勤務先では、経営者が頻繁に危機感をあおってくることに、少し疲弊している(笑)

・グリーンリーフは、否定的な姿勢では組織や社会を導けない、特定の目的に向けて肯定的な行動をとることで組織や社会を導ける、と主張している(本書(日本語版)p.379)ことに強い印象を抱いた。
・講演の最後の方でも「戒律のほとんどは‘~しないこと’という形式(中略)禁止事項に従うだけで徳のある人とされる」(本書(日本語版)p.397)とある。キリスト教に限らず、多くの宗教が教義の精緻化と徹底のために、その言説がとかく拒絶型、否定型となる。これは教会以外の組織でもよくあること。そこを踏まえてグリーンリーフが否定ではなく肯定を、と訴えていると感じる。
・この講演の最後にグリーンリーフはビルダー(組織の創設者)の重要性を説いているが、そこを読んでビルダーこそがリーダーであるというグリーンリーフの意図と感じた。ビルドという行動は、物事を肯定する姿勢でないとできない。リーダーの思考と行動の原理なのだと思う。
・職場に中途採用の人が着任してきた。即戦力ということで仕事をしてもらっているが、そのやり方が職場で続けてきたものと微妙に異なるために、自分がどうしても否定的な物言いになってしまうことを反省している。
・肯定の重要性はその通りと理解する。ただし、これは相手にむやみに同意することを勧めているのではない。相手の思考と行動を問答無用に停止させる否定ではなく、より良いものを生み出すための議論のきっかけとなるように、異なる意見を出すことも重要だ。ただ、日常の中で、公平で公正な議論ができない人や状況が多いことも事実。
・意見を言いやすい場、安心、安全の場があるかどうかが重要。上に立つ人はそうした環境づくりに腐心していく必要があるだろう。
・場があることに加えて、最後は自分がすべてを引き受けるという覚悟がないと、異なる意見は出しづらい。場を与えられたフォロワーの役割と行動も重要。ものごとを前に進めるにはリーダーとフォロワーの調和と協力が不可欠だ。

次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダシップ」第二期第23回(通算第78回)の東京読書会は、8月25日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

横浜市消防局様で講演を行いました

2017年8月7日(月)、横浜市消防局様よりご依頼を頂き講演を行いました。



当日は消防司令長、消防学校教官、人材育成トレーナーを対象に
サーバントリーダーシップについてお話し致しました。



第10回 大阪読書会 開催報告

7月14日(金)大阪で第10回「サーバントリーダーシップ」読書会を開催いたしました。

本勉強会ではロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」から毎回10ページ~20ページを参加者で会読し、各自の感想や意見を自由に交換しています。

今回の範囲は主に"組織編成"について記述されています。
中でも「運営管理者」「コンセプト策定者」に対したくさんのご感想をいただきました。
当日のご参加者のお声をいくつかご紹介させて頂きます。

【今回の読書会で「気づいたこと」「学んだこと」】
・運営管理者とコンセプト策定者の両立の困難さ。
・サーバントリーダーが奉仕する相手は様々で価値観も様々だろうから、これにどう向き合うのか、これから学びたい。
【今回学んだことで明日から実践しようと思うこと】
・大きな仕事、成果を最大にするためには一人で、ではなく他者と協働していく事が必要と感じた。他者の支援をする、求めることをしたい。



大阪での次回読書会は8月25日(金) です。初参加・お久しぶりの方もお気軽にご参加ください。(多くの方が途中回からのご参加です)
※次回開催情報はこちらから

第21回東京読書会 開催報告

第二期第21回(通算第76回) 東京読書会開催報告
日時:2017年6月23日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期東京読書会は、今回から第7章「教会におけるサーバント・リーダーシップ」に入ります。
グリーンリーフが活躍した米国では、キリスト教を中心とする宗教が今もなお、人々の生活から社会運営に至るまで強い影響力を与えていることはよく知られています。グリーンリーフは20世紀後半の米国において中核となる宗教団体のキリスト教会が社会のサーバントたるリーダーに対する役割の重要性を認識し、いろいろな提言を行っています。今回はこの章をまとめる小論と彼自身が信徒であったクエーカー(注)の雑誌に投稿した二つの小論を会読しました。(今回の会読箇所:p.351~p.372、9行目。小論の最後まで)
 (注)17世紀イングランドでジョージ・フォックスにより創設された宗派。
    正式名はキリスト友会



【会読範囲の紹介】
[序論]
「宗教的な関心を伴ってなされる物事は、人類を宇宙へと縛り直して、社会に広がる孤独を癒すものだ。」 グリーンリーフは教会のリーダーシップに関する小論を編集したこの章の解説の最初を、このように書き出しています。彼は自身の宗教観について、神学を基盤とするものではなく、「言いようのない神秘の前に、畏敬と驚嘆の念を抱いて立ち尽くすだけで満足なのだ」と表明する一方で、神学を究めて神秘主義の領域にある人々とも「共通の背景を感じる」と述べています。
グリーンリーフは、「教会に求められているのは、孤独が癒されれば人生は完全なものとなるから、その仲介役をしてほしいという数多くの人間への奉仕である。だが、残念ながらほとんどの部分で教会の奉仕は失敗に終わっているようだ。教会がもっとよく奉仕するための方法はある。また、サーバント・リーダーになるための方法も―ほかの組織のための手本となれば良いのだ」と現代米国の教会への批判とそれを超える大きな期待を寄せています。
われわれ読者、ことに日本人の多くが社会生活の背景に宗教が明示的に存在しないことから、「サーバント・リーダーシップ」が「教会におけるサーバント・リーダーシップ」と章を一つ割り当てていることに違和感を抱くこともありますが、宗教への敬虔な姿勢はグリーンリーフの思想の深層を形作るものであり、この章も注意して読み解いていくことが求められます。

[二十世紀後半に、求道者となることについて]
・この小論は、プロテスタントの一宗派であるクエーカー(キリスト友会)教徒向けの月刊誌「フレンズ・ジャーナル」に寄稿されたものです。神の言葉を人々に伝える預言者について、「過去の偉人にも引けを取らないほど徳の高い人々は男女を問わずにわれわれとともにあり、現代の問題を見抜き、より良き道を教え、この時代を存分に、しかも心穏やかに生きていくための手本を示している」と説明しています。そして「人々が預言に耳を傾けてくれたとき、預言者は名声を得る(中略)つまり、‘求道者’こそが、預言者を生み出すのだ」と主張します。真実はそれを明らかにすることを求めることで、ようやく解明の途につく、という内容です。またキリスト教における求道者とは、本来、キリスト教の教義や倫理を習得、実践する人を意味しますが、グリーンリーフは、この小論において、現代社会での混乱からの脱出を導くリーダーを目指す人をイメージしています。「だから(求道者は)現代の預言者の声を探し求め、それを受け入れようとして一歩を踏み出せば、われわれの誰もが成長し、奉仕する人となり得るかもしれない」というのが彼の意見です。
・この意見への反論として、現代の預言者には過去の偉大な預言者に匹敵する預言はできない、というものがありますが、グリーンリーフはその正否よりも「どんな人も預言において重要な役割を果たす」という点を強調します。
・グリーンリーフは、クエーカー(キリスト友会)の創始者であるジョージ・フォックスが活躍した17世紀には多くの「新しいリーダーシップを伴う、新たなビジョンの到来を待ち受ける求道者」がいたと述べます。そして、この小論が書かれた1970年代は、「探求している人は多いが、探求への情熱を満足させようとする人々がさまざまな情報をひっきりなしに伝えて、混乱をもたらしている」と、このころにも多数あった心の安定や精神を目的とした自己啓発の手法を教会が従来から提供するプログラムと並列して挙げています。そして「現代の求道者」が自己啓発の多様さと魅力に驚きつつも、かなりの人が「すべてを追求することに人生を費やし、探求の結果得られる成果」事態を拒否し、「倫理的なジレンマに生涯陥ることになる」と問題指摘しています。
・彼はこの小論の読者のほとんどがクエーカー教徒であることを意識して、創始者ジョージ・フォックスの功績を「自らをフレンド(注)とよぶ多くの人々が、全ての創造物にもっと愛をもって接し、自分たちの社会と組織への強い責任感を担うようになったことだ」と表明し、クエーカーの組織特に商業組織の質が向上したことに言及しました。それを踏まえて、巨大化した組織社会の現代におけるサーバントの意義に目を向けるようにと述べています。
 (注)クエーカー=キリスト友会においては、同じ宗派の人々をフレンドと呼んでいる。
・グリーンリーフは、現代社会のサーバントでありリーダーを目指す求道者に「(現代の個人的、全体的な)混乱からの脱出方法を見つける手助けをしてくれる現代の預言者を、責任をもって探し、預言者の声に耳を傾ける」ことで「求道者はより社会に役に立つサーバントになれる」と促しています。
・「力やビジョンを持ち、高潔で、能力や若々しい活気に満ちた人々(中略)は、まさに今、彼らのリーダーシップに対するわれわれの反応(中略)を試している」、そして「われわれを取り巻く文字通り泡のような情報の中から定位される予言」に「本当に耳を傾けて反応する準備があるのだろうか」と厳しく問いかけてきます。
・「自らを無名の求道者の一人と思っている人」が周りの動きに耳を傾けていくことで、その人は「奉仕することによってのみ達成できる完全さ」を発見し、その発見を支援してくれる現代の預言者を見つけ出すことができます。そして、「この完全さの中から一つの目標が現れ、現代の根源的な不安や、多くの組織が奉仕しようとして失敗した経験から生じる苦しみに耐えるだけの力も求められるだろう」と小論を締めくくります。グリーンリーフは、他者に奉仕するサーバントリーダーシップの発揮は、多くの苦しみを伴うことであり、リーダーはその苦しみも甘受するべき立場である、と求めています。

[知る技術]
・この小論も1974年10月5日にクエーカー教徒向けの雑誌「フレンズ・ジャーナル」に「現代のクエーカー教徒の思想と暮らし」という題で掲載されたもので、17世紀のイングランドでのクエーカーの創始者であるジョージ・フォックス(注)のリーダーシップを語ったものです。グリーンリーフは「この記事は‘クエーカーの伝統から問題解決の糸口を探ろうとする人々’向けにかかれているが、‘こうして私は身をもって知ったのだ’という言葉に力を感じるすべての人々に役立つかもしれない」とこの小論の意義を述べています。
 (注)1624~1691年。多くの弾圧を受けながらも
    純粋な信仰を基盤とするキリスト友会を設立。
・「こうして私は身をもって知ったのだ」とは、ジョージ・フォックスが聖職者として活動する中でしばしば使った言葉です。これは、「誰よりも優れた洞察力を持っている」というグリーンリーフがひたすら聖書を読むことでその洞察力を得て、社会的権威の影響力ではなく、自らが受ける啓示を受け入れることで、多くの判断を下していったことの表明です。
・グリーンリーフはこの判断を下すというプロセス、つまり「物事はどのようになされていくのか」を組織学者の立場から説明していくと宣言しています。彼は「身をもって知る」という才能を受けたフォックスにより、クエーカー信徒が「初期のキリスト教の精神と本質にすばやく立ち返えることができ」、「意味のある新しい動きを見つけて人々を導き、新たな道徳規範をあの時代に立ち上げ」た、としています。フォックスはキリスト教とユダヤ教の共通かつ確固とした倫理観を持っていたと言われ、それが彼の良き影響力の源泉です。その倫理観は、彼に力ではなく、「目指すべき方向性(を知ること)」を与えました。
・グリーンリーフは若き日の自らを振り返り、「身をもって知る」ことの重要性に気がつかなかったことを悔いるとともに、多くの人がそのことを知る助けとなるべき教育がその機能を発揮していないことを指摘しました。そして「現在、最も必要とされており、クエーカー教の伝統から見出せるものは、方法はともかくとして、敏感な若者たちに身をもって知るという可能性に気付かせる助け」ではないかと主張します。現代は、「有能で道徳的な人によるリーダーシップが、世界中で至急求められている」時代であり、現代が「フォックスの時代から受け継がれてきた伝統」とつながる必要性に言及しています。
・グリーンリーフは、読者であるクエーカー信徒に訴えます。「サーバント・リーダーの成長は、クエーカー教の伝統で働く人々や、教育に特別な関心を持つ人たちの最大の関心事として、盛んに求められている。われわれが望むのは、物事をうまくやる方法でもなければ、(アメリカにおいては)仕事に必要な物資でもない。心から必要としているのは、先に立って進むべき道を示してくれる、有能で道徳的なリーダーなのだ。そうしたリーダーがいれば、道徳規範も多くの人々の考え方も向上し、人は今持っている力と知識を使って、より奉仕するようになるだろう。」 そして、その当時(1974年)は、リーダーシップ軽視、リーダー不在の社会を提唱する人も出てくる中、リーダーとなることを望む人を導くサーバントの不在につながると警鐘を鳴らしています。
・社会の変化と変革の中で、あたかも自滅を望んでいるかのように変化を拒否する旧来型組織への対処を問われたグリーンリーフは、「能力がないなら身につけるべきだ」と断言します。それは何かの分野の具体的技法ではなく、「身をもって知る」ということである。それは安易に定義できるものではなく、ジョージ・フォックスの日記を繰り返し読むことで、ある日見えてくる、とグリーンリーフは説いています。そしてフォックスを学ぶとは、彼の行動をまねるのではなく、「いかに学んだか」ということである、と喝破しました。「‘いかに学んだか’は時代を問わない」が故に、「この時代に適した、優れた英知の学び方を学ぼう」と提言して、さらに、「新しい洞察力が現れるのを、驚きと期待を胸にじっと待つこと」を説いています。
・「人の内面の指導に関われば、この上ない達成感を味わえるが、関与(コミットメント)と狂信的行為の線引きは曖昧」という難しさをグリーンリーフはよく理解しつつも、奉仕の重要性がフォックスの時代も現代も変わらないことを伝え、私たち一人ひとりに限界はあるが才能もある、と励ましつつ「ささやかなものであろうと、身をもって知り、人を導き、他者に教え」ることで、「(社会のリーダーを目指す)若者たちに手を貸そうではないか!」と読み手に訴えて、この小論を終えています。



【参加者による討議】
・一番目の小論「二十世紀後半に求道者となることについて」では、預言者がキーワードになっている。ユダヤ教やキリスト教では、啓示によって神様の言葉を知り、それを人々に伝える人のこと。預言の中には「将来、こうなる」という予想を踏まえた内容のものもあるが、ノストラダムスの大予言のような将来を予測するだけの「予言」とは異なる。旧約聖書の特に後半は、預言の書といわれる。
・旧約聖書の時代にも、だれが正しい預言者かということを同時代の人が分からなかったことが多い。複雑、混沌な現代社会での、正しい道を示してくれる人がだれかということは、一層難しくなっている。
・その一番目の小論の最後が「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ」という松尾芭蕉の一文と、フランスの社会主義者であるジャン・ジョレスの「過去の祭壇から灰を盗まず火を盗め!」という格言が引用され結語となっている。奉仕する人、すなわち現代の預言者につながる重要な行動について示唆していると思うが、ここに引用した意図や文の意味が十分に理解できないでいる。
・二番目の小論「知る技術」につながるが、たとえば人の上に立つ人が「何を言ったか」ではなく、その発言に至る経緯、どのような問題意識があったのか、自身の思想をもつためにどのように学んできたのか、課題についてどう調べてきたのかといったことがより重要ということではないだろうか。
・上位者の発言が「邪念のない利他的なものかどうか」はとても重要だと思う。
・その点では「知る技術」のp.365からp.366にかけて、サーバントリーダーについて、「生まれつきサーバントになりたいと願う人であり(中略)他者が建設的な方向に進むのを手助けできる人」と書かれていることに注目したい。
・他人の発言をうのみにするのではなく、自分自身で深く考えること。このことの重要性は、普遍的で時代を問わない。
・キリスト教徒の中でクエーカー信徒の倫理意識は、一般的にとても高い。宗教に基づく倫理だ。日本人の倫理意識の源泉は何に基づくのだろうか。
・日本人の場合は古くから儒教を受け入れた後、これを実語教など、幼少期から習い親しむ形に展開している。最初の小論「二十世紀後半に、求道者となることについて」の最後に松尾芭蕉が引用されていることに、何らかの縁を感じる。

・これらの小論を読んで改めてラリー・スピアーズがまとめたサーバントリーダーシップの10の属性(本書、p.572-573)を確認してみた。グリーンリーフの他の論文などでの意見に比べて、今回のクエーカー信徒に向けた提言には、第3の属性である「癒し(Healing)」と9番目の属性「人の成長に関わる(Commitment to the growth of people)」の要素を強く感じる。
・そのことについては、苦しんでいる人が救いを求めて集まる場が教会の原点であるからではないか。原点に立ち返ることの重要性が示されている。
・勤務先でマネジネントに関わっているが、部下に組織の目的を念頭において、ここの目標を設定するようにと常に伝えるように心がけている。目標とそこに向かう方法を細かく考えている中で、目的、つまり組織本来のミッション、存在意義を見失うことがありがちなので注意しないといけない。

・先日、青山学院大学陸上部の原 晋(はらすすむ)監督の講演を拝聴した。原監督が監督就任当時の青学大陸上部は駅伝の予選も通過できなかった。原監督はそのような状況の中でサーバントマネジメントと呼ぶ方法での指導を進めている。大学監督になる前のサラリーマン経営で、組織力を高めることにおいて人を育てることの重要性を認識していたそうだ。
・何よりも成果を挙げていることが素晴らしい。監督と選手の間にWin-Winの関係がある。
・成果は重要だ。ただし、いろいろな組織で求められている本当の成果は何かということをしっかり検討して明確にすることは重要だ、案外難しい。

・キリスト教会というと、多くの人は聖書や神を想像し、それらの記述やことばを詳しく正確に引用したりすることに価値を見出そうとする。本当に大切なのは、そのような表面的なことではなく、崇高なビジョンを示して、社会全体の光となる役割を担うことだ。グリーンリーフもそのように訴えていて、そのことの意義を改めて痛感した。

次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダシップ」第二期第22回(通算第77回)東京読書会は、7月28日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

第9回 大阪読書会 開催報告

6月21日(水)大阪で第9回「サーバントリーダーシップ」読書会を開催いたしました。

本勉強会ではロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」から毎回10ページ~20ページを参加者で会読し、各自の感想や意見を自由に交換しています。

今回はトラスティ(受託者)というテーマに対したくさんのご感想をいただきました。
少しずつイメージができてきた方、まだぴんと来ない方などがいらっしゃり、様々な意見交換がなされました。
当日のご参加者のお声をいくつかご紹介させて頂きます。

【今回の読書会で「気づいたこと」「学んだこと」】
・思いやり等わかっていると思ってたけどわからないことがある
・トラスティ(信託する)の意味付けや、組織のかかわりについて理解が深まった

【今回学んだことで明日から実践しようと思うこと】
・仕事をおろそかにしない。さぼらないという意味でなくより崇高なものへと
・”組織の質の低下・危機が「良い人」が仕事をおろそかにしたことからおきた危機”
 という言葉から、仕事をおろそかにせず最高を目指したい



大阪での次回読書会は7月14日(金) です。途中からの参加でも全く問題ありません(多くの方が途中からの参加です)。ご興味がありましたら、是非ご参加下さい。

※次回開催情報はこちらから

第20回東京読書会 開催報告

第二期第20回(通算第75回) 東京読書会開催報告
日時:2017年5月26日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期東京読書会は、今回、第6章「財団におけるサーバント・リーダーシップ」を会読しました。
この章で取り上げる財団は原著ではfoundationと書かれています。これは、わが国の財団法人とは性格が異なる組織です。米国では20世紀に入り、アンドリュー・カーネギーやジョン・D・ロックフェラーを皮切りに多数の企業経営者が利益を社会還元することを目的に、法人形態の基金である財団を設立しました。米国の財団は、社会福祉的な側面を有することから税制面でも優遇されたのですが、時代が下る中で、企業の隠れた蓄財装置としての役割を持つようになり、やがて米国内で批判の声が高まります。
財団と企業側の政治工作なども散見される中、法令や規制が徐々に整備され1969年の米国税制改革に至り、ようやく財団の形、役割、行動規範が整いました。この章を構成する二つの小論が慈善団体発行の雑誌「ファウンデーション・ニュース」誌に投稿された1973年と1974年は、米国内には財団に対する厳しい意見や見方が残っており、財団自身が信頼を取り戻すために具体的な活動が求められた時代でもありました。(今回の会読箇所:p.329~p.350、16行目。この章の最後まで)



【会読範囲の紹介】
[序論]
・グリーンリーフは、本章の序論で次のように述べます。「奉仕するにあたって一番難しいのは、金銭を与えることだろう(中略)たまに、金星を受け取った人が文句を言ってくる場合があり、金銭を与えた人が気分を害してしまうことが多い」「苦情の裏にある問題の本質が明かされ」ない。
・「財団が道を誤るのは、自らを、特権を与えられた存在ではなく、正義の味方とみなしているから」というグリーンリーフは、「真に奉仕する組織は、特権を与えられた存在であると自らみなしている」と財団に自覚を求めます。そして「この複合的な社会で、財団が十二分に奉仕できる可能性を私は強く信じる」というグリーンリーフの思想を反映した二つの小論がこの序論に続きます。

[財団のトラスティ]
・グリーンリーフは、財団の法務、財務、運営といったよく知られた部分ではない、未調査分野、すなわち財団の人々や組織に対する影響力や財団が尊厳ある組織に変わる機会、について関心がある、と小論の冒頭で述べ、その背景にこの当時(1973年)の米国で影響力を強めてきたボランティア組織への関心の高まりがあると説明しています。それは「アメリカ社会全体の質を上げるには、現在、各組織のトラスティや管理者が持っている権限を活用するしか方法がない」という考えに基づくものです。
・グリーンリーフは、さまざまな規模の財団の貢献を認めつつ、財団は一層社会に貢献できるのではないか、と投げかけます。この時代の米国では、財団組織は存続しうるか、と問われていました。
・「財団の権力は補助金交付の決定にほとんどが集約されており、それは理事だけに与えられる特権である」としつつ、財団が企業は大学、医療現場のように厳しい競争や社会的評価にさらされる組織でないこと、古い慣習に囚われない立場であること、また一般社会から距離があることから批判にさらされることが少ないという特徴を危険な要素として挙げています。「どんな組織は人も、幅広い批判から学んで初めて成功する」からです。
・財団は多くの補助金の申請を受けますが、これに携わる理事や職員は、「自分を全知全能の神と錯覚する」危険性を孕(はら)んでおり、グリーンリーフはこれを発病率の高い職業病とすら呼んでいます。このことについて、グリーンリーフはダンフォース財団前会長のメリモン・カニンガム博士の「民間資金と公的サービス」から引用しています。「提供という行為の危険性は(中略)その仕事が美徳だと思い込むことにあり、これには不道徳な考え方もいくつか付随する(中略)提供という行為はモラルに反する危険性がともなうことを、財団は自覚しなければならないのだ。」
・こうした事情を困難な課題を持つ財団は、組織の性質上、そのトラスティ(注)に最も過酷な責務を押し付けているということを踏まえて、グリーンリーフは財団が本当の意味で奉仕するための提案を行います。すなわち、財団のトラスティが役員や職員の監視役となって直接的、個人的に組織の信頼性を育て、守る人間になること、そのために監視役に徹すること、です。
・グリーンリーフは財団の未来は組織の高潔さやその高潔さの影響力を維持できるかどうかにかかる、として、モラルや高潔さを「対処すべき状況を予期し、行動の自由がある内に行動するという先見の明を指す」と説きます。この高潔さをトラスティが発揮することを求め、「内部に高潔さを築く責務」があるとしています。多くの組織では、官僚的な惰性が蔓延したり、「与える者の奢り病」が発症した時に、管理者の交代、刷新を行いますが、グリーンリーフはこのように、組織を普段は放置しておいて、問題が発生したらトップを交代させることで済ませるような手法を評価しません。
・「トラスティが信託に応える人物として十分に機能し、トラスティという特権的な立場でこそ可能な社会を築く」、グリーンリーフは財団の理事にトラスティとなること、そしてトラスティの役割を全うすることを求めます。この小論当時(1973年)の財団の主たる出資先である大学が無批判に補助金を受け入れることで主体性を失い、資金提供者が大学教育プログラムの決定に介入する事態に懸念を表明しています。
・「財団は公共のものでも民間のものでもない。トラスト(信託)が、財団を言い表すのに一番ふさわしい(中略)理事達が自分たちの役割を民間のものと考えるのを止めてすべてをトラストという言葉に置き換え」ることで組織の質が変化すると述べ、その組織の質が「どれだけ社会に奉仕したか」で評価される時代を予見しています。グリーンリーフは、「財団の大半が一流かつ誠実で、献身的で、人間性を兼ね備えた組織のモデルとして、他の組織の上に君臨」すること、それにより財団のトラスティの新たな役割が定義されることに言及してこの講演を終えました。

[慎重さと創造性 - トラスティの責務]
・小論の冒頭、グリーンリーフは、財団と他の組織の3つの差異を指摘し、この特徴の故に財団のトラスティの機能と運営方法が他の組織と異なると指摘しています。
 - 財団は識者が「撤廃すべき」と断じた唯一の組織カテゴリーである。
 - 財団に所属していない人、つまり外野が「自分の方がうまく財団を運営できる」
   という批判を寄せてくる。
 - 市場によるテストや利害者との調整を要しない責任者による
   自由裁量の幅が大きい組織である。
・財団が長く社会に奉仕する役割を担うためには、「慎重さ」と「創造性」の二面が備わっていることを確認(テスト)する必要があると述べます。
・グリーンリーフは「慎重さ」のテストとは、「隠れた問題やリスクを察知し、それらを油断なく回避できるか否か」であるとしています。財団には市場がないために、他の組織が市場での評価という警告がなく、思慮を欠く行動が財団を政治的にあるいは社会的に糾弾し、長くその汚点を残すことがあるとしています。財団の財産が社会的不正蓄積と見なされる中で、各種の改革案が財団の資金提供により政治的に闇に葬られた、と多くの米国民に思われたことがその一例です(注)
 (注)本書でも言及されている通り、1969年の米国税制改革により
    米国の財団の財産管理については抜本的に改訂された。
・そして「創造性」については、「社会的に役立つアイデアや仕組みをもたらせるか(中略)失敗も顧みずにリスクを冒し、試行し、ねばり強く行動」することを挙げています。そして、アジアでの緑の革命を成功に導いた財団を引き合いに、市場評価が急激な他の組織以上に財団には創造性を働かせる機会が豊かとしつつも、その実績は低調と批判しています。
・これらを踏まえてグリーンリーフは、「有用な組織として財団が生き残れるかどうかは、影響力を持つ一般市民の大多数から、慎重さと創造性を兼ね備えているとみなされているかどうかにかかっている」と断言します。この「慎重さ」と「創造性」という二律背反しがちなテーマに挟まれながら、財団の運営をバランスよくするために、グリーンリーフは財団のトラスティたる財団理事長は、財団を運営する職員と職員から独立した第三者の顧問の意見を聴取することを勧めます。多くの慈善団体が手練手管で助成金を求めてくることで、財団職員は多大なプレッシャーを受けます。その中で冷静で慎重さと創造性のバランスを保つ判断を下し、それを続けるための方法として、たとえコストがかかろうとも財団のトラスティ(理事)に直接進言する外部顧問を起用することを勧めているのです。
・グリーンリーフはこの小論の締めくくりに、次のように述べます。本論冒頭に上げた財団の3つの特性が財団の奉仕の機会を縮小させていること。財団がもっと創造的であれば、第三の特徴にある市場のテストがない組織として、財産は社会に多大な利益を与えることができる。しかしながら財団が十分に創造的ではない故に、社会の批判が絶えず、財団のトラスティが社会の信頼を失ったり、トラスティ自身の人生を貧しいものにしかねない。このような強い警告で本論を終えています。



【参加者による討論】
・本書とは別の研究論文によれば、米国の財団は、現在に至るまで1969年の米国税制改革で形作られたものが続いているという。1970年代のグリーンリーフの2つの小論は、ともに財団が市場の評価を受けないことが組織のもつ弱点だと書いている。
・市場は多数の参加者による売買の場で、売り手や買い手が多数いることが納得のいく価格を形成する条件になる。売り手と買い手は価格の評価者でもある。多数の第三者の視点での評価が多くの場合、正しい方向を示している。
・「与える者の奢り病(本書、p.338)」とは手厳しい言葉だ。自分は良いことをしているという思いの裏返しなのだろう。
・日本企業で外部助成金の基金を管理している人に話を聞いた。助成案件の選択には社外の判断を入れて公正を保つようにしているが、助成申請が大量の上、申請書がきちんと書けていないことが多く多大な時間を申請の支援に当てているという。申請者が申請書作成能力にも事欠く状態だから助成を希望するともいえるのだが、長時間勤務の中で、受付側の支援が指導的態度に変わっていくこともあるのではないかと想像する。
・奢りを防ぐために、自分自身のミッション(使命)を定義して、それと実態に差がないかを監査的に確認することが必要だ。財団のような組織では、監査によってガバナンスが機能しているかどうかをチェックすることが必須である。
・財団が自らの存在意義を認識し、組織目的を浸透させて存立と運営の哲学をもつことは重要。一方で、財団や助成基金の事務方が自分を見失うほど多忙であることは深刻な問題だ。
・組織の中で何らかの役割を担う人に、組織全体が過重に依存してしまうことがある。さまざまな原因があるが、いずれにしても組織の仕組みに改善すべきところがある。

・助成金のことであるが、支援を与えすぎると与えられた側が行動しなくなるという欠点がある。何に、どのように助成の資金を使っていくのか。
・資金を授与する助成事業はたしかに批判されやすい。その割に財団などの支援組織の中にいる人たちが自らのそうした性質を自覚していないことがある。与える側が自己満足に陥り、自分たちを客観的に評価する視線を失いがちだ。「一般市民の大多数から、慎重さと創造性を兼ね備えているとみなされているかどうか(本書、p.345)」という視点で客観的な評価を受けることが大切だ。
・今、言及された「一般市民の大多数から、慎重さと創造性を兼ね備えているとみなされているかどうか(本書、p.345)」というこころで、判断する人を市民と定義、記述している点に注目している。財団の助成のみならず行政サービスなども同じように評価していくことが求められる。透明性が必要という点は共通している。
・財団の資金の使途は、財団に資金を積んだ人、有体(ありてい)に言えば金主の意向による。その資金がどのように使われていったか、その調査と是正も財団の任務だろう。
・1960年代に世界の食料を大幅に増産させた「緑の革命(注)」は、資金を受けた側に自由があり、それが農業生産でイノベーションを引き起こしたことが成功要因の一つである。本書にも「状況を打開したのは新しい発明だった(p.344)」とある通りだ。資金の使途を既知の範囲で判断して制限すると、イノベーションを阻害することになりかねない。
 (注)ロックフェラー財団が1940年代から60年代にかけて、
    国際トウモロコシ・小麦改良センター、国際稲改良センターに資金供給して、
    東南アジアを中心に食糧増産に成功したプロジェクト。
・指摘の点はあると思うが、財団の意識、知識を上げていくことで対応して、資金提供は財団の価値意識と認識の範囲でもいいのではないかと思う。

・財団の本当の姿が周囲に見えずに、評価されないことが多いことが問題ではある。
・単なる広報活動ではなく、まず組織のミッショョン(使命)が仕事につなげる、そこで仕事をする人たちを鼓舞する施策が肝要だ。
・高潔、純粋、見返を期待しないといった高い倫理観に基づいて信念を貫けるかどうか、自らを高潔に保ち信念と貫くことが財団のような倫理的に脆弱になりがちな組織を維持する源泉となる。高潔さという役割を担うトラスティの行動が問われる。
・サーバントが高い理想のビジョンを持つことの必要性と重要性、言うは易く行うは難い課題だ。自分をどれだけ律することができるか。大変に重要な課題である。

次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」第二期第21回(通算第76回)の東京読書会は、6月23日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

第8回 大阪読書会 開催報告

5月25日(木)大阪で第8回「サーバントリーダーシップ」読書会を開催いたしました。

本勉強会ではロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」から毎回10ページ~20ページを参加者で会読し、各自の感想や意見を自由に交換しています。



当日ご参加された方から頂いた感想をいくつかご紹介させて頂きます。

【今回の読書会で「気づいたこと」「学んだこと」】
・「導ける能力があるのに導かないのは悪である」自分にこの能力があるのか・・でも使命感を感じることがあります。
・“組織とは「人間が第一」という強固とした背景のもとに打ち立てられたリーダーシップ”

【今回学んだことで明日から実践しようと思うこと】
・人にしてもらった親切でいちばんうれしかったことを他人にする
・まやかしの薬を使い過ぎない



その他にも「いろいろな本の紹介が参加者の皆様からあり有用でした」といったお声も頂きました。

大阪での次回読書会は6月21日(水) です。途中からの参加でも全く問題ありません(多くの方が途中からの参加です)。ご興味がありましたら、是非ご参加下さい。

※次回開催情報はこちらから

アデコ株式会社様より当協会理事長真田宛に取材がありました

アデコ株式会社様より当協会理事長真田宛に取材がありました。



今回の取材はアデコ様が発行している企業向け情報誌「Power of Work」の特集『世界最先端のマネジメント』に関するものです。
当日は、サーバントリーダーシップに関するインタビューが実施されました。
6月上旬頃より冊子・Webにて掲載予定です。詳細は追ってご案内致します。

昨年に続き横浜女学院中学校にてサーバントリーダーシップの授業を行いました


昨年に引き続き、5月16日、23日に
横浜女学院中学校にてサーバントリーダーシップの授業を行いました。



文部科学省は、平成26年度より将来、国際的に活躍できるグローバル・リーダーの育成を図るために「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」事業を開始し、横浜女学院様は文部科学省より、「SGHアソシエイト校」として指定を受けました。(詳細はこちら
その一環として横浜女学院様から当協会へ昨年よりご依頼を頂いております。

第19回東京読書会 開催報告

第二期第19回(通算第74回) 東京読書会開催報告
日時:2017年4月28日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期東京読書会は、第5章「教育におけるサーバント・リーダーシップ」の最後の小論を会読しました。この章には4つの小論が掲載されていますが、その最後は、ウッドロー・ウィルソン財団が米国の75の大学とともに行うシニア・フェロー・プログラムのレビューに先立って行われた講演録です。この講演は1974年に行われ、大学におけるリーダーの選抜と育成について語っています。(今回の会読箇所:p.316 10行目からp.328の 3行目、この章の最後まで)



【会読範囲の紹介】
・ウッドロー・ウィルソン財団は、リリー基金の補助金を基に約75の一般教養課程大学(カレッジ)の参加によるシニア・フェロー・プログラムを実施しました。一年経った1974年の秋、このプログラムへの参加者によるレビュー会が開催されました。その席上でのグリーンリーフの講演記録です。このプログラムには企業、政府からの参加者や教職員が1~3週間をウッドロー・ウイルソン・センターに滞在して行われます。そのプログラムの第一の目標は学生への奉仕がプログラムの提供です。
・「最も生徒のためになる教育を目指すフェローといった大学のリソースを最大限に活用する機会を提供」し、それは「学生への奉仕がプログラムの第一目標」とするものです。
・グリーンリーフはこの制度がうまくスタートしたと評価しつつも、「シニア・フェローがこのプログラムを最大限活用しているとは言い難い」と批判しています。その批判の対象は財団ではなくカレッジであり、「カレッジは何をなすべきか」を問いかけていきます。
・彼は、一般的なシニア・フェローと位置付けられるビジター(大学を訪問して学生向けの何等かの活動を行う大学の部外者)を、大学生への貢献の観点で3つに分類します。
 - いわゆる「大物」。学生の集客力があり、集まった学生が注目度の高い問題に触れている
   という気分を体験させることができる。
 - 大学の文化を豊かにする人々。コンサートや講演会を実施する。
 - 特定分野の専門家、科学者。同じ専門分野の教職員や学生の興味をかきたてる。
・グリーンリーフは、ウッドロー・ウィルソン財団のプログラム参加者に、上記3つ以外の、「企業、産業界、専門的職業、政府で実経験を積んだ人間」が「学生たちのために役立てられる」 ような第4のシニア・フェローのカテゴリーを示しました。
・「どの大学にもしっかりした学生のグループ(おそらく多数派ではないが、実力はある)がいて(中略)、すでにサーバントとしての倫理に専念し」ており、大学には「そうした可能性がある学生を発掘し、指導していく(後略)」ことを求め、「シニア・フェローが奉仕する対象として最適なのは、こうした学生たち(後略)」であると指摘しています。さらに、シニア・フェロー制度の成否、すなわち「教育上の利益」は大学のプログラムの継続性であると強調しています。
・素質ある学生には「才能を成熟させる特別な手助け」が必要である一方、「責任感のある人間になる可能性を持つ学生(を)選抜するのは困難」であり、素質について教職員が学生に正しく伝えることで、一部の学生は自分の素質や才能に気づき、何らかの反応も期待できるとも述べています。
・グリーンリーフは、こうした話をしながら、「なぜ大学は、並はずれて責任感のある人物となりそうな学生を発掘し、指導しないのでしょうか。こうしたことが明らかに拒絶されていると、私は断言できます」と経験に基づく強い批判を述べます。彼自身が資金や時間を費やして大学によるリーダーシップ教育を支援してきたものの、そうした支援活動が途切れた時に、大学はその教育を止めてしまったのです。「これには驚いたものです。大学とは、学生の教育にとって大事だと信じていることを実施するために活動し、豊富と言えない資金もすべてその活動に費やすものでしょう。しかし、私が述べたことを、その大学は単なる義務としてか見なしていなかったのです」というグリーンリーフのことばが聴衆に注がれました。
・20世紀初頭に大学生だったグリーンリーフは、彼の恩師(注)による「文化全体の底上げをするような影響力」を感じ、それこそが大学教育の在り方であるという信念を持っていて、その点からの現代(1970年代)の大学教育への批判にもつながったのです。
 (注)カールトン大学におけるドナルド・ジョン・カウリングを指すと思われる。
    本書第8章(邦訳 p.409~458を参照)
・グリーンリーフは、この講演が行われた1970年代になっても、大学が自分たちは世間から隔絶された世界を作り上げていると自己認識していることに疑問を呈します。彼は、「責任感のある人間になる可能性を持つ学生が、大学時代を、この先経験するものと同様に現実だとみなさねばならない(中略)学生たちは大学の環境で、その才能を目一杯伸ばしていくように行動しなければなりません」と学生に自覚を促しつつ、「しかし彼らには助けが必要なのです」と改めて大学の役割の重要性を述べます。
・19世紀後半に人口の 1%だった米国の大学進学率は、この時代(1970年代)には、50%に及んでいます。グリーンリーフは、もはや大学が「非現実的で、実際的ではない場」ではいられない、つまり特定分野の学究にのみに専念してはいられない社会的影響力の強い組織であるとの自覚を持つことを促します。その中で、シニア・フェローは学生とともに「実務」を行い、大きな刺激を与えることが重要な役割であると説きました。
・大学が「(リーダーの素質がある)学生を発掘」することは比較的簡単であるが、「奉仕しようという意志と明確な目的、決断が必要」であるというのがグリーンリーフの主張であり、また大学への期待です。そして、大学の中に「学究的な分野とそうでない分野とのコミュニケーションを活発に行うべきだという認識が、育ってきたことを感じています」とも認識するグリーンリーフは、ウッドロー・ウィルソン財団の、そしておそらくすべてのシニア・フェロー制度への応援を、「現在、私は学んでいる最中ですが、これまでに学んだものをみなさんと分かち合える機会を嬉しく思います」という言葉とともに述べ伝えました。



【参加者による討議】
・グリーンリーフがシニア・フェローとして訪れた大学から「現実の」世界の代表者として紹介されたことを批判している(日本語版、p.325)が、大学の言い分を受け入れるとすると大学は非現実の世界ということになる。何が現実で何が非現実なのだろうか。
・現実はビジネスの世界、大学は学術の世界にありビジネス界から隔離された世界と自己規定しているのだろう。グリーンリーフは、ことばに対して誠実であり、学術の世界であっても存在の価値と社会の役割があると考えて、自虐的に自己規定していることを批判していると考える。
・前回の会読範囲である「一般教養と、社会に出ること」(邦訳、p.300~p.316)で、大学においても社会の中にある不確かなことを学習すべきだ、と課外活動のプログラムを提案していた(p.313~p.315)。学術のもつ断定的な世界観は、一般社会では使えないことが多い。
・経営戦略論で日本の第一人者である大学教授も大学の経営学では経営ができない、と述べている。大学や大学院においてビジネス社会との接点がもっとあってしかるべきではないだろうか。
・自分は最近の大学の動向や卒業したての若い人を見ていると、大学と社会は完全に切り離されたというよりも、いろいろなつながりが出てきたように感じる。社会人による大学と大学生、大学院生へのフェローシップの浸透のためのメンター制度を準備、整備していくことを強化したらよいと思う。
・社会人であるフェローの役割は大学生をインスパイアすることだろう。学生もフェローの指導によって潜在能力に気がつくことが多いのではないか。学生側にもより強い関心と準備が求められる。

・この小論の最後の方で、グリーンリーフは「さまざまな分野で研究員が就いている地位を獲得する見込みのある学生を選び・・・(邦訳 p.326)」と述べているが、このことの意味や大学やシニア・フェローの役割は何だろうか。
・グリーンリーフの論では見込みのある学生を選ぶのは大学の役割となっている。その少し前では「大学は、自身の素質に気づくように学生を促す役割をシニア・フェローに頼ってはなりません(邦訳 p.323)」と明言している。シニア・フェロー自体は、教育行為自体を生業とする狭義の教育者ではないという意味だろう。
・シニア・フェロー制度も制度自体のオーナーが誰か、その職務の役割と目標といったことを慎重に読み取っていく必要がある。
・教育の平等、という視点で、スポーツ選手などと同じように当初から素質のある人を選抜することについて、違和感はないだろうか。
・間接的に聞いた話であるが、米国の高等教育は知識の伝達が目的であるのに対して、英国では高等教育にエリートを養成するための選抜の要素があるという。英国貴族に代表されるように社会の特権を得ながらも、国家危急の折は国民に先立って犠牲となるようなエリート、リーダーを選抜し教育している。
・経営戦略論で日本の第一人者である大学教授も大学の経営学では経営ができないと述べている。大学や大学院において、ビジネス社会との接点がもっとあってしかるべきではないだろうか。
・自分は最近の大学の動向や卒業したての若い人を見ていると、大学と社会は完全に切り離されたというよりも、いろいろなつながりが出てきたように感じる。社会人による大学と大学生、大学院生へのフェローシップの浸透のためのメンター制度を準備、整備していくことを強化したらよいと思う。
・社会人であるフェローの役割は大学生をインスパイアすることだろう。学生もフェローの指導によって潜在能力に気がつくことが多いのではないか。学生側にもより強い関心と準備が求められる。

・今の議論を踏まえると、重要なのは資質であると感じる。グリーンリーフの弟子のラリー・スピアーズはサーバントリーダーシップの属性を10にまとめているが(邦訳 p.572-573参照)、教職員がリーダーシップとして教えることができるのは、こうした属性や特性だろう。リーダーとなる人材選抜自体が目的ではなく、学生がリーダーシップ属性の説明を受けて、それをもとに自分の内なるリーダーシップの存在に気が付くかどうかが重要ではないか。大学の役割は気づきを促すことにある。
・「気づきを促す」というのは具体的にどうするのか。説明することで気がつくのだろうか。
・気づくこと自体も素質であり、本人の責任ということになる。
・気づきへのプロセスを多面的に準備しておくことが必要条件になると思う。
・前回会読した小論「一般教養と、社会に出ること」(邦訳 p.300~p.316)でグリーンリーフ自身が気づきに向けたプログラムを5つに整理して提案している箇所がある(邦訳 p.313~p.314)。ここで書かれていることも大学は気づきの場を提供する役割を担うことを意味している。

・こうした教育が本当に大学でできるのだろうか。また、本当に大学がそうした教育を準備する必要があるのだろうか。
・日本の大学では、学生が大学・大学院、あるいは文部科学省が用意した社会に出るためのプログラムに参加せず、自らの意志でポスドク(注)に留まってしまうケースが多い。どうやってプログラムに参加させるかが課題になっているという。  
 (注)ポスト・ドクターの略。博士号(ドクター)を取得しながら大学などでの正規研究員と
    ならずに、非正規研究員として研究活動を続ける人。
・自らの意志でポスドクを選んでいる以上、放置しておいて良い問題だと考える。高等教育を受けながら社会での居場所を求めない学生、戦前は高等遊民と呼んでいたが、そうした人物は昔からいた。
・個人が自らの確固たる意志をもって選択しているのであれば、放置しておいてもよいという意見に賛成するが、惰性の中で自らの意志を明確にしないのは、社会問題としての側面もあるのでは。日本の大学進学率が5割近くになっている中で、単に教育のすそ野を広げた結果という話とは異なる課題だと思う。
・日本では少子化という問題も無視できない。少子化自体は、学生個人の責任に帰す問題ではないが、この状況のもとで、活動の度合い、すなわち active rateのアップが社会要件となっている。そのような人物は昔からいた、では済まない状況になっていると考える。

・とかく非難されがちなゆとり教育だが、たしか藤原和博氏だったと思うが、その良さを説いている。ゆとりがあることで学ぶ側に選択の自由が生じるということだ。
・強制的に学ばねばならないという状況から解放されると、自由な発想と行動でとてつもない成果を生み出す天才が誕生することがあるが、その一方で、多くの学生が怠惰な世界に埋もれる。
・知識の詰め込みでも社会全体の能力はそれなりに向上する。日本ではきちんとした整理のない中で「ゆとり」という概念が行動規範になってしまった。その結果、本来、日本人が持って勤勉という特性も失われたと思う。
・青山学院大学陸上部の原監督は、入部を希望する学生について陸上の名門高校などで上からの指示のみで猛練習を積んだ選手上がりの学生ではなく、自分自身で好きな道を見つけられる学生を評価して選抜している。今の就活生を見ていると資格、語学学習、留学といろいろな活動実績を誇っているが、それらの下支えとなる自己の意思がどこまで存在するのか、疑問を禁じ得ない。

・大学でのリーダー選抜やリーダーの育成、教育を考える場合、日本の大学の学費負担の問題を無視できなくなった。大学の学費の無償化についても検討すべき時代だ。
・大学の無償化となると国の財政が耐えられないだろう。意欲のない人への無駄金も発生する。貧困家庭への支援といったメリハリが必要。貧困問題は、学費のみに限らず、子供や若者の食生活を悲惨なものにしているケースすら増えてきている。
・奨学金の返済に追われ、ときに自己破産する人も出てきている。深刻な課題である。
・デンマークでは大学院まで無償であり、社会人、つまり就職した後で、新たな学びや学び直しといった目的で大学や大学院に再入学や進学することも珍しくない。ご存知の通り、社会保障が厚い分だけ税金も高い。
・税と社会保障は自分たちの社会をどう構成するかという考え方、すなわち国民の選択の問題だ。
・いずれにしても社会の衰退が問題化している中で、大学などの高等教育を通じたサーバントリーダーの育成は必要であり急務だ。その教育システムを的確に享受できる仕組みが経済的な面から脅かされていることへもっと注意を払っていく必要がある。

次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」第二期第20回(通算第75回)東京読書会は、5月26日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

第7回 大阪読書会 開催のご報告

4月19日(水)大阪で第7回「サーバントリーダーシップ」読書会を開催いたしました。
本勉強会ではロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」から
毎回10ページ~20ページを参加者で会読し、各自の感想や意見を自由に交換しています。



ご参加頂いた方からは
「コミュニティの定義について 愛とビジョンと相手を信じる力はコミュニティで活かされるということ。サーバントリーダーシップを看護に共通点が多いこと。」(医療業界関係者)
「今日の範囲は、一人で読んでいても何が語られているのかさっぱりわかりませんでしたが、一緒に読むと意味が見えたり疑問がわいたりしました。」
といったお声を頂きました。



大阪での次回読書会は5月25日(木)です。
途中からの参加でも全く問題ありません(多くの方が途中からの参加です)。
ご興味がありましたら、是非ご参加下さい。

※最新の開催情報はこちらから

第18回東京読書会 開催報告

第二期第18回(通算第73回) 読書会開催報告
日時:2017年3月24日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期東京読書会は、第5章「教育におけるサーバント・リーダーシップ」の会読を続けています。

読書会のようす

今回は、この章の4つの小論の内、3番目のものを取り上げています。ペンシルバニア州カーライルにあるディキシンソンカレッジで1974年に行った、「一般教養と、社会に出ること」というテーマでの講演録です。未来を担い、社会のリーダーとなることを期待される大学生へ、大学で学ぶ一般教養(リベラルアーツ)の意義を説きました。大学教育の見直しが進む現在の日本にとっても重要な意味を持つ内容と思われます。(今回の会読箇所:p.300 5行目からp.316の 9行目まで)

【会読範囲の紹介】
・グリーンリーフは、ディキシンソンカレッジ(注)で過ごした数日間で、「多くの学生が職業やキャリアの見通しに並々ならぬ不安」を抱き、そのことで多くの質問、特に大学での経験が社会人の準備期間として適切か、という質問を受けたと話し出します。彼はその質問にはすぐに回答できないと言います。彼自身の若いころと比べて社会の変化が激しく、自分の経験が直接には役立たないということもありますが、大方の質問に対して、その回答を見つけるには「自分で学ぶ以外にない」というのが彼の本音だからです。
 (注)1783年創立、1884年より共学化したペンシルバニア州立大学。リベラルアーツが中心。
    現在は学生数約2,400人。海外40大学と留学協定を持つ国際色のある大学としても有名。
・そしてこの講演が「一般教養と、社会に出ること」という講演タイトルであることを踏まえて、一般教養科目で教える内容が実社会での「生活費を稼ぐ」ことや、将来の親となるときのその役割、あるいは市民としての役割と乖離(かいり)していることを認めつつ、一般教養を学ぶことの意義を説明すると述べています。
・「よい社会では、教育を受けられる人はすべて、まず一般教養を学ぶべきだ」というのがグリーンリーフの考えです。それは「特定の職業に直接役立てるのではなく、どの職業にも共通して役立つように」との思いが根底にあります。その一方で、どの職業にも役立つ一般教養とは何か、という難しい問題を生み出します。
・グリーンリーフは「自分の為の知識の追求のみに留まらず、社会の善と個人の尊厳をもたらすための、現実の仕事への社会的な参加を導くもの」というディキンソンカレッジによる一般教養の定義をもとに、「社会に奉仕し、奉仕を受ける」という彼の一般教養の学習に対する独自の目標を示しました。そしてこのことは、大学の役割が社会に奉仕することでその恩恵を受ける(現代社会に奉仕し、奉仕を受ける)、リーダーたる学生の養成にあり、それを具現化するための教育プログラムとして一般教養の意味が重要になると指摘しています。
・グリーンリーフは、現代を農業社会から「(政府、企業、大学、慈善団体などの)都市を基盤とした大組織に支配される世界」に変貌した社会だと定義して、人々がそうした社会の価値認識と諸問題への対処法を学びきれていない、と説明します。こうした現代社会をG.K.チェスタトンの初期の著作、「正統とは何か」(注)から、次のように引用して説明しています。「(前略)この世界がほとんど完全に合理的でありながら、しかも完全に合理的ではない(中略)人生は非論理の塊ではない。しかし論理化の足許をさらう程度には非論理的で(中略)見た目には確かに正確に見えるのだが、その下に不正確なところが隠れている(後略)」
 (注)Gilbert Keith Chesterton (1874-1936)。原題はOrthodoxy、
    グリーンリーフの論文では1924年の執筆とあるが、刊行は1908年。
    邦訳「正統とは何か」(安西徹雄訳、新装版2009年、春秋社)
・そうしたあいまいさが私たちの世界の避けられない特徴である、とグリーンリーフ自身の目に映る実社会のあいまいな実態を列挙します。
 - (現代の米国では)タバコやアルコールが規制されないにもかかわらず、同程度の毒性であ
   るマリファナは犯罪となる。
 - 受刑者への刑務所での教育が功を奏さず再犯率が高い。
 - 社会に貢献する発想力と創造性に富んだ人が後に残すのは、「自由」ではなく「教育を混乱
   させる熱狂」である。
 - 遊び人で名をはせた大学理事が学生の要望に基づく規則の緩和に消極的。
 - スポーツハンティング(自然保護との対立、矛盾)
 - 問題の詳細な調査ではなく、短絡的な解決方法を求めて感情を高ぶらせる巨大組織のトップ
   の存在
 - 問題から目をそらし、なかったことにしたがる巨大組織のトップの姿勢
 - 大学が混乱する時代(注、1970年代はじめ)に、学生たちが陥っている不安を直視しない大
   学学長の存在
これらの例を挙げながら、グリーンリーフは、「仕事の世界とは非常に曖昧」であることに改めて言及しつつ、そうした中で学生が学ぶべきことは、「‘正しい質問をする’という高度な技術」である、と説きます。そして、「学生にその答えを与えられる人間がいることを期待するのも現実的ではありません(中略)、(社会に出ると)直面する問題に対して実際の場で対応方法を学ぶだけ」というのが彼の持論です。
・こうしたことを背景に、グリーンリーフは、「必要に迫られたらすぐに洞察や発想を受け取れるように、認識する力を鍛え」た上で、社会に飛び込むことを推奨し、さらに「信頼に足る根拠とは、自信の中にあります」と、未知なるものに飛び込む自信、必要な時に洞察ができるという自信、実際現場で見出した回答が正しいと信じる自信を体得するように勧めています。
・グリーンリーフは一般教養は実際に直面する複雑な問題への対処の素養を磨くためのものであるとして、現在(1970年代の米国の)大学での教養課程には、そうした要素があることは認めつつも、社会への準備のためのものという意味合いがまだまだ不足していると指摘しています。
・自らを組織理論家として理想主義者(注)であり、コンサルタントとして漸進主義者、あいまいなものを扱う仕事が好きである、と分析するグリーンリーフは、ディキシンソンカレッジへの助言を述べています。
 (注)グリーンリーフは、このことについて、
    本書第1章~第3章に収められた論文を読んでほしいと記述している。
・第一は学期ごとに目標を示すこと。大学の支援者である社会は、それ自体が「限られた資源」であること認識されるようになりました。その結果、支援者たる社会は有限な資源の使い方を検証すべく、大学の目標と成果を精査するようになります。このために大学は、常に「未来への流れに沿った」目標を示す必要がある、というものです。
・第二は、「現代社会に奉仕し、奉仕を受けるための準備」を当面は限定された大学教育プログラムの目標として掲げるというものです。スタート時点では不人気でしょうが、これを求める大学教職員、学生が現実に存在することを指摘しています。この教育プログラムに関わる教職員の条件を次のように述べています。
 - 少数の学生を訓練するのに手を貸す目標に専念できること。
 - このプログラムの目標を完全に理解していること。
 - 学部手続きなどを含むプログラムの推進を担う実行力があること。
・当初は単位の対象とならないこのプログラムの実行には、新入生の有志を集めて団結力の高いチームを作るように提言しています。その際の勧誘の例示を次のように行っています。
 - 自分たちの目標は、積極的で団結力のある学生グループを作ることである。
 - 大学という共同体を現実の典型的な共同体として理解すること。
 - 教職員のリーダーシップのもと、大学生活を通じて人間としての成長の測定と卒業後も成長
   しつづけるための計画、管理する方法を学ぶ。
 - 将来経験するさまざまな組織とのかかわり方を学び、メンバーと教職員に相談できる。
 - グループの団結のもと、他者に奉仕する使命を達成する。
 - メンバーはこのグループでの活動を最優先することが求められる。
・グリーンリーフは大学を現実社会とは隔絶された、社会の練習場と考えることを拒みます。

読書会のようす

【会読参加者による討議】
・本書(日本語版)のp.303に「社会に奉仕し、社会から奉仕される」という表現が出てくる。この小論の中で何度も出てくる表現であり、この小論以外でも散見する。この表現の意味するところは何だろうか。キーワードは「奉仕」だと思う
・ここの表現は、原書を忠実に訳したものだろうが、普段使うことばであれば「社会に貢献し、社会から恩恵を受ける」といった意味だろうか。
・奉仕する/奉仕されると書かれている点は、社会貢献が結局のところ他者に対する支援や貢献であり、それはインタラクディブ、相互に関わり合いのあるものだからではないか。他者への貢献の姿勢については、よく言われるが、同時に恩恵を受けるときの心構えも問われると考えている。
・他者に働きかけるときは、相手が何をしたいと思っているのか、しっかり洞察して見極めること、さらに他者との共感が成り立つことが必要条件だ。

・大学教育における一般教養(リベラルアーツ、Liberal Arts)の役割を整理したい。
・本書(日本語版) p.305からグリーンリーフが「私の色眼鏡と通して、(社会の)曖昧な」実態や決まり事を並べている(本報告前半の要約参照)。実際の問題として、現時点では、世の中とはそのようなものだ、と言いながら、敢えて割り切って受け入れるべきもの、改善を必要とするもの、といろいろある。一般教養の学習は、そうした割り切れなさを正しく割り切るための、いわば一人前の社会人になるための職業訓練の一種と思っている。
・中国の奥地での4年間の赴任経験がある。新たに作った海外合弁事業の初代責任者として赴任したが、本社からの具体的な指示や忠告もない手探り状態だった。そのような中での自分の味方は古典だった。王陽明などを読んだ。そこで培った経験が現地の人たちとのコミュニケーションや関係を活発にする要素だったと思っている。
・自分も最近は寺に通って、親鸞の正信偈や教行信証(注)などを読んでいる。こうした書物から大きな世界をとらえることができると考えている。
 (注)教行信証は浄土真宗宗祖、親鸞(1173-1263)による真宗の根本聖典、
    正信偈は真宗の仏徳や原理を韻文化したもの、教行信証の末尾に収められている。
・本書(日本語版)のp.309からp.310にかけて、3つの自信を示している(本報告前半の要約参照)が、自分はこの「自信」を「経験」と読み替えることができると思う。「奉仕すること」と「奉仕されること」はどちらが先行するのだろうか。自分は前者の「奉仕すること」ではないかと思う。働きながら年齢を経るにつれて「社会に役立ちたい」という思いが強まっている。
・自分は逆に「奉仕される=恩恵を受ける」という経験が先行するように考える。その経験が「ほかの人に与える」という動機を作るという流れになるのでは。
・社会がどうあるべきか、ということが前提ではないだろうか。その中で奉仕する、奉仕されるという社会活動が生じる。両者は順を織りなすことでもあり、視点を個人から社会に動かせば、順序の問題はなくなる。

・陽明学に「知行合一」という有名な言葉がある。直接的には知識と行動の一致のことであるが、その知識とは世の中を良くするためのものである。世の中の土台としての学問、それが一般教養なのではないか。
・サーバントリーダーシップフォーラムなどで、協会は「サーバントリーダーシップとはいわばOS(注)である」という説明をしている。パソコンでもスマートフォンでもさまざまなアプリケーションがきちんと動くようにOSが管理しているのだが、それにならえば、組織や人を動かすさまざまな技法である会計や契約実務などの実学がカバーする分野がアプリケーションで、その通底にある原理が一般教養ということかもしれない。
 (注)Operating System。コンピューターを動かす基本ソフトウェア。
    データ、アプリケーション、ハードウエアなどのコンピューター資源、
    システム全体が正常に稼働するように管理するソフトウェア。
・いまの日本の大学の一般教養科目は、単に大学1、2年向けの礎課程の教科という位置づけになっており、本質的な意味でのリベラルアーツとは異なっている。おそらく米国の大学も同様だろう。
・ヨーロッパ中世の大学、つまりユニバーシティでは、神の世界を上に置いた中で、人間が扱う世界の原理を学ぶことをリベラルアーツとして学んでいた。自然科学万能の現代からは、中世は頑迷で遅れた時代にしか見えないが、人智が及ばない世界があることを認識して、謙虚な姿勢で人間の世界の原理を追求する姿勢にあふれている。アイザック・ニュートンは力学分野での近代物理学や微積分の祖として自然科学者としての印象が強いが、彼は神の存在、神の世界を前提に置いて、その中での原理を追求し、現代に続く偉業を達成した。
・実学をほんとうに実学たらしめるために一般教養があるのだと思う。社会は不完全であり、不合理な面も多数ありながら成り立っている。
・「正しい問いをすること」というグリーンリーフの教えも深い意味がある。社会に不合理が存在することを避けることができない以上、「正しい問い」を行う姿勢の教育は重要だ。
・その意味で古典に学ぶことが多い。歴史の中に現代につながる教訓がある。
・長距離ランニングのトレーニングに「初心者あえてゆっくり走る」というものがある。それによって、足、脚の毛細血管が鍛えられ、長距離をしっかり走る土台が作られる。古典を学ぶことはその話に通じるものがあるように思った。
・サーバントリーダーシップの本質は、謙虚な姿勢で真理を追究することにある。グリーンリーフはリーダーが真理への道を見出すために、サーバントとしての心構えと、本物の一般教養の学習を求めていたのだろう。

・今回の会読範囲、すなわちグリーンリーフの講演では、「保守」に関する歴史的名著であるチェスタトンの「正統とは何か」(注)を引用し、これが重要なモチーフになっている。正当(justness)は、正統(orthodoxy)に宿るということだろうか。真理を追究するという点で、リーダーシップの役割について、いろいろと考えさせられる討議だった。
 (注)Gilbert Keith Chesterton (1874-1936)著Orthodoxy。
    邦訳「正統とは何か」(安西徹雄訳、新装版2009年、春秋社)

次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」第二期第19回(通算第74回)の読書会は、4月28日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

第6回 大阪読書会 開催のご報告

3月22日(水)大阪で第6回「サーバントリーダーシップ」読書会を開催いたしました。
本勉強会ではロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」から毎回10ページ~20ページを参加者で会読し、各自の感想や意見を自由に交換しています。



当日ご参加された方から頂いた感想をいくつかご紹介させて頂きます。

【今回の読書会で「気づいたこと」「学んだこと」】
・一番驚いたのが「気づきは安堵を与えるものではない・・・」です。著書『サーバントリーダーシップ』は本当に奥が深いなとつくづく実感しました
・一歩下がる勇気について

【今回学んだことで明日から実践しようと思うこと】
・気づきを与える質問をメンバーにしていく
・自分がありのままの状態で人に接すること
・明日から相手の話をそのまま聞く様に努力します



その他にも「色々な方の感じたことが知れて勉強になりました。今後も参加していきたいです」「スピード的にもじっくりと意見交換ができました」といったお声も頂きました。

大阪での次回読書会は4月19日(水) です。途中からの参加でも全く問題ありません(多くの方が途中からの参加です)。ご興味がありましたら、是非ご参加下さい。

※次回開催情報はこちらから

3月7日「サーバントリーダーシップ 入門講座(東京)」開催報告

3月7日(火)、「サーバントリーダーシップ 入門講座(東京)」を開催いたしました。

本講座はサーバントリーダーシップとは何かを皆さんと共に学ぶ初心者の方向けの講座です。



ご参加頂いた方からは「サーバント・リーダーシップの基礎的な知識を得られた」「時代に沿ったリーダーシップのあり方の大切さに気づけました」「サーバントリーダーシップを実践できるようになるための自らの課題が明確になった」といったお声を頂きました。



今後も様々なテーマの勉強会を開催予定です。ご興味のある方は、ご参加下さい。

※今後の開催情報はこちらから

第17回東京読書会 開催報告

第二期第17回(通算第72回) 東京読書会開催報告
日時:2017年2月24日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期東京読書会は、前回から第5章「教育におけるサーバント・リーダーシップ」の会読に入りました。



この章は彼の4つの小論が掲載されており、今回は、2番目のものを取り上げています。この小論の内容は、いろいろな大学の理事に特定の大学の理事役になってもらい、グリーンリーフが新しい教育プログラム(講座)設立の寄付を行うという想定で、模擬討議を行うというものです。大学の理事にこれからの大学教育の在り方を「自分事」として考えてもらうためのものですが、グリーンリーフの巧みなリードもあって真剣なやり取りが展開されています。(今回の会読箇所:p.288 からp.300の4行目まで)

【事例を考慮する理事たち】
この章の第2の小論は、グリーンリーフがいくつかの大学の理事25人と模擬討論を行ない、その議事録からの抜粋です。集まった理事たちはチェスウィック大学の理事という役割を担い、ここにグリーンリーフが「かなり厳しい異例の条件」を付した1,000万ドルの寄付を申し出て、そのことで理事と議論するという状況設定を行っています。
[理事への事例問題]
・グリーンリーフは、チェスウィック大学の理事(の役割を演じる多くの大学の理事)に、この1,000万ドルの寄付に関する「条件」をつけます。
1.基金への投資の禁止(1,000万ドルを貯め込まずにすべて使うこと)
2.現在実行中の教育プログラムへの追加投入の禁止
3.200万ドルを「現代社会に奉仕し、また奉仕を受け、与えられた機会を使って成長できるよう学生を訓練する」プログラム作成の調査費として使う(すなわち、社会と学生の両方が満足を得られる教育プログラムを作成する)
4.上記3.のプログラムの有効性が認めれば、残り800万ドルを支払う。
5.上記3.のプログラム開発においてチェスウィック大学の現在の学長、教職員、学生に助言を求める場合、この資金から報酬をだしてはいけない(理事が責任をもって作成し、チェスウィック大学に仕事を任せることはしない)
6.決定はすべて理事が行う。関係者や第三者への丸投げを禁止し、理事の責任において行う。
7.資金提供から実行までの期限は5年、その間の行動がないときは寄付金を没収する。
・以上の条件がついた 1,000万ドルの寄付金について、寄付者を装ったグリーンリーフと寄付を受けるチェスウィック大学の理事を演じる多数の大学の理事が議論を始めます。
[討論]
・寄付者を演じるグリーンリーフは、チェスウィック大学理事を演じる大学理事から、チェスウィック大学は、すでに現代の社会のために尽くし役立つ人材を輩出し、大学としての成果を上げていると自負する。あなた(グリーンリーフ)が探しているのは、その点で自らの役割や実績を理解してないような、怠惰な理事会ではないのか、という質問を受けました。
・これに対し、寄付者を演じるグリーンリーフは、現在は一流の大学においてもリーダーシップ教育が欠如していると指摘し、実力のあるチェスウィック大学を起点に、リーダーシップ教育に積極的に取り組むことを求めて、この寄付を行うと宣言しています。
・次に、提供される寄付金について、理事への報酬として使うことを認めるが、教職員や学校経営者への給与および学生への奨学金としては使えない理由を問われ、グリーンリーフ(寄付者)は、この問題を理事に自分も問題として受け止めることを求めているためである、と説明しました。
・理事からこの寄付で大学を自分(グリーンリーフ)の意のままにしようとしているのではないか、とこの寄付金の意味と意義を尋ねられたグリーンリーフは、一つは社会への奉仕と社会からの恩恵を両立させ、「与えられた機会を利かして成長するための心構えを学生に持たせる」ために必要な資金であること。二つ目に、この資金の有効、有意義な活用を理事たちにみつけてもらいたい、という願望があることを回答しています。
・グリーンリーフは、この資金を寄付する理由について、現代に合った大学におけるリーダーシップ育成教育の在り方を理事が自ら考えること、財政を理由にその思考を止めないこと、という趣旨の説明を行います。あくまで想定によるやりとりですが、現役の大学理事からは消極的な、ときには猜疑心に満ちた質問が重ねられます。
・すでに実績のある大学の教育プログラムについて「すべてを投げ出せ」ということか、と問われたグリーンリーフは、理事たちの判断で、残すものは残しても良い、と答えます。その上で、学生と社会が相互に貢献(奉仕)し、互いに高め合うプログラムが形作られれば、それが既存のプログラムに取って代わるだろうと予言します。グリーンリーフは、自分(たち)は、高等教育の現状を心得ていて、「今の状況自体も新しい方法で検討されるべき課題として認識している」と指摘して、「教員たちの行動の怠慢さや、経営者のリーダーシップ不足」を批判しています。
・グリーンリーフのこの発言に、現在の教員は不要なのかという反論を受け、彼は、そうではなく、理事たちはその提案の感想のみ教員に尋ねることを許容していて、最終的な決定とその責任は理事にあることを再度強調しました。さらに態度の煮え切らない理事に奮起を促しつつ、このことを通して、「貴重なことをふたつ、成し遂げる」と説いています。一つは「後任者の注意の喚起」であり、二つめは教職員らとのコミュニケーションを通じて、「理事の決断に役立つ情報の入手」の可能性が高まることです。
・グリーンリーフは、この対話当時の米国の大学の問題点として、以下の3つを挙げています。
  - 現在の大学のプログラムが社会に尽くし、
   社会から恩恵を受けることで成長できるという実感を学生に抱かせていない。
  - 大学の管理機能が教育プログラムの迅速で効果的な修正機能をもっていない。
  - 理事の強いリーダーシップがなければ、大学は安定した軌道に乗らない。
さらにその課題の原因として、組織の中で学部が強すぎ、教職員が自分の専門分野の研究や社会的名声や内部の人間関係に注を払い、大学や学生に注意を向けていないことや大学の経営者が学部をリードできないことを挙げています。
・そして、グリーンリーフは、理事との対話のやりとり、その前提としての資金提供を「優秀な大学(優秀な教職員がいるという意味)の理事に、社会からの信頼を大学に築くための新しいリーダーシップを確立する方法を与えること」であるとして、理事による大学教育の改革を目指すように、と彼の思いを強く述べています。



【会読参加者による討議】
・グリーンリーフと大学理事のやりとりからなるこの提言を通読して、本書の第3章で詳述されたトラスティについて、きちんと把握しておく必要があると認識している。本書日本語版のp.169からp.174にトラスティの定義があるが(注)、そこをもう一度読み直している。
   (注)2016年8月26日第2期第11回読書会(東京)において同範囲を会読した。
・「ルーティンは創造性を駆逐する」、ハーバード・サイモンによる「計画のグレシャムの法則」がそのまま当てはまりそうなやり取りだ。200万ドルの予算がつく調査局面で、他国での事例を調べるといったアイデアも出なかったのかと残念に思う。会社経営でも日常に埋没すると、新規開発に手が付けられなくなることが散見される。
・やりとりの中で、教職員に意見を聞くという部分がある(日本語版p.299-300)。ここで大学の組織の有体(ありてい)が示される。理事が教職員と異なる視点を打ち出せるか、というところだろう。
・グリーンリーフは、理事の強いリーダーシップがなければ、大学は安定した軌道に乗らない、と述べている。これは、グリーンリーフが提唱する理事の考えに基づく教育プログラムを企画、開発する段階のみならず、実際に実行に移したあとも同じだろう。理事の理念を明確にして、運営に当たらせることが必要。そのあたりのビジョンがあるかどうかが問われている。
・理念をしっかりと確立した上で、環境変化に応じて実行の内容を変えるべき、という考えからすると、このやり取りの中では、理事の対応が澱(よど)んでいる、という印象がぬぐえない。理事の内発的動機による発言や行動が見えてこない。
・名目だけの理事による教職員の教育現場の追認では、何も変わらない。
・企業でも、現場を守りたい、自分たちを守りたいという感情が先走り、組織が変革の役割を担わないことがあるが、大学の理事にはそれを超える役割が期待されているはずだ。
・大学が掲げる理念が学生まで下りていないこともありそうだ。自分が卒業した大阪市立大学は、創立者である関一元大阪市長(注)により実業に奉仕する人間に高等教育をという理念をもつが、在学中にそれを感じられる機会は限られていた。
  (注)関一(せきはじめ)、1873-1935年。大蔵省、東京高等商業学校(現、一橋大学)
   教授などを経て、1923年より大阪市長を務める。大学設置の他、道路・公園整備、
   地下鉄建設、大阪城天守閣再建など多方面の活動は都市計画の模範ともいわれた。
・支援者、応援者からの資金集めについては、その組織が信頼されれば、無理なく資金が集まるだろうと思う。企業活動でも同様だ。
・教育プログラム(講座)の資金となると、実態は寄付。その講座の内容や意義を関係者に理解してもらうことが重要。その役割を担ってこその理事だろうと思う。
・何よりも大学の存在意義を再定義し、理事の役割を討議していくことが肝心ではないだろうか。大学の経営を担う理事には、率先して大学本来の意義を考えていってもらいたい。

・この提言は、架空の仮説ではあるが、リーダーシップのための新しい教育プログラム(講座)のために、1,000万ドル、現在の為替で11億円の資金を提供するという話になっている。小論当時の水準だったら今の50億円以上と思われる。現代であれば、この資金を使って、どういうリーダーシップ研究の講座が設置されるだろうか。
・大学の講座ではないが、優秀な大学に直結する付属校の設置を一案と考える。青少年時代を含むある程度の期間、一貫した理念に基づいて教育を受けることに効果があると思う。その昔、大学の付属高校の生徒だった自分は、担任の教師から「小中学校の教員は教え諭すと書く教諭。大学の教員は教えを授けると書く教授。高校では教師と呼ぶが、その意味で自分は生徒の師たらんとしている」といわれて感銘を受けた。その教師の下で大学受験に惑わされずに過ごせたことは貴重な経験だった。
・大学受験には知識の丸暗記で臨んだ記憶が強い。そのことに後悔はない。大学では暗記以外の学習のプロセスがある。トータルとして学習における暗記と思索のバランスをうまくとることができるかが大切なのだろう。
・暗記というか知識の量は、その人の能力の一面でしかない。社会に貢献できる人材を育成、その社会貢献のスキルを体得すること。スキルというと表面的な作業能力のイメージが強いが、たとえば海外で自国のことを正確に説明できることなども含まれる。
・自分の子供が通学している高校は、生徒に知識を暗記することを強制せずに、強化の中の学習対象に興味をもたせるような指導をしている。自分の子供は、その分野の本を自ら購入するなど、高校までとは異なった、自主的な学習の姿勢を見せている。
・社会の構造は、上位2割が意欲的な牽引者、中間6割は単についていくだけ、下2割が落ちこぼれ、という2-6-2の法則があると言われるが、下の2割が意欲的になるような働きかけ方を考慮してみると良いと思う。
・バーチャルな街づくりを題材とした「シムシティ」というゲームがある(注)。大学などの高等教育とこのゲームの共通性を感じていた。まず大きな構想、ビジョンをもって、その上で地道に構築を続けていかないといけない。いうまでもなく実際の教育現場はゲームよりもはるかに難しい。
  (注)マクシス社(現、エレクトロニック・アーツ)社)による
   都市経営シミュレーションゲーム。米国で1989年、日本では1990年に発売された。
・わが国では、企業による研修が社会人教育の重要な役割を担ってきた。その中で、2020年問題と呼ばれる事態、つまり1971年から1974年前後に生まれた団塊ジュニア世代が40歳台後半から50歳となる中で、それに見合う十分なポジションや管理職としての仕事がないという状況に直面しつつある。さらに、そのころには、1,000におよぶ地方自治体が破たんするとの予測もある。そんな状況を迎える中で、若い人たちの社会参加、社会貢献とその成果、この小論の中でいう「社会に奉仕し、社会から奉仕される」、つまり社会に貢献し、その社会の恩恵を受ける世界をどのように実現していくのか。現代の日本においても真剣に討議されるべきテーマが示されたやり取り、論文であったと思う。

次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」第二期第18回(通算第73回)東京読書会は、3月24日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

2月24日「サーバントリーダーシップ 入門講座 大阪」開催のご報告

2月24日(金)、大阪にて「サーバントリーダーシップ 入門講座」を開催いたしました。
本講座はサーバントリーダーシップとは何かを
皆さんと共に学ぶ初心者の方向けの講座です。



ご参加頂いた方からは
「『スキルではなく哲学』という解釈により、
 より深くサーバントリーダーシップについて理解できました」
「サーバントリーダーを目指して日々鍛錬していこうと思いました
 (エンドレスジャーニーだと思いますが。それぐらい奥が深い)」
「サーバントリーダーシップを実践している企業の話を聞けてよかったです」
といったお声を頂きました。



今後も様々なテーマの勉強会を開催予定です。ご興味のある方は、ご参加下さい。

※今後の開催情報はこちらから

第5回 大阪読書会 開催のご報告

2月23日(木)大阪で第5回「サーバントリーダーシップ」読書会を開催いたしました。
本勉強会ではロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」から
毎回10ページ~20ページを参加者で会読し、各自の感想や意見を自由に交換しています。



ご参加頂いた方からは
「皆さんの自由な意見が非常にためになります。
 仕事からも家庭からも一歩離れたこの読書会への参加を楽しんでいます」
「少しずつですが、私の物事の見方、見え方が変わっているのを感じてます」
「異業種の方のお話、体験が聞ける場として楽しませて頂いています」
といったお声を頂きました。



大阪での次回読書会は3月22日(水)です。
途中からの参加でも全く問題ありません(多くの方が途中からの参加です)。
ご興味がありましたら、是非ご参加下さい。

※最新の開催情報はこちらから

社会医療法人大雄会様で講演を行いました

理事長の真田が、昨年に引き続き1月7日(土)、2月25日(土)に
社会医療法人大雄会 様で講演を行いました。



当日は、役職者の皆様にサーバントリーダーシップについて学んで頂きました。


当協会と愛媛大学との共催フォーラム「社会から求められるリーダーシップ教育を考える」が行われました。


2月14日、当協会と愛媛大学との共催フォーラム
「社会から求められるリーダーシップ教育を考える」が行われました。



本フォーラムは、
愛媛大学社会共創学部様より理事長真田へご依頼頂き実現した企画です。




当日は、教育改革実践家で奈良市立一条高等学校校長(元杉並区立和田中学校長)藤原和博氏や四国建販株式会社 代表取締役社長の永野能弘氏、愛媛大学 社会共創学部からは西村勝志学部長、若林良和副学部長、松村暢彦教授、山中亮准教授、学生支援機構学生支援センターの平尾智隆准教授などにご登壇頂きました。

※フォーラム概要はこちらから

第二期第16回 東京読書会(通算第71回) 開催報告

第二期第16回(通算第71回) 東京読書会開催報告
日時:2017年1月27日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期読書会は、今回から第5章「教育におけるサーバント・リーダーシップ」に入ります。この章は4つの小論と章全体のまとめである前文で構成されています。今回は前文と最初の小論を会読しました。敬虔なクエーカー教徒(注)でもあるグリーンリーフが1973年の初めに開催されたクエーカー教徒教育審議会での、「理事に向けてのセミナー」における提言です。教育熱心なことでも有名なクエーカーの教職理事セミナーには、高等教育のみならず初・中等教育の理事も大勢集まっていたことが想像されます。(今回の会読箇所:p.269 からp.287の最後まで)

(注)17世紀、イングランドでジョージ・フォックスによって創設された宗派であるキリスト友会とその信徒への呼称。平和、誠実、平等、質素を貴ぶ。現在の信徒数は全世界で60万人(北米12万人)、わが国では新渡戸稲造らが同会信徒である。



【前文】
グリーンリーフは、この章の前文を建築家のフランク・ロイド・ライトが若き日に、「芸術とは何か」というタイトルの講演で、アンデルセンの童話「人魚姫」の一部を朗読して、「みなさん、これが芸術です」という一言を発したというエピソードから始めています。彼はこのエピソードを「経験から学ぶことを第一とし、抽象概念を扱うことが苦手な」アメリカの教育問題の象徴として挙げました。
「われわれが必要とする教育と、現在の教育との間にはギャップがあり、そのギャップについて社会的不安が高まる」と述べるグリーンリーフは、アメリカの教育プログラムの問題を次の3つにまとめています。
・リーダーとなる素質がある人材にリーダーシップを教え込んでいない。
・リーダーの社会的地位に対する教育者の偏った姿勢。
・価値観の指導に関する現場の混乱。
グリーンリーフは、これらの問題意識をもって「教育におけるサーバント・リーダーシップ」について研究し、セミナーや投稿を通じて彼の見解を表明しています。

【フレンズ・スクールと「権力と権限」】
この章の最初の論文は、1973年の1月にクエーカー教徒教育審議会主催のセミナーでおこなわれたグリーンリーフの「理事に向けてのセミナー」の原稿です。
このセミナーでのグリーンリーフの提言は、「教育全体のプロセスは、今後数年のうちに徹底的な大改革に向かう」という彼の予想で開始されます。教育の効果を認めて投資を増やしてきた米国社会には、その投資効果に対する疑問が生じ、不満に高まってきつつある状況を察知しつつも、「学校」に代わる仕組みがないのが実情です。その中で、グリーンリーフは、「今こそ新しく築き上げるときである」と高らかに唱え、彼の教育におけるリーダーシップ論を展開していきます。
[権力と権限]
権力と権限の言葉の使い方はさまざまですが、グリーンリーフは権力という言葉を「強制する力」という意味で使用し、そこには「公然と強要する」「陰で操る」を含むと定義しています。そして権限については「権力の使用を正当化する認可」という意味で使用するとしています。
グリーンリーフはこの二つの言葉から最優先の問題を導き出しました。
問題1 - ある人たちは何を学ぶべきか知っているので、そういう人に権限を持たせるのが当然だという判断 - これは支持を得ているのだが。 
教育者は、教えることについて学生や生徒よりも自分たちの方が多く知っているという考えから、学習の内容は教える側が定めるものとすることは常識だと考えています。グリーンリーフはこの常識に対して、「判断する際には間違いが起きる(間違いどころか悪かもしれないが)可能性があることをきちんと知らせるならば、その理解によって、学生の成熟度は増し、組織化された教育に対する彼らの尊敬の念が高まるかもしれません」と訴えます。彼は、教師、医師、看護師、ソーシャルワーカーなどの職業人が「受け手が最も必要とするものを、受け手以上に自分たちは知っている」と思いがちであることについて、ダンフォース財団のカニンガム元会長の著作にある「与えることは倫理的に見れば危険」という記述を踏まえつつ、「思い」が本来の目的を逸脱して、悪の発生源となる危険性を指摘しています。その指摘は、「強制すること」、さらには「与えること」から悪が発生する可能性に拡張され、ボランティア組織で「非営利という姿勢を美徳と考えること」がモラルを危険に晒す可能性がある、という例示もなされました。「自分たちは理想を体現していると自覚するとき、モラルは危険性にさらされているのかもしれません」という警句は、友人の社会学者の「職員の個人的な人間関係の質は、組織が提唱する理想的な姿に反するものとなる」という言葉を引用しながら繰り返され、とくに企業においてより強い危険があると述べられています。善意の持つ危険性について強い思いが見られます。この危険に対する彼の考えは、「本当の意味で試金石になるのはどんな組織に思いやりを求められるかということです」という意見を表明し、その舞台は「大企業」であるというのが彼の意見です。
「すべての権力は滅び、絶対的な権力は必ず滅びる」というアクトン卿の格言を正しいと思うグリーンリーフは、組織における権力の利用についての注意点を以下のように述べています。
・自分たちの活動がどんなものであれ、そこから悪が発生する可能性がある、と自覚する。併せて権力を使う教員をはじめとするすべての人々にそのことを自覚させる。
・組織内の権力バランスがきちんととれているかを確認する。教職員の権力について、生徒や保護者、理事、教員以外の職員にも何らかの権力を持たせる。
グリーンリーフはこれらの発言を強制で進めるのではなく、ここから対話が生じ、それをもとに全員がさらに賢くなることを望んでいます。権力の持つ危険性への対処を自ら率先していると思われます。
問題2 ? 教育システムは、すべて強制のもとに成り立っているという事実。まず、十六~十八歳に達するまでは学校に通わせること、という法的義務がある。次に、学位証明書を餌にして、学究的な教育を続けさせるという強制力が存在する。学歴は高校卒業資格から始まり、博士、ときにはそれよりも上まで続く。
グリーンリーフは、この問題について義務教育や教育による資格認定がなくなったら、生徒にはどのような影響があるかと課題設定することから始めます。新しいテクノロジーによって失業した人の職能育成のためにグリーンリーフが代数を教え、その人が高校レベルの代数を迅速に習得したという成功体験は、代数に興味のない生徒に教えなければならない義務教育では通用しない話、というある校長先生の意見に失望します。彼はモチベーションを持ち合わせない生徒への教育者の努力の浪費を指摘し、その解決方法を問いかけます。
[未来への希望?]
前章での権力についてのグリーンリーフの二つの問題提起、「よき行いという考えに潜むモラルの危険性」、「教育プログラム全体に敷かれている強制力の拡大」、この二つの問題に、グリーンリーフは次のような提言をしています。すなわち、生徒に対処法を学ぶように促す以上にできることを当面の最善としつつ、「長くて暗いトンネルの果てに光はある」と信じる者に光が存在する、とデンマークでの国民高等学校の例(注)を引用して、「若者にふたたびやる気を起こさせる」という課題解決において、デンマークの例は現代のアメリカにも適用できるという主張です。

(注)本書第1章(日本語版 p.81-p.84)参照。19世紀、貧しかったデンマークに、グルントヴィの長年の努力で国民高等学校が多数設立され、20世紀のデンマーク反映の基礎となった。

さらに、19世紀のデンマークと20世紀後半の米国は、ともに社会的抑圧の下にあり、その改善には若者の意欲が不可欠である、中等教育に期待されるのは、その意欲を育てることだ、と展開します。この実現に向けてなしうることは、「何かボランティア的なこと、人間としての精神を高めることに挑戦」するように、その中でさらなる前進への衝動を感じるかどうかが重要だ、と促しています。
この主張を裏付けるために、グリーンリーフは、彼同様に敬虔なクエーカー教徒であったエリザベス・バイニングによる、やはりクエーカーの聖職者であったルーファス・ジョーンズの評伝「人生の友」(注)を引きつつ話を展開します。

(注)エリザベス・バイニングは戦後の占領時代の日本で、皇太子殿下(現、天皇陛下)の家庭教師を務めた。本書日本語版の注記に「人生の友」の邦訳なしと書かれているが、2011年に「友愛の絆に生きて ‐ ルーファス・ジョーンズの生涯」(山田由香里訳,教文館)として刊行されている。

「ジョーンズなら‘変化’について何かしら助言してくれるだろうと、私は確信しています」とグリーンリーフは、バイニングが描くルーファス・ジョーンズを読みながら思索を続けます。変化が急進的で痛みを伴うとしても更なる変化が必要であり、変化の中で生き残れた場合の生き方、変化それ自体を目標とする生き方への反省などです。
彼の変化に対する考え方は、中国の古典の「易経」(えききょう)(注)に至り、第二次世界大戦時の中国学者ヘルムート・ヴィルヘルムによる易経の研究に言及していきます。「(前略)事実を考えてみれば、常に変化していることにたちまち傷つくでしょう。修練の足りない人は、特別な事象しか変化と認めません(後略)」。変化は自然の流れであり、停滞は死のみならず堕落をもたらす。変化とは無意識下の自発的発展傾向である。安全とは正しい場所にいることを自覚することであり、安心感とはものごとが正しい方向に進む確信である、など三千年近く前に表わされた易経にからヴィルヘルムの著述を引用してグリーンリーフは教育問題の本質に切り込みます。グリーンリーフは責任感を持って変化に対処することの厳しさに理解を示しつつ、「冷静に考えて自分の道が正しいと思うなら、ただ前進あるのみ」というメッセージでこの提言を結んでいます。

(注)中国古代、周の時代の書物。「卜(占い)」の文書にさまざまな天文、地理、物象などを陰陽変化の原理、解釈が追記されている。孔子により集大成されたとして四書五経の五経のひとつとされる。



【会読参加者による討議】
・この章全体を説明した「前文」にある、学校の奉仕、つまり使命は生徒を上流階級に送り込むことではない(p.272)、という点に注目した。学校、ことに大学などの高等教育で何を教えるべきか、この後に書かれているリーダーシップや価値観の指導については、米国のみならず、わが国でももっと注意が払われるべきだろう。
・サルマン・カーンが主宰するカーンアカデミー(注)は、学習教材を大量にYouTubeに載せるプロジェクトを展開している。やりがいを求めて、多くの人がこの教材を利用して勉強している。教師が一方的に与える教育から、教わる側が求めているものを明確にして自主的に学ぶことにシフトしている。

(注)サルマン・カーン(1976~)。米国生まれ(バングラデシュ系)の教育者。2006年よりカーンアカデミーを主宰。

・前文の後に読んだ、職を得るために代数の知識が必要な成人が高校一年で教わる課程をすぐに体得したという話(p.281)は、学ぶ側の意欲が鍵であり、カーンアカデミーはそこを踏まえていることが成功につながっているのだろう。
・親族が日本に来る外国人労働者に、夜間、日本語を教えるボランティアをやっている。日中の激務の影響もあって、生徒の外国人労働者の意欲が低かった。あるとき学習教材となる日本語の書籍を自分で選ぶようにさせたところ、学習意欲が劇的に改善した。生徒は、それぞれがもっている課題に基づいて教材を選んでいるので、自然に意欲的になる。
・教育は生徒を上流階級に送り込む手段ではない、というグリーンリーフの主張は、翻っていえば、当時の米国の教育が均質化していることを指摘しているのではないだろうか。40年以上昔の米国でグリーンリーフが感じた危機感は、まだ解決されていない。トランプ大統領を選出した昨年の選挙、さらに先日の大統領就任後の動き、そのバックボーンとなる米国民の考え方などに思いを巡らせると、そう感じざるを得ない。

・クエーカー教徒教育審議会の講演の中で、グリーンリーフが「まず、自分たちが行う活動がどんなものであれ、そこから悪が発生する可能性があると認識しましょう」と教育者の善意に対して強く警告している(p.279)。わが身を振り返ると、自分の下に配属されてきた新卒新入社員に、最初はすべてを指図しながらも、徐々にその人間のもっている適性に合わせた教育をしなければならないと自覚しつつ、現実の仕事を前に、達成できないでいる。これが「悪の発生」の根源かもしれない。
・箱根駅伝で青山学院大学を3連覇に導いた原監督は、大学生選手など若い人にものごとを教えるときに、「これは、あなたのためのもの」と伝えるようにしているとのこと。教育において不可避の「型にはめる」という段階で、このことをきちんと伝える必要がある。
・古来、芸事の習得に「守・破・離(しゅ・は・り)」という段階があると言われている。師匠の教えに従う時期、その殻を破る時期、師匠から離れて自分の型を持つ時期の意味だ。教える相手がどの段階にいるのか、教える側は教わる側が守から破に移行するところをきちんと把握して教え方を変えないといけない。
・「守」の時期は重要で不可欠。落語の立川談志師匠(注)は、弟子にまず古典落語をマスターさせた。彼自身もそうだ。その上で彼も多くの弟子も破天荒な落語を披露しているが、基本を踏まえたものは「型破り」、基本を体得せずに無軌道にやっているのを「形無し」と呼んで区別していた。

(注)7代目(自称5代目)立川談志、1936年~2011年。「型破り」な落語で高い評価と人気を博す。現在も落語会に大きな影響を持つ立川流を創設。参議院議員、沖縄開発庁長官も務めた。

・趣味でサックスを習い始めたのだが、先日、尾崎豊の「I Love You」を思うままに気持ちよく吹いていたら、先生から「それは音楽の型を知らない演奏」と怒られてしまった。
・教える側が自己陶酔に陥って、本当に教えるべきことと教わるべきこととがずれてしまうことが多い。奉仕の精神がいつしか押し付けになることもある。
・コンビニエンスストアチェーンのセブンイレブンでは、「相手のための仕事」と「相手の立場に立った仕事」の違いを強く意識するように言われる。「セブンの商売では、商品の売れ筋は買い手が決める、売り手にできることはない」ということを理解し、買い手の立場に立つことが重要ということで、教育にも適用できる話だ。

・この章の冒頭のフランク・ロイド・ライトによるエピソード、芸術について語る、としてアンデルセンの人魚姫の一説を朗読したこと、について感じることが多い。「芸術作品」を読み上げることで、聴衆に何かを感じさせる。「気づかせる、感じさせる」ことの重要さを示している。
・一方で、現実の教育の持つ難しさも認識しないといけない。わが国では四半世紀前から「ゆとり教育」が、失敗と評価されて撤回された。ゆとり教育への移行と揺り戻しを見ていると、ゆとり教育を導入した時に、グリーンリーフが指摘した3つの課題(本書p.271-272、本報告冒頭)の認識が共有されていなかったのだろうと思われる。日本の学校教育がもつ欠点だろう
・慶応大学の安藤寿康教授が著書(注)の中で、諸外国の学校教育と比較して、日本の学校が、特に初中等教育において、生徒に多様な経験を積ませていることを評価している。著書では多様選択肢のある部活動や修学旅行が挙げられているが、その他にも小学校から実施している社会見学、掃除当番や給食当番の体験も含まれるだろう。多くの国で、所得格差 → 成人前の社会経験量の格差 → 才能伸長・発揮の機会格差 → 所得格差・・・と連鎖するケースが見受けられるが、わが国では初中等教育で、生徒に多様な経験させることがこのスパイラル防止につながっている面がある。

(注)安藤寿康著「日本人の9割が知らない遺伝の真実」(SBクリエイティブ(SB新書),2016年)

・教育を受ける側が教育の中身、つまり対象に興味を持つことが肝心。仕事上の後輩であれ、家庭での子女であれ、教える側は教わる側をそこに導くことが任務だ。
・子供食堂などの支援活動を行っているが、今日の討論を通じて教育に関する自分なりの「答え」を出すことが求められていると感じた。自分の考えを自分のことばで評価して、しっかりと熟成させていくことが必要だと痛感する。

次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」第二期第17回(通算第72回)の読書会は、2月24日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

第4回 大阪読書会 開催のご報告

1月6日(金)大阪で第4回「サーバントリーダーシップ」読書会を開催いたしました。



本勉強会ではロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」から毎回10ページ~20ページを参加者で会読し、各自の感想や意見を自由に交換しています。

ご参加頂いた方からは
「いつもここにくると癒されます。勇気をもらったり落ち込んだりするのですが最終的にほっとします。ありがとうございます。」
「参加者のいろんな意見や体験を交えて読書すると“サーバントリーダーシップ”というむつかしい本でも楽しく読めて嬉しかったです。」
といったお声を頂きました。

次回の大阪読書会は2月23日(木)です。途中からの参加でも全く問題ありません(多くの方が途中からの参加です)。

※お申込フォーム・最新の開催情報はこちら から

第二期第15回 東京読書会(通算第70回) 開催報告

第二期第15回(通算第70回) 東京読書会開催報告
日時:2016年12月22日(木)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期読書会は、今回は第4章「企業におけるサーバント・リーダーシップ」の2回目であり、この章の最終回です。この章は彼の3つの提言から構成されていますが、今回は残りふたつを会読しました。中小企業への提言と大企業向けの提言です。長年の企業勤務の経験も踏まえてのものでしょう、グリーンリーフの提言は、具体的で強い確信に満ちたものとなっています。(今回の会読箇所:p.250 からp.267の最後まで)



【会読範囲の紹介】
[中小企業から大企業への成長に関する覚書]
第2の提言は、グリーンリーフがある優秀な中小企業のCEOと主要株主に向けた提言です。彼はこの提言により優秀な中小企業がその質を維持しながら成長を続け大企業となる方法を示しています。
グリーンリーフは大企業と中小企業の境界を「一個人のみの単純な予測だけで、企業が効果的に機能するか、否か」の点であると指摘し、中小企業がその分岐点に到達したかどうかの見極めの難しさをはじめ、大企業となったときの後継者問題やリーダーシップへの要求が面倒なものになるといったリスクを説明しました。グリーンリーフは、中小企業が拡大していく中で、トップが「日常業務管理者を脱して、仕事を達成するための進行管理責任者となること」を推奨しています。中小企業のトップたちに「自律的に動く組織」への脱皮を促したのです。
グリーンリーフは、中小企業のトップが経営を部下に委ねることを躊躇することは、よくある話としつつ、「みなさんは現在の運営方法を維持したまま、初めの一歩を今踏み出す」ことを勧めました。そしてビルダー(注)としての役割に向かって進む中で、次々と現れる「慎重さを要する次の一歩基盤」をクリアしていく道筋を示しています。
    (注)組織の創設者
中小企業の経営者は自らの課題解決にコンサルタントを雇うことが多くありますが、グリーンリーフは企業経営上の問題に対する「答えを得るには、最も有能な部下に、自分たち社員の問題として解決させるべき」と次のような意見を述べています。
・最も有能な部下に任務を任せることで、疑問点は適切に絞られる。疑問点を明確にしておくことで、その部下が疑問点の的確性を判断してくれるだろう。
・疑問点に対して、コンサルタントは有益な答えを示してくれない。疑問点はその企業の社員、すなわち社長の部下が解決すべきである。
・社員に解決させるのは、正しい答えを社内で実践する方がよほど難しい場合が多いからである。社外コンサルタントの解答が正しいとしても導入は叶わない。
・重大な問題に対して優れた解決策を見つけて導入することに創造的なやりがいを強く感じる有能な人材を育てよ、それが中小企業のワンマン経営者から大企業の会長(チェアマン)になる最良の練習である。
・こうしたことを経て、中小企業の経営者であるみなさんの役割は答えを見つけて導入することからプロセス管理者へ、さらに専門的な管理者となりやがて会長になることも可能である。
グリーンリーフの意見は自信に満ちた明確なものです。その一方で、彼は、本書第2章「サーバントとしての組織」、第3章「サーバントとしてのトラスティ」で分析した大企業の運営管理と取締役会双方の構造への考察について、モデルとなる組織は現在一つもないと述べています。
さらに考察を「トップの構造」のみの分析から「作業グループにも注目し、それを時代に適したものに変えていく必要があります。(中略)適切な職業観はまだ確立されていない」と経営者が今後、視野を広げる必要性に言及しています。本提言から半世紀、現代にも通じる課題です。
ハーバード経営大学院教授の故・フリッツ・レスリスバーガーも指摘した職場の中間管理職の問題、すなわち、計画は上位者がたててしまい、これを遂行、完了させる責任が中間管理職に課せられているという矛盾があることに同感するグリーンリーフは、これに対する解決策として、労働組合を認めることを挙げています。労働組合を万全の解決策ではないと認めつつ、作業グループを建設的な集団とする過程での組合の必要性を主張しています。「重要なコンセプトは、仕事は社員のもの」との観点で、企業の中の作業グループを理解していくことを説きます。作業グループを組織全体の礎石と位置づけ、労働組合を労働者の守護者、経営者を企業所有者の代理人と位置付けることは今日では当然のことですが、その中で、管理面でのリーダーシップの新しい構造を作り中間管理を不要とすることを主張しました。そして、中小企業の経営者に対し、「ワンマン経営の企業から、自主性を備え、多くの有能な人材が集まった、創造的な活力あふれる企業へ変革すること」へのチャレンジを、そしてチャレンジ精神を持つことを強く推奨して提言を終えています。

[社会的方針を生み出すビジネス・リーダー]
第4章の最後の提言は1974年に書かれたものです。米国の主だった組織に「社会のサーバントになれ」と訴え続けた彼に、グリーンリーフの「サーバントとしての組織(注、本書第2章として収録)」を読んだ企業の取締役から「積極的に社会に奉仕する組織とはどういうものか」という照会を受け、その問いに答えたものです。
この提言は、前記事情により監査のためのアウトラインは省いているとしつつ、企業の取締役を対象者と想定して書かれています。
グリーンリーフは、企業が目指すものは、経済的な成功、すなわち収益をあげることで評価され、役職員、株主、取引先などの利害関係者(ステークホルダー)から社会的評価を受けること、という一般的な定義を掲げます。しかし、その中で明確な定量的指標が確立された経済的成功に対して社会的取り組みの判断基準が確立されていないことを指摘しています。以下のような活動を推奨し、また質問してきた企業のために、具体的な行動指針の例示も行っています。
1.法的要件を充足するのみならず、独自の指標に基づく社会貢献で「法律の先を行く」ことを求める。
2.当該企業の利害関係者からの意見、見解を集積する仕組みを作り、本社(米国)と各国の支社は、情報を収集する。
3.5人ずつの社員と管理者で構成する調査特別委員会を設置し、社員の参加プログラムを検討し、報告する。
4.10人の管理者による調査チームを設置し、社内のすべての職位における権力と権限の調査と報告。
5.必要に応じて前2項の作業を支援するスタッフを配置。
6.他企業の動向調査、同様の問題を扱う競技館への参加、年次の活動の報告
この提言は、1974年にリリースされたものですが、グリーンリーフは前記の活動の納期について、1975年から76年にかけての具体的な日付を記入する力の入れようです。
前項の6つの提案における報告は「方針を決定する取締役と、運営上の決定を下す管理者」がそれぞれの立場で利用します。グリーンリーフは、取締役から管理者への「助言を与えるための独立した情報源」を作成し、方針と運営の一致と安定をめざすことを推奨しています。
「自社がより大きな社会的責任を負うべきだと取締役の皆さんが考えるなら(中略)まずは自分たちが始めなければなりません(中略)生じた問題を課題と受け止めて対処することも必要です。その結果、企業の質は高くなり、すべての人に利益がもたらされます。」 グリーンリーフは変革のリーダーであることを強く期待して提言をまとめています。リーダーシップについて照会を行った取締役への回答をすべての企業人、すべての人に向けて行いました。



【会読参加者による討議】
・グリーンリーフの最初の提言「中小企業から大企業への成長に関する覚書」の中で、大企業への拡大を望む中小企業が労働組合を設置することを推奨していることに注目した。1970年代、まだまだ東西の対立、つまり社会主義や共産主義諸国との冷戦状態が厳しい中、社会主義的な思想に対するアレルギーの強い米国で、こうした意見を表明したことに驚いている。
・自分の父親が製造業で技術職として働いており、父親の労働組合員としての活動も間近に見ていた。そのときの組合の印象は、企業内での従業員の横のつながりのために重要な組織というものだった。長じて、自分が就職した金融機関では、組合は従業員の処遇についての会社と合意するための組織。名前も従業員組合。法律があるから設置している、という位置づけだ。
・やはり組合というと、労働争議まで行かずとも、赤い腕章を巻いた姿などを思い出す。グリーンリーフが労働組合を取り上げた真の意図に関心がある。
・経営者が労働組合を警戒することは、一面で理解できる。自分の勤務先は過去に組合が強くなりすぎて、経営に容喙(ようかい。口をはさむこと)し、経営の屋台骨が揺らいだこともある。なぜ、組合が権力を志向し、実際にこれを持ってしまうことがあるのか。
・勤務先の労働組合は、55年ほど前に若手社員が従業員菅の給与や福利厚生などの処遇の不公平があるとの抗議行動がきっかけとなって自主的に結成された。結成から約10年間、上部団体に加盟するかどうかが内部での最大の論点だった。結局、上部団体に加盟せず単組、つまり単独の組合活動を行っている。上部団体に加盟することによる組合の運営上、財政上のメリットと、加盟による特定の政党を背景とした政治活動への参加を求められることとの比較を重ねた結果だ。
・勤務先に組合組織はないが、陰の組合ともいえる不満分子の集団がいる。さまざまな事柄について根回しが必要になっている。
・根回しは組織について回ることがらだが、いつも非効率だと思う。形ある組織との交渉や連絡のメリットは大きい。グリーンリーフが労働組合を忌避したであろう半世紀近く前の米国で、その活かし方を示した慧眼(けいがん)に敬服する。

・今の議論で、個人の価値観と仕事そのものが持つ価値観の調和という課題を改めて認識している。

・サーバントリーダーシップの説明に使われる逆ピラミッド型の組織図(注)を思い出す。その組織図では顧客との接点を持つ従業員が最上位にあるが、自分自身が小規模な企業の経営者として、この意識を常に持っている必要性を感じる。現在の規模であれば、自分一人で従業員ひとりひとりと接点を持てるが、今後、規模が大きくなる機会があったとき、自分一人では限界が来る。組合の必要性について理解できる。
(注)池田守男、金井壽宏「サーバント・リーダーシップ入門」(かんき出版、2007年)の「Ⅱ.サーバント・リーダーの経営改革」に、著者の一人、資生堂元相談役の池田守男氏(故人、元・日本サーバント・リーダーシップ協会顧問)が考えた逆ピラミッド型組織についての説明がある。
・逆ピラミッド型の組織図には、経営者たる者は腰を低くせよという道徳的なことだけではなく、未来に向けた道筋を見出している人は現場におり、経営者はその英知をきちんと受け取るべし、という主張が込められていると思っている。
・どうしても経営者などの組織の上位者ほど、自分だけが意識や周囲への目線が高く、正しいことを知っているとの錯覚に陥りがちである。ことに中小企業の経営者に顕著だ。


・本日の二つ目の提言「社会的方針を生み出すビジネス・リーダー」で、企業の社会的取り組みに対する評価指標の確立を強く推奨している。この点では昨今のCSR(Corporate Social Responsibility。企業の社会的責任)という概念を先取りしていると思う。
・昨今はCSRからESG(Environment、Social、Governance。環境、社会、企業統治)へと概念が拡張している。1980年代に欧州で社会的に悪影響を及ぼす企業の排除する動きがあったが、それが発展し、現在は持続的社会の形成や社会課題の解決に貢献した企業を評価して、そうした企業に対する投資を促進する形になっている。ESGは企業の本業活動や業績と社会貢献の連動やエンゲージメントと呼ばれる投資家と企業の対話が重視される。
・日本ではGPIF(年金積立管理運用独立行政法人)もESG投資に関心を寄せ、独自の指数開発にも着手しているとのこと。ファーストリテイリング(ユニクロ)や味の素などの主要企業の動きも目立ってきた。企業ブランドイメージと内部統制強化の両面から企業価値を高めることにつながる。
・こうした昨今の動きとグリーンリーフの提言を比較すると、現在のCSRプロセスが求める要素を40年も前の1970年代に見事に指摘していることに驚きを禁じ得ない。企業内でこれを先任者や兼務者の委員会を通じさせることにより、企業の本業を通じた社会貢献がトップダウンではなく、従業員間での情報収集や冷静な評価を経る情報収集や評価をいう点で正しい方法だと思う。

・装置産業型の製造業では、とかく設備投資の稼働率が注目されがちである。製品や企業活動の社会的価値を測る動きを取り入れていく必要がある。
・組立産業の自動車産業も事故や公害などのマイナスの要素が多くある。社会貢献の軸を打ち出しづらい。
・前記は「社会的費用」と呼ばれるものだが、たとえば製造過程における水の使用量の減少や燃費の向上といったことも企業のプラス要素として評価される。
・資源の節約は理解できるが、それが別の産業や事業体の衰退や失業を招くことにはならないか。産業構造の変化に伴って人的資源のシフトが生じるとの説明だが、シフト期間に問題や、人によっては多くの回数のシフトを余儀なくされこと、これらが社会的幸福といえるのかどうか。継続的に考えていきたい。

次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」第二期第16回(通算第68回)の読書会は、第5章「教育におけるサーバント・リーダーシップ」に入ります。2017年1月27日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

第3回 大阪読書会 開催のご報告

12月13日(火)大阪で第3回「サーバントリーダーシップ」読書会を開催いたしました。



本勉強会ではロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」から毎回10ページ~20ページを参加者で会読し、各自の感想や意見を自由に交換しています。
ご参加頂いた方からは「毎回ですが、色々な立場の人の意見、考え方に触れる事ができて楽しく、新しい気づきを得させて頂いています」「やっぱり1人では理解が足りないところがいっぱいできるので色んなお話が聞けて深まります」といったお声を頂きました。

次回の大阪読書会は1月6日(金)です。途中からの参加でも全く問題ありません(多くの方が途中からの参加です)。
近日、お申し込みページをオープン致しますので、ご興味がありましたら、是非ご参加下さい。

※最新の開催情報はこちらから

第二期第14回東京読書会(通算第69回) 開催報告

第二期第14回(通算第69回) 東京読書会 開催報告
日時:2016年11月25日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期読書会は、今回から第4章「企業におけるサーバント・リーダーシップ」の会読に入りました。この章はグリーンリーフが企業活動におけるリーダーシップについての3つの提言をまとめたものです。グリーンリーフは真のリーダーシップ実現のための組織として「企業」「大学」「教会」をその代表としていますが、とりわけ企業については、現代社会での影響力を考えて強い期待を寄せています。(今回の会読箇所:p.227 からp.249 の最後まで)



【会読範囲の紹介】
「サーバント・リーダーシップが社会で多大な影響を及ぼすのは、まずビジネスの分野ではないか」
1958年から1974年の間に書かれた3つの提言(小論)を収めたこの章で、グリーンリーフは冒頭の章全体の簡単な説明文を、このように書き出しました。
民間企業は営利の追求と奉仕の両方を求めることを法で求められているが、これは営利企業の奉仕は法で縛るしかない、という状況について、グリーンリーフは「良心を律しようとする個人の意欲を減退させないため、どんな行動も法律によって制限するべきではない」と訴えます。「法律という道を通ることで、(中略)倫理観の多くはかなり失われて」きている、何よりも「自発劇な倫理観と、法的な規制は両立しない」からだ、と彼の持論を展開していきます。
「ときには(中略)愛しがたい企業であっても、愛さなければさらなる奉仕は望めない」と説くグリーンリーフは、この解説を「人こそが組織なのだ!」という力強い言葉で締めています。そして3つの提言がこの後に続きます。(今回の読書会では、章冒頭の説明と1つ目の提言を会読しました)

倫理と、人を使うこと
・最初の提言は、1970年2月26日にスイスのチューリヒで開催された「人を使うこと」と題する会議に、グリーンリーフが寄せたものです。
・彼は、提言の最初でmanipulate(操る)とmanagement(マネジメント)のいずれもがmanus’つまり手を意味するラテン語を語源としていることを指摘しつつ、1970年ごろの米国社会がリーダーシップやマネジメントということに対し、人々がその限界を感じ冷ややかな視線を送っているという時代の雰囲気を説明しました。
・その中で「人に操られない社会が実現可能」という「リーダー不在の社会」という考えが出てきていることに、現実問題としての危うさを感じて、「ある程度は人を操っても理にかなうと考え」る基準のために、この提言で「新しい企業倫理を推察」していく、と述べています。
・「リーダーが頼りになり、信頼できると感じさせるものは、彼らが持つ直感的な洞察力だ」とグリーンリーフがリーダーに求める役割が示されます。彼は「直感的な判断」をリーダーの最重要な機能と定めつつも、「私が日々探しているのは、迷路を通り抜ける道である」と、その定義の正しさの検証に真摯に取り組んでいます。
・グリーンリーフは「この、迷路の中を通り抜ける道を進んでいくと、産業界には職業規範というものがまるでないように思われる」と指摘し、職業倫理による規制が少なく、企業ごとの倫理観の差異が大きいことを批判しています。彼は「成果とは、どんな分野や職種だろうと、社会の中で引き受けた義務によって判断されるべき」と考えています。
・さらに「大企業の社員がどうすれば向上するか」「どうすれば組織が社員にもっと奉仕するようになるか」という問題を提起しました。彼は企業社会を語る中で、しばしば大企業を前提とした意見を述べますが、その当時の米国の企業社会のあり方、大企業の社会への影響力を考えて、大企業から率先すべきとの考えを持つことによります。
・その観点で、「危機的な状況に置かれたときに、非凡な経営手段をもった経営者(オーナー)に導かれた」 3つの企業とその経営者を例示しています。ゼネラル・モーターズのアルフレッド・スローン、シアーズ・ローバックのジュリアス・ローゼンワールド、そしてグリーンリーフが長年勤務したAT&T(アメリカ電話電信会社)のセオドア・N・ヴェールです。彼は、セオドア・N・ヴェールの死後半世紀(注、1921年没)経った1970年のAT&Tがまだヴェールの改革の意識、価値観を有していることを指摘しています。もちろん、この3社については例示として挙げたものであり、全ての模範ではないことは、グリーリーフ自身も注記しています。
・グリーンリーフは、時代(注、この提言は1970年)を見据えて「大企業におけるトップ・リーダーシップの役割は、独断的な意思決定者から、情報システムのマネージャーへの移行しつつある。リーダーシップはこれまで以上に、最優先の目的を引き出し、それに加えて、多くの意思決定者の能力を伸ばし、自主性を支えてやれるかどうかにかかっている」と、現代の企業さらには組織のリーダーの役割の変化を表明しました。
・さらに情報化の中で企業社会には、「いささか混乱は起きるだろうが、やがて新しい企業倫理が現れると、私は自信を持って言える」と唱え、その倫理観の下で、「仕事のために人間が存在し、また人間のために仕事が存在する(中略)企業は奉仕する組織になる」と力強く説いています。
・そしてビルダー(組織の創設者)には、「生産に重点を置く現在の姿から人材育成に重きを置く、あるべき姿へと変える能力」を求め、企業の中で、「倫理観の転換(中略)にはいくらか勇気が求められるが、最初に変化を起こす人間はひとりだけだ」と述べました。
・「さまざまなスタイルを持つ有能な人材がのびのびと活用できるためには、多様な環境を生み出す必要がある」「次のステップは(中略)自分の力を過小評価している社員、成長したいと思っている社員全員の成長を強く促すことだ」「後押ししてくれる環境があると人は成長する。大半の大企業は社員の強みを生かすために仕事を再編できるだけの人材を備えている」、半世紀近く前の提言は、実行の面では今も未達成の課題となっています。また、有能な職務能力を持つ人がリーダーとなって利益を上げることが最優先かつ最善と思われている企業社会において、「新しい倫理観では、職務を遂行する人々の成長が企業の第一目的だ」というグリーンリーフのこの提言が当時の読者にどのように受け止めらえたのかも気になります。
・前記の新しい倫理観は企業社会に容易に受け入れられないだろうとの意見に対して、グリーンリーフは、「アメリカの大企業の大半はこのような新しい倫理観を受け入れ、それに適う行動をとるだけの機能と資源を持っている」と述べます。彼は「若いころに戻れるならば、アメリカの大企業というくじをもう一度引く(後略)」とも語っています。アメリカが大企業により強い影響を受けていること、言い換えれば大企業の活動が人々の思考、行動様式に強い影響を与えることができることからの期待です。
・そして、グリーンリーフはこの提言の最後に入るところで「人生が終わるとき、あなたにとって一番大切な価値は何か」と問いかけます。影響力を持つ地位にある人が自己の利益のみを追求することを「凡庸」と批判しつつも、凡庸な人を排除するのみでは問題が解決しないと指摘しています。彼は「有能かつ誠実な奉仕する人々が人を導く覚悟をして、その機会が訪れたら迷わずに実施する」ことを求めます。そうした「社会の善の部分を備えた人々や組織が自らの努力をもっと明確に点検し、即座に方向転換を促すことにのみ集中」することで一流が凡庸さにとって代わることができる、という主張でこの提言は結ばれます。



【会読参加者による討議】
・会読範囲の中でAT&T(アメリカ電話電信会社)の20世紀初頭のトップだったセオドア・N・ヴェールが経営者として残した改革の精神がヴェールの死後、半世紀を経てもAT&Tの中に残っているという箇所がある。ここを読んで思い出したのが、組立てブロック玩具で有名なデンマークのレゴ社のことだ。厳しい競争環境の中で、レゴ社は1990年代から2000年代初頭にかけて多角経営を志向したが、逆に経営不振に陥ってしまった。そこで創業家3代目が社長を交代させ、創業の頃の原点に回帰する新方針の下で製品も事業内容も元に戻す形で整理して経営を立て直した。この動きの中でレゴ社の経営理念が強く意識されるようになり、例えば採用においても fan と care という理念への共感度が重要視され、また組織図は上下関係を排した円形になっている。

・本田宗一郎の「人に仕えるな、会社に仕えるな、仕事に仕えよ」という格言を思い出した。正しい理念と目標に向かう仕事は裏切らない。そこを外れた仕事、例えば利益だけを目標にしたような多角化や事業拡大は、同じように一生懸命仕事をしていてもいつか裏切られ足元をすくわれる。
・本田宗一郎の言葉の中で強く印象づけられているのが、「得手に帆(を)あげて」というものだ。得手と不得手を組み合わせて、思った以上の実力を発揮する。この組合せこそが経営だと思う。組織のすみずみまで気持ちの上で独立して責任感をもちつつ、全体として一つになれるように方向づけられるかどうかが経営手腕だと思う。
・同じ自動車メーカーでもトヨタは「人質(じんしつ)経営」を標榜し、従業員に組織への忠誠と均質で一定のクオリティを求めている。それに立脚して地縁や就職前の学校のつながりも相応に考慮されるとのこと。一見、将来性のない話のように聞こえるが、その考えを忠実に守り、従業員に保証することで、抜群の安定性が生まれ、企業業績を見ればわかるように高い組織力を誇っている。
・地縁や学歴などの一見理不尽な条件を含めて、企業の考え方や理念に納得している人が集まっているので、停滞が生じないのだろう。ある企業がトヨタ系列の会社と合併した際、相手側会社に元から勤めている人は、そのカルチャーの変化に本当に戸惑ったそうだ。
・合併などの個別事情の問題はあるが、企業側も時流に流されず、考え方を変えずに守っていることは一つの見識だと思う。

・医療の分野では、患者に合っていない医者の存在という根本的な課題がある。さらに難しいのは医療従事者個々の自発的な倫理観に基づく理念と法的な規制が両立しないとき、また医療従事者が所属する医療機関の経営状況に左右される。医師は一人ずつが独立したプロとはいえ、経営がしっかりしている病院の方が良い医療ができる。
・創業から半世紀近い会社に勤務している。顧客第一を標榜しているが、経営が従業員に向き合っていないと感じる。顧客の評価は高いのだが、従業員の離職率が高く定着しない。若い人の多くが自社と転職検討先の待遇などを比較している。顧客の評価が高いとはいっても、何かが足りないように感じてしまう。
・外資系企業の金融子会社が日本企業に買収された。外資系の時代は社内研修などの教育投資は盛んだった。教育の体系はトップとなる人物を早々に見極めたエリート重視型であった。選ばれた人は実際に能力、見識ともに優れた人が多かったと思う。日系企業になってからも教育には熱心だが、スタイルは変わってきている。仕事のスタイルを含めて全員が戦力となることを求めている。

・大切なのは、組織の中で変わるものと、変わらないものをきちんと見分けることだろう。
・本質の中の本質、つまり理念を変えないために、変えるところを変える、とも言えるのではないか。
・会読と協議を通じて、倫理観、徳の高さについていろいろと感じた。徳の高い人や、それを目指した組織が輩出される、わが国では渋澤栄一の一連の活動がその代表例のように思うが、それを可能とする社会背景は何だろうか。翻って最近は道徳を学ぶという機会が著しく減少してしまったと感じる。短期的な利益ばかり追う現代社会に危うさを感じている。


次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」第二期第15回(通算第70回)の東京読書会は、12月22日(木) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

「第2回 大阪読書会」開催のご報告

11月9日(水)大阪で第2回「サーバントリーダーシップ」読書会を開催いたしました。



本勉強会ではロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」から毎回10ページ~20ページを参加者で会読し、各自の感想や意見を自由に交換しています。

ご参加頂いた方からは「『犠牲』など翻訳上の問題か、民族背景の認知に依るものか真に言わんとすることが一人で読んでいては分かり難い点が、読書会で意見を交わすことで理解し易くなる感を抱きました」といったお声を頂きました。

大阪での次回読書会は12月13日(火)です。途中からの参加でも全く問題ありません(多くの方が途中からの参加です)。ご興味がありましたら、是非ご参加下さい。

※今後の開催情報はこちらから

第二期第13回(通算第68回) 東京読書会開催報告

第二期第13回(通算第68回) 読書会開催報告
日時:2016年10月28日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期読書会、今回は第3章「サーバントとしてのトラスティ」の最後の1/3を会読しました。トラスティ(受託者)は組織におけるリーダーシップの実現の要(かなめ)として、グリーンリーフのサーバントリーダーシップ論で重要な位置にいます。そのトラスティの役割と機能について、参加者で議論しました。(今回の会読箇所:p.203 10行目からp.226 第3章の最後まで。グリーンリーフの付した小見出しを参照しています)








【会読範囲の紹介】
Ⅴ.情報 - トラスティの役割を再構築するための鍵
グリーンリーフは、「(近代組織で)トラスティが適切な役割を持たずに来た理由として、彼らにきちんとした情報が与えられなかったことが挙げ」られるとして、トラスティが経営者と同じ内部情報を得たり、運営の決断にも参加したりできないことを説明しています。しかしながら彼はそのことを受け入れつつ、「客観性と傍観者の立場によってトラスティの役割は強くなる」と述べています。そしてトラスティが得るべき情報は、以下の4つのトラスティの役割を果たすために必要なものと定めています。
1. 目標を定め、責務を決める。
2. 経営陣を任命し、トップの経営構造を考案する。
3. 組織全体としてのパフォーマンスを評価する。
4. その評価でわかったことを基にして、適切な処置を講じる
さらに「一般的には、組織内の規則の中にトラスティの行為が定められている。」と述べ、これらの情報の収集、整理、利用について考察していきました。
・トラスティは独自の評価のために「必要とする情報の量と質を、決断する分野ごとに決める」
・会長(chairman)、または会長専属スタッフがトラスティの情報量を監督する
・トラスティの判断を迅速にするためにも「視覚的情報」を多くして、トラスティ全体に提示する。
など「トラスティにどんな情報が必要かとし新たな分析と、トラスティが下す判断や決断を助けるために注意深く調整された提示方法」を検討しています。
こうした有効な情報は、その素質がある人に「トラスティがやりがいのある仕事だと思わせる」などの副次的効果をもたらすとも説き、「トラスティの下す判断が、組織によってなされた、または組織に関するすべての判断と同等になるように、トラスティに行動して欲しいと望むことが必要になる」とトラスティの行動への考察を深めていきます。

Ⅵ. トラスティの判断
「(特定の組織に関する専門的知識がないとしても)トラスティの判断は独特のもので、組織内部のどの判断とも同じくらい重要だ」とグリーンリーフは主張します。これは多くの組織において受け入れ難いものです。グリーンリーフは医療や学校などを例に専門知識を有する人による経営が通常となる中で、トラスティの意見や判断に経営者の判断と同等の価値を見出さなかったが故に生じた組織の危機に言及しています。グリーンリーフはトラスティの判断における以下のような特徴を述べています。それは、そのままトラスティの特性の特徴とも言えるものです。
・内部の人間が持ち得ない客観的な観点
・独自の情報源
・些事にとらわれずに将来の計画を立てられる
・職業的利害関係がない
・信頼の象徴となり、組織の正当性を擁護できる
・内部関係者が解決できない課題ごグループで創造的に解決
・歴史摘感覚を持って組織のビジョンを立てる
・最終目標への集中
グリーンリーフは、現代の多くの組織が「好機をつかもうという気持ちが欠け」、トラスティの重要性を潜在的にのみ意識しているが故に、「サーバントとしての若者を育成していない」という失敗を犯していると批判しています。組織の経営者と専門家は組織を管理できているという誤解があり、「途方もなく大きな判断ミス」の可能性がある中、トラスティの判断が「最後の砦」となると説いています。有能なトラスティの優れた判断、組織関係者に尊重される判断には、以下の「三つの判定」が必要であり、この三つの要素の良い点の融合がしてものが優れた判断である、と主張しています。
・優れたアイディア
・ひたむきな実行
・彼らを自由に使える資源がそろっていること

Ⅶ. トラスティシップの教育
グリーンリーフは、トラスティに対して「どんな存在であるべきか」というトラスティシップの概念化を促します。成果の維持を確実とするために、善良な動機から始まる信頼に「高い能力とその能力を維持する方法」を加える必要があり、優れたトラスティの役割を「集団のプロセスの一環として効果的に果たす」ための一つの方法として、コーチングを受けることを勧めています。「完璧さを目指して常に努力することが、信頼を得るための義務だ」とトラスティの厳しい務めを訴えるとともに、トラスティがコーチを育成していくことの重要性についても言及しました。21世紀の今日、コーチングという概念やコーチという「職業」は一般にもしられていますが、それらが確立していなかった本章を書いた1970年ごろにはとても斬新であったと思われます。コーチの役割は「心を一つにするという境地に達すること」。複数のトラスティからなる場合の判断が多数決などではなく、高いレベルのコンセンサスであるが故の提言です。

Ⅷ.「信頼された」社会 ? ひとつの可能性
グリーンリーフはこの説の冒頭で、「自らの立場に特有の信頼に応えるトラスティが多く現れる可能性を予測し、望んでいる」と述べています。さらに「権力は人を傷つけるためではなく、人に奉仕するためにあると主張する唯一の集団がトラスティなのだ」「信頼が必要とされるとき、まず頼られるのはトラスティだ」とその崇高な任務を掲げています。
「重要な問題が起き(たときに、われわれは)地位のある人に頼るのが普通だ」としつつ、そうした人たちが信頼を欠くことが多いことを指摘しています。地位のある人の多くが権力の運用に長け、信頼の対象となるように努めてこなかったことによります。
国家のレベルでも「進むべき道に関するビジョン」を示さねばならないこの時代において、「全てのボランティア組織でトラスティという役割がもっと意識的に利用されるべきだ」とグリーンリーフは主張します。

Ⅸ. 権力を備え、アイディアを持ち、人を従え、思いやること
グリーンリーフは、米国でモルガン財閥を興し、1913年に死去したジョン・ピアモント・モルガン(J.P.モルガン)をその冷酷さや独裁的な姿勢を差し置いて、「現代的な最初に意味での本格的なトラスティだったかもしれない」と再説しています(本章のⅠ.トラスティの役割 ― 現在、なぜ、充分ではないのか、今後は何が必要なのか (日本語版p.174-175)を参照)。グリーンリーフは、J.P.モルガンが「自分が望む組織を築くために、強力な人材が必要だと知って」おり、それは「彼が巨大組織に深い愛情を持っていた」ことによる、と観察しています。
グリーンリーフ自身はJ.P.モルガンの支援により設立、運営された企業(注1)に勤めています。その中で「自分が勤めていた組織の素晴らしさ」について、その企業にいるときは「偉大なビルダー(注2)」によるものと考えていたが、企業を辞めサーバントリーダーシップの研究を深める中で、「モフ間悪阻が第一の要因で、彼は先に述べたトラスティの四つの資質を備えていた(日本語版p.204、本報告の冒頭部分)と述べています。
(注1)米国最大の通信会社 AT&T、アメリカ電信電話会社。1980年代以降、多数に分割された。
(注2)セオドア・ニュートン・ヴェイル
グリーンリーフは組織を統べるために多少の権力の必要性を認めつつ「何よりも重要なのは、思いやりである。(中略)大半のトラスティには思いやりが足りない」と指摘しています。原著で「care」と書かれた「思いやり」がトラスティの重要な行動であるとの説明です。この「思いやり(care)」の重要性が認められないときは、辞任という強硬手段の行使についても有効な方法と述べているほどです。

Ⅹ. トラスティ固有のモチベーション
この章の最後で、グリーンリーフは、それまでの自説を振り返り「そんな行動をとる人はどこにいるのか」と自問しています。その疑問の真意は、教会、学校、財団など「社会を育てる組織」がトラスティの育成の重要性を認識していない、つまりトラスティが育成されていないことにあります。それに加えて、グリーンリーフはトラスティの資質を持った人材は十分にいると認識しており、そうした人材の主体的な行動に強い期待を寄せています。そしてグリーンリーフ自身、この時代の中での価値観の変化を感じ取り、「われわれは、優れた文化としての個人主義の終焉を目の当たりにしているのかもしれない」と予言しています。「時代遅れ」の烙印を押されたくない年配者は、その前にサーバントの資質を持つ若者に学ぶべきであるとの推奨もしています。そのことがトラスティの資質を持つサーバントを生み出す力となると考えていたのでしょう。グリーンリーフは、この章を彼の親しい友人であり、優れたユダヤの思想家、神学者であるアブラハム・ヨシュア・ヘシェルのつぎのことばで締めくくっています。「(前略)世界中が何かを高めたいとながっている。(中略)そしてそのクライマックスをゆっくりと、だが断固としてもたらすために、人間が求められるのである」

【会読参加者による討議】
・今日の会読範囲で、組織のトラスティの教育に「コーチ」を雇うと良い、という趣旨の話(p.213)があることに関心を抱いた。
・現代はコーチングも職業化して、さまざまなコーチが活動している。大組織の経営者に相応しいコーチともなると料金もそれなりである。趣旨をよく理解できる主張だが、実際問題として多くの組織でコーチを雇うことがコスト的に出来るのか、と疑問に思った。
・あくまで定義の問題だが、この章でグリーンリーフが主張している「コーチング」は今日的なコーチングとは、コンセプトが少し異なる。今日的なコーチングでは、これを受ける人の内面にあるものを引き出すだけで、コーチはアドバイスをしないことになっている。グリーンリーフは、コーチがトラスティに適切に働きかけることを想定している。

・組織のトップである一人のリーダーが決断する、という伝統的な、というか当然と思っていることも現代の企業経営で少し変化を見せている。
・10年ほど前に施行された「会社法」という法律に「指名委員会制度」という規定がある。簡単に言えば、次の社長に相応しい人物を委員会で討議して決めるという制度で、前社長や会長、オーナーが独断専行で社長を決めていた方法を改めるものだ。日本では食品業のカルビーや小売り流通のJ.フロント リテイリング(注)が代表例である。J・フロントでは、社長も委員会には参加しているが、そこで企業理念の確認、理念に相応しい人物の選定が行われる。具体的な経営計画、執行の経営は後日、執行を委ねられた人によって行われる。
  (注)大丸と松坂屋ホールディングスの経営統合合意に基づき2007年に設立された株式会社。
・企業経営の執行責任者である社長も実績や人柄などの要素で客観的に評価され、不成績の場合には強制的に交代させられる。
・社外取締役制度は米国が先行しているが、米国では「プロ社外取締役」とでもいうべきか、複数企業の「社外取締役」を兼ねて、社外取締役であることを生業(なりわい)にしているケースも出てきている。
・ここでの話を踏まえて、改めて、トラスティは短絡的な自己利益を求める人には務まらない、ということを痛感する。利己的な動機は組織の本当にあるべき姿を見通す阻害要因だと思う。

・日本には「百年企業」と呼ばれる長寿の企業組織が多い。それらの企業は短期の経済的利益よりもその組織の存立理由である理念を重視し、自らがそこに立っているかどうかを常に注意することで長期間存続している。
・その点では、昨今の米国では企業理念そのものが、安易に変換されることも多い。最近日米の食品メーカーが合弁を解消したことが報道されたが、これには米側企業の理念や考え方が変化して、日本側企業の考えと合わなくなり、合弁の継続を断念したという経緯がある。
・昨今の日本の大企業の不祥事を見ていると、決算の粉飾、製品検査データの改ざんなど、経営の根本的姿勢を疑わせるものが多い。外部から見ると明らかに不具合なことが多数の役員や職員の前でまかり通っている。トラスティの立場にある人の正しい導きは日本企業でも絶対に必要。
・企業会計や決算は、計算の基準が示されているだけなので、企業側がしっかりと考えて「これで良い」という信念を持つ必要がある。米国のエンロン事件では企業に不正の自覚があり、同時代の日本企業では、経営者など特定の人の企業内での生存のための「先送り」という事態もあった。

・この章の中で、なんども「思いやり」ということばが出てくる点に興味をひかれる。
・原書では「care」や「caring」と書かれているところを「思いやり」と訳語を当てている。
・「ケア」には「思いやり」とか「気にかける」といった日本語、あるいは医療や介護の分野で日本語化したケア以上に広い意味、いろいろな要素が盛り込まれたことばだ。千葉大学から京都大学こころの未来研究センターに移籍された広井義典先生が「ケア」と「コミュニティー」をテーマとして研究を進めておられて、それを手伝っているが、一言でいえばコミュニティーの形成にはボランティアな精神に富んだケアが不可欠だ。
・日本人の本質として「ケア」の精神が備わっているのではないか。
・欧米、ことに北欧での「ケア」には、日本人の「気遣い」とか「察し」といったことばで表されるものとは異なる積極性や行動性の意味合いが含まれる。ケアの精神やそれに基づく行動は北欧の人々の精神的豊かさの源泉となっている。
・サーバントリーダーシップの10の属性(本書 p.572-573)と「ケア」はつながるものがある。7月のサーバントリーダーシップ・フォーラムで「サーバントリーダーシップはOS(Operation System=コンピュータの基本システム)である」という説明があったが、サーバントリーダーシップがコンピュータのOSならば、ケアはコンピュータの回路に当たるのではないか。
・グリーンリーフの考えの中には、トラスティによる「ケア」に満たされたコミュニティーのイメージがあったのだろう。

次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」第二期第14回(通算第69回)の読書会は、11月25日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

第二期第12回(通算第67回) 読書会開催報告

第二期第12回(通算第67回) 読書会開催報告
日時:2016年9月23日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期読書会は、第3章「サーバントとしてのトラスティ」に入り、今回はその中ほどを会読しました。グリーンリーフのサーバントリーダーシップ論の中で重要な意味をもつトラスティ(受託者)について、組織論の視点で議論しています。(今回の会読箇所:p.181 9行目からp.203 9行目まで。グリーンリーフの付した小見出しを参照しています)



Ⅱ.組織社会のおける権力と多義性
■権力と権限 - 信頼の中心的課題
「トラスティ、経営者、スタッフ、そして外部の支援者。それぞれが権力を持っている」と書き出したグリーンリーフは、権力の様態として「説得力」と「強制力」を挙げつつ、「トラスティには(中略)組織内のすべてを管理できる法的権力がある」として、この法的権力がトラスティの役割の源泉としています。
グリーンリーフは「権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する」という英国の歴史家、思想家であるアクトン卿の格言を引きつつ、「トラスティには、権力の使用を監督する義務がある。(中略)これは大きな仕事だ」とトラスティの責任感を呼び起こしています。
「組織にとって本当に正当化されることはただひとつ、組織内の人々の資質が、組織に属していない場合よりも優れたものになることだ」という組織の意義と、トラスティによる権力の注意深い監督が必須であるという点を強く主張しました。
■組織の多義性 ? トラスティの理解という難問
「権力の行使に関するトラスティの懸念は、組織の中の社会が完全には論理的でない(それはどこの社会でも同じだが)せいで複雑なものになっている」として、グリーンリーフは「経営を実質的に麻痺させるような三種類の難問」を示しました。日常の中で組織の周囲に立つトラスティが体得、実現しづらいことがらです。
・「独断的でありながら、変化を受け入れられるという性質が運営には必要なこと」
組織運営の効率化のために行動がパターン化する。状況の変化を受け入れ、変革を起こすきっかけの役割をトラスティがもつ。
・「有能すぎてかえって無能に陥ること」
専門能力を高めていくと周囲の状況を客観的に見て目標を再設定する視野を失いがちである。トラスティは仮説の検証や容認の役割を持つ
・「信念と批判の間にある健全な緊張感の必要性」
トラスティは組織の健全性を維持するという観点で批判的であることが求められる。ともすればトラスティ自身の専門分野から「未検証の仮説」に基づく批判に止まり、組織を「仮説」で身動きがとれなくする。
グリーンリーフはトラスティによる批判に重要な意味を見出し、この後の節で思索を深めていきます。

Ⅲ.大きいとは - 大きさの意味するところ
グリーンリーフは前説を引き継いで思索を深める中で、大組織に焦点を当てました。小組織は大組織のコピーではなく、小組織対象の場合は別の展開があると述べています。
大企業に代表される大組織は現代社会の中核であり、ともすれば大きいこと自体で批判され、それに対応する行政機関は、組織を分割して競争原理を導入することが解決策だとしがちです。グリーンリーフは、「行政機関の持つ強制的な権力は、抑止には効果的」としつつも、彼が探求している組織の質を高めるという点では万全ではない、と主張しました。
「大規模であることの問題とチャンスは、非営利的な分野でも同じくらい大きい」として、グリーンリーフはその代表例である財団に言及しつつ、組織の役割の検討を進めます。
資金の不正利用を防止するために1969年に米国で施行された法律は、行政主導であったために財団の動きを束縛してしまいましたが、この動きにトラスティが的確な問題意識と対応をとっていれば、「アメリカの統治はもっと良くなり、組織自体はさらに強力で、より奉仕できるものになる」とグリーンリーフと訴えました。
彼は改めて「大規模な組織はチームの結びつきの中で結集し、小規模な組織には不可能な、専門性のある優れた才能を集めて、それを使うというチャンスがある。こうした才能の中で重要なものは、行政の木勢力をいつ導入するかを決め、効果的な法案に説得力をもたせて公表する立場になるための予見力だ」と新しいトラスティの役割の必要性と説いています。

Ⅳ.新しいトラスティの役割 ? どうすればより良くできるのか
■やり遂げることの問題
グリーンリーフはこの章を既存の組織の改良といったレベルではなく、「まったく新しい組織」、すなわち「より優れた奉仕が社会にでき、現在ある組織のどれと比べても、そして思い浮かべられるどんな組織よりも先を行く組織」を目標に書いています。グリーンリーフはそこに至る道に、社会の期待に応えるための努力の多くが行政や対抗権力(競争相手など)からの圧力により実施されること、リーダーは一人という思い込み、組織の運営が経営とスタッフにのみ委ねられる、という3つの障害を示し、これを克服するためにも真のトラスティの役割が重要であると主張します。

■トラスティの役割 ? 対応するのではなく主導する
事象の発生に対応する従来型のトラスティでは、望ましい組織の変革を実現できない、とグリーンリーフは唱えました。「人は誰しも完璧ではない(中略)完璧さというのは、対等なメンバーとして関わる人々と能力を補い合うことによってのみ見いだされる」として「運営の責任は個人にだけに委託するべきだという前提を覆」し、才能を補い合うチームの有効性と重要性を気づかせるように促します。そこには以下のような準備が必要と補足しています。
彼が挙げたのは、
・目標を定めること:組織がどこへ向かうのか、誰に奉仕するのか、奉仕を受ける人や組織が期待する利益
・パフォーマンスの再検討:トラスティが持つべき独自の情報源
・役員の育成と人選:大企業は自組織からリーダーシップを作り出すとともに外部からも受け入れていく。
・経営陣の編成:経営を客観視できるトラスティの立場からの編成。
・信頼の新しい概念(の形成):経営陣が自らの信頼を構築することを支援する。
といったことがらです。こうした任務の遂行により、トラスティは再生し、「組織のパフォーマンスについては、まったく新しい時代が到来し、大組織の経営者やスタッフの職業経験は豊かなものになるだろう。その結果、トラスティシップはさらにやりがいのある経験となるはずだ」と説いています。

■トラスティの会長
現在の対応型ではない新しい役割のトラスティには会長(chariman)に特別な人材を起用する必要がある、とグリーンリーフは説きます。さらにトラスティが経営幹部ではないこと、会長は同僚から選出されることがその条件です。優れた組織には会長のリーダーシップが優れていることが必要ですが、それに必要な資質を持った人材は多く存在するとグリーンリーフは予想します。そうした人材の学習には経験だけではなく、会長職の技術についての研究に裏づけられた研修が必要と述べています。

■新しいトラスティはスーパー経営者ではない
トラスティ(管理する人)と執行役員(経営する人)が別であるとのグリーンリーフの主張の中で、経営の領域を侵害しないようにトラスティが機能するために、「トラスティの会長が、会長として専門的な訓練を受ける」ことが必要、とグリーンリーフは説きます。会長を「ただその地位に据えられるだけの元経営者ではない」として、「正常に機能するトラスティがしっかり監督しなければ、絶対誰も、権力を運営に使えない」といった原則の遵守が必要要件としています。そして「大きな組織のトラスティや経営者になるべきではない人もいる」という事実を指摘しつつ、新しい仕組みではそうした不適切な人物も見抜ける、としています。

会読を終えて参加者による討議が始まりました。

・今回の会読を通じて、わが国で最近の企業再生の中核を人物のことを考えている。JAL(日本航空)に乗り込んで再生を果たした稲盛和夫氏、国鉄マンからりそな銀行の再生に携わった細谷英二氏(故人)、少し古いがIHI(石川島播磨重工)や東芝の社長、会長から行革のリーダーとなった土光敏夫氏(故人)。これらの人は直接の経営、運営の執行に携わるよりも、わずかに離れた場所から大所高所で方向を示していたように思う。
・今の話に関わるが、企業の再建人というと強烈な個性を持った個人を想像しがちだが、昨今は、産業再生機構という「組織」が企業再生をリードしている点が注目に値する。
・企業再生に限らず、大きな成果を挙げることをひとりで成し遂げたように語られることには疑問を抱いている。そうした人たちは周囲の助力を自然に引き出し、自然に取り入れている。

・これまでの日本企業には周知を集めるという性質がある。企業自体が短期利益の創出だけに血眼(ちまなこ)にならず、長期ビジョンを持とうとする組織の遺伝子のようなものがある。
・戦前、時に明治以前からの旧財閥では、三井家や住友家などによる財産の所有と番頭による店の経営の執行が上手に分離されていた、日常の経営は番頭が当たり、当主は大所高所から方向性を示す。両者を中心に絶妙の関係をもって組織の維持に当ってきた。

・昨今、いろいろな人の話を聞いていると会社の上司、さらには企業の経営者の立場にある人が部下や周囲からの直言を嫌がることが多いと聞いている。昔の方がその点でもっと自由闊達(じゆうかったつ)だったように思う。
・経済環境が低迷して利益が上がらないことが経営者の守りの姿勢につながっているのではないか。
・不況で豊かではないことが自由闊達なコミュニケーションの阻害要因だとなると、今よりはるかに貧しかった戦後しばらく、あるいは本当に貧しかった明治時代などに、社会的な気分として経営者が前向きな姿勢を持っていたことの説明がつかない。
・その点については、逆説的に「今あるものに縛られる」、言い換えれば失うものがあるために硬直してしまっているのではないか。
・自分の身近でも経営者自身が赤字で撤退が必要と認識している事業について、いざとなると撤退の指示が出せないということがある。
・組織運営の執行者である経営者は、環境によって将来のビジョンを描けず、必要な決断ができないという事態に陥るようだ。グリーンリーフの言うトラスティの必要性がよくわかる。

・グリーンリーフは、理想のリーダーやトラスティについて「対等な仲間によって構成される」という主張をしている。組織の中では、対等を標榜してもそれが不完全なことが多い。グリーンリーフは具体的にどのような組織体をイメージしていたのだろう。
・今回の解読範囲で、グリーンリーフが「信じることと批判すること」を両立して述べているのが印象に残っている。この信じることと批判することの両立が、普通はありえない対等を実現するための鍵になるような気がする。
・組織としての「目標を定める」ことで、組織の中に信頼関係が生まれると思っている。

・職場の新卒新人の若い人に、いろいろ手がけさせて小さな成功体験を積ませるように努めている。過去にも小さな成功をきっかけに、「全てにおいてだめ」との評価を受けていた人が一気に「できる人」になったことを目の当たりにしている。現場での正しい判断には知識とともに経験が必要不可欠だと思っている。
・ここまで会読して、討議しても「トラスティ」とは何か、正直まだわからない。自分の勤務先に、社長の他にオーナーの会長がいて、経営には入り込まないが相談には乗る。という方がいる。その方がトラスティに当たるのかな、と思っている
・今回の範囲を会読して「経営者との距離感」の取り方や「信頼の構築」について、改めていろいろと考えさせられた。

・グリーンリーフが唱える「組織にとって本当に正当化されることはただひとつ、組織内の人々の資質が、組織に属していない場合よりも優れたものになることだ」(本書 p.184)という組織の意義について強く同意する。複数の人が組織を形成して補完し合って成果を生み出すが、その「組織」の基本原則と言えよう。
・ホンダという会社は、本田宗一郎と藤沢武夫の二人が、両輪となって発展してきた。本田宗一郎が経営者、それを藤沢武夫が参謀として支えてきたと理解してきたが、今日の会読と討議を通じて企業経営者である藤沢に対して、本田がトラスティとして企業経営という枠の外から組織、会社の方向を示したのかもしれない、と思うようになった。
・人は完璧ではない。組織において個性を尊重して力を高める。そこでのトラスティの意義について、深く考えさせられる時間だった。



次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」第二期第13回(通算第68回)の読書会は、10月28日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

「第1回 大阪読書会」開催のご報告

9月23日(金)大阪で「第1回 大阪読書会」を開催いたしました。



本講座ではロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」から
毎回10ページ~20ページを参加者で会読し、各自の感想や意見を自由に交換しています。
ご参加頂いた方からは
「一人で読んでいれば深く考えないようなところも、皆さんの意見や思いを聞き、私自身も考えることでとても勉強になりました。」「他の人のいろいろな意見や見方を知ることができて、とても楽しかったです。ぜひ、続けて出席したいです。」
といったお声を頂きました。

今後も様々なテーマのセミナーを開催予定です。ご興味のある方は、ご参加下さい。
※今後のセミナー情報はこちらから

「第9回実践リーダー研究会」開催のご報告

9月21日(水)、ゲストに株式会社Join for Kaigo代表取締役の秋本可愛氏を迎え「第9回実践リーダー研究会」を開催いたしました。






秋本氏は「介護に関わる全ての人が、自己実現できる社会をつくる」をビジョンに掲げ、若者が介護に関心を持つきっかけや、若者が活躍できる環境づくりに注力されています。
当日は、日頃の活動やご自身のリーダーシップについてお話し頂くと共に参加者の皆様とも活発に意見交換をして頂き、大変活気ある会となりました。また、会の終了後には秋本氏を囲んで懇親会を行いました。
本勉強会は今後も開催予定です。次回開催内容が決まりましたら、順次ご案内いたします。

「サーバントリーダーシップ 入門講座 大阪」開催のご報告

9月9日(金)大阪で「サーバントリーダーシップ 入門講座」を開催いたしました。



本講座はサーバントリーダーシップとは何かを皆さんと共に学ぶ初心者の方向けの講座です。
ご参加頂いた方からは「『サーバントリーダーシップ入門』を読んで感動したが、一人ではなかなか深めることができなかった。今日は色んな方の話が聞けてとてもよかった」「サーバントリーダーになると強い決意を持ちたい」といったお声を頂きました。
今後も様々なテーマのセミナーを開催予定です。ご興味のある方は、ご参加下さい。

「サーバントリーダーシップ 入門講座」開催のご報告

9月6日(火)「サーバントリーダーシップ 入門講座」を開催いたしました。



本講座はサーバントリーダーシップとは何かを皆さんと共に学ぶ初心者の方向けの講座です。
ご参加頂いた方からは「自身を客観的に見ることができた」「想い、ミッションをもつことによりサーバントリーダーシップがはじめて発揮できることを認識しました」といったお声を頂きました。
今後も様々なテーマの勉強会を開催予定です。ご興味のある方は、ご参加下さい。

第二期第11回(通算第66回) 読書会開催報告

第二期第11回(通算第66回) 読書会開催報告
日時:2016年8月26日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期読書会は、第3章「サーバントとしてのトラスティ」に入り、今回は第3章の初め約三分の一を会読しました。トラスティ(受託者)は、グリーンリーフのサーバントリーダーシップ論の中核をなすものです。新しいリーダーシップのあり方を提唱したグリーンリーフは、自らの論説を「組織論」として、組織におけるトラスティの重要性を述べています。現代の組織では社外取締役や理事会がトラスティに近いものですが、本章を通してグリーンリーフの真意に近づきたいと思います(今回の会読箇所:p.165からp.181、8行目まで。またグリーンリーフは、この章にもたくさんの小見出しをつけて記述しています。)

グリーンリーフは「サーバントになることを選んだトラスティ(受託者)に対する支援について述べる」と本章を書き出しています。そして「どの組織でも(中略)パフォーマンスを最高の状態に近づけることができる。それには、決然たる態度で団結して業務にあたる(中略)組織のトラスティが、(人材や物的資源を)管理すればいいのだ」とこの章での主張につなげています。彼は多くの組織論が現状是認の上での組織の微調整の提言に過ぎないと批判し、トラスティに焦点を当てた新たな提案をしました。



■コンセプトの弱点
グリーンリーフは、現代(本論が書かれた1970年ごろ)の社会通念の欠陥として、組織におけるトラスティの適切な機能が定まっていないことを挙げています。その一方で、長い年月の中で「経営とは完璧なプロセス」が出来上がり、一人の責任者をトップに据えたピラミッド構造」という考え方が自明こととして人々に受け入れられていると指摘しました。「社会の質の低下を案じる人々は(中略)組織やその構造についてあまり配慮しない」という組織構造への関心の低さ、解決を行政機関に委ねたがると批判しています。確かに事件や事故の発生のたびに、これを「社会問題」として行政に委ねがちな姿勢も同じかもしれません。グリーンリーフは解決を委ねられた行政機関がその手法について「競争の導入」に固執しがちなことを指摘し、トラスティが有効に機能するべきとの主張を展開していきます。
■定義
グリーンリーフは、この箇所を「管理する(manage)」という用語の語源が、ラテン語の「manus=
手」、より詳しくは馬を導く手綱を持つ手を意味することを示し、トラスティの役割を「組織の計画的な活動の外に位置し、『管理する』こと」と説明しています。これをもとに、この章で重要な意味を持つ言葉の奥に潜む意味を解説していきます。(グリーンリーフは「定義する」と述べています)
・トラスティシッップ: 組織に対する公衆の信頼を一挙に預かっていること
・管理: トラスティの役割としては「目標を定めること」「トップの経営陣を任命すること」「組織の実績を評価すること」「(評価結果に基づき)適切な措置をとること」が挙げられる。そして会長(トラスティのトップ)は、トラスティがフルに機能するために必要なスキルを身につける。
・経営:トラスティによって構想され、トラスティが任命した常勤役員(ただしトラスティ自身ではないこと)が実行する。経営には「計画」「組織化」「統制」「支援」の仕事が含まれる
・リーダーシップ: 先に立ってやり方を示すこと。リーダーシップを取れる人がリーダーになることが重要である。
「『トラスティ』は導くが、経営はしない」「」『経営者』は経営し、導くこともある」「『スタッフ』は経営し(中略)導くこともある(中略)本来の役割は組織の任務をこなすことである。そしてトラスティは組織に対する大衆の信頼という特権を手にしており、最良の結果を生むことに関する責任がある。

Ⅰ トラスティの役割-現在、なぜ十分でないのか、今後は何が必要なのか
■トラスティの自発劇活動(イニシアティブ)-歴史的な前例
グリーンリーフは、1895年)から1915年までの20年での米国ビジネス界における重要ポイントとして、財務諸表監査が導入されたことを挙げ、その変化の中でのJ.P.モルガン(父)の対処を高く評価しています。「新しい標準」を受け入れたJ.P.モルガンをトラスティとして、以下の4つの基準、「組織への巨大な権力」「経営を超越した立場」「自らの影響力を組織の向上に利用」「組織のビルダー(創設者)を人選できる能力保持」を持つ人材と評価しています。
■従来のトラスティの役割の限界
グリーンリーフは「従来のトラスティの限界」として、トラスティに対するある種の通念を3つ挙げています。「彼らの共通認識」と呼ぶ3つの通念とは、
・組織内の幹部とスタッフが(中略)自分たちだけで構想を立て、組織の資源を利用(すること)
・自分たちのパフォーマンスの目標を定め、客観的に評価でき(ないこと)
・(組織の)幹部が出したデータを批判もせずに受け入れ(中略)、批評できる素養を身につけようとしないこと
であり、その通念が作用して「組織の経営が実際よりもはるかにうまく機能しているという錯覚」に陥りがちであると指摘しています。さらに、こうした名目的なトラスティの下ではリーダーの後継者に適切な人材が指名されないことが多いとも述べています。
ここから脱却するためには、
・従来のトラスティのあり方が不適切との考え方の確立とトラスティがそのことに気がつくこと
・組織の運営における権力の多義性について、トラスティが理解を深めること
・新しいトラスティの概念のもとでは、多数の組織のトラスティを兼務することが無理と気がつくこと
という「3つの条件」を満たすべきと指摘をしました。
■従来のトラスティは、信頼を築くような働きをしない
グリーンリーフは前項の「3つの条件」について、議論を深めていきます。
 (注)今回の読書範囲は前記の内、1番目の条件の展開のみとなっています)
グリーンリーフは名目だけのトラスティの役割は「法的要件を満たすこと」と「正当性を保つための隠れ蓑」に過ぎない批判しています。後者ではトラスティの中に黒人や女性、公人を一人だけといったような、世間体を気にした人材起用を例示しています。名目だけのトラスティ選定がトラスティ、経営陣、スタッフの誰もが自己責任の制限、縮小を目指す土壌を生み出し、「組織に奉仕され、組織に依存しているすべて人」に重大な損失をもたらす、と危機を提唱しています。ともすれば「トラスティがまったくいないほうが不信を招かないかもしれない」とまで批判される状態になります。

以上の範囲の会読を終えて、参加者の議論が始まりました。

・今回の会読範囲から企業経営における「所有」と「執行」の課題を意識せざるを得ない。「企業を所有すること」は普通にいえば、株主となることだが、その上位に企業が「公衆のために存在する」ということに難しさを感じる。
・企業が誰のためにあるのか、という問題では、昨年の大塚家具の一件を思い出す。既存顧客のために自社が開発した販売方法の経緯族を主張する全経営陣と新しい販売方法を主張する現経営陣。どちらが株主に信任されるか。新旧経営者が親子だったために面白おかしく書かれてしまったが、提起した問題の意味は大きい。
・昨今の事例では、セブン・アイ(7i)での実力会長による社長解任判断への社外取締役の無効判断や経営陣の合併判断に創業家として反対意見を表明した出光興産の件に興味がある。どちらも判断の良し悪しに最終結論が出ていないが、経営当事者以外の判断が鍵となるという点で、今後の動きに注目している。
・本書の170ページで、グリーンリーフはトラスティシッップについて「公衆の信頼を預かること」と述べている。先の出光興産の例で、創業家は社風の異なる会社との合併が従業員のためにならない、という理由を述べているが、これは従業員を公衆とみなしているといえそうだ。
・無論、公衆とは従業員に限らない。株主の場合や地域の住民といったケースもある。つきつめて言えば「自分以外」は、すべて公衆の範疇に入るように思う。
・その場合、公衆の利益とは利己/利他でいう利他に当たる。利他の一言でわかりやすいようではあるが、自由競争原則の下での企業活動としては、利他を実行することはかなり難しい。
・企業活動が最初から利益の全てを他人に譲るというのは非現実的。企業の業績つまり利益を上げることが安定的に実現できてきた中での「その企業の姿勢」が問われる。空海も「最初は小楽(自分の利益や楽しみ)求めることでも良いが、しかるのちに大楽(他者の利益や楽しみ)を求めるように」と説いている。
・公衆が求める利益にも二面性がありそうだ。上場企業の多数の株主は、株価や配当に関心があって数字上の業績を向上させることを経営に期待する。他方、周辺の地域住民はその企業の環境問題への取り組み姿勢と実績に関心を持つなど、経済合理性への評価も変わってくる。
・わが国では伝統的に、「三方よし」という経営の姿勢が高く評価されている。トラスティが自覚して守っていく必要がある。
・「三方よし」が「経営における視野を広くせよ」ということへの示唆か、具体的な利益配分についての基本方針か、とその意味によるが、一般的な意味での後者、利益配分のバランスという意味であれば、トラスティはこれに直接タッチしない。
・組織を導くトラスティ自身は「執行しない」というグリーンリーフの主張には目を見開かされたが、同時に実際の現場での適用の難しさを感じる。

・昨今、コーポレートガバナンスの観点で、企業組織や運営が変わりつつある。スナック菓子メーカーのカルビーは10年ほど前に同族経営から脱し、現在、社外取締役を交えた経営陣を形成している。取締役7人中、経営者である執行役員は2名で、5名は社外役員、外国人や女性を登用し、企業価値の最大化を目的として活動している。
・この1~2年の間に日本でも上場企業を対象に企業の説明責任など投資家に対する姿勢を定めたコーポレート・ガバナンスコードとともに、投資先企業の持続的成長に向けた経営に、保険会社などの金融機関、いわゆる機関投資家がより深くかかわるように、との趣旨で、機関投資家のあるべき姿勢を規定したステュアートシップコードが整備されてきた。
・企業価値とは株価と認識されているところがあるが、それに限らない。昨今、ESG投資という企業投資が注目を浴びている。その企業の環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)への取り組み具合を評価して、高いスコアの企業に投資するという動きだ。企業統治のあり方では社外取締役の起用や女性の登用などが視点になっている。具体的に意識されているかどうかは別としてサーバントリーダーシップ的な要素が評価軸になってきている。トップ・マネジメント継承のルール、マネジメント就任期間や後任者の選任方法の透明化など課題は残っている。

・昨今はROE(自己資本利益率)経営が標榜され、短期利益を生まない新規投資を停滞させがちである。長期的な利益への関心の低さは企業の永続性に悪い影響を与えるのではないかと懸念する。
・自己資本利益の数値面の向上だけを目的とした自社株買いの流行など、指標に過ぎない数値が目的化している面はある。執行者だけが主導する組織運営ではそうした面への冷静な評価が困難になる。

・企業組織に限らず、学校現場にも変化がみられるようになった。学校運営に地域が参加するコミュニティー・スクール、学校運営協議会制度に基づく学校は、約15年の間に次々と増えて、現在は500校近くに増えている。学校の管理者である教育委員会が判断して地域社会が学校運営に参加する。この制度を含めて詳細の精査がこれからの課題である。
・地域社会の学校への関心は高い。地域が参加することで教育の質が向上し、生徒の募集にも影響している事例を見ている。自分の子供がたまたまそうした学校に通学していたが、学校生活には満足していた。
・学校教育の良否が評価されることの必要性は理解するが、評価指標が数値化され、その数値自体が目的化するとなると、教育に必要でありながら数値化されない部分が見捨てられるといった事態が生じないか、さらには生徒を選別し、それにもれた生徒を排除するようなことにならないか、懸念するところがある。
・その部分にこそトラスティとしてのリーダーの役割が期待される

これまでと異なり企業や学校などの組織という視点でのサーバントリーダーシップについて考える機会となりました。次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」第二期第12回(通算第67回)の読書会は、9月23日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

幕末維新のリーダーに学ぶSL研究会「第1回 西郷隆盛」 開催報告

第1回 西郷隆盛
日時:2016年8月25日(木)19:00~21:15
場所:レアリゼアカデミー
ファシリテーター:根本英明

いま、時代は大きな転換期を迎え、先が見通せない時代と言われています。
150年前の日本もまさに同じような過渡期を経て、幕末から明治へと大変革を成し遂げました。

司馬遼太郎は『明治という国家』の中でこう述べています。
「明治維新は、士族による革命でした。多くの武士が死にました。この歴史劇を進行するために支払われた莫大な経費―軍事費や、政略のための費用―はすべて諸大名が自腹を切ってのことでした。(中略)そのお返しが、領地とりあげ、武士はすべて失業、という廃藩置県になったのです。なんのための明治維新だったか、かれらは思ったでしょう。(中略)大名・士族といっても、倒幕をやった薩長はじめいくつかの藩、もしかれらだけが勝利者としての座に残り、他は平民におとすというのなら、まだわかりやすいのです。しかし事実は、勝利者も敗者も、ともに荒海にとびこむように平等に失業する、というのが、この明治四年の廃藩置県という革命でした。(中略)えらいことでした。」

歴史は今を写す鏡ともいいます。新たな時代を切り拓いた先人の考えや行動を学ぶことによって、私たちがこれからの時代を生き抜いていくうえで何か参考になることがあるのではと考え、この研究会を始めることとしました。



「西郷なくして維新なし」。初回は、維新の立役者である西郷隆盛がどのような学びや経験を経て、リーダーとして大きく成長していったのか、ここに焦点を当て、いま我々が西郷隆盛の思想や生き方から学ぶこと、さらにはサーバントリーダーとしてのあり方を探求していくことにしました。

私たちが西郷隆盛といってすぐに思い浮かぶ言葉は「敬天愛人」。西郷の言行録をまとめた『南洲翁遺訓』には「天」という言葉が頻繁に登場します。ここで有名な遺訓を2つ紹介します。
「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己を尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」
「道は天地自然の物にして、人は之を行うものなれば、天を敬ずるを目的とす。天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心をもって、人を愛する也」
内村鑑三は著書『代表的日本人』の中で「西郷は、その心の中に自己と全宇宙より、更に偉大なる『者』を見出し、彼と秘密の会話を交わしつつあった。彼は、すべてこれらのことを、直接『天』より聞いたのであると余は信ずる」
と語っています。

私が、西郷がサーバントリーダーであるとした理由は、私欲を捨てて「天」を基軸とした生き方にあります。

西郷は明治新政府の筆頭参議時代のわずか2年の間、実に数多くの政策を遂行しましたが、なかでも特筆すべきものとして、廃藩置県、廃刀令、徴兵制度、秩禄処分など一連の士族特権のはく奪があります。これらは、支配層がほぼ無抵抗のまま既得権を失ったという点で、世界史的にも稀な例だそうです。

こうしたことから、西郷隆盛はまさに日本の偉大なサーバントリーダーといえるのではないでしょうか。

我々は偉大なリーダーについて語るとき、往々にして話題になるのが、こうしたリーダーは天性の資質なのか、もしくは後天的に形成されるものか、というのがあります。
西郷の場合、おそらく天性の資質もあるかもしれませんが、彼の前半生を振り返ると、幼少期の環境や教育、壮絶な体験、社会に出てからは尊敬する上司の感化、引き立て、思わぬ挫折や逆境という体験を経て、大きく育っていったことがわかります。

研究会では、西郷が二度にわたる流島体験を経て、天下の桧舞台に登場するに至るまでの前半生について、さまざまなエピソードを交えつつ紹介させていただき、そこから参加者の方々が感じ取ったことを語り合いました。

本研究会は今後も定期的に開催予定です。ご興味のある方は是非ご参加下さい。

第二期第10回(通算第65回) 読書会開催報告

第二期第10回(通算第65回) 読書会開催報告
日時:2016年7月22日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期読書会は、現在、第2章を会読しています。
今回は第2章「サーバントとしての組織」の残り三分の一を会読しました。
この章はグリーンリーフの説くサーバントリーダーシップが組織の中でどのように発揮されるかを論じる論文で、グリーンリーフの社会論ともいえる内容です。
前回の会読範囲は現代の中心的な組織として大企業と大学に焦点を当てた個所でしたが、今回の対象は教会です。多くの日本人になじみが薄いばかりでなく、欧米においても人々の意識から徐々に遠ざかっているこの組織への新たな期待が語られています。
(今回の会読箇所:p.150行目からp.164、13行目の第2章の最後まで。またグリーンリーフは、この章はたくさんの小見出しをつけて記述しています)



■育成の最前線にいる教会
「教会は、他の現代の組織と同様に、革新的な変化を引き起こすかもしれない圧力や影響を受けている」と切り出したグリーンリーフは、若者が年長者に「社会としてうまく機能していない(中略)教会もほかの組織同様に不適切だ」と指摘しています。
自ら組織研究者と名乗る彼は、「教会とは、人間の宗教への関心を組織化したもの」と定義し、家庭が中心の時代の中で人間に影響を与える最大組織としての教会が成立していったと観察しています。
職場や学校の影響が強い現代において、教会の中には従来の役割を改めて「奉仕のための新しい機会を求める教会」「リーダーシップの士気を支える教会」も登場するだろう、とグリーンリーフは予想しています。

「育成の最前線にある教会の最初の仕事は、(中略)対等なメンバーによる社会のつくり方(後略)」による革新である、とグリーンリーフは主張しました。
強いリーダーシップを備えたトラスティの理事会、その第一人者である会長、そして教会の仕事をする大勢の第一人者とし働く司祭の存在。
さらに「将来は神学校が、育成の最前線にある教会 - ほかの組織を思いやるという仕事を引き受け、ほかの組織を導くことを自分たちの使命と考えている教会 - のコンセプトを打ち立てる強力な母体となると考えられる」と唱えました。
西欧キリスト教の歴史を知る人にとってはやや違和感があるかもしれません。
現代人、特に欧米や日本などの先進資本主義の地域において多くの人が心の問題を抱えながら、既存宗教から人々が迂遠になっている時代において、見逃すことのできない提言です。

■権限と強さ - 権力の問題
グリーンリーフは「次は、巨大組織の上部構造における、二つの基本的な変化について語ろう」と以下のふたつの点を指摘しています。
第一は時代とともに「サーバントとして優れた成果を上げる」ためのトラスティに託された‘組織を伸ばすための責務’は重くなること。
第二は「経営陣と組織のリーダーが対等なメンバーで構成されるグループ」となるように組織を構成し、仕事を割り振り、運営には立ち入らずにその働きを注意深く見守ることの必要性です。
グリーンリーフは、旧約聖書の出エジプト記に書かれたモーゼと義父のエテロの会話(出エジプト記 18章19節~23節)を引用しつつ、秩序を求める人間の本能的希求が権力の集中を生み出すこと、権力の濫用を防止するためにトラスティによる監視と牽制の重要性を主張しています。

■対抗権力の問題点
権力に対する重要側面としての対抗権力は、どの組織にもある程度存在し、権威ある者の権力の悪用に対する防御策であるとの指摘から始まるこの節で、グリーンリーフは「(対抗権力の存在は)人間が取り決めるすべての者にとって必要な条件だ、とトラスティは認識するべきだ」と述べています。

さらに、トラスティが従来からある支配型の組織編制にこだわり「自分たちにしかできないリーダーシップ」を採らず、経営陣やスタッフから反発をまねきがちであることを指摘しています。
「トラスティはまず新たな信頼関係の土台作り」を行い「もっと頭を働かせて組織及び組織に関わる全員に奉仕」というのがグリーンリーフの主張です。

■目標と目的
「トラスティが最高の影響力を及ぼすための第一歩は、組織の方向性を定めることである」とグリーンリーフは述べています。
さらに彼は「これはどんな組織で、どのような成果を上げることが望まれているのか。
奉仕を受けるはずの組織の関係者から、どんな基準で成果が評価されることをトラスティは望んでいるのか」とトラスティの組織への働きかけの役割に期待を寄せています。
トラスティは組織に最良のパフォーマンスを求めるためにも「組織の方向性を定め、目標と目的を明言すること」がトラスティの果たすべきもっとも重要な任務と定義しています。

■信頼と成長 - 理解するということの価値
グリーンリーフは経験や実証をもとにサーバントリーダーシップについて思索を深めてきました。
この節の冒頭、「本書で勧める内容に私が自信を持つのは、いままで書いてきたようなトラスティの役割に身を捧げる覚悟ができた人を、何人か知っているからだ」と彼の姿勢を示しています。
そして執筆当時(1970年頃)の米国で大企業、大きな協会、大きな大学が「優れたサーバントへと自分たちを効果的に押し上げてくれるトラスティの理事会を備えるとしたら」とその実行プランを想定しています。
そして、教会について、「すべての人々のために偉大な夢を描き、人々の視野を普通より高い位置に引き上げ、努力して向かうべき偉大な目標を与える」ことを期待し、今日の課題として「教会の役割は、トラスティを容認することだ」と述べています。
さらに彼は、人々に影響を与える組織全般について「どの分野においても、リーダーとして奉仕する人の数が増えなければ、組織への期待感を劇的に変えることはなしえない」「第一人者のいる対等なメンバーたちによって作られるトップのリーダーチームは、他のどんな方法よりも、リーダー育成に即戦力を発揮する。リーダーとは訓練で作られるものではない。リーダーは始めから有能な人間で、ビジョンや価値体系を付け加えられるだけなのだ」「リーダーに必要なのは成長するための機会と、後押しである。われわれの社会における大きな組織は、能力ある人間が育つ場所をもっとつくるべきだ」と厳しい提言を行っています。
「今のところは一人で十分だ - ひとりだけでいい」。
力による強制ではなく、共感と納得を重視したグリーンリーフらしいことばが最後に述べられています。

会読を終了して参加者の議論が始まりました。



・今回の読書範囲、あるいは本書第2章全般に限らないが、グリーンリーフは
 サーバントリーダーシップを発揮する上でのトラスティの重要さを何度も
 指摘している。
 「信託を受ける人」「受託者」という意味のトラスティについて、もっと
 イメージを広げていく必要を感じる。
・トラスティはわれわれの周囲ではさまざまな組織の理事会や企業の中の
 諮問委員会が実態として思い浮かぶ。
 だが、企業の諮問委員会などは会社組織の中で経営の下に組みこまれ、お手盛りの
 意見を表明する集団という感じしか受けない。
・自分は真のトラスティには「個人的野心を持たない」という資質が備わる必要が
 あると考えている。
 個人の短絡的な利益に対する欲求がないことから、ものごとを冷静に見て正しい
 判断ができる。
 そして、その正しい判断を組織にフィードバックする役割を担う能力も
 求められる。
・トラスティの立場にある人を正しく導くのもリーダーの重要な役割ということに
 なるだろう。
・本書第3章はトラスティに関する小論になる。
 引き続きしっかり読み込んでいきたい。

・今回の範囲のテーマにもなっている教会、すなわち宗教におけるリーダーシップを
 考えてみたい。
 近現代になって教義に変化はあるにしても、宗教は基本的に営利活動、もっと
 厳密には個人の独占的な欲求を満たす行為とは相容れないと考える。
・近代以前の生産活動は営利活動とはいえない。一方で宗教心、神仏を敬う心は
 人々の中にしっかり根付いていた。
・「襟を正す」という言葉がある。他の人に対する態度を表す言葉でもあるが、
 神に対する自らの心の姿勢でもある。
 この言葉をどれだけの人がきちんと聞くだろうか。
 襟を正さない、つまり手抜きの姿勢、これが周囲で意欲をもってものごとに
 取り組んでいる人のその意欲を削いでいるか。
・襟を正すということが神への姿勢であるということで、自分などは、
 「お天道さまは全てを見ている」ということを言われてきた。
 神が全てを見通しているというのも同じだろうが、他の人が見ていないと
 認識しているところでも、襟を正していくことの重要性の教えだった。
・お天道様の教えは、人的つながりの強い昔の社会、いまでも田舎などでは
 同じだが、お互いが全てを見ているのだよ、という面もある。
 自分の心のありさまは、隠しても結局は他人にわかってしまう、という意味も
 あるだろう。

・自ら希望して財務省から東北の震災都市に出向して副市長となった方の話を
 伺ったことがある。
 その方は、復興に向けた取り組み計画について人々が集まる集落ごとに筋道を
 立てて話をしていったそうだ。
 集落の責任者の理解を得てから、集落全員の同意が早い地区とそうでない地区が
 分かれていったので、観察してみると、集落に住む人たちとその集落のリーダー、
 かつて村長(むらおさ)と呼ばれた人との信頼関係が築かれているかどうかが
 大きな要素だと気がついたという。
 集落のリーダーが周囲から信頼されて、リーダーが行政、つまりよそ者の話を
 聞くことを容認されているかどうかが鍵だったとのこと。
・その集落で村長(むらおさ)がどのように村長になってきたか、そのプロセスに
 よって周囲の人たちとの関係が変わってくる、またなによりも普段から
 周囲の人と話をすること、つまりコミュニケーションをとっているかどうかが
 信頼度の大きな要素だと思う。



・キリスト教において人々は教会に集まりカトリックなどでは聖職者を介し、
 多くのプロテスタント宗派では牧師の支援によって、信徒一人一人が神と
 つながる。
 教会は信徒が集い、神と信徒のみならず信徒同志が心のつながりを持つ場である。
 グリーンリーフが教会さらには宗教に対してどういう期待を持っていたのか、
 考えていきたい。
・権力の悪用を防ぐという観点でのトラスティの役割についても深く追求していく
 必要がある。
 トラスティがその機能を発揮するためには信頼が大切だということも強く
 主張している。
 組織運営者すなわち権力者とトラスティが陽と陰の対の関係で補完する、
 もっと言えば権力の暴走を止めるために権力者をトラスティが取り囲むような
 姿が望ましかもしれない。
・グリーンリーフの小論から数十年を経て、現実の株式会社組織にも
 委員会設置会社のような制度ができてきた。
 その中味はどうか、となるとまだ期待に完全に応えたとは言い難いが、
 少しずつ変革が起きていることも事実。
・グリーンリーフが「リーダーは始めから有能な人間で、ビジョンや価値体系を
 付け加えられるだけなのだ」と書いてある箇所に注目している。
 リーダーの資質というものは、そのように先天的に決まってしまうのか。
・その点について、これまでリーダーとは部下やフォロワーを力や論理、
 あるいは人徳をもって一つにまとめて引率する人であり、リーダーシップは
 そのまとめる能力と思っていたが、最近は、「混沌とした世界の中で正しい道を
 見いだせること」がかなり類(たぐい)まれな能力であり、難しいことであると
 思うようになった。
 それがあるからこそ、グリーンリーフは方向性の決断から周囲を引率すること
 までの一人に集中させない、第一人者の合議が必要、ということを説いている
 ように思う。
 時代の大きな曲がり角にいて、この国と首都の将来を委ねる人物を、
 われわれ国民や都民がしっかりと選ばねばならないという状況に、
 真のリーダーを見出すことの重要性への思いを強くしている。

これで第2章の会読を終了しました。次から第3章「サーバントとしてのトラスティ」にはいります。
ロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」の次回、第二期第11回(通算第66回)の読書会は、8月26日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

幕末維新のリーダーに学ぶSL研究会

開催日: 2016年8月25日(木)
時 間: 19:00~21:15
会 場: レアリゼアカデミー(株式会社レアリゼ内)
住 所: 東京都港区三田1-2-22 東洋ビル6F
最寄駅: 東京メトロ南北線 「麻布十番駅」3番出口より 徒歩約5分
     都営大江戸線「麻布十番駅」6番出口より 徒歩約6分
     都営大江戸線「赤羽橋駅」赤羽橋口より 徒歩約6分
             ★地図を表示する

明治維新150年。この研究会では、近世から近代へと向けて日本の大変革を推進した先覚者たちのなかで、サーバントリーダーシップを発揮した人物に焦点を当て、共に学んでいきたいと思います。

■内容
【第1回目:西郷隆盛】
維新最大の功労者といえば西郷隆盛。海音寺潮五郎氏は「西郷を語ることは即ち幕末維新全体を語ること」と語っています。初回は、西郷隆盛がどのような人生経験を経て、リーダーとして大きく成長していったのか、様々なエピソードを交えてご紹介するとともに、いま我々が西郷隆盛の思想や生き方から学ぶこと、リーダーとしてのあり方などを探求したいと考えています。

最少催行人数: 5名
ファシリテーター:根本 英明(協会理事)
参加費用(税込)
◆一般  :2,000円
◆賛助会員:1,000円

第二期第9回(通算第64回) 読書会開催報告

第二期第9回(通算第64回) 読書会開催報告
日時:2016年6月24日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)は、前回から第2章「サーバントとしての組織」の会読に入りました。グリーンリーフは「対等なメンバーの中での第一人者」がリーダーとなる組織構造が現代社会に求められることを主張し、その中でのトラスティの役割に注目しています。
トラスティとは受託者の意味ですが、今回の会読範囲ではトラスティの任務と役割が組織から期待されていることについて考えが深まっていきます。
(今回の読書箇所:p.131、10行目から p.150、8行目まで。今回の会読範囲にもグリーンリーフは小見出しを付けており、これに沿って会読しました)



◆リーダーシップ - コンセプトと経営
「大組織において奉仕を通じて何かを達成するための主戦力となるのは、運営する人間とコンセプトを策定する人間が絶妙なバランスで混ざった経営陣だ。」グリーンリーフはこのように断定します。
そして、運営能力には「対人関係を丸く収めるスキル、周囲の状況を読み取る感覚、粘り強さ、豊富な経験、判断力、健全な倫理観、(中略)さまざまな特性や能力」を挙げ、コンセプト作成には「歴史の一部 - 過去と未来 - という観点から全体を見渡」たす能力が求められるとしています。
「このふたつの能力がバランスよく、うまく配置されていれば、大組織は高い水準のパフォーマンスを長く維持できる」と、組織のリーダーシップには「運営」と「コンセプト策定」の二種類の資質があり、それぞれにふさわしい人物を当てはめるように説いています。
グリーンリーフは、このことに関連して運営責任者がコンセプト策定者の重要性を認識しないケースが多いことを指摘し、この両者のバランスが取れない組織の将来性に警鐘を鳴らしています。
その二つの資質は、能力を持った人物でも切り替えることは難しく、またトップのリーダーシップに影響を与える有能なコンセプト策定者の数が少ないと述べています。
アメリカの鉄道会社など多くの企業が衰退したのは、コンセプト策定者の重要性を認識が不足し、「必要な組織編制の原則によって導かれ」なかったため、と述べ、「長期的な業績のためには、トップに立つリーダーの中に、有能なコンセプト策定者たちがきちんと組み込まれていることが不可欠だ」と主張しています。

◆リーダーとしてのトラスティ
グリーンリーフは組織が抱える問題として「組織が健全に機能するためには批評が重要だと認識できなくなってしまう」ことを挙げています。
そして、トラスティは課題に対処することが求められているとしています。
トラスティとは組織運営の執行には直接携わらないものの、組織の方向を定めることに責任をもつ人や組織を指し、一般に「理事会」や「諮問委員会」といった名称で設置される組織が該当します。
グリーンリーフは、現代の組織ではトラスティは信頼に基づく組織の正当性を明らかにしていくことが必要である、と説きます。
さらに「一人の責任者がヒエラルキー構造のトップに立つというモデルは時代遅れだ」として、トラスティによる組織運営の責任から離れた立場での役割と第一人者による経営陣の二つのチームが相互に連携していく組織が望まれると主張しています。
グリーンリーフは、この考えを基に、1970年前後の執筆当時のアメリカの代表的組織として「企業」「大学」「教会」を取り上げ、彼の考えを展開していきます。
(注)今回の会読範囲は、「企業」と「大学」についての論考の部分です

◆サーバントとしての大企業
グリーンリーフは「この四十年の間、大企業ほど社会の力に振り回された組織はない」と書き出しています。
この小論が書かれたのは1970年ごろであり、そこから半世紀近く経った現在も続く潮流です。
本論当時の大企業への社会圧力として、グリーンリーフは以下の3つを挙げています。

1、消費者(中心)の運動の圧力
2、環境の汚染と保護
3、若い人たちの変革への期待感を起点とする従業員への意義の付与

これらの3つの力が同時に作用していることで、「ふたつの重要な副作用が起きる可能性がある」として、ひとつめに「有益な仕事」の社会的意義を説きました。
グリーンリーフは「(前略)大多数の人は、報酬が得られる仕事をしたいと思うだけでなく、役に立つ存在になりたいと感じるようになるだろう」と述べています。
これが1970年前後の観察であることは注目に値します。
二つ目の副作用として「行政機関との新たな関係を築こうとする大企業が増えること」を挙げています。
企業のなすべきことの中に、社会利益の向上が挙げられるようになり、それを責務とする公(おおやけ)、すなわち行政機関との連携が重視されることを指摘しました。
グリーンリーフは、半世紀近く前にCSR(Corporate Social Responsibility)=企業の社会的責任の時代の到来を察知していたことになります。

◆組織としての大学
この小論が執筆された1970年ごろ、アメリカの大学進学率は50パーセントに達していました。
それまでの25年間で2倍以上に増えています。グリーンリーフは「従来の学術的環境に身を置く三分の二、もしくはそれ以上が違う形の教育を求めている」にもかかわらず、代案を出せない状況について「大学の信頼を預かる者たちの失敗のせいであって、経営者や教員のせいではない」として、大学の運営を任されたトラスティが役割と任務を持って大学の経営に対して以下のような行動をとるべきと説いています。
なお、大学のトラスティは、「理事会」や「評議会」がその任を負うことが多くあります。

1、大学の目標の明瞭でわかりやすい、行動に基づく言葉での表現することを主張(公共の利益を大学が常に追求すること)
2、現状の大学の目標達成度の確認と目標とのギャップを埋める方策の立案
3、前記方策の立案において必要に応じて大学経営に相談役を迎えることの提言、主張
4、目標達成が困難な場合の目標の再設定(率直、正直な点を尊重する)
5、前記の代案として、トラスティ自身が研究を積んで新たな目標を定め、変革を提案する
6、目標とそこに向けた綿密な計画が立てられた後の大学上層部の動きへの注視(必要に応じて、トラスティ自身の再編成)

こうした提言をしながら、大学という組織が学長一人のリーダーシップに率いられるのは、非現実的になっているとして、大学においても「強力な内部のリーダーシップと、これを援護する自発的活動」の両立が必要として「第一人者たちによる合議」や「コンセプト策定者」の設置が必要と定義し、そこへのトラスティの関与を主張しています。



グリーンリーフの小論を会読して、参加者による議論が始まりました。

・会読内容から組織のリーダーとしての「コンセプト策定者」が得難いということが読み取れる。
 なぜ、コンセプト策定者は生まれにくいのだろうか。
・スティーブ・ジョブズなどのように前例にとらわれずに新時代を開拓する能力を持った人が
 絶対的に少ないということではないか。
・企業内の多くの研究者も仮説を立て、実験と検証を繰り返しており、イノベーションの
 創出という点でコンセプト策定と同じことを目指している。
 人数が少ないのではなく、結果として成功する機会が少ないということが考えられる。
・コンセプト策定者には組織の枠にとらわれない思考が求められる。
 企業に勤める人はどうしても組織の論理に組みこまれてしまう。
 その企業の土壌の中で自己保身から組織に埋没してしまうことが多い。
 企業人が株主などのステークホルダーに萎縮しているのではないだろうか。
・企業では管理職が「管理している」という事実を求めてしまい、能力がある部下が
 能力を発揮できる環境を作ることから離れてしまうことが多い。
 少数であるが、企業によっては、そうした枠を超えて次世代のコンセプトづくりや
 イノベーション創出を促している。
 企業の中にDNAとして組み込まれて、それが長く続いているケースでは成功事例も多い。
・米国のシリコンバレーなどの新興企業を見ていると、そこに「失敗を許容する文化」が
 あるように見受けられる。
 今の日本の企業では失敗が許容されず、完ぺきを求められているケースが多いように感じる。
・企業によっては勤務経験の長い人に新しい提案を否定されて新参者が委縮してしまったり、
 逆に新しい意見ばかりが尊重されて古くからいる人がいづらくなるケースがある。
 本当のダイバーシティとは、異なる意見を受け入れるアサーティブな環境のことを
 指すのだと思う。
 こうした環境を作るにはリーダーに度量と自信が不可欠だ。
・東日本大震災からの東北復興支援で、若い人たちの復興事業に高齢者があえて口出しを
 しないと決めた自治体がある。
 その結果、いろいろなことの決定や実行が迅速になったそうだ。
 もちろん高齢者も生活拠点として、そこにいることができる。
 いろいろなことがうまく回転しているようだ。
・グリーンリーフは企業組織を牽引するリーダーとして、「運営者」と
 「コンセプト策定者」の二種類の人材を挙げているが、「運営者」としての仕事は
 若い人に向いているのではないか。
・自分はむしろ若い人の中に「コンセプト策定者」に向いている人がいるように思う。
・人間は年をとると思考が硬直化して、自分の価値観を絶対視しがちと思われがちだが、
 人によっては年齢を重ねても自己変革を実現する人がいる。年齢だけの要素では
 判断できない。
・ビジョンを持った人が自己変革を可能としているように思う。
・ビジョンや理想ととともに、クリティカルシンキングができるかどうかという
 スキル面も重要と考える。

・最近の米国の様子を見ていると、一流大学の優秀な成績の学生が就職先として
 高報酬の金融機関などを避け、自ら望んで社会貢献のためのNPOやNGOを選択しる
 ケースが見受けられる。
 リーマンショックを節目に、若い人の価値観が変わってきた。
 日本でも若い人が会社勤めでは疲弊しているが、復興支援のボランティア活動を
 いきいきとやっているようなケースが見受けられる。
・今、多くの職場で勤労から満足感が得られない。自己実現欲求、承認欲求を
 満たす場が企業の外にあるということだろう。
・大学の課題は、学生に対して学校がどのように「奉仕」すべきか、ということ
 でなはいか。
 残念なことに多くの大学が学生ではなく、学校行政に「奉仕」というか、
 おもねっているように感じられる。
・日本での少子化による経営難に直面する中で、地方大学の中にかなりの経営努力を
 重ねている学校もある。
 ある地方私立大学では、もともと地方公務員になる学生が多かったという実績を
 踏まえて、学生を就職させるための行政との連絡や連携の強化、留学生の受け入れと
 日本人学生の交流、スポーツ強化による知名度や好感度の向上など。
 自らが競争にさらされていることをよく自覚した経営をしている。
・大学の現場は直接見ていないが、勤務先に就職してくる新卒新入社員を見ていると、
 優秀で器用だが、自分で考えるのは苦手という人をよく見かける。
 文系、理系ともスキルの伝授だけではなく、リペラルアーツの強化、自分の頭で
 考えるという意識の養成にも注力してもらえればと願っている。
・自分の頭で考えるという点は幼少のときから習慣づけないとなかなか体得できない。
 欧米の学校では年少者にもディベートをやらせているということ。
 見習ってもいいかと思う。
・ボランティアで子育てセミナーを支援しているが、この問題は根本的には
 幼児教育にまで遡るという意見もある。
・日本の大学は、戦後復興、高度成長の中で、公共の利益に資する人を優秀な
 産業戦士と定めて、これの養成に注力してきた。
 公共の利益と何かを認識する点で、まだ改革ができていない。
 今の時代の「公共の利益」について真剣に検討し討議していくことが求められている。



・今日の会読範囲で、坂本龍馬が幕末のコンセプト策定者であったと感じた。
 彼は私利のための報酬を求めず、そして暗殺ではあるが彼の役割を終えるとともに
 世を去った。次の時代を切り開くコンセプト策定と社会への奉仕の姿を見た気がする。
・自己成長を目的とする自己の内側からのモチベーションと外部から与えられる報酬を
 目的とする外側からのモチベーションということを考えた。
 外側からのモチベーションによる努力は報酬が目的となることで自己成長欲求を
 失うことが多い。
 自己成長欲求に奉仕の精神が加わることで、成長欲求が自己のみの成長から
 他者の成長にまで拡大する。
 他者の成長はサーバントリーダーの属性の一つに挙げられている。
((注)ラリー・スピアーズによる「サーバントリーダー10の属性」(本書p.572-p.573)の9番目に「人々の成長に関わる」が挙げられている)
・運営者とコンセプト策定者のバランスが重要との論考だったが、運営者には
 「やり遂げる」という重要な任務がある。
 やり続ける限りは失敗ではない、成功の途上だという意識での継続が
 新しいコンセプトを実現すると確信している。

次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」第二期第10回(通算第65回)の読書会は、7月22日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

「サーバントリーダーシップ 入門講座」開催のご報告

6月22日(水)「サーバントリーダーシップ 入門講座」を開催いたしました。



本講座はサーバントリーダーシップとは何かを皆さんと共に学ぶ初心者の方向けの講座です。

ご参加頂いた方からは「社員の幸せ、会社の発展に必要な考え方(だと思った)」「今まで他の仕事をしていたスタッフを仲間に迎えてリーダーとなった今、良いタイミングでサーバントリーダーシップを活かしていこうと思っています」といったお声を頂きました。

今後も様々なテーマのセミナーを開催予定です。ご興味のある方は、ご参加下さい。

第二期第8回(通算第63回) 読書会開催報告

第二期第8回(通算第63回) 読書会開催報告
日時:2016年5月27日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)は、今回から第2章「サーバントとしての組織」の会読に入ります。グリーンリーフは、組織が機能や成果を高めることにおけるリーダーシップ役割について常に考えていました。それは集団の中での上位者の部下に対する対応、人間関係のあり方にとどまりません。
グリーンリーフは、第2章冒頭で「(前略)最近思いやりとは、おもに人と人との間のものだった。だが、今では組織を通じてやり取りされるものが多い」として、公正で創造的な社会を作るために、「既存の巨大な組織の奉仕する能力を高め、サーバントとしての成果を高めること」が最良の方法であると主張しています。そして本章でそれを検証していくので、米国の巨大組織である教会、大学、企業のトラスティ(受託者)に読んでもらいたいと述べています。トラスティ(受託者)とは、社外取締役など組織の最高機関に位置しつつ直接の執行に関わらない人々を指しています(このことは第3章で詳細に語られます)。
彼は社会の改良に向けた変革には、「巨大組織の意義深い前進のために貢献する」人の重要性を認めています。第2章の冒頭箇所からグリーンリーフのことばをいくつか引用してみます。
「組織の形態は、課された使命に最も適切なように(中略)選ばれるべきだ。」
「現代の新しい必要条件は、組織に対するより高レベルでの信頼だ。“信頼”が今の緊急課題であり、そのためにトラスティの役割を広げる必要があるのだ」
「(教会、大学、企業というアメリカ社会の代表的)組織は二十世紀の最初の五十年間で、平均的なものから並外れたものへと変化を遂げ、再び凡庸なものに落ちてしまった」
第2章の冒頭に引き続きグリーンリーフは小見出しを立てながら著述を続けています。これらを概観していきます。



■組織の質の危機
組織の質の低下は、「構造や仕事のやり方に注意を向ける前に、突然、”優良”というものの基準他変わった」という状況によってもたらされた。この問題は「比較的新しい」ものである、とグリーンリーフは述べ、また多くの人は組織を「利己的に利用される非人間的な存在だと思って」おり、人間に対するような思いやりを組織に注がないことを指摘しています。彼は批評家による組織の分類を引用・要約して「行政機関」「ビジネス慣行」「医療や社会福祉」「現代の大学」「教会」が見せる問題点を指摘しています。グリーンリーフは、その指摘について非難が目的ではなく「実質的な対策を講じる」ことが喫緊の課題であるとして、その対策に対するトラスティの役割に期待を寄せています。

■トラスティ ? 組織再生の第一歩を踏み出す者
「より奉仕できる組織を作るなら、奉仕したいと考える人は自力で、自分が所属するこの組織のビルダー(組織の創設者)となるべきだ。」グリーンリーフはこのように書き出しています。そこを起点に組織の奉仕能力向上における理事会、すなわちトラスティの役割の重要さに言及しています。そして「トラスティにとって最も重要な資質は、組織を思いやる気持ちがあるということ、つまり組織が関わるあらゆる人間に配慮するという点だ。」と組織におけるリーダーのあり方に独自の主張を展開しました。グリーンリーフはさらに、「トラスティが問いを発することで組織の目標が定められ」、また「トラスティと経営陣が組織の目標と計画を理解し、受け入れていることを確認するのは会長(chair)の責任」と述べ、会長についても「新しいタイプのリーダーシップと、会長自身が成長するための新たなキャリアのパターンが必要となる。」と述べています。

■組織編成 ? おろそかにされた要素
この節の初めにグリーンリーフは、「トラスティが問いを発したり、主張したり、物事を識別したりするために、持っていたほうがいい知識を論じていくつもりだ。」と述べています。「1.目標と戦略、2.組織編制、3.実行」の要素を列挙した上で「この三つを総括するのが‘リーダーシップ’である。」と整理しています。「リー大シップは全体のプロセスに一貫性を与えて動的な力をもたらす」。グリーンリーフは、この後、組織編制に焦点を当てて彼の理論展開を行っていきます。

■組織編成の構造 ? 公式な部分と非公式な部分
グリーンリーフは「巨大組織の構造を検証するとき」には、組織の「公式な部分」すなわち明確な計画や仕事の手順とリーダーシップに負うところが多いところと「非公式な部分」に分けることを推奨しています。そして、非公式な構造はリーダーシップに従う部分が多く、そのリーダーシップについて、「目標を立て、機会を逃さずに挑戦し、人々の意欲をうまく利用して、賢明な優先樹をつけ、最も重要なところに財源をつぎ込む」、「不評を覚悟で冒険しようとする人を励まし、避難所の役目を果たす。より良いことをしようとする人の倫理的な行為や創造的な方法を支える」と力強いことばを連ねて説明しています。規律とリーダーシップの組み合わせが組織の力を高めることも、削ぐこともあることを指摘しつつ、大組織にはこの両者の健全なレベル緊張感が必要というのが彼の思想です。

■組織編成 ? ふたつの伝統
グリーンリーフは組織編成にはふたつの伝統がある、その一つは「ヒエラルキーの原理」、すなわちピラミッド型の構造の頂点に一人の責任者が立つことであり、もう一つが古代ローマで primus inter pares (ラテン語)と呼ばれた「対等なメンバーの中の第一人者」であると説明しています。現代において組織の責任者が前者の構造で選ばれることを危惧しつつ、後者の構造へのリーダー選択について、「まずトラスティの態度と役割を適正なものに変えること」を提唱しています。

■組織編成 ? 一人の責任者という概念の欠点
「どんな人も自分一人では完璧でいられない」、グリーンリーフはピラミッド型組織のトップリーダーがもつ危険性をこのように表現し、その頂点にある人は部下とのコミュニケーションにフィルターがかかることを指摘しています。この状況から「(頂点のトップの)自己防衛的な全知全能イメージ」が醸成されがちで、「(トップは)真の孤独に耐えなければならない」ことに言及しています。「ひとりの人間の支配という考えが広く支持されるのは、必要なときに決断力が発揮されるからだ。」と説明しつつ、組織の巨大化の中でその構造が維持できないことを次のように指摘しています。「大きな組織のピラミッドの頂点にぎこちなく立つ典型的なせい人者は、きわめて重い荷を追っている。仕事が多すぎて潰れてしまう人が多すぎる」 さらに大組織において「結局、責任者は血のかよった人間ではなくパフォーマーになってしまい、最も大事な創造力が弱まる」という近代的な大組織の欠陥を指摘します。

指定範囲の会読を終えて参加者の意見交換が始まりました。

・今回の会読範囲から巨大組織の変革の難しさを痛感する。一方で企業を中心とした組織の巨大化はいわば社会の進歩の証拠という面がある。巨大組織は運営が悪い方向に流れると、これを止めることが難しいという固有の苦しさがある。
・組織というものを「指揮・命令系統」と同義で理解し、組織を「指揮・命令系統」の一軸で構成していってしまうことが多い。そうした組織では、仕事がタコツボ化して公式に横のつながりを求めていくのは結構困難だ。会社はその一方で、従業員同士の横のつながりや一体感を強調するなど、なにかしら折り合いをつけようとはしているが、その場しのぎ的な感じがする。
・最近の企業不祥事を詳細に検証していくと指揮命令系統の強化で組織運営の合理化を図ることの怖さが垣間見えてくる。
・日産自動車にカルロス・ゴーンが来たときのいわゆるゴーン革命は、組織横断的な能力を活用するクロス・ファンクショナル・チーム(CFT)と業務改善手法のV-upの二つが目玉だった。前者は組織に設定されたテーマごとに社内から能力のあるメンバーが招集され、テーマが設定された組織の課題解決に協力した。招集した組織の指揮命令系統が縦糸とすれば、CFTメンバーはリーダーシップをもつ横糸といった存在である。



ヒエラルキーに原理よるリーダー(図1)と対等な中の第一人者(図2)(本書125ページ)

・本書125ページに図版もあるが、ヒエラルキーの頂点にただひとりのリーダーが立つ伝統的な組織(図1)と対等な中での第一人者がリーダーとなる組織(図2)を見ながら、明治憲法、つまり大日本帝国憲法での内閣総理大臣についての解説を思い出す。明治憲法下では総理大臣は他の大臣と横並びで、内閣は天皇統治の下で各大臣が相互に助け合って国を支える形になっていた。これは明治維新に貢献があった元老が協力して明治の国づくりをしたことを継承したものである。ところが元老が引退するとともに、目に見えないヒエラルキー、権力の集中が発生したというものである。
・複数の人の合意による組織の形成は、ほとんどのケースで「対等な中での第一人者」をリーダーとする(図2)スタイルである。やがて組織運営の合理化のために組織の頂点にリーダーを置く(図1)スタイルが採用される。組織が大きくなり機能を整理、充実させていく過程で、組織の中に部や課のような下位の組織ができてヒエラルキーが重層的に構成される。そうした経過の中でも「対等な中での第一人者をリーダーとする」考えがきちんと担保されていることが良い組織の条件だ。
・組織がヒエラルキー化する中で、構成員がもつ情報に格差が生じることがある。ある情報をトップは知っているが、他のメンバーは知らないということだ。この情報格差が支配の能力の源泉になることもある。こうしたことが組織の性格、さらには文化になり、組織構成にも影響してくることを見聞している。

・組織運営の実態ということからすると「ヒエラルキーの頂点にトップを置く」(図1)スタイルの方がはるかに楽である。それゆえに多くの組織がトップを定めて、その人物に組織運営を委ねている。企業などの組織が一定期間を経ると、定年退職と新入社員の入社のような人の交代が発生するが、その人物の知見の差は、「対等な中での第一人者」(図2)を選択する方法に限界を生じる。
・一方で、対等な中での第一人者を選ぶ方法は組織の限界を突破するイノベーションの源泉にもなりうる。この長所をうまく生かしていくことが今の時代に求められている。
・「対等な中での第一人者をリーダーとする」(図2)という組織構成が運営効率性の面で問題があることは確かだ。だが組織にしっかりした戦略があれば、権限・分掌を明確にしない「第一人者」方式でも高い生産性を出すことはできる。
・米国の軍隊は規則で組織内の権限を詳細に定義するが、同時に上に立つ者が部下の信頼を得ていないと成り立たないようになっている。戦闘においてリーダーは先頭で率先して部下を率いねばならず、部下を前に出して見殺しにことは組織文化として許されていない。
・前述の日産自動車のクロス・ファンクショナル・チームのケースを含め「第一人者をリーダーとする」組織では、常に「非凡なるもの」を求めていかないと組織自体が陳腐化していくように思われる。
・製造業に勤務しているが、勤務先の中で営業組織は権限を明確に定めた組織構造になっているが、研究開発部門は研究者ひとりひとりの自主性を重んじたフラットな組織構造になっている。それぞれの部門がお互いの構造と思考・文化を理解しないと無駄な対立ばかり起きて、イノベーションの創出ができない。構造自体も重要だが、それを理解して受け入れるという姿勢も大切だと思う。

・組織の中で「対等な存在」が本当に存在するのだろうか。米国では組織内の人種の比率を規則で定めて遵守させるということも行っている。本当の横一線がいかに難しいかを感じる。
・組織とは本来、「人」に奉仕すべきもの。現代はこれが逆になっている。特に最近は自分が生き延びるために他人を不幸にしようとする動きも目立っている。組織がサーバントであり続けるためにどうすれば良いか、いろいろなことを感じる。

今回も熱い議論が展開されました。この論説が書かれてから数十年、先進国の企業組織は取締役会の独立性を確保する法整備など大きく変貌してきましたが、組織が人に奉仕するための構成という点での評価が期待されているようです。
次回のロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」第二期第9回(通算第64回)読書会は、6月24日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

第9回 近代の優れたリーダーに学ぶSL研究会 開催報告

第9回 近代の優れたリーダーに学ぶSL研究会 開催報告 広崎仁一
日時:2016年5月24日(火)19:00~21:15
場所:レアリゼアカデミー

サーバント・リーダーシップは経営活動における「リーダーシップ哲学」であるとともに、すべての人が目指すことのできる「生き方」そのものであり、その人の人格や価値観に深く根ざしています。
そしてサーバント・リーダーとは、自分の使命を見出し、進んで人と社会に仕え、その「生き方」を通して、人々に“良い感化”を与えている人のことです。

今回は「宅急便」の生みの親であり、また現役引退後は“ヤマト福祉財団”を設立し、障害者福祉に全力を注いだ ヤマト運輸元会長の小倉昌男氏の生涯を取り上げました。
小倉氏は物流革命を起こし、日本経済界のランドマークのような存在です。その小倉氏が残した業績や「生き方」から、サーバント・リーダーシップの本質やその要素について共に学ぶひと時を持ちました。



はじめにこれまでの小倉氏の歩みを振り返りながら、その功績や取り組みに関する感想や気づきについて話し合いました。その後 SL研究会担当者(拙者)より、「優れたサーバント・リーダーの人間力の要素」~サーバント・リーダーの「生き方・あり方・(能力)」を構成する要素~として、以下の10項目の提示(仮説)がありました。

1.謙遜さ(Humility)
2.大義を抱く(Visionary)
3.高潔さ・真摯さ(Integrity)
4.奉仕する・尽くす(Service)
5.犠牲を払う・献身的(Sacrifice)
6.任用する(Empower)
7.元気づける(Energize)
8.熱意・信念(Zeal)
9.胆力・決断力(Courage)
10.やり続ける挫けない心(Execute)

 この切り口で、小倉氏の「生き方・あり方」をまとめると以下のようになります。

1.謙遜さ(Humility)
・謙虚で旺盛な学習意欲を持っている。
・自らの手柄を語ろうともせず、つつしみ深さを持っている。
・飾らない人間性を持ち、自分を特別扱いしない。

2.大義を抱く(Visionary)
・「宅急便」という新業態をゼロから開発し事業化した。
・障害者の月給を1万円から10万円に引き上げた。
  →「夢のような話」の実現を目指した。

3.高潔さ・真摯さ(Integrity)
・高い倫理観を持つ。
  →企業が永続するためには、人間に人格があるように、
  企業には優れた“社格”がなければならない。
   人格者に人徳があるように、会社にも“社徳”が必要。
・三越百貨店との取引破棄
  →当時の岡田社長の倫理観の欠落がどうにも許せなかった。
  経営者に必要なことは倫理観、利用者に対する使命感。
・一旦退いた会長に復帰
  →営業所長など現場のトップが車両や荷物の事故を
  本社に報告せず隠すケースが増えていた。 
  →倫理や規律を取り戻すために会長に復帰し大掃除をした。

4.奉仕する・尽くす(Service)
5.犠牲を払う・献身的(Sacrifice)
・サービスが先、利益は後
→この順序を間違えたらいつまで経っても赤字で、お客様にアピールできない。
   良いサービスを徹底してやればお客様が喜んで下さって、荷物は増えていく。そしてそれが利益を出す源泉となる。
・私財46億円を投じ「ヤマト福祉財団」を設立
・経営セミナー開催への時間・エネルギー・資金投下
・スワンベーカリーの開店に尽力
  →恩着せがましさがない、「して上げた感」がない   
●ノブレス・オブリージュ(地位の高い人の義務)の生き方を実践している
     
6.任用する(Empower)
7.元気づける(Energize)
・サービスは第一線の社員がやる。彼らがやる気を起こすか、
 起こさないかでこのビジネスの勝負が決まる。
 命令や監督をしない労働を実現しなきゃいけないと思った。
 自発的、自律的な労働。 <逆ピラミッドの発想>
・「全員経営」という言葉を作り、
 第一線の社員がみんな社長と同じ気持ち、同じ考えで経営する。
・障害者の能力を引き出して任用する。
 ノーマライゼーションで障害者に笑顔が溢れる。
   
8.熱意・信念(Zeal)
9.胆力・決断力(Courage)
10.やり続ける挫けない心(Execute)
・これまで誰もやらなかったことに挑戦する。
 そして、絶対にやり遂げるという覚悟を固める。
 →「人がして欲しいと思うことをする」
・初めは四面楚歌。全員反対からスタート。
・官僚との闘い:運輸省、郵政省、厚生省との闘いに勝利する
・郵便以外の新しい物流インフラの構築
・福祉の現場で「経営改革」「意識改革」に取り組む

 また今年出版された「小倉昌夫 祈りと経営」を通して、外では「官」と闘いながら、家庭内でも大きな闘いがあったことを知りました。

最後に研究会に参加された方々の発表やアンケート結果からは以下のような意見が挙がってきました。
・まずは「サーバントファースト」をキーワードに行動したい。次にビジョン(大義)について自己形成していきたい。
・サーバント・リーダーシップは手法ではなく考え方(哲学)である。
・優れたサーバント・リーダーの要素に、Empower & Energize がある。
・小倉氏の生涯を通して、サーバント・リーダーシップをより身近に感じることができた。
・人を動かすには順番が重要である。まず「仕える」ことから。
・小倉氏の私生活が、人生後半のヤマト福祉財団設立に繋がっていることを知り、きわめて興味深かった。
・大義に基づいたビジョンを作り、周りに宣言していきたい。
・サーバント・リーダーシップは哲学であると同時に行動であることが腑に落ちた。
・リーダーシップはスキルではなく哲学であり徳である。
・やり続ける挫けない心を持って、実践コミュニティ作りを地域と企業で継続的に努力していきたい。
・小倉氏の志の高さ、視点が高くぶれない点、人々に多くの良い影響力を与えたことを学んだ。
・多くの情報に基づき、大変勉強になる内容でした。想い、信念の大切さを改めて感じました。
・高潔さ、信念の強さの重要性を学びました。これからは何が大事かを教え、人にサーブしていきたいと思います。
・小倉氏の生き方を通して、Integrity を貫く姿勢と、それがもたらす周囲への Empowerment や影響力、効果を学びました。
・サービスを先にして、仕事をすること。弱い立場の人のために仕えることを学びました。
・小倉氏を福祉に注力させたものが理解でき、深く感銘をうけました。またフォロワーを働きやすくする特性が整理して学べました。
・自分もより正しくリーダーシップを行えるようにしたいと思います。
・高潔さ、倫理観を持ち、成し遂げる熱意が、小倉氏の人生から伝わってきました。

第二期第7回(通算第62回) 読書会開催報告

第二期第7回(通算第62回) 読書会開催報告
日時:2016年4月22日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期読書会は、前々回から本編を会読しています。今回は第1章「リーダーとしてのサーバント」の残り三分の一を会読しました。この章はグリーンリーフのサーバントリーダーシップに関する初めての諸作(元は小冊子)を転載したものであり、サーバントリーダーシップに関する彼の思想の骨格が記述されています。(今回の会読箇所:p.84、11行目からp.106、15行目、第1章の最後まで。またグリーンリーフは、この章はたくさんの小見出しをつけて記述しています。)

■そして、今!
グリーンリーフは、ウールマン、ジェファーソン、グルントヴィ等の草分けのリーダーシップは、既存のモデルに結びついて考えられることはなく、その時の状況に応じた斬新で創造的なものである、と述べ、本書が執筆された1970年頃の混迷は今後も続くが、これからは有色人種、恵まれない者、疎外された者がその能力を主張する時代になるだろうと彼の見解を述べています。その時代、つまり半世紀前の米国の指導者層であった白人を指して「今日の特権階級にいる人々は(中略)、蓄積された知識もろとも波の下に潜り、向こう岸に浮上した時にその知識を使えるようにするべき」である(チリの元外交官で作家のミゲール・セラノのことば)とグリーンリーフは唱えます。

■ヒーリングと奉仕
聖職者、神学者、精神科医など「ヒーリング(癒し)」に携わる人々が参加するセミナーで、「私たちヒーラーのモチベーションは何か」という問いに、参加者の熱心な議論による結論は「自分自身のヒーリングのため」という結論が出された。このエピソードをもとに、グリーンリーフは「聖職者や医師と同様に、サーバント・リーダーも、自分自身の癒しこそがモチベーションと認めるだろう」と述べています。

■コミュニティ(共同体) ― 現代の失われた知識
近代以降の経済発展は、先進国でのコミュニティ喪失という事態を招いている。医師や家族の便宜のみが顧みられ患者の利益となっていない病院、生徒の社会的地位を向上させるための仕組みに過ぎなくなった学校、グリーンリーフはこれらの例を挙げて、コミュニティの意義を再考するように迫ります。さらに彼は現代のいろいろな組織において欠けている愛について、「愛とは定義できない言葉であり、それが表現しているものは微妙でありながら無限だ。(その始まりに必要な)絶対的な条件(は)限りない責任(である)」と述べています。株式会社組織に代表されるような責任が制限された成員で構成される近代の社会には、無限の愛、そして奉仕が無いという指摘です。
グリーンリーフは、その一方で、この章を執筆した1970年当時の一部の若者の中に、新時代のコミュニティが生まれつつあることに期待を寄せています。

■組織
私たちに必要なことは、コミュニティの基本知識の再発見し現代において不可欠となった「巨大なコミュニティ的組織の多くに磨きをかけ、思い切って改善する」ことであるとグリーンリーフは主張します。私たちはさまざまな文脈の中で、「組織」ということばに非人間的な印象を持つことがありますが、彼は「組織とは、人間が第一という強固とした背景のもとに打ち立てられたリーダーシップであり、人を育成する方向でスタートするものだ。」と定義し、組織の中で他人を利用するのではなく、奉仕することで導くべきとの思想を示しています。

■トラスティ ― 信託を受託するもの
グリーンリーフは組織のリーダーについて、組織内部で任務を遂行するリーダーと外部で密接にかかわるリーダーの「二種類のリーダーが必要だ」と主張し、「後者は“トラスティ(受託者)”と呼ばれる。」と説いています。組織運営における組織内部の衝突の仲裁、組織の資産の所有者であり、これの有効活用に関わる人に責任を持つこと、そして目標とその過程に興味を持つ、というトラスティの立場や特徴を示した上で、その役割について「奉仕し、導きたいと考える人たちに実行の機会を提供することだ」と述べています。

■権力と権限 ― 強さと弱さ
グリーンリーフは権力について、「サーバントの権力」と「人を支配し、操るための強制的な権力」の二種類があると述べ、人はその両方の権力について自分に行使される機会を体験することを勧めています。後者では時に理不尽な抑圧を受けることになりますが、そのことについて「人間らしくあるためには、人生の苦悩と喜びの両方に近づいて、確かめなければならない。」として「サーバント(奉仕する人)は(中略)人間的である。サーバント・リーダーは能力の点でより優れている、(中略)耳を傾け、しっかりと見て物事を知る。その直感的洞察力は群を抜いたものだ。そのため、彼らは頼れる存在だし、信用もおけるのである。」と主張しています。

■サーバントを見分けるにはどうすればいいか
「(前略)すべての人にとって、何よりも重大な問いは、われわれがリーダーと見なすべき道徳的な人物とは誰か、ということだ」と、グリーンリーフは、リーダーに足る人物を見分けて選ぶことが重要であることを説きます。フォロワーすなわち従う人も自分のリーダーを与えられたものと安易に受け入れること否定しています。しかしながら、同時に真のリーダーを簡便に見分ける方法はない、とも述べています。「これを知る確かな方法はないので、芸術家の啓蒙に求めるといい。そうした啓蒙は、ヘルマン・ヘッセが、サーバントのレーオを理想的に描写した中に見られる。レーオのサーバント精神は、彼のリーダーシップの中にはっきりと現れている」とグリーンリーフがサーバントリーダーシップの啓示を受けたヘルマン・ヘッセの小説(注)に再び言及しています。
(注)ヘッセの小説について、本書ではその訳書について「ヘッセ全集8 知と愛」に所収された高橋健二訳(新潮社、1982年)を挙げているが現在流通していない。日本語訳としては、日本ヘルマン・ヘッセ友の会編「ヘルマン・ヘッセ全集 13 荒野の狼、東方への旅」(臨川書店、2006年。三宅博子訳、里村和秋解説)が現在刊行されている。


■外にではなく、内にある
グリーンリーフは君主が無欲であれば人々は盗みなどしない、という論語の記述を引用して、すべての問題は自分自身の中にある、と述べています。このことが問題の核心は自分の外にあると考えがちな現代人への警鐘であることを意識しつつ、喜びについても「自分の内にあり、心の中で作られるものだ。」として、「世の中の良い部分も悪い部分もありのままに受け入れ、(中略)その良い部分と自分を一体化する人のものだ。」とリーダーが得られる真の利益についても言及しています。

■敵は誰か
「合理的で実現可能な、よりよい社会を、可能な手段で作ろうとする急激な動きを阻んでいる人」「多くの組織がたいした業績を上げられない(ことの責任者)」「よりよい社会とは何かを明確にしたり、よりよい社会に向かおうとしたりする多くの人を阻んでいる(人)」。グリーンリーフこうした人々を敵と見なして、これを定義していきます。彼は、敵とは「邪悪な人」「愚かな人」「無関心な人」ではなく、「敵とは導く能力があるのに導かない者、あるいは生まれながらの強靭なサーバントでありながらサーバント以外の人に従うことを選んだ者だ」と、サーバント、すなわち真のリーダーの資質を持つ人に課せられた責任を主張しています。

■暗示
未来の社会が良いものになるか、悪いものになるか。グリーンリーフはその鍵は人にあるとして「うまく人々を導ける人がいなければ(中略)よりよい社会を作り出すことはできない」と述べ、そのことの重要な点として「導く能力のあるサーバントは導かねばならず、それが適切なら、人々はサーバント・リーダーにだけ従わねばならない」と強調しています。彼は、歴史の転換点の中で、若い人を中心にサーバントの資質を持った人が増えているとことを踏まえて、「社会を変える(または、今のままにする)唯一の方法は、社会を変えてくれる(または、今のままにする)十分な数の人材を作ること」と提言しています。「(社会の改善を)やってのける人々の背後では、その努力に感動した人々がさらに成長し、より健全になり、より自律的になって、より奉仕の精神に富むようになるのだ」と改善に向けて自転する社会の出現を待ち望んでいます。そのためにはどうすれば良いか、「創造しようとしないかぎり、われわれは自分自身の考えを表現し、人に奉仕して導くことなどできないのだ。」そう主張するグリーンリーフは、「危険なほど創造力を働かせよ!」、同時代の小説家であり哲学者であるアルベール・カミュのことばに託して、「サーバントとしてのリーダー」(本書第1章)を結論づけています。



第1章を読み終えて、参加者による活発な討議が始まりました。

・グリーンリーフは本章の最後の方でビルダーとしての能力は、多くの場合、18歳から20歳に見極められ、彼らのリーダーシップ育成を最優先すべきだ、と述べている。自分の経験からしても18歳から20歳、つまり大学在学期間にリーダーシップを学ぶような機会はなかった。これからはこの年齢層にもっと体系的なリーダーシップ教育を実施してもよいのかもしれない。
・なぜ、18歳から20歳なのか。社会経験の観点で少し早いようにも思える。
・日本のかつての元服をはじめ、世界的に10歳代半ばで成人することが普通であることや、わが国で予定されている選挙権の引き下げなど考えると、18歳から20歳というのは必ずしも遅くはない。また、現在の学校・教育制度では十分なリーダーシップ教育を施せない。そうした学習をする場をどう作るかが課題である。
・リーダーシップの学習は、なによりも体験ありきだと思う。実践の場をどれだけ得られるか、その実践の場で自信を身につけることが肝要だと思う。
・この論文が書かれた 1970年当時は、それまでの強権的なリーダーシップの時代からサーバント型のリーダーシップに徐々に変化してきたところ。リーダーや組織のビルダー(創設者)が不足していた。リーダーにふさわしい人は20歳代~30歳ぐらいでも見極められる。グリーンリーフはリーダーの素養を持つ者が大勢、社会変革を実現するに足るだけの数で出現することを望んでいた。

・グリーンリーフが「生まれながらのサーバント」と表すように、サーバントの気質にはネイティブ、つまり生まれつきの要素がある。サーバントにとってサーバントらしくない振る舞いは、その本人にとって快適ではないだろう。
・今回の会読箇所でヒーリングに言及があるが、この要素は、自分を受容するという観点でも重要だ。自己受容、自己充足できない人は、結局、他人には本質的にやさしくできない。中村天風(注)が「人に施しをするには自分を大切に」と述べていることにも通じる。
 (注)1876-1968年、我が国の思想家、実業家。多くの後進に影響を与える。
・今の指摘は自分の余裕と言い替えられそうだ。スティーブン・コヴィーは、余裕について「刺激と反応の間のスペース」と表現したが、自己受容できる人は心に余裕がある。
・今回の会読範囲で、グリーンリーフは「喜びは自分の内にあり、心の中で作られるものだ」と述べ、ヒーリングについても「“完全な状態のする”という意味がある」と書いている。サーバントは自分の中で完結するものという論考が印象的だ。リーダーとかリーダーシップという言葉から、つい「(他者を)引っ張る」という動きをイメージしてしまうが、サーバントの場合にはそうした人間関係はない。サーバントの行動は周囲からはリーダーらしい行動と認知されないことが多いのではないか。
・有名大学への合格者数が多いことで有名なある中高一貫校では、大学受験もチームワークであり自分だけではなく周囲の仲間を高めて共に合格していくことに価値を置いているという。受験では「級友もライバル」と言われることが多いので、この教えには驚いた。柔道の開拓者である嘉納治五郎(注)が学校設立に際して顧問に就任し、「自他共栄」を校訓としていると聞き、嘉納のリーダーシップとそれが数十年連綿として続いていることに感服している。
(注)1860-1938年、近代柔道の創始者でありその普及に努めた。教育者としても多くの学校の教壇に立ち、設立に尽力した。わが国初のIOC(国際オリンピック委員会)委員

・最近、若い人を中心に所属する会社での仕事よりも震災復興などのボランティアにより強い生きがいを感じるという人が多い。他者や社会に貢献することで、人間的成長を感じられるという。大企業の中には、社員教育としてこうしたボランティアを行わせているところもある。
・人は特に若い内に、何かに飢えているという状態にあることが多い。かつての経済的に貧しい時代は生活の糧、さらには少しばかりの贅沢といった消費社会を渇望していた。最近は経済の停滞で貧困が社会問題化しているが、そのこと以上に「人とのつながり」に飢えているのではないか。「今どきの若い者は何だかんだ」というのは古代エジプトでもそういわれていたが、やはり若い人は感受性が高く、感性が鋭いので、彼らを通じて世の中を見通すことができる。そこを通じて、サーバントの素養にあふれたリーダーが求められることにも合点がいく。
・米国では、一流大学を卒業した若者が企業に就職せずにNPO、NGO活動に参加することが増えている。金儲けよりもソーシャルワークに従事することへの要求が高くなっている。
・自分の仕事の成果、つまりやったことを他の人に喜んでもらえることは、自分にとって高いモチベーションになる。
・企業に就職することが金儲けであり若者にとって魅力のないこと、という図式が出来上がっていることに問題を感じる。それがどの程度の事実かわからないが、何が大切かということがぶれた社会なのだろうと懸念する。
・若い人の可能性と自由な発想を賞賛する一方で、有名になるとか報酬を得るという表層的な成功が目的化しているケースも散見する。名声にせよ金銭にせよ、その人が努力して得る成果は何のためか、それを何に使っていくのかといいう視点が欠落しているケースがあり、少し懸念している。
・ある大学の銘板に「神なき知育は知恵ある悪魔をつくることなり」という創立者・小原國芳の言葉が書かれている。経済的な成功や科学技術の進歩がその先の目標を喪失した目的となってはいけない、という思いによるものであり、サーバントリーダーシップの本質を表しているように思う。
(注)1887-1987年。経験なクリスチャンであり成城学園などで教師を歴任。玉川学園を創立した。

・グリーンリーフがサーバントリーダーシップの啓示を受けたヘルマン・ヘッセの「東方巡礼」に登場するレーオには一種のあこがれを抱く。自らを主張せずに周囲を支えていくリーダーシップは貴重だと思う。実際の企業社会では、どんどん自己主張をしていかないとリーダーとして認められないことが多い。その中で私欲が公的利益を優先してしまうこともある。
・われわれは、ともすれば周囲に認められることに価値を置きすぎる。人生の価値を周りに認められることから他者に奉仕することに軸足を動かしていかないといけない。
・リーダーシップの本質はスキル、技術ではなく、哲学あるいは人生観であり、それに立脚した生き方であると痛感している。世の中をとらえることに、狭い枠組みを取り払うこと、自らの軸がぶれないこと、それらの時間軸を伸ばして実践していくことによって、リーダーシップを獲得するチャンスを得ると確信する。



今回も参加者による熱心な討議が続きました。ロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」の次回、第二期第8回(通算第60回)の読書会は、5月27日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

第二期第6回(通算第61回) 読書会開催報告

第二期第6回(通算第61回) 読書会開催報告
日時:2016年3月25日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期読書会は、前回から本編に入りました。今回の会読範囲は第1章「リーダーとしてのサーバント」の2回目、グリーリーフがサーバントリーダーの属性を説いてゆく展開部分です。この章はグリーンリーフのサーバントリーダーシップに関する初めての諸作(元は小冊子)を転載したものであり、サーバントリーダーシップに関する彼の思想の骨格が記述されています。グリーンリーフは、この著作では小見出しを振って記述していきました。(今回の会読箇所:p.66、6行目からp.84、10行目まで))



知ることができないものを知る -意識的な理論を超えて
グリーンリーフは「リーダーシップには、学術的なレベルで測れない複数の知的能力が求められる」と述べ、代表的なものとして「知ることができないものを感じ取り、予見できないものを予見する能力」を挙げています。その有無が本当のリーダーと分不相応にリーダーになった人の差であると指摘しています。本書が書かれた1970年前後には脳科学の分野でテレパシーや予知能力の研究が進んでいることを指摘しつつも、ここでの予見能力は無数の情報から必要なものを選択し、正しい道を選択する直感を意味するとしています。そして「リーダーの直感は、概念的なレベルで発揮されることによって、より価値があるものとなり、したがって一層の信頼を受ける(中略)包括的で概念的な洞察力は、リーダーにとっていっそう優れた才能である」とまとめています。

予見 -リーダーシップの核となる倫理
ここではグリーンリーフは「通常、‘今’という言葉にある前提は、この瞬間、時計が示す時間のことだ」と定義して、現在というものが意図と意味によって幅広く使われることがあること。その中心の現在が常に移動していることを指摘しています。そして「先見の明、あるいは予見とは、これから何が起こり、将来のいつ起こるかに関して平均的な推測より優れているもののことだ。」として、「将来の出来事がどんなものかは、現在のデータから割り出せる。だが(中略)現実的な決断を下すときは、(中略)直感を裏づける状況を作り出さねばならない。」とリーダーが持つべき能力に言及しています。「人がサーバントリーダーとして、他の人の重荷まで背負うなら ― 先頭に立って案内するのは激しく荒れ果てた道を進むことになるだろう」とその覚悟を迫ってきます。グリーンリーフは予見能力を得ることに「思いやりをもって、責任を負い、有能で価値を重視するという意識」下の行動の中で、「関わりを持たず超然としている(意識)」を同時に使い、思考や行動を検証していくことを勧めています。

気づきと知覚
グリーンリーフは前記の意識の元になるものが「気づき(アウエアネス)」である、と述べています。そして気づきにはリスクが伴うという面にも言及し、「リーダーシップを得る資格は、物事をより“ありのままに見る”ために、より広い範囲の気づきに耐えられることだ」と説いています。さらに「リーダーは、そのリーダーシップを受け入れる者たちよりも、未知のことに対峙する自信を強化しなければならない」と述べて、新約聖書のヨハネ福音書に記述されているエピソードを挙げています。キリスト(救世主)となったイエスの主張が当時のユダヤ教の教えに反しているという疑義を抱き、これを糾弾しようとする律法学者(注)らは姦通罪を犯した女性を律法(注)に基づいて石打ちにすべきだがどう考えるか、と迫られたキリストは、しばしの間、地面に字を書いて間を取ります。やがてその口から「あなたたちの中で罪を犯したことのないものが、まず、この女に石を投げなさい」と現代も語り継がれる言葉が発せられました。
(注)ユダヤ教の教典。キリスト教成立後、ユダヤ教の教典は、キリスト教徒に旧約聖書と呼ばれている。

説得 -ときには一度に一人ずつ
グリーンリーフは「リーダーたちは驚くべきやり方で仕事とこなす。組織として大きな負担を引き受ける人もいる。そうかと思えば、静かにひとりひとり対応する人もいる。」と真のリーダーの姿が外形的に定義できないことを示します。その上で、説得をリーダーの重要な役割だとしています。米国のクエーカー教徒だったジョン・ウールマンは18世紀半ば、奴隷制度が当然だったこの時代に、米国のクエーカーから奴隷制度をなくすよう30年もの長きにわたって、全米のクエーカー教徒を訪ねて奴隷解放を穏やかに根気強く説得していきました。そして南北戦争のおよそ100年前という時代において、米国には奴隷を所有するクエーカー教徒はいなくなりました。

一度にひとつの行動 -偉業を成し遂げる方法
米国三代目大統領にして米国独立宣言の起草者として有名なトマス・ジェファーソンは、若いころに後に独立宣言署名者として名を残すジョージ・ワイスから助言を得て、彼の影響で後世に名を残す偉業を成し遂げることができました。グリーンリーフは、まずワイスのようにサーバントリーダーの可能性を有する若者を見出し、能力を開拓することを年長者の責務として、その機会に恵まれたジェファーソンのサーバントとしての特徴を述べています。ジェファーソンは、米国独立当初の国づくりの基礎となる多くの法令草案を作り続けました。その一方で自らの地位や名声のみならず法令の草案が顧みられないことにも無頓着で、国づくり必要と考えることを淡々と準備していきました。後の時代、米国の憲法草案ができたときに、それに最も大きな影響を残したジェファーソンは米国にいませんでしたが、彼自身は自分の成果や能力を声高に主張することもなく、彼が書いた草案に米国の未来を託したのです。

概念化 -リーダーシップの重要な才能(タレント)
グリーンリーフは典型的なサーバントリーダーとしてニコライ・フレデリック・セベリン・グルントヴィ(注1)を挙げています。封建的な絶対君主国でまだ荘園・農奴制度からようやく自立農が出はじめた19世紀のデンマークに新しい教育概念を採り入れ、貧しい若者に教育を与える場として国民高等学校の制度を導入していきました。50年にわたる地道でねばり強い取り組みにより、デンマークの若者の意識は徐々に変わりました。デンマークは1864年のプロイセンとの戦争(注)とその後に起きた当時のデンマークの主要農産物の暴落という試練を受けますが、見事に立ち直ります。このことをグリーンリーフは「国民高等学校で培った精神的原動力あら芽生えた農民たちのイニシアティブは、こうしたショックから国家を回復させた。(中略)こうしたすべて、つまり、真に注目すべき、社会的・政治的・経済的変革が、一人の個人のリーダーシップという概念から生まれたのだ」と記述します。ここを記述するグリーンリーフの興奮が目に映るようです。
  (注1)1783年~1872年。デンマーク生まれの作家、詩人。また牧師で教育者、さらには有力な政治家としての側面を持っていた。
(注2)デンマークはこの敗戦によりシュレースヴィヒ=ホルスタイン公国の実質的支配圏を失い、1871年にドイツを統一したプロイセンとオーストリア帝国の支配下に入った。

この箇所までを会読して、参加者による意見交換が始まりました。

・「重要な決断をするとき、良い決断をするときに必要な情報を百パーセント手に入れることはまずない。」というグリーンリーフの説明に同感する。
・リスクを負える人が決断することがふさわしい。リスクを負えないのであれば決断者の交代が必要だ。組織の中で、一部の人、ことに上司が必要な情報を握ったままということある。時間と内容の両面で情報の非対称性が生じ、肝心の決断を遅らせたり、鈍らせたりすることが多い。
・決断するタイミングを決断すること、これが決断の質を高める技術だと思う。何を基軸に決断するのか、そして決断して行動してから結果が見えてくるまで間の「割り切り」を大切にしている。
・グリーンリーフは「今」という時間を「過去」と「未来」にはさまれた幅をもったもの、という意味の定義をしている。そして「先見の明、あるいは予見とは、これから何が起こり、将来のいつ起こるかに関して平均的な推測より優れているもののことだ。」と述べている。その定義から自分にとって「今の幅」を広げることの重要性を感じるとともに、どう広げるかが肝心だと思っている。

グリーンリーフが「(予見のもとになる)こうした意識の下になるのが“気づき(アウエアネス)”で“知覚”というドアを大きく開けている」と記述している。最初に読んだときは“気づき”と“知覚”の順序が逆ではないかと思った。
・知覚によって周囲を認識する際に、フィルターをかけずにありのまま見て、ありのままに受け入れることで全部がわかるようになってくる。
・仏教の「空(くう)」という用語で表す精神状態に持っていくことが重要だ。気づきとは「受け入れる場」のことで、その環境は偏見のない「空」であることが望ましい。一方で知覚とは「受け入れるもの」。フィルターのない空の状態でものごとを受け入れることで、見えてくるものが多数ある。
・文化人類学や心理学に「エスノグラフィー」という研究手法がある。対象物や対象者をあるがままに注視するものである。そういえば簡単そうだが、一枚の写真ですら虚心に10分間見続けることは苦痛である。ザルトマン教授は「人間の意識の95%は潜在化している」と主張しているが(注)、その潜在意識をアプローチするためには、先入観や偏見を捨てて対象者としっかり向き合わねばならない。
(注)ジェラルド・ザルトマン著、藤川佳則、阿久津聡訳「心脳マーケティング」(ダイヤモンド社、2005年)
・先入観や偏見を捨てて、つまり自分を捨てて対象者や対象物を見よということと思うが、これは結構厳しい。個人の認識はそれぞれの経験で積み上げてきたパターンに基づくもので、そのパターンに基づかない認識ということと思う。
・心に刺さる指摘だ。実生活で、たとえば自分の子供と向き合うときに、大人、つまり人生の経験者として、つい自分の価値観やパターンで接してしまう。

・最近、勤務先でさかんにイノベーションを起こせ、という訓示を受ける。自分はイノベーションの前提として受容ということが必要不可欠と考える。イノベーションは突然変異的に一つのものが生み出されるケースよりも、小さな変化がある大きな塊となって生成することが多いと感じている。その意味で、日常のあらゆることを冷静に受容する環境がないといけないと思う。
・今回の会読範囲でのサーバントリーダーの例として、デンマークの小作農の地位向上に貢献したグルントヴィ等が挙げられている。彼らの信じる力、もっと正確に信じることのできる力に驚いている。グルントヴィの場合、能力の劣った人たちと思われた小作農を信じ続けたことが彼のリーダーシップの源泉だと思う。
・グリーンリーフが挙げたサーバントリーダー達は、何を理想として目標を立てるか、その目標を立てる軸が理想の未来となっているか、という点で卓越している。
・仕事などで経験を含むスキルが足りない人を見放さないことが重要。そうした人たちが自分の能力向上と成果の達成にチャレンジしているときに、それ自体が貢献であると伝えられるか。そうしたことを通じて参加意識を持たせることができるかということを意識しないといけない。
・失敗を許容する文化が大切だ。DeNAの創業者である南場智子氏は「何度失敗しても良いから経験を積ませる」「(会社を)辞めたいという人を人事制度、退職制度で縛り付けることはしない」という趣旨のことを述べている。だからこそ有能な若者が同社を希望するのだと思う。
・その変革の中で、リーダーにはフォロワーの挑戦と失敗を許容する能力が求められてくる。
・リーンスタートアップ、小さなスタートから失敗を糧に改善を重ねて大きくしていく手法だ。今の米国ではIBMのような巨大企業がリーンスタートアップの牙城と言われている。過去の成功体験にあぐらをかいている日本企業はもっと危機感をもたないといけない。

・リーダーの決断力に関して、最近は組織の上に立つ、つまりリーダーであることを期待される人たちがものごとを決められないというケースをよく見る。組織の中で、誰かが決断したということではなく、全員で決めたような形を取りたがるトップが多い。トップの地位にある人こそリーダーとしての「本気」を求められている。リーダーの役割は組織風土を作り、変革していくこと。単に組織をマネジメントすることにとどまらない。
・組織のトップの姿勢や態度には国民性もあるのではないか。そうした研究もあるようだ。
・国民性ということで過度に一般化してしまうことは、個別の事例や課題に対面するときに妥当ではないことが多い。自分がファシリテータとなってワールドカフェ(注)を開催することが多いが、きっかけの与え方次第で、国籍や民族を超えた自律性が生まれてくる。
 (注)アニタ・ブラウン氏とデビット・アイザックス氏が開発した話し合い、組織作りの手法。カフェのようにリラックスした雰囲気の中で創造的な対話ができるように場の設定と運営を行う。

・組織の中の人をありのままに見ていくことが重要。会社組織ではよく「困った上司」に部下として不満を抱くことが多いが、その時もその上司の「事実としての役職」と「役割期待に対する能力」を見極められるかどうか、そもそも対等に人として相手を見ることができるか、ということが大切だと思う。
・自分自身が認める、あるいは周囲が評価する「よくできる人」を観察するのも良い。「よくできる人」と不評価される人たちには、周囲の信頼を得ているという共通点がある。

・これからの時代、本当のリーダーの下で多くの組織が変わっていかねばならない。どの方向に変わるか、そしてその変革のプロセスが重要となってくる。
・いま、まさにリーダーの器(うつわ)の大きさが問われている。相手を信じる力、周囲の人の中に絶対の信頼を築けるか。リーダーシップとは宗教や倫理が取り扱うような分野にも踏み込んでいく課題だ。

一見すると読みやすそうな記述ながら、その含意の奥深さに参加者がそれぞれの立場で格闘し、熱心な討議が行われました。


次回(第二期第7回 通算第62回)の読書会は、4月22日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

第二期第5回(通算第60回) 読書会開催報告

第二期第5回(通算第60回) 読書会開催報告
日時:2016年2月26日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

「サーバントリーダーシップ」の第二期読書会は第5回の今回から、いよいよ本編に入ります。
第1章「リーダーとしてのサーバント」は、グリーンリーフのサーバントリーダーシップ論の嚆矢(こうし)であるとともに、彼の理論の基礎となるものです。




グリーンリーフは「リーダーとしてのサーバント」すなわちサーバントリーダーシップの発想をヘルマン・ヘッセの「東方巡礼」を読んで得たものだ、と述べて、「サーバントとリーダー ? この二つの役割を、実在するひとりの人間が併せ持つことはできる」と述べています。

1932年に書かれたヘッセのこの作品は彼の複雑な内的思考が描かれ、その意図について多数の見解がありますが、グリーンリーフはこの小説から「優れたリーダーは、まずサーバントと見なされる」というインスピレーションを得ました。1960年代後半、米国が「リーダーシップの危機」を迎えていた頃です。グリーンリーフはそのような時代について、「現代は緊張状態が続き、抗争に満ちているが、私は今の時代に期待している」と述べつつ、「(フォロワーである)彼らが自らの意志で応ずるのは、サーバントであると証明され、信頼されていることを根拠に選ばれた人に対してだけ」であるとして、リーダー自身がフォロワーから選ばれる時代が到来したと説いています。グリーンリーフは、この章、即ち「リーダーとしてのサーバント」の途中から自身の著述整理と読者の理解のために小見出しをつけています。以下、これに沿って内容を概観していきます。

サーバント・リーダーとは誰か
グリーンリーフは「サーバント・リーダーとはそもそもサーバントである」として、「そうした人物は、そもそもリーダーである人、並々ならぬ権力への執着があり、物欲を満足させる必要がある人とはまったく異なっている」と述べています。
ここから彼の説くサーバントリーダーシップが組織の管理者やマネジメントに選ばれた人が部下に対してどのように振る舞えば良いか、といった表層的な人間関係論や処世術の類ではないことがわかります。

すべては個人のイニシアティブから始まる
グリーンリーフは「リーダーにはインスピレーション以上のものが要求される。(中略)先頭に立ってアイデアや構想を示し、成功するチャンスだけでなく、失敗するリスクを引き受ける」とリーダー自身の強い自立と自主性を求めています。

あなたは何をしようとしているのか
「リーダーは目標を把握し(中略)人に対して説明できる(中略)自分では目標達成が困難と思われている人たちにも確信を与える」ことができる、とリーダーの性質を説き起こしつつ、「目標を示す人は信頼を得なければならない(中略)というのも、従う側も、リーダーとともにリスクを負わねばならないからだ」とその責任の重さに言及しています。

耳をすまし、理解すること
グリーンリーフは「生まれながらの真のサーバントだけが、まず耳を傾けることによって問題に対処すると、私は考えている。ある人がリーダーであるとき、こうした性質があれば、その人はそもそもサーバントだと見なされる」と述べています。ここで注意して頂きたいのは、まず真のサーバントの傾聴力に言及し、これを持つリーダーはサーバントである、と定義していることです。他人に仕えるサーバントを最も価値ある人としています。サーバントとしての振る舞いのみをリーダーの処世術として訴えているのではないことをここでも表現しています。

言語と想像力
一転して、「リーダー(教師、コーチ、経営者も含めて)には、聞き手が想像力を働かせ、言語上の概念と聞き手自身の経験を結びつけられるようにする能力が必要だ」と、リーダーのスキルを説いています。そして自分たちだけの言語世界にとどまってしまう集団にカルト集団があるとした上で、「誰から見ても有能なリーダーが、こうした閉ざされた言語の世界に囚われ、導く能力を失ってしまうのは大きな悲劇である」とアンチ・リーダーシップ時代の様相を別の面から説明しています。

一歩下がる ? 自分に最適な条件を見つけること
「リーダーシップを取りたいと思う人(サーバントか、非サーバントかは別にして)」について、「プレッシャーを好むタイプ(中略)緊張する場面で最高の結果を出す」人と、これを嫌い「プレッシャーがあるとうまくやれないが、リーダーシップをとりたいので、その機会を得るためならプレッシャーにも堪えようとする人」がいる、と若干の皮肉を込めつつ、「一歩下がる」ことの重要性を説く。行動の優先順位をつけるため、そして「自分の才能を有効に使うため」に自身を客観視することを推奨しつている。だが、ここでグリーンリーフが説くのは、「サーバント・リーダーは常に自問すべきである。「どうしたら、最良の奉仕ができるだろうか」というものである。サーバントリーダーが自分を客観視するのは他者に奉仕する自分を見極めるためのものです。

受容と共感
「サーバントはどんなときでも受け入れ、共感し、決して拒絶しない」と、サーバントリーダーの条件が説明されます。グリーンリーフは、この性質を「リーダーの持っている、フォロワーへの興味や愛情 ? それを純粋に持っていることこそ、本当の意味で偉大だというしるしだが ? は、明らかにフォロワーには‘見合う値打ちがない’何かである。(中略)人を受け入れるためには、その欠点を寛容に受け入れなければならない。相手が完全な人間なら、誰にでも導ける(中略)しかし完璧な人間などいない」と主張を展開しています。そればかりか「能力がある人は、欠点だらけの人間たちとともに働くことも、彼らを使うこともできないため、リーダーの資格がないと言えるのだ」と有能な人がリーダーとなるのだ、という私たちの常識をばっさり切っています。「人間は、自分を導く人が共感してくれ、あるがままに受け入れてくれると一回り大きくなる。たとえ、能力の点からはやり方を批判されても。この考えに基づいて、自分と歩むものを全面的に受け入れるリーダーは必ず信頼されるだろう。」とグリーンリーフはサーバントリーダーシップ論を展開していきます。


ここまでを会読して、参加者による意見や感想の表明と討議が始まりました。



・グリーリーフの著述の最初の箇所に「ヘッセの言葉を現代の予言として(聴く)」という表現があり、また「‘求道者’こそが、預言者を生み出すのだ」とある。預言と求道、このことを正しく理解することが重要だと思うが、そこがとても難しい。

・かつて「ノストラダムスの大予言」という本がベストセラーになり、今でも予言がしばしばブームになる。預言は、もちろんこの予言とは異なり、神の啓示、神の言葉を伝えるという意味がある。
(注)預言者とは「元来、神に呼ばれて、その宣託を語るものを意味する。狭義には旧約の、イザヤ、エレミヤ、エゼキエルの3大預言者と12人の預言者を差し、その預言書に当たる旧約聖書の第2区分(ネビーイーム)も「預言者」と呼ぶ。彼らの思想は、抽象的な哲学ではなく、具体的な歴史と結びついており、彼らの確信では神の意思の表現であった。(中略)キリスト教の預言者概念の特徴は、”メシア(救い主)であるイエス・キリストとの関係においてそれが位置づけられる(後略)(以上、「岩波キリスト教辞典、大貫隆他著、2002年」から報告者が抽出、編集)

・求道者とは容易に見つけられない答え、ときには正解のない課題に答えを見つけるために不断の努力を重ねる人。そういう姿勢によってのみ見つけられるものがある。仏教でいう悟りとか彼岸へ到達する可能性のある人だ。

・グリーリーフの主張で目を引くのは、求道、探求の前提として個人のイニシアティブを置いていることだ。リーダーの役割や特徴を語ると、通常は最初にその組織の総体としての特徴が見えてきて、その中での部下とのつながりに焦点を当てた人間関係のあり方が説明されることが多いが、そこまでである。部下がどう思うかということに焦点を当てた人間関係だけが語られることが多い。その中でサーバントリーダーシップが「自分」という要素を欠いていないことに注目している。

・グリーンリーフは、ヘルマン・ヘッセの「東方巡礼」(注)にインスピレーションを得ている。ヘッセの「東方巡礼」は、日本語翻訳版で50ページほどの短編だが、本書に引用された以上に内容が複雑だ。ヘッセを模している一人称の主人公のH・Hの独白録形式の小説である、本書では、旅の一座からサーバントのレーオがいなくなった、という説明になっているが、実際の小説では、その後、旅の一座は実はある教団であり、その教団の裁きの場で主人公が尋問される。主人公はやがて尋問しているのは実はレーオであり、一座すなわち教団から去ったのは主人公自身であったことを自覚する、といった倒錯した内容になっている。グリーンリーフはヘッセをある種の預言者と見立てて、東方巡礼を神の啓示と受け取ったのだろうが、どこをどのように感じ取ったのか、今後、本書を読む中でしっかりと確認していきたい。
(注)ヘッセの小説について、本書では、「ヘッセ全集8 知と愛」に所収された高橋健二訳(新潮社、1982年)を挙げているが現在流通していない。日本語訳としては、日本ヘルマン・ヘッセ友の会編「ヘルマン・ヘッセ全集 13 荒野の狼、東方への旅」(臨川書店、2006年。三宅博子訳、里村和秋解説)が現在刊行されている。

・サーバントリーダーシップの基本的属性として真っ先に「傾聴」が挙げられている。最近はサーバントリーダーシップに限らず、いろいろな場で「傾聴が重要」と言われるが、実はこの傾聴というものが何か、実はよくわからない。
・相手の発語だけではなく、そのことばの背後にあるものを受け止めるということかと思う。グリーンリーフとほぼ同時代を生きた米国の臨床心理学者のカール・ロジャース(注)がカウンセリングの基本的手法として傾聴を提唱した。ロジャースはカウンセリング対象の患者をクライエントと呼び、対等の関係の中で、相手を傾聴して自立を促すという近代的なカウンセリングを創設した
 (注)カール・ロジャース、心理療法を確立した1902~1987。ちなみにグリーンリーフの生没年は1904~1990。

・グリーンリーフの思想で面白いのは、自分自身も傾聴せよ、と主張しているところだ。さまざまな課題の解決策を自分自身の中に呼び出すことを求めている。

・昨今、傾聴の重要性を強調するあまり、傾聴至上主義ともいえる風潮があることに自分は批判的だ。傾聴はカウンセリングで患者に当たるクライアントの問題解決の手続きであり手段だと思うが、傾聴自体が目的化している、そのように取り扱っているケースが散見される。

・未熟なカウンセリングや浅薄な処世術に傾聴至上主義があるかもしれない。傾聴ということからカウンセリングとコーチングを比較すると、前者には「相手(クライエント)の既知の情報を整理して整える」という要素が強く、後者には「相手も気がついてない深層の思いを引き出す」という点がある。思いもよらぬ結果に至ることがあるという点で、コーチングには共創としての特徴がある。

・ハーバード・ビジネススクール名誉教授のジェラルド・ハルトマンが著書の「心脳マーケティング - 顧客の心を解き明かす」(藤川佳則、阿久津聡訳、ダイヤモンド社、2005年)などで、「消費者が自分の希望を声にするのは5%、残り95%は本人の深層心理下にあり、人の内面に入る「心のマーケティング」が必要と主張している。マーケティング以外にも当てはまる話であり、人の内面にはまだ95%が潜んでいるという思いを常に持つことが重要だと思う。

・サーバントリーダーシップの解説書などでサーバントについて召使いという訳語が割り当たるが、それはだとうだろうか。奉仕者といった用語の方がより正しいのではないか。

・日本語の語感の問題になるので訳語の是非を議論する意図はないが、米国のサーバントリーダーシップ協会本部でのフォーラムに当協会が参加した時に聞いた話では、「Servant」ということばが「Leader」や「Leadership」ということばと一緒に使われると、英語がネイティブの米国人もかなり刺激が強いということだった。この点について、本書p.560-562でも金井壽宏教授が撞着語法(オキシモロン)として説明している。

・勤務先でパートの女性を管理する仕事になり、彼女らの話を聞く機会があった。それまでは「主婦が隙間時間を使って、ちょっと小遣い稼ぎをしているのだ」と思い「パートさん」と一括りに呼んでいた。仕事で、これらパートさん一人ずつに話を聞く必要が出てきた。自分が一括りに考えている人たちから、一人ずつの話をただ聞き続けるのは苦痛だ、という感覚で臨んだが、少しずつ話を聞く中で、一人一人にそれぞれの生活があり、人生観があり、含蓄のある話が多く、たくさんの「気づき」を得た。彼女らと対等の立場で話を聞いたことで組織の一体感も一気に作り上げられていった。今は一緒に働くことに喜びを感じている。

冒頭の高度な内容に少しばかり悪戦苦闘しながらも議論は熱く展開されました。ロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」読書会は、第二期第6回(通算第61回)の読書会は、3月25日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

社会医療法人大雄会様で講演を行いました

理事長の真田が社会医療法人大雄会 様で講演を行いました。



当日は、役職者の皆様にサーバントリーダーシップについて学んで頂きました。




第二期第4回(通算第59回) 読書会開催報告

第二期第4回(通算第59回) 読書会開催報告
日時:2016年1月22日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」読書会は、監訳者である神戸大学の金井壽宏教授の解説を経て、今回、第二期第4回からグリーンリーフ自身の著作、著述部分に入ります。
今回は、「はじめに」と題された序論を会読しました。
グリーンリーフによるこの厚い本は、かれの著作の他、専門雑誌などへの寄稿や講演録などを集めて内容に応じて整理した構成になっています。本書の米国での初版はグリーンリーフの生前、1977年に発行されています。「はじめに」はグリーンリーフ自らによる本書の案内として書かれました。彼がサーバントリーダーシップの考えに至る経緯や時代認識、本書の構成と読者への期待などが簡潔にまとめられています。決して長い文章ではありませんが、サーバントリーダーシップの全貌を知るために重要な部分です。




【会読部分の概要】
・1904年に生まれたグリーンリーフは、1920年代の半ばにカールトン大学に
入学したが、「大学四年生になって半分が過ぎようとしていた頃、
私はまだ将来の道を明確に決めていなかった。」という状態でした、
そのようなある日、オスカー・ヘルミング教授の一言に強い影響を受けます。
「(中略)老教授はこんな主張を始めた。“わが国には新たな問題が生まれている。
アメリカは大きな組織に支配されつつある。教会、企業、行政機関、労働組合、
大学といった組織だ。こうした大規模な組織に人々はあまり奉仕していない。
(中略)公共の利益を求めて、より優れた行動がとれるように人々を導いていける、
または導きたいという人間が、組織の内部にいなければならないのだ(後略)”」
・オスカー・ヘルミングの一言をきっかけに、グリーリーフは当時世界最大の
企業であったAT&T(アメリカ電話電信会社)に就職しました。
入社初年度の終わりには、早くも12人の作業長を相手にする研修コースの
指導者を任されています。
23歳のグリーンリーフは彼らのファシリテータを務める一方で、多くの経験を
積んださまざまな年齢層の現場実務者からの多くのことを学んだと回想しています。
・その後もAT&Tでは経営調査部長など同社にとって新設の役職を多数歴任し、
1960年代になって退職した後はコンサルタントとして活躍しました。
・こうした多様で刺激的な仕事を通じて、また1960年代末期から70年代初期に
かけての米国での大学紛争を目の当たりにして、グリーンリーフは徐々に
サーバントリーダーシップの概念を固めていきます。
・本書の構成について彼は次のように書いています。
「本書の第一章“リーダーとしてのサーバント”は、一九六九年に書いたものだ。
大抵の学生たちが当時は―現れ方は違うが、今でも―、希望を
持っていないようだったことを危惧したためである。
希望とは、精神のバランスのためみも、人生全般のためにも欠かせない
ものだろう。
希望を得るための基本構造を求めて、さらに二つの論文が生まれた
―“サーバントとしての組織”と“サーバントとしてのトラスティ” ―
それが本書の第二章と第三章である。
残りの章は二十年以上にわたって、論文や講演のために書いてきたものだ。
それぞれ別の角度から私の願いを述べている(後略)」
・グリーンリーフは、「大勢の人が理事や役員の座に就いているが、
名目だけの地位である場合が多い」と指摘し「嘆かわしいことに、
われわれは反(アンチ)リーダーの時代に生きている」と現代への
警鐘を鳴らし、「巨大な教育構造の中では、リーダーを育てるとか、
フォロワーシップを理解させるという点にあまり注意が払われていない」と
訴えています。
・グリーンリーフはさらに以下のように述べています。
「リーダーはスキルや理解力や精神力を備えて、奉仕のために努力して
ほしいし、フォロワーたちには自分たちを導く有能なサーバントだけに
反応して欲しい(中略)識別能力と決断力を兼ね備えた、フォロワーとしての
サーバントは、サーバント・リーダーと同じくらい重要だし、誰もがその両方の役を
演じる場合があるかもしれない。」 
・こうして彼は複雑化した現代における真のリーダーとフォロワーの出現を
待ち望みながら、本書を構成する数々の著作、論文を書いていきました。
・グリーンリーフは「はじめに」の最後の箇所で、読者に以下のような注意を
与えています。
「問題の一部は、“奉仕する”と“導く”(注)という言葉が使い古されたもので、
否定的にとらえられていることだ。だが、このふたつは良い言葉だし、
私が伝えたい言葉は、ほかに見当たらない。たとえ古くてすり切れ、
破損したものだとしても、捨て去る必要なない。見直して、また使うべき言葉も
あるのだ。私にとっては、それが“奉仕する”と“導く”に当てはまる。」 
本書を読み進める中で常に念頭に置いておくべきことがらです。
 (注)原著では、奉仕する=serve、導く=lead という用語が使われています。以下の章においても、 おおむねこの用語とその派生語が使われています。
日本語版で8ページの文章でしたが、参加者はそれぞれ触発され、活発な議論が始まりました。



【読書会参加者による討論概要】
・2016年は株式をはじめとする内外の金融市場が激しい値下がりを起こして
いるが、金融の世界ではクオリティーの高い会社は市場以上の大幅な
値崩れはしないと言われている。
では、クオリティーの高い会社とはどんな会社か、ということだが、
この「はじめに」の中でオスカー・ヘルミングが「人々に奉仕しない組織」に
言及している。
それを読み解けば、人々に奉仕する会社がクオリティーの高い会社と
言えるのではないか。
・英語のempowerという単語は、権利、権限、力を与えるという訳語の
イメージが強いが、人に自信を持たせるという奉仕的な要素もある。
リーダーが作った環境で他の人が発揮する独自性や創造力が公共善や
社会価値に沿っているかということまでも問われる時代だと思う。

・グリーンリーフは本書を書いた背景として、「はじめに」の中で、二つの懸念を
示している。
一つ目は、現代社会の中での個人の埋没。
もう一つは、個人が自身を不完全な存在と見なして創造的な結果を出せないと
思い込んでいること。
1970年前後に彼がサーバントリーダーシップといいう概念を打ち出してから、
半世紀近くの年月が経っているが、他人任せの風潮や自分に自信を持てない
未熟感が払拭(ふっしょく)される気配がない。
・リーダーの役割は人が主体的に動いていける場を作ること。
人に指示してその通り動かすのではなく、独自性、創造力を生み出せる環境が
生み出されるための種をまくことにある。
・フリーエージェント社会(注)と呼ばれる現代は、組織ではらたくことの価値観が
全く変わってきていて、マネージャーが「自分の部屋のドアは開いている
(ので部下からアプローチしてこい)」と部下に表明するだけでは不十分。
常日頃、部下の話を傾聴して本当の意味で自由に考えさせることが必要だ。
またそうすることで、もっとたくさんのアイデアが生まれてくる。
 (注)「フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか」(ダニエル・ピンク著、玄  田有史解説、池村千秋訳。ダイヤモンド社、2002年)から広まったといわれる。
・平日の会社勤務には強いストレスがありながら、週末の、たとえば震災復興支援
ボランティアには生き生きと参加している、という人がかなりの人数で存在する。
平日勤務している会社での納得性の低い上意下達の指示命令とやって
当たり前という評価がこうした人たちの承認欲求を満たさない。
モチベーション3.0(注)、すなわち個人の内面ぁらの自発的なモチベーションを
どう引き出していくか、社会課題とも言える。
 (注)「モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか」(ダニエル・ピンク著、大前研一訳。講談社、2010年、2015年(文庫))で提唱されたモチベーションの発展段階




・サーバントリーダーシップの第一の属性は「傾聴」である(本書、p.572-573参照)。
これとスティーヴン・R・コヴィーが刺激と反応の間には選択の自由がある、
と述べていることを合わせて考えてみたが、傾聴もただ一方的に受け入れる
のではなく、聞き手の心に余裕があることが重要であり、その心の余裕を自在に
作り出していくことがリーダーの資質ではないかと考えた。
コヴィーは本書のまえがきとして寄稿しているが、彼はサーバントリーダーシップの
本質や意義を正しくとらえていたのだと思う。
・グリーンリーフは学生時代にオスカー・ヘルミングの教えに感化されたときのことを
「その日、私の理解の扉はいつもより少し広く開いており」(p.36)と書いている。
普段はグリーンリーフも重要視していなかった講義から人生のきっかけを
つかんだのは、まさに彼の心に余裕があればこそだと思う。
・心に余裕がないときは、どうしても感情が先に立ってしまい、判断力が鈍る。
どうやって自分の心の余裕を生み出すか、乱れたときに取り戻すかが大切だ。
・自分は勤務先で後輩の職員とペアで仕事をしている。
後輩本人が仕事の不出来を常に他人の責任にするような態度をとっていた
こともあって、自分としてはその人をどうしても好きになれなかった。
そのような状況でも、自分が相手を信頼しているかのように振舞ってきた。
明らかに演技である。ある日、当人の失敗のリカバリーを深夜までかかって手伝った。
自分は当人との関係を演じていたのだが、この日は途中から
「演技ではなく、真に当人のために」と思って行動した。空腹と睡魔に
耐えている中で、なんとか失敗を取り戻したところ、当人から自分のミスの
謝罪と協力も感謝の言葉が出てきた。心から相手に寄り添った成果だと思う。
また、逆説的だが、そこまで演技で表面的とはいえ良好な関係を築いて
いたからこそ、肝心なときに心を通わさせることができたのだと考えている。

・大学で現役学生を相手にする仕事も担当している。学生のグループ活動では
優秀でリーダーにふさわしいと評価した学生に支援を頼んでいる。
最近、そうした優秀と目をつけた学生が親しくしている別の学生が数年間で
よく成長しているケースが多いことに気がついた。
・会社の仕事でも入社した当初は最初目立たなかった社員がしばらくすると、
どんどん成長して最優秀社員になることがよくある。
・優秀な人、ロールモデルとなる人が近くにいると、「自分もああなりたい」
という思いがその人を成長させる。「自分がこうなりたい」という目標形成は、
自分が成長することにも他の人を成長させることにも重要な条件だ。
・自分を過大評価する人も過小評価する人も結局どこかで伸びなくなる。
心に余裕を持って自分のいろいろな面を客観的に評価することができると、
まず他人に対する評価が変わり、自分の成長のきっかけを見つけることができる。

組織の中でいかに個人を生かしていくか、その現代的意義や個人の成長に向けてのあり方について熱い議論が展開されました。グリーリーフがサーバントリーダーシップを提唱してから約45年、その意義はますます深まってきているようです。
第二期第5回(通算第60回)の読書会は、2月26日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。第1章「リーダーとしてのサーバント」を読み始めます。

第二期第3回(通算第58回) 読書会開催報告

第二期第3回(通算第58回) 読書会開催報告
日時:2015年12月25日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

サーバントリーダーシップ読書会は第二期に入り、今回がその3回目です。
ロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」の邦訳(注)には、日本語版の監訳者である神戸大学の金井壽宏教授の簡潔でわかりやすい解説が付されています。
 (注)「サーバント・リーダーシップ」 金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年。本読書会のテキスト
第二期の読書会は、最初にこの解説を会読しています。

グリーンリーフの著作としての「サーバント・リーダーシップ」は、彼の執筆、雑誌原稿、講演録などを集めて米国で1977年に刊行、2002年に再刊されていました。
再刊にはフランクリン・R・コヴィーとピーター・センゲが寄稿し、その日本語版には、さらに金井先生の解説が寄せられました。
それらはグリーンリーフの思想を学ぶ良いガイダンスとなるとともに、斯界の世界的著名人がサーバントリーダーシップという概念に強い期待を抱いていることを感じさせるものです。

【監訳者解説(今回の読書範囲の抜粋)】
・ここで著者グリーンリーフの経歴を駆け足で見ていこう。
・ロバート・キーフナー・グリーンリーフは、一九〇四年七月十四日(中略)インディアナ州テレホートに生を受けた。
・一九二四年には、ミネソタ州のリベラルアーツ教育における名門カールトン大学に移った。(中略)社会学者のオスカー・C・ヘルミングに講義で出会った。
・ヘルミングは(中略)どのような組織もより大きな社会に対して役割を果たしており、一定の機能を持ち、そして誰のために、何のために、その組織が創られているかを問う必要があると教えた。ヘルミングの影響もあって、グリーンリーフは、AT&T(注)を就職先に選ぶ。
 (注)アメリカ電信電話会社。米国郵便配送の改善で名を挙げたセオドア・ニュートン・ヴェイルと電話を発明したアレキサンダー・グラハム・ベルが提携して設立した電話会社。19世紀から20世紀にかけて全米均一の高品質サービスを目標に、長距離交換と市内交換の通信サービスから製造、研究などを含む水平、垂直統合を果たし、アメリカ最大の企業として最大時のグループ従業員は100万人規模。1980年代から多数の地域通信会社や研究部門などが分割され長距離電話交換部門のみが残された。2005年には分割された会社の一つに買収され、その買収会社がAT&Tの名称を継承し(新AT&T)、旧AT&Tは長距離電話交換を行なう子会社として存続している。
・「(前略)この会社について深いレベルから学べて、アイデアを持ってこの会社に影響を与えられるような職位を得ようと思いました。・・・・私のビジョンは、社内では公言しませんでした。もしそんなことをしていたら、おそらく、そもそも採用されなかったでしょうし、この会社で長く生き残ることもできなかったでしょう。私はいつも、そのときどきの仕事でうまくいくように、能力のあらん限りを振り絞ろうとしました。それでも、入社のその日から、退社の日まで、自分自身のアジェンダ(目論見)をいつも持ち続けました」(『伝記』八三頁)(注)
 (注)Don M. Frick, Robert Greenleaf: A Life of Servant Leadership, San Francisco CA: Berrett-Kohler, 2004.
・一九六四年にAT&Tを早期退職し、応用倫理研究センター(Center for Applied Ethics)を創設した。(中略)一九六六年(中略)コンサルタントとして、リーダーシップというテーマについて、(中略)ファリシテーターを引き受けた。このプレスコット大学での教育経験と学生との接触が、一九七〇年の小冊子の魁けとなっている。
 (注)「一九七〇年の小冊子」が本書の第1章となっている。
・(前略)一九六八年には、(中略)やがて日本にも飛び火するが、米国における学生の反乱のピークの時期だった。自由を求める学生は、リーダーシップを取るような人は信じられないというアンチ・リーダーシップを謳っていた。(中略)このような状態を、ジョン・W・ガードナーやグリーンリーフは、残念ながら、若者は、アンチ・リーダーシップ・ワクチンを服用してしまったと嘆いた。
・グリーンリーフが、力づくで国を引っ張った人たちへのアンチ・テーゼともなるような代替的なリーダーシップ像を模索していたのは確かである。それこそ、みんなのために生きること、尽くすことのできるサーバント・リーダーというアイデアだった。(中略)言葉がフロー(自然の流れ)のように溢れ出て、小さなエッセイが誕生した。タイトルは「リーダーとしてのサーバント」。のちの一九七〇年のオレンジ色の冊子につながる。
そのころから、ついに、自覚的なサーバント・リーダーという哲学の語り部となり、このアイデアを提唱して広めるためのリーダーシップを自ら取り始めた。
・ギャロップ社の調査では、ミリタリー・リーダーを信頼できるという支持率が八十パーセントであるのに対して、ビジネス・リーダーの場合には二十八パーセントと低迷している。しかも驚くことに、この数字は三十年もの間、ほとんど変わっていない。
ビジネススクールは、(中略)コーポレート・エシックス(企業倫理)についても科目を持つことが求められる(中略)リーダーシップ育成そのものに倫理という次元が内包されrていくべきだろう。
・グリーンリーフ・センターの前所長を務めたラリー・スピアーズは、このグリーンリーフの考え方を次のように整理し、解説している。(中略)
読者のみなさんが、日々、サーバント・リーダーシップに親しみ、職場や家庭の中で実践し、よりよい社会をつくるためのきっかけとなれば、監修者としてこれにまさる喜びはない。

【スピアーズによるサーバントリーダーの属性】(解説略、本書p.532-533参照)
1) 傾聴(Listening)
2) 共感(Empathy)
3) 癒し(Healing)
4) 気づき(Awareness)
5) 説得(Persuation)
6) 概念化(Conceptualization)
7) 先見力・予見力(Foresight)
8) 幹事役(Stewardship)
9) 人々の成長にかかわる(Commitment to the growth of people)
10)コミュニティづくり(Bulding community)



金井教授の解説を会読して、参加者からそれぞれの意見や思いが表明されました。

・金井教授は、グリーンリーフの最初の著作について「言葉がフロー(自然な流れ)の
 ように溢れ出て、小さなエッセイが誕生した」と解説されている。
 フローということばは心が充実し高まった状態を示すもので、それ自体が
 サーバントリーダーシップの価値を高めているように思う。
・サーバントリーダーシップの10の属性の最初に「傾聴」という項目あり、
 その中で他者の声のみならず「同時に自分の内なる声に耳を傾け」と書かれている。
 ベトナム生まれの禅僧であるティク・ナット・ハン(注)が同様のことを述べていた。
 自身の内なる声を含めて傾聴をリーダーシップの第一要素としている点が卓越している。
 (注)1926年ベトナム生まれ。生誕地の古都フエで出家。ベトナム戦争中、政治的立場を離れた非戦活動を唱えて社会支援に従事。キング牧師とも親交があり、彼によりノーベル平和賞候補者にも推奨された。著書多数。

・「コーチング」の目的は「自分が発信したことに自分が気づくこと」である。
 これを達成することをオートクラインといって、自分自身の心が自然に発露する
 フロー状態を意味している。
・オートクラインとはもともと医学や生物学の世界では内分泌のことである。
 内分泌にもいくつかの分類があって、ホルモンなどと異なり、分泌した物質が
 分泌した細胞自身に影響するものをオートクラインと分類している。
 コーチングの世界での自分の発信に自分で気がつくことに適用したのは実に適切だ。
・グリーンリーフが当時の世界最大の会社であるAT&Tに勤務していたという
 経歴が面白い。
 Don M. Frickのグリーンリーフの伝記から金井教授の解説に引用されている
 箇所(本書p.566。本報告書上記参照)を読んでみても、大きな組織に
 勤務する中で「腹芸」が必要な状況も多数あっただろうと想像する。
 ほとんどの人はそうした中で組織に染まっていってしまうのだが、
 グリーンリーフの著書や発言からはそうした点は見当たらない。
 しっかりした芯のある人生観を持っているのだろう。
・引用された伝記にある「人生のアジェンダ(目論見)」ということばだが、
 アジェンダや目論見ということばが人生と結びつくと、胡散臭い感じを
 与えてしまう。
 今の時代、人生そのものを短絡的な損得勘定で測る風潮が強すぎるからだろうか。
・グリーンリーフがAT&Tを退職した1964年は、AT&Tはまだまだ上り調子だった。
 その時代背景に注意しながら彼のそのときの人生の目論見を推察していくことで、
 彼が説くサーバントリダーシップをより深く理解できるように思う。



・グリーンリーフの提唱で見逃せないのがリベラルアーツの重要性の指摘である。
 最近のわが国でもライフネット生命の会長・CEOで、昨年(2014年)の
 サーバントリダーシップ・フォーラムに登壇頂いた出口治明さんや
 研究者の麻生川静男さんがリベラルアーツの重要性を説いている。
 リベラルアーツでは、他から与えられる「結果としての情報」が知識なのではなく、
 事象を自分の頭でひとつひとつ噛み砕いて解明していったことが知である。
 言い換えれば頭脳の使い方のことであって、そのことによって人は根源的な
 「知」へアプローチしていくことになる。
・1960年代の米国も白黒を明確にすることが貴ばれる科学万能時代だったと
 思われるが、そこから半世紀経った今の日本では、教育行政が大学における
 実業学習を重視し人文科学を軽視しようとする傾向が如実になってきた。
 大学の世界ランクで日本の大学が軒並み順位を下げているが、この事実を
 「大学のランクの測定方法に問題がある」などと言って見過ごすと危険だと思う。
 安易な商業主義に乗った、いわば人間を報酬で釣ることを肯定した結果ではないだろうか。
・リベラルアーツの原点は、古典を原典で読むこと。容易なことではないが、
 原典の中にしか存在しない世界がある。
 ダライ・ラマ14世が物理学者ら自然科学者と対話をしたときのこと。
 科学者が最新の情報をもとに質問をしたり議論を持ちかけてもダライ・ラマは
 質問や討議の内容に臆せず、堂々と対等に話をしていた。
 仏教や哲学をはじめ多くの原典で学んだ人なればこその対応だろう。
・自然科学の知識は十分にないのだが、下手な学説の解説書よりも、
 その分野の始祖と言われる人の伝記や評伝を読むと学説の本質をつかむことが
 できる。
 最近ではポアンカレ予想を証明したペレルマンの伝記などでそのことを実感した。
 (注)アンリ・ポアンカレ:フランスの数学者(1854-1912年)、位相幾何学などの業績多数。ポアンカレ予想とは1904年に提示された仮説であり、証明者に100万ドルを進呈する「ミレニアム懸賞問題」のひとつとなった。
グレゴリー・ペレルマン(1966年-):ロシアの数学、物理学者。2002年から翌年にかけてポアンカレ予想を証明。この功績により数学のノーベル賞と呼ばれるフィールズ賞を受賞するが、ミレニアム懸賞とともに受賞を辞退し、現在は隠遁生活に入っていると言われる。マーシャ・ガッセン著、青木薫訳「完全なる証明」(2009年、文藝春秋 2014年、文春文庫)


・金井教授が10年前の米国の文献(注)から引用して、ミリタリー・リーダーの
 支持率が80%であるのに対して、ビジネス・リーダーのそれが28%、
 という事実を紹介しているが、企業にいる者としては残念であり、
 なぜそのような大きな差があるのか、ビジネス・リーダーへの信頼は
 かくも低いのか、と痛恨の思いを禁じ得ない。
 (注)Bruce J. Avolio and Fred Luthans The High Impact Leader: Moments Matter In Accelarating Authentic Leadership Development, McGraw-Hill, 2005. この数字はギャロップ社調査結果。
・組織の長の使命と決断の結果に対する責任の差がその理由ではないだろうか。
 悪い結果がおきたことに対して、最近は経営者がすぐに謝罪すれば誠実だと
 評価される風潮があるが、謝罪の事実だけでそのように評価することに
 違和感がある。
 その後の修正力の有無と修正の結果を含めて評価されるべきだと思う。
・経営者や司令官といった組織を率いる者には、誤りを起こさせないプロセスの
 構築と維持にも責任がある。
 誤りを発見したときの決断と対応の早さも重要だ。
 今年(2015年)も国内外で多数の企業不祥事があったが、なぜこんなに大事に
 なるまで放置したのかと思うことが多い。
 かつての公害企業なども自らの過ちを認めずに先送りさせたが故に、
 被害は意味もなく甚大化し、さらには自社を衰退の道に追い込んでしまった。
 向き合いたくない事実を前に、そのことにどう対峙(たいじ)し、迅速に
 どう行動していくのかがリーダーたる者は常に問われる。



・ハーバード大学のジョセフ・L・バラダッコ教授の「静かなリーダーシップ」(注)
 という著書は、10年以上前に日本語版が刊行されたが、最近新聞で
 紹介されて話題にもなっている。
 自らが正しいと信じることを周囲と自分の両方に配慮しつつ、リスクを
 取りながらも静かに実践していくことの重要さを説いている。
 (注)ジョセフ・L・バラダッコ著「静かなリーダーシップ」(高木晴夫監修、夏里直子、渡辺有貴訳。翔泳社、2002年)
・金井教授はサーバントリーダーシップは日本が大事にしてきた発想に合い、
 日本人がもっと取り入れたら良いと説いているが、静かなリーダーシップも
 同様だと思う。
・日本の文化に合ったリーダーシップが世界的にも注目されている。
 研究を続けていきたい。


2015年の年末の一夜、参加者から発言と意見交換が熱く交わされました。
次回からグリーンリーフによる本文に入ります。
第二期第4回(通算第59回)の読書会は、1月22日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

[注]上記本文の中で「サーバント」と「リーダー」あるいは「リーダーシップ」ということばを「・(中点)」で区切るケースと続けて記述するケースがあります。協会での検討の結果、サーバントリーダーなどと続けて記述することを基本としますが、本書の引用など、原典に中点があるものはそれに従います(ちなみに協会の名称も、当初、中点があるもので登録したため、これに基づきます)

第二期第2回(通算第57回) 読書会開催報告

第二期第2回(通算第57回) 読書会開催報告
日時:2015年11月27日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフが著した「サーバントリーダーシップ」(邦訳:金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、先月から第2期に入りました。

グリーンリーフの著作としての「サーバントリーダーシップ」は、彼の執筆、雑誌原稿、講演録などを集めて1977年に刊行されましたが、その後、2002年にフランクリン・R・コヴィーやピーター・センゲの寄稿などを追加して再刊されています。
本読書会で使っている日本語版(再刊時の邦訳)は、神戸大学経営学部の金井壽宏教授の監訳、金井真由美さん(注、お二人には親族、血縁などの関係はないそうです)の翻訳により2008年に英治出版より刊行されました。

日本語版には金井壽宏教授の解説が掲載されています。
第2期の学習会では、最初にこれを会読しています。
金井教授の丁寧ながら親切な解説で、サーバントリーダーシップの全容を知ることができるのみならず、そこに書かれた金井教授のサーバントリーダーシップへの熱い思い自体が500ページを超える日本語版を読み通して、サーバントリーダーシップの真髄に近づこうという勇気と希望をもたらしてくれるものだからです。

【監訳者解説(今回の読書範囲の抜粋)】
・サーバント・リーダーシップとの改めての出会いは、(中略)世界をリードする
 七十九名ものビジネス思想家の理論や持論を満載した『経営者革命大全』(注1)を
 監訳する機会を持ったときのことだった。
 この著者たちは、数あるリーダーシップ論の中で、グリーンリーフの
 サーバント・リーダーシップ論に特に注目していた。
 (注1)ジョセフ・ボイエット、ジミー・ボイエット著、金井壽宏、大川修二監訳、
 日経ビジネス人文庫、2002年。新装版2014年

・さて、私自身の著書では『組織を動かす最強マネジメント心理学』(注2)の中で、
 初めて本格的にグリーンリーフの思想を紹介した。
 (中略)その後、比較的大勢の方の目に触れたのは、日経ビジネスのコラムにおいて、
 本社部門の役割について特集があった際に、寄稿した時の文章だ。
 (注2)金井壽宏著、中経出版、2002年
・日経ビジネスの記事を目に留めてくださったのが、資生堂トップの座についたばかりの
 池田守男社長(当時)だった(注3)。
 それを読んで「人事部長だけの話ではない、資生堂では、社長自らが全社員を支える
 サーバント・リーダーでいくんだ」と決心してくださり、新聞にそういう思いを
 述べられたりした。
 (中略)そして大変ありがたいことに、池田氏と共著で
 『サーバントリーダーシップ入門』(注4)を世に問うこととなった。
 (注3)2013年5月20日逝去。生前、日本サーバント・リーダーシップ協会の顧問も務められた。
 (注4)金井壽宏、池田守男著、かんき出版、2007年
・(サーバント・リーダーという)字句が不思議なことに自家撞着するような二語を
 組み合わせていることだ。
 そのような用語法を撞着語法(オキシモロン oxymoronという語は、
 ギリシャ語でoxyは鋭敏さ、moronは愚鈍さ)と呼ばれてきた。
・ここに通常のリーダーシップ論が想定しがちな、カリスマや英雄のイメージはない。
 また並外れたオリジナリティや、絢爛で勇猛なリーダーシップ論の新機軸があるわけでもない。
 しかし、不思議にも、そこにこそ、穏やかながら、心から信じることができる
 リーダーシップ像がある。
・リーダーシップの権化のお湯な方にも、少し気持ちを鎮静させるために本書を読んでほしいし、
 逆説的だが、リーダーという柄ではないというコアたにも、こんなスタイルだったら自分も
 リーダーシップを発揮できるのではと思える可能性が大いにあるので、そんな希望を持って、
 本書をひもといてみてほしい。
・すべてのタイプの方々に本書をお薦めしたいと思う共通点は、サーバント・リーダーシップ
 という考え方と実践法が、これまでのリーダーシップ論に代わるオルタナティブである
 という点にありそうだ。




金井教授の解説を会読して、参加者からそれぞれの意見や思いが表明されました。

・ある素材メーカー企業で品質保証の仕事をしている。
 金井教授が本書の読み手として期待している本社(本部)要員だが、金井教授の
 主張通りで黒子として事業部の強みを生かすことが使命と思っている。
 事業部に対して高圧的に出ると彼らはついてこない。
 正しいこと高圧的にいうとさら動かなくなる。
・消費財メーカーで研究開発に従事しているが、最近、現場を知ることの大切さを
 痛感している。
 お互いを尊重し、しかし安易に依存するのではない関係を築く経営方針が浸透している。
 経営者は「現場」「現物」「現実」の三現主義に「現在」という現状に安住しない
 という意図の用語を加えているが、こうした考えが現場力を強めている。
・会社を経営している経験から、従業員満足が顧客満足を生み、それが利益を生み出して
 いくことを感じている。
 自らの経営品質を正していくことが企業力の源泉である。
・外資系企業の本部で働いていた時の経験だが、自分達の組織が現場に貢献するための
 標語として、「for them」「to them」「with them」「by them」を掲げた。
 自分達の存在を意識させないでしっかり貢献する「by them」を目標としていた。



・フォロワーが自然に行動する「状況」を作ることが肝要。
 上長の強要というか部下が「やらないと上司に怒られるから」という動機で働くと、
 その行動が企業理念やバリューなどの本質から離れていく。
 何よりも上長が正しい判断、正しい指示をしている内はまだしも、判断を誤った場合に
 深刻な問題を起こしかねない。
・日本において外資系企業はトップダウンがきつい、という感を持つがどうなのだろう。
・総論では決められないが、外資系の場合、code of conduct(行動規範)が明確で、
 その範囲内であれば自由というケースが多い。
 日本企業の場合は思考、判断、行動の自由に「きつさ」を感じることが多い。
 ただ、「ものづくり」における品質の良さ、均質性は総じて日本企業の方が高い
 レベルにある。

・勤務先でトップが示したビジョンには「(その企業が所属する)業界での最上位
 となるとともにその業界の発展」という意図が込められている。
 しかしながら現場ではそれが浸透せずに内向きの権力争いが絶えない。
 所属する組織で上長が不在となると組織メンバーが思い思いの方向に動き出し、
 若手から「優先順位がわからない」という訴えがあった。
 副長の役割がある自分としては、いろいろ考えて「迷ったら顧客第一でいこう」と周囲に
 伝えたことで、メンバーの迷いがなくなってきた。
 組織リーダーの仕事は職務の技術上の選択よりもビジョンの共有が重要だと感じている。
・勤務先の業界は10年ほど前まで絶好調だったが、7年ぐらい前から低落傾向にあり、
 現在、業績は好調時の3分の2程度になってしまった。
 組織内にも迷いや混乱が見られる。
 その中で自分も「顧客第一」という主張をしてきた。
 当初は反応が薄かったが、徐々に浸透してきている。
 メッセージはすぐには伝わらない、少しずつ時間をかけて伝わっていくものだと痛感した。
・職場で若い部下が多いことからお互いの尊厳を傷つけないように自分の意見を開示する
 「アサーティブ・コミュニケーション」を心掛けている。
 若い人の場合、いろいろなコミュニケーションに慣れていないという理由で、
 納得がいかないまま上長の言うことに従っているということが多数ある。
・大学の助手として学生を始動する役割を担っている。
 最初の頃は指導者然として頑張っても学生をリードできなかったが、学生が大学を
 通じての生活を充実させることが自分の任務と意識して行動するようにしたところ
 学生がついてきてくれるようになった。
 その経験の中で、さらに日頃から学生と対等に交流していくことが相互の理解と協力に
 不可欠であること、また考えているだけではなく、実際に行動することの重要性を学んだ。
・今、自分は哲学者のアリストテレスが著書「政治学」(注)で述べた
 「実際に奴隷である人、あるいは自由民である人のすべてが、生まれながらに奴隷
 または自由民であるとは限らない。自分の人生の舵を握り、主人となって文字通り、
 主体的に生きる人は、例え生まれた身分が奴隷であっても、彼は奴隷ではない。」
 という趣旨ことばに感化されている。
 この教えから自分のサーバントリーダーは自分自身である、と思っている。
 (注)邦訳は、山本光雄訳、岩波文庫、1961年。
 牛田徳子訳、京都大学学術出版会、2001年など




・組織の長の中に、部下から厳しい内容の情報が上がってくると、それが正しい
 内容であってもネガティブな評価を与える人も多い。
 自己肯定感が低く自分に自信がない、言い換えれば謙虚でないともいえる。
 サーバントリーダーシップの要素には「謙虚力」というものがあると思う。
・人、特に上の立場にある人が自らの間違いを認められることは「誠実」の証だと思う。
 さらにリーダーはそのときどきの状況に応じて、自信をもって自分の意見を主張したり、
 逆に一歩引いたりと行動様式を使い分けていくことが肝要だ。
・人は初歩的なことを親や先生、先輩から教わるという時期がある。
 そうした学びの時期を経て、自立していく。
 組織でも同様でリーダーはフォロワーやメンバーの成熟度に応じて行動を変えていく
 必要がある。
 人の話を聞いて状況を見極めて判断できることがリーダーに求められる能力だと思う。
・組織のポジションに関わらず、周囲と対等でアサーティブな関係を築けることが
 リーダーの資質と考える。
 反対意見は表面的には「対立」ではあるが、反対意見を述べる相手の意図を
 信じられるかどうか。
 これには、自分の信念に自己満足に堕さない高い美意識があるかどうかが鍵になる。
・現在のように混迷し重苦しい雰囲気が漂う時代であればこそ、真のリーダーが
 多数輩出されるようにしていきたい。

初めて参加された方を含めて、みなさんから多数の意見や見解が示され、熱い議論が続きました。
次回、第二期第3回(通算第58回)の読書会は、12月25日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

[注]上記本文の中で「サーバント」と「リーダー」あるいは「リーダーシップ」ということばを「・(中点)」で区切るケースと続けて記述するケースがあります。
協会での検討の結果、サーバントリーダーなどと続けて記述することを基本としますが、本書の引用など、原典に中点があるものはそれに従います(ちなみに協会の名称も、当初、中点があるもので登録したため、これに基づきます)

第二期第1回(通算第56回) 読書会開催報告

第二期第1回(通算第56回) 読書会開催報告
日時:2015年10月23日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

この読書会は、ロバート・K・グリーンリーフが著した「サーバントリーダーシップ」(邦訳:金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)を参加者で会読して、サーバントリーダーシップとは何か、その体得と発揮に求められるもの何か、といったことを自由に語り合う会です。特定非営利活動法人日本サーバント・リーダーシップ協会では、約5年前から読書会を開始して、先月、読み終えました。
多数の参加者から再度、読み直したいとの要望があり、また読書会に新しく参加を希望する方が多数おられることから、改めて最初から会読していくことを決定しました。

生涯を人材育成とリーダーシップの本質究明に尽くしたグリーンリーフは1904年に生まれ、1990年にこの世を去りました。
彼の研究は、当時、全米最大すなわち世界最大の人員規模を誇る企業であった通信会社AT&Tでの人事関連の仕事を通じて、そしてAT&Tを退職した後の各方面でのさまざまな活動に基づく実践的なものです。
グリーンリーフは多数の経験や見聞を彼の豊かな知識と教養に基づいて分析し、真のリーダーシップの姿やあり方を明らかにしていくことに努めてきました。
その生涯が20世紀という時代にほぼ重なるグリーンリーフの成果は、20世紀の象徴たる巨大で高度に組織化された企業社会の中におけるリーダーシップ論の一面を持ちます。

グリーンリーフの著作としての「サーバントリーダーシップ」は、彼の執筆、雑誌原稿、講演録などを集めて1977年に刊行されました。
その後、四半世紀たった2002年にフランクリン・R・コヴィーやピーター・センゲの寄稿などを追加して再刊されました。
再刊時に出版が期待された邦訳は、2008年に神戸大学経営学部の金井壽宏教授の監訳の下、金井真由美さん(注、お二人には親族、血縁などの関係はないそうです)の翻訳により2008年に英治出版より刊行され、本読書会はこの日本語版を利用して開催されています。

日本語版には金井壽宏教授の親切な解説が掲載されており、第2期の学習会では、最初にこれを会読することにしました。
初回は「監訳者序文」と「監訳者解説」の冒頭です。



【監訳者序文(抜粋)】
(本書は)大声を出して、ぐいぐい引っ張る、どちらかというと目立ちたがり屋向けのリーダーシップ・スタイルは、自分には向かないと思っておられる方には特にお薦めだ。
一見すると穏やかで地味だけれども、肝心なところでは静かに支えてくれる奉仕型のリーダーの薦めだ。
みんなを力強く引っ張るのがリーダーだと思っていた中、リーダーがフォロワーに尽くすのが一番自然だとさらりと述べた。
(中略)和歌のもつパワーについて紀貫之は、「力をも入れずして天地(あめつち)を動かし」と述べたが、そんな響きがサーバント・リーダーにはある。
本書は、提唱者自身による、最も信頼できる元祖サーバント・リーダーシップ論を提供するものである。
これまではリーダーシップなど柄ではないと言っていた人が、違うタイプのリーダーシップがあるのだと気づいてくれる。


【監訳者解説(抜粋)】
本書は、もともと一九七七年に出版されたが、その後も長く読み継がれてきた。
(グリーンリーフ)センターは、グリーンリーフの考えを実践的に広めるために活動をますます活発に(中略)。
グリーンリーフ・センターの十カ国目の支部がわが国に開設されている。本書の発刊を機に、日本支部でも活動が盛んになることを期待したい。

(注)特定非営利活動法人日本サーバント・リーダーシップ協会は、この日本支部をNPO法人化したもの。

グリーンリーフは、根っからの実践家でありつつ、深い思考のできる人だった。
サーバント・リーダーシップ論は、実践家グリーンリーフ自信の経験と内省と思索に基づく持論の見本である。また同時に、倫理的にぶれないインテグリティ(誠実な高潔さ)を保つことを望む経営層、また経営幹部候補にとっては、リーダーシップ持論の手本でもある。世の中には、経験を内省し、そこから教訓を引き出し、言語化している人がいる。暗黙のままにせずに、サーバント・リーダーシップという言語を作り、また、その条件を明示しようとする点が肝心だ。




金井氏の解説を会読して、参加者からサーバントリーダー、サーバントリーダーシップに関するそれぞれの意見や思いが表明されました。

・サーバントリーダーを目指すために、まず自分がこの人についていこうと
 思う人を定めて、その人の思考方法や行動を真似ていくという方法がある。
 自分がリーダーと見定めた人との出会い、機会を生かしていけるかが大切だ。
・軍隊組織では組織がまとまって合理的に行動する必要があるので、
 トップダウンで指示がなされてきた。
 最近はテロやゲリラなど予測のつかない敵行動への対応、つまり正確で迅速な
 判断が必要となっており、がわが国の自衛隊を含めて現場判断の重要性が
 強く認識されつつある。
・What(何)、When(いつ)、Where(どこ)は上官のもの、How(いかに)は
 現場のものということだろう。
・山本五十六元帥に「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、
 人は動かじ。」という名言があるが、これの続きは「話し合い、耳を傾け、
 承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、
 信頼せねば、人は実らず。」というものである。
 本当のリーダーシップを必要とする組織におけるリーダー育成の原則は
 時代を超えて普遍性がある。

・ラリー・スピアーズがまとめたサーバントリーダーシップの10の原則
 (本書 p.572-573)には同意するが、傾聴や癒しが集団の甘えを生むことに
 ならないかと懸念する。
 リーダーが聞き役に徹するということも、現実の世界では「自分の上司は
 決断力や指導力がない」といった評価になることが多いのではないだろうか。
 現場での振る舞いをどうしていくか、ということが重要そうだ。
・部下を受け入れ、しかしながら部下に媚びるのではない、という姿勢は、
 そのバランスのとり方が難しい。周囲が良質なフォロワーであることが
 必要条件だ。
 周囲をフォロワーとして一人前にしていくこともリーダーの重要な責務だと思う。
・女性が店長、店員を務める店舗を展開するビジネスに関わっている。
 店の中で店長が店員に迎合した運営を行うことを「おかあさんマネジメント」
 と呼んでいる。
 こういう状態を回避するために、店長に「どのような店にしたいか」
 というビジョンを明確にするように本部が指導している。
 リーダーがしっかりしたビジョンをもつことで、メンバーの意見も冷静に
 受け入られるようになる。

・自分の経験や内省を言語化する難しさに直面している。
 これらをうまく伝えられる「ことば」に悩んでいる。
 どのようにすれば自分のイメージを他人に正しく伝えられるのか、そのために
 実践すべきことは何か、ということを常に考えている。
・メンバーの認識の共通化や意識の統一を図るために、集団での討議や個別面談を
 繰り返し実施している。
 組織全体で熱く語れるようになるに従い、部下に対する細かい指示が不要に
 なってきた。
・メンバーの意識統一には組織の持つ本来の風土や気風といった要素も大きい。
 自分の前職は完全なトップダウンスタイルだったが、現在は、メンバーは
 本質的に対等という意識の企業に所属している。
 後者でも中の組織単位で上司となる人間の意識差があるが、その差はそのまま
 エンゲージメント・スコア(注)に結果として反映されている。
  (注)従業員の企業への所属意識の強さを定量化したもの
・ある会社の総務の仕事に携わっている。
 親会社から出向で来ている上司がいわゆる「手柄独り占め」タイプ。
 上司との人間関係に苦労してきたが、考え直して、その本人に尽くすように心がけてみた。
 その結果、その上司の態度が変わってきている。
 理屈で考えるよりも行動していくことが大切だと学んだ。
・比較的若い内に100人規模の組織を任された。
 その規模の組織となると下位に組織を作り階層化して、運営するのが当然のこととなるが、
 その中でもトップが末端まで直接につながるチャネルがあることが重要だと思う。
 わが国の政治を見ていても思うことだが、間接民主主義では、多数の末端の思いが施政者に
 伝わらないことが多すぎる。



・保育事業に関わり、園で責任者を補佐し、良い園を作ろうと園全体で努力
 している。
 この業界は資格をもった若い保母が不足していて、引き抜きが激しい。
 昨日まで一緒に良い園をつくろう、と語っていた若い保母が翌日に
 「よその給与の方が良いので、こちらを辞める」ということが時折発生する。
 その前日の熱い語りを思い出して、自分たちは何のために苦労しいている
 のか、と思い悩む。
・自分が所属する業界でも部下が育ってくると、さらなるステップアップを
 図って転職していくことが多い。
 内心とても残念なのだが、自分の意識を改めることで、本人のモチベーションを
 重視して新天地で活躍してくれれば自分のことのように嬉しい、と思える
 ようになってきた。
・外部で活躍できる人は、自分が最も輝く場で活躍すれば良い。
 人を育てるというよりも育つことを補助することを大切にしたい。
 美味しいごはんを炊くためには、やたらにかまどにまきをくべるのではなく、
 時に抑えつつ、じっくりと炊き上げ十分に蒸らして、米がその旨さを自ら
 発揮するようにしていく必要がある。
 米が自分で自分のうまさを発揮するような火加減ができるようになるのは
 難しい。
 良い人材の育成も似たようなことなのだろうと思う。
 そうやって人を育てられるようになることを自分の喜びとしたい。
・組織に新たに参加してくる人に、自分たちの理念を説明して、それに同意
 できるかどうか時間をかけて十分に確認している。
 そうでない人は技術があって有能でも、やがて目指す方向が異なることが
 お互いに認識した時点で関係が上手くいかなくなるので、あえて採用しない。
 また会社内で時間外に読書会も実施している。
 組織に所属する自分たちの思いが共通していることを確認することに
 役立っている。
 ちなみに、今は新渡戸稲造の「修養」を読んでいる。
・欧米や中国などの海外では職員がステップアップのために転職を繰り返す
 ことが当然のように思われるが、自分が所属する組織ではこれらの国でも
 定着率の高い。
 なぜ残っているのか、と質問すると、上司が好きだとか、仲間が良いといった
 人間関係を挙げるケースがほとんどだ。
 上司がいかに環境を作っていくかに鍵がある。

各自の理想とするリーダーシップを熱く語りながら、真のリーダーシップを探す旅が始まりました。
次回、第二期第2回(通算第57回)の読書会は、11月27日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミーで開催予定です。

[注]上記本文の中で「サーバント」と「リーダー」あるいは「リーダーシップ」ということばを「・(中点)」で区切るケースと続けて記述するケースがあります。
協会での検討の結果、サーバントリーダーなどと続けて記述することを基本としますが、本書の引用など、原典に中点があるものはそれに従います(ちなみに協会の名称も、当初、中点があるもので登録したため、これに基づきます)。

第55回 読書会開催報告

第55回 読書会開催報告
日時:2015年9月25日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の会読は、グリーンリーフが著述した本文と、ピーター・M・センゲの寄稿「終わりに」を読了し、前回はスティーブン・R・コヴィーの「前書きに代えて」の前半を読みました。
今回はその後半です。
この寄稿はグリーンリーフの死(1990年)から12年後の2002年に刊行された「サーバントリーダーシップ25周年記念版」に収録されたものです。
グリーンリーフの著述、寄稿、講演録などが「サーバントリーダーシップ」という本に最初にまとめられたのが1977年でした。
その後、20世紀の最後に向けてサーバントリーダーシップの必要性と重要性が広く認知されるようになり、21世紀にはその重みを一層増していく、という時代背景の中で大きな期待をもって米国で25周年記念版として再刊されたのです(邦訳は2008年)。



コヴィーは、サーバントリーダーシップとは時代を導く、まさに現代において求められる規範であると定義します。
道徳的権限をサーバントリーダーシップの別名であるとして、その特徴を4つ挙げています。

1.道徳的権限または良心の本質は、犠牲である。
自分自身や自分のエゴを犠牲にしてでも、より高い目的や大義、原理を目指すこと。
身体[body]、 良心[mind]、敬愛[heart]、精神[spirit]の四つの側面にいろいろな形で現れる。

2.良心によって、われわれは身を捧げるに足る大義の一部になろうという気にさせられる。
ヴィクトール・フランクル教授はナチスの収容所で、「私に必要なものは何だろう」という問いかけを「私が必要とされるものは何だろう」に改めたことで世界観が変わった。
このように良心の声から人生の答えを得ることができる。

3.目的と手段を切り離せないと言うことが、良心からわかる。
目的と手段の両方とも大事であり、分けて考えられないということを良心が教えてくれる。
良心は「目的が手段を正当化する」というエゴを認めない。

4.良心によって、人と人が結びつく世界へ導かれる。
良心のおかげで、われわれは独立した状態から、お互いに頼り合う状態へと変化する。
良心は、情熱を、互いへの情熱、すなわち思いやりにも変えてくれる。
良心に従って生きることで誠実でいられ、心も平安である。

コヴィーはさらに、道徳的権限を「道徳的性質+原理+犠牲」と定義して、犠牲こそが道徳的権限の本質であると主張します。
「道徳的=犠牲」と「権限」の相反することばを合わせて新しいことばを作ることを撞着(どうちゃく)語法と呼びます。
サーバントリーダーも撞着語法によることばの一つです。
コヴィーは「道徳的支配はサーバントであること(中略)によって達成され」るとして、グリーンリーフの「彼らが自らの意志で応じるのは、サーバントであると証明され、信頼されていることを根拠に、リーダーとして選ばれた人に対してだけだろう」ということばを引用しつつ、「真に優れた組織のまさにトップの人間はサーバント・リーダーだ。」と断言しています。
コヴィーはサーバントリーダーシップが現代アメリカ、そして世界中の心の傷を癒やせると期待を寄せ、サーバントリーダーシップに満ちあふれた世界を夢見つつ、本書の再版を進めたグリーンリーフ・サーバントリーダーシップ・センターへの謝辞と祝辞で寄稿を終えます。
コヴィーの「前書きに代えて」の後半を読み終えて、参加者の議論が始まりました。



・コヴィーは良心(道徳的権限)の本質は犠牲である、と言っている。
 日本語の語感の問題ではあるが、犠牲ということばに非主体的に被った被害、
 厄災という感じを抱く人も多いだろう。
 この点をどのように補足していけば良いだろうか。
・まさに主体性の有無が問題になるところだろう。
 物事に取り組むことに対する矜持(プライド)の有無と言い換えても良い。
・ある行為に対する周囲の評価と本人の評価の評価が分かれることがある。
 犠牲的行為においてはさらに顕著である。
 卑近な例であるが、チーム・スポーツの現場では「与えられたポジションを
 全うできて一流、そのポジションでチームのための犠牲的プレーを楽しめる
 のであれば超一流」と言わるが、一脈通じるものがある。
・キリスト教では自分の能力は神様から与えられたものと考える。
 犠牲や奉仕は「自分を削って他者に渡す」のではなく、「自分が神様に与えられた
 ものを神様に返す」のだと考える。
 人類の真の苦しみは全てイエスが背負い、人が奉仕や犠牲で苦しむことはない。
・行動を視座の高さや時間軸を含む尺度で評価することも重要だと思う。
 目的や目標に対する視座を上げて、長期的な視野に立って、全体最適となるような
 行動の選択を行う。
 その行動によって生じる犠牲については、自分の視座を上げて長期の視野に
 立つことで、自分に被害をもたらす厄災という感覚から自分が掲げる目的の
 達成過程で起きたできごとに過ぎない、という具合に変化してくる。
・信託業務に携わっているが、これには長期的視野が欠かせない。
 フィデューシャリー・デューティーと称して、目先のことにとらわれず長期的に
 最適な選択となることが求められている。
 企業である以上、短期の利益を無視できないのだが、その中でのバランス感覚に
 注意しながら、常時、市場と対峙していく。
・家族や職場があって忙しい中でも地域社会での活動を続けてきた。
 かなり犠牲を払っていると同情されたこともあるが、子供の希望があって
 始めたことであり、さまざまな苦労よりも実現した喜びが大きい。
 自分から削られてしまったものの上に、より大きなものが生まれている。
 全員が楽しい気持ちになってくれることが自分にとっても最も楽しい。
 一方で、自分の職場はかなり忙しく、被害者的な意識を抱いている人もいる。
 こうした人たちの気持ちを少しでも変えさせることができれば、と望んでいる。

・コヴィーはヴィクトール・フランクルを引用しているが、フランクルは
 その主著の「夜と霧」(注)の中で、自分が生きることの意味を強く意識する
 ことの重要性を説いている。
 未来を見通し、その中での自らの姿を想像することから自分が生きることの
 意味を見いだせる。
 (注)ヴィクトール・フランクルの原著名は日本語に訳すと「ある心理学者の
 強制収容所の体験記録」であり、1947年に刊行された。
 日本語版の「夜と霧」は霜山徳爾役が1954年に、原著改訂版に伴う改訂版が
 池田香代子訳で2002年に、みすず書房から発刊され、現在も刊行されている。
・人はどうしても目の前のことに心を奪われ、短絡的になりがちだ。
 未来の自分を想像して、生きる意味、社会における自分のミッションを自覚する
 ことは考える以上に難しい。
 コーチングの神髄は自分への問いかけを変化させることにある。
 すなわち自分が外から何を得て何を失うのか、という認識から自分の内面に
 あるものを整理して、自分が外部に対して何をしていくかと整理させることにある。



・前職で会社の利益と個人の成績を強く問われる企業に勤めた。
 会社が指定した商品を顧客に売らねばならないが、自分にはその商品が顧客に
 最適と思えないことが多く、自分の考えと会社方針の折り合いをどうつけるか
 悩んだ。
 企業の利益という目的とその手段の選択という問題だと思う。
 いろいろと考える中で、顧客利益を最優先にすることを自分の信条とすることで、
 悩むことがなくなってきた。
・目的と手段の正しさを両立させるという課題は、企業活動の中では確かに難しい。
 目的のために好ましくない手段をとることにやむを得ず妥協する、ということも
 数多くあるだろう。
 小さな妥協がやがて大規模な目的と手段の不一致に対する不感症になりかねない。
 それを回避するためにも日常活動、たとえば家族関係の中で、目的と手段を
 一致させるように誠実な言動に努めることが一つの方法かと思う。
・長い伝統を誇る日本企業は単に儲けようということではなく、その企業の公共性や
 公共性を意識した存立の理念を常に意識していた。
 その結果、数百年という歴史を持つ企業も生まれてきている。
 純粋な企業活動とは異なるかもしれないが、京都の老舗料亭では時代の流れ中で
 変えてよいものと変えてはいけないものをきちんと区分している。
 せわしない周囲の動きに対して旧套墨守(きゅうとうぼくしゅ)でも付和雷同でも
 なく、100年ぐらいの単位で変化というものを自分の中でとらえている。
・企業が利益を上げて黒字決算することは、その企業の存在価値の証明であり
 必須条件である。
 問題は、価値測定の尺度の一つでしかない利益とかお金が別の何か特別な意味を
 持つようになり、それを得る手段の正当性や倫理性を見失うこと。
 頻発する企業不祥事を見ても、周囲からは、なぜこんなことを、と思わざるを
 得ないことが多い。
・不正の発生原因は究極、品格と美意識の欠如に遡る。品格と美意識は個人に
 帰属するものであり、企業組織にはそれらが投影されるものと考えている。
 個人が品格や美意識の習得に励み、また組織が個人に対して適切な規律を
 課すことによって、組織が品格と美意識を持つように映り、正義が実現する。

・コヴィーが引用したジョアン・C・ジョーンズのエピソードが心にしみる。
 大学の試験で「学校を清掃してくれる女性のファースト・ネームは?」
 という設問があり、これを出題した教授から「これから先、仕事の上で君たちは
 たくさんの人に出会うだろう。その誰もが重要なんだ。その人たちに注意を払い、
 気を配ってほしい。にっこり笑いかけたり、やあ、と声をかけたりするだけでも
 いいんだ。」と教え諭されたというものだ(本書p.28)。
 自分の中でも志を高く、腰は低く、視野は広く、を心がけていきたい。

スティーブン・R・コヴィーは、今から3年前の2012年7月16日、80歳を目前にその人生を終えました。
グリーンリーフの死後22年、この寄稿から10年後になります。
リーダーシップ開発に生涯を捧げたグリーンリーフとコヴィー、二人は天国で何を語り合っているのでしょうか。

さて、約5年前に始まった「サーバントリーダーシップ」読書会は、今回をもって第一期を終了致します。
長年にわたる参加者の皆さんと関係者の数多くの協力によって、終着点に漕ぎつけました。
ここに厚く御礼申し上げます。
引き続き第二期の読書会を開催致します。
次回、第二期第1回の読書会は、10月23日(金) 19:00~21:00にレアリゼアカデミーで開催予定です。
再度の、そして新たな船出に、多くの方に同道いただけることを期待しています。

第8回 近代の優れたリーダーに学ぶSL研究会 開催報告

第8回 近代の優れたリーダーに学ぶSL研究会 開催報告 広崎仁一
日時:2015年9月8日(火)19:00~21:15
場所:レアリゼアカデミー

サーバントリーダーシップは経営活動における「リーダーシップ哲学」であるとともに、すべての人が目指すことのできる「生き方」そのものであり、その人の人格や価値観に深く根ざしています。
今回は28年間ブータン農業の発展に尽くし「ダショー」(最高に優れた人)の称号を授けられた西岡京治(けいじ)氏の生涯を取り上げました。

西岡は幼少の頃から植物に興味を持ち、1952年に大阪府立大学農学部に入学しました。
そこで彼の人生に決定的な影響を与えた中尾佐助氏に出会います。
1958年、中尾は日本人として初めてブータンに入国した折り、当時のドルジ首相から農業技術専門家の派遣依頼を受けます。
その中尾の目に留まった人物が「西北ネパール学術探検隊」のメンバーとして大活躍をした西岡でした。
ブータンで農業技術指導に当たるためには、まずブータンの生活にとけ込んで「あの人のいうことなら間違いない」と信頼される人でなければ務まりません。
西岡は性格が穏やかで思いやりがあり、謙虚で、誠実で、しかも努力家でした。
こうして1964年、西岡は(現JICA)コロンボプランの農業専門家として妻里子と一緒にブータンに派遣されることになりました。



ブータンでの一年目は農場試験場として、水はけの悪い60坪の土地しか与えられませんでした。
しかしそこでブータン人がこれまで見たことのない大きなダイコンを育て実績を残しました。
二年目は試験場を水はけの良い高台に移してもらい、面積も3倍になりました。
野菜の出来も順調でこれが大評判になり、農場には国会議員や知事を含め多くの見学者が訪れるようになりました。
その後当初の二年間の任期が大幅に延長され、国王(雷龍王3世)から一年目に提供された土地の約400倍となる広大な試験場用地を与えられました。
西岡は「ブータンに来て、これほど嬉しかったことはなかった」と語っています。
そしてこの時作られた「パロ農場」はブータン近代農場の聖地となります。

「パロ農場」で特に力を入れたのは、日本式の「並木植え」と呼ばれる稲作でした。
(ブータンではこれまで苗を乱雑に植えていましたが)このやり方ですと、風通しが良い上に、手押しの除草機が使えます。
しかしいくら日本のやり方を勧めても、耳を傾ける農民はいませんでした。
そのうちに日本式の田植えをしたいという農民が現われました。
西岡は祈るような気持ちで稲が成長するのを待ちました。
そしてその結果は40%の増収でした。
その後稲作のほとんどが並木植えに変わりました。



1972年7月、雷龍王3世は療養中のケニアで心臓発作のため45歳で崩御しました。
替わって皇太子のジグミ・シンゲ・ワンチュク殿下が16歳で第4代の国王に即位されました。
秋になり雷龍王4世は西岡を中央政府に呼び「西岡の農業技術で(極貧地域である)シェムガンの人々を救って欲しい」と懇願しました。
シェムガンは山と谷ばかりで平地がほとんどなく、昔ながらの焼き畑農業を行っていました。
収穫量が下がると人々は新しい土地に移住して、また森を焼き、畑を作りながら、何とか飢えをしのぐ生活を送っていました。

西岡は、焼き畑農業から棚田を作り稲作農業に切り替える計画を立てました。
しかしこの提案はあまりにも唐突すぎて人々の同意を得ることができませんでした。
西岡の粘り強い説得が続き、800回にも及ぶ話し合いを積み重ね、ようやく納得していただくことができました。
西岡は「身の丈に合った開発」を信念とし、パイプや竹を利用した水路や、ワイヤーロープ製の吊り橋、新しい道路等を作り開発にあたりました。
その結果わずか4年余りで、シェムガンには18万坪の水田が出来上がりました。
5万人を超える人々の生活も安定し、診療所や学校も出来ました。
西岡が村を離れる日、人々は涙を流してお礼を言いました。
「村はすっかり変わりました。西岡さんが初めに言った通りになりました」と。
このシェムガンでの成果は、日本の国際協力開発事業の最も成功した事例として伝説になっています。

1980年、西岡は長年の多大なるブータン農業への貢献が評価され、国王から「ダショー」の称号を授与されました。
外国人でこの爵位を受けたのは西岡が初めてでした。
1992年、ブータンでの滞在が28年を経過しようとしていました。
この間、60%であった食糧自給率は86%を超えるようになっていました。
将来のブータン農業を継ぐ人材も成長し、西岡は自分の役割が終わりつつあるのを感じ、還暦を前に日本に帰国する予定でいました。
ところが3月21日、突然「敗血症」のため、59歳で帰らぬ人になりました。
日本で訃報の連絡を受けた里子夫人は西岡の気持ちを図り、ブータンで葬式をすることにしました。
3月26日、葬儀は農業大臣が葬儀委員長を務める国葬となりました。
西岡を慕う人々が各地から弔問に訪れ、その数は5000人にも及びました。
ブータンを心から愛し、ブータンのために生きた「ダショー西岡」の最期に相応しい盛大で立派な葬儀となりました。

葬儀の後、里子夫人はパロ農場の西岡の事務所に行きました。
デスクのファイルに目をやると一通の電報がはさんでありました。
1月23日にシェムガンから打たれたものでした。
それには「私達はあなたが再び村を訪れてくれることを、心からお待ちしております。あなたが始めた開発の仕事は今実を結んでいます。ダショー西岡、私達は一生あなたを忘れません。あなたの献身的な働きがあったからこそ、今の私達があるのです」と書かれていました。



研究会に参加された方々の発表やアンケート結果からは以下のような意見が挙がってきました。
・西岡京冶の生き方には、サーバントリーダーシップの「5つのバリュー」と
 「10の特徴」の全てが含まれている。
・人間の可能性について改めて素晴らしいと感じた。一人の人間が多くの
 人々に影響を与え、社会を変えることができるということに静かに
 感動した。
・自分も行動しサーバントリーダーシップという哲学を行動で示して
 行きたいと感じた。
・無私の心を持ち社会の役に立つことに全力で取り組まれた西岡さんの
 姿から学ぶことが多かった。
・大義や正しいビジョンに向かってサーバントリーダーシップを発揮したい。
・西岡京冶の功績は、国と国の外交問題、安全保障にも及ぶことを
 理解できた。
・「人道的大義」が粘り強さを生むということ、そしてフォロワーが
 現われてくることが分かった。
・サーバントリーダーが増えれば、世の中に良い感化を与え、社会が
 良くなり、社会的な問題も解決していくのではないかと思う。
・「自分の夢がみんなの夢になる」と言うのがサーバントリーダーシップの
 特徴だと思う。
 そしてそれが自分の経験の中で実現していたことを確認した。

次回は2016年3月を予定しています。

第54回 読書会開催報告

第54回 読書会開催報告
日時:2015年8月28日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の会読は、グリーンリーフが著述した本文を終了して、その後、ピーター・M・センゲが寄稿した「終わりに」を会読しました。
さらにスティーブン・R・コヴィーの「前書きに代えて」の会読に入り、今回はその前半です。

グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」は、グリーンリーフの諸作、専門雑誌などへの寄稿や講演録をその内容に沿って10の章に分け、1977年に出版されました。
その後、サーバントリーダーシップの概念を知る人が増え、これこそ現代において求められるリーダーシップ像である、という声が高まりました。
これを踏まえて、25周年記念版として2002年に再版されたのが、現在、私たちの手に入る「サーバントリーダーシップ」のグリーンリーフの著書です(日本語訳は2008年)。
再版された2002年はグリーンリーフがこの世を去ってから12年後であり、まさに時代がグリーンリーフに追いついてきたといえます。
本書の再刊に際して、コヴィーとセンゲがそれぞれまえがきとあとがきを寄稿しました。



コヴィーは、21世紀に入ったばかりの時代について、「市場とテクノロジーの劇的なグローバル化」と「時を超えた普遍の原理の力」がこの時代の象徴する「影響力」であり、サーバントリーダーシップこそ、その普遍の原理の姿である、と喝破しています。
そして、社会・経済のグローバル化や急速な変化に組織が遅れを取らないために、その成員に権限を与えて能力を高める(エンパワーメント)ことが必要であり、それを実現しうる人材がサーバントリーダーであると述べています。
コヴィーは、トップダウン・マネジメントが時代遅れとなり、これに代わって、「ストレンジ・アトラクター」、すなわちビジョンに引き寄せられて人々が一致団結し、共通目標に駆り立てられるようになると主張しています。
その中で、「ただ機能するリーダーシップ」と「持続するリーダーシップ」を区別し、後者には心の中の道徳律すなわち良心が宿り、サーバントリーダーシップこそが良心の体現であると力説しました。
コヴィーの話は道徳的権限に発展していきます。
これは生まれつき持っている力と選択の自由を、節度を持って使うことで湧出する普遍の原理であり、そうした普遍の原理に呼応した生き方をする人が人々の信頼を得ることができるとしています。
そして、
「道徳的権限とはサーバントリーダーシップの別名と言って良い、というのも道徳的権限とはリーダーとフォロワー(リーダーに従って動く人)が相互に行う選択のあらわれだからだ。
(中略、リーダーもフォロワーも)真実に従って(フォローして)いるからだ。
(中略、リーダーもフォロワーも普遍的な良心が支配する統一された価値体系の領域で)互いの信頼を次第に深めていく。
道徳的権限とは相互に高め合い、分かち合うものなのだ」

とコヴィーは寄稿の中で熱く語ります。
コヴィーの寄稿の前半を会読して、参加者の発言が始まりました。



・コヴィーが「信頼関係の薄い社風は、管理が極端に厳しくて建前だけに頼る上に、
 守りの姿勢に入っており、冷笑的で、内部競争が激しいことが特徴だ」と危機を
 訴えていることが印象に残った。
 さらに「それでは人に権限を与えて能力を高めている<組織>に比べて、スピードや
 質、イノベーションのどれをとってもかなうまい」と続けている。
 信頼関係の薄さが建前だけに頼る人物を生み出す。
 建前に頼るとは、突き詰めると各自の主体性の欠如ということだ。
 組織内の信頼関係の構築や強化のためには組織内に主体性を持った人材を作ることが
 重要と考えている。
・勤務先の工場でちょっとした機械の整備不良があった。
 関係する複数の部署が自部署で整備費用を全部負担させられることを嫌ってか、
 相互に牽制しあって不具合を放置したために、整備費の10倍を超える損害を出して
 しまった。
 多くの人が自分の任務の責任逃れを図り、最前線で頑張る人達の立場に立って
 いなかった。
・「冷笑する」というコヴィーのことばが痛みを伴って心に刺さった。
 会社の中で他人の失敗に無意識の冷笑を浴びせかけることを散見する。
 一人一人の態度を変えていかないと、信頼関係の構築もその先の組織改革も
 実現しない。
・一人一人の改善のためには、たとえば相手の目を見て挨拶をするといった
 簡単なことを徹底させる。
 そんな簡単なことがなかなかできない人もいたが、地道に続けていった。
 そうした活動の継続があるとき一人一人に確実に作用して、意識変革が
 できたことを経験している。
・所属の組織で「館長ゼミ」と称する責任者による集まりが長く続いている。
 あるテーマで話をするのだが、メンバーの中には「またか」という雰囲気が
 出てくることがあるが、長く続けていくことで聞き手の意識が徐々に変化していく。
・カリスマ経営者が指揮する会社で小売店のオープンに関わったことがある。
 極めて高い目標を掲げて優秀なスーパーバイザから厳しいトレーニングを課された。
 トレーニング中に脱落する人も続出したが、残った人たちのきずなと
 チームワークを発揮しての集中力は素晴らしいものがあった。
 「異なる世界」に到達する道筋がどういうものであるかを経験した。
・従業員の離職率はその会社にとって重要な指標だと思う。
 表面的に厳しいかどうかということとは別に、本質的に従業員を大切にする構造が
 あるかどうか、が問われている。



・担当職員からの報告を組織内で公開している。
 facebookなどSNSの「いいね!」をまねて、良いと思った報告に周囲が
 good pointを与える仕組みを作った。
 周囲からのポジティブな評価を明示することで、担当者が自分から積極的に
 発信するようになってきた。
 報告を受ける側も変化してきている。
・企業活動の最前線から一歩引いたところに身を置く人が傍観者となり冷笑的な
 態度をとることが多い。
 担当者から上司への「報連相=ほうれんそう(報告、連絡、相談)を徹底する
 ことが重要」としばしばいわれているが、その裏に上司が部下を信頼しない
 という事実が隠れている。
 報連相を部下に強制するのではなく、部下が自然に喜んで報連相する、
 「報連相される上司」となることが大切だと思う。
・官と民の両方の職場経験がある。民では少数の管理者が多数の部下を率いていた。
 一人ずつの報告を待っていては情報の共有もままならない、管理者が部下全員に
 報告するという姿勢でコミュニケーションしていた。
 一方で官はまさに報連相に基づく行動が規定されていて、個々人の仕事自体に
 対するモチベーションは全くといって良いほど不要な世界だったことを覚えている。
・マネジメントとリーダーシップの違い、人になぞらえればマネージャーと
 リーダーの役割の違いを再度認識していく。
 リーダーは「変革を起こす人」であり、ものごとの本質に迫っていかないと
 いけない。
 本質を見極める能力が必要になる。
・組織のトップに立つ人、マネージャーは自分がリーダーとして本質を見極める
 任務、能力があると思いがちである。
 過去にも紹介した日産自動車の場合、カルロス・ゴーンは正しい方向を見つける
 力は現場の衆知の中にあるという考えで、これを引き出す仕組み作りと維持に
 注力した。
 己の能力を過信せず、サーバントとして尽くしてきたと言える。
・企業などの組織では、トップの交代に際して、その経営や運営の方法のみならず、
 その方法に込められた理念や精神が引き継がれるかどうかが重要なポイントに
 なると感じた。

次回もスティーブン・R・コヴィーの「前書きに代えて」の後半を会読します。
9月25日(金)の 19:00~21:00に レアリゼアカデミーで開催します。

第53回 読書会開催報告

第53回 読書会開催報告
日時:2015年7月24日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の会読は、グリーンリーフが著述した本文を終了して、前回からピーター・M・センゲが寄稿した「終わりに」の会読に入りました。
今回はその後半部分の会読です。

本書にはマサチューセッツ工科大学上級講師で、組織学習協会(Society for Organization Learning、? SoL)創設者で、「学習する組織」の理論で有名なピーター・M・センゲの寄稿が「終わりに」として掲載されています。
センゲは本書をアメリカン・リーダーシップ・フォーラムの設立者で「シンクロニティ」などの著者であるジョセフ・ジャウォースキーから贈呈され、そのジャスウォースキーは米国の保健福祉教育長官を務め、教育行政やリーダーシップ研究で名をはせたジョン・ガードナーから本書を推奨されたとのことです。
これらの権威ある人々がグリーンリーフを真のリーダーシップを追究している人として評価し、彼の著書を読むことを強く推奨したのです。

センゲは「奉仕するための学び」という小見出しのついた解説で、「サーバント・リーダーとは、第一に奉仕する人だ。それが自然な感情としてわき上がり、人に奉仕したい、まず奉仕したいと思わせる。権力、影響力、名声、富を欲したりしない」というグリーンリーフのことばをサーバントリーダーシップの精神の表現としています。
そして権力や影響力の取得によるモチベーションという面をグリーンリーフも無視はしていない点に読者の留意を向けつつ、奉仕することを最優先として、かつその純粋な気持ちとして持ちうるか、と問いかけます。

センゲはその課題を解く鍵として「コミットメント」を挙げています。多くの人が「心の底からのコミットメント」とは「疑念のない信念よるものであるべきだ」、と考えることに異を唱えて、「疑念という影に身を置いたときにしか、われわれは自分と意見の異なる人の声に真剣に耳を傾けたりしない。(中略)われわれは学ぶ機会がない。」と説いています。
100パーセントの信念の価値を認めつつも、真実への道を見失わないように「不確実性を抱きながらも奉仕することがわれわれには求められている。」と真のリーダーが直面する困難について解析しました。
さらに、リーダーとフォロワーの関係において「真のコミットメントは、実際にほかのひとのための選択を生み出すのだ。」と強制ではない共感のリーダーシップの考え方を導き出しています。

センゲは、一方で「コミットメントの最後の特徴は脆弱性だ。」と書いています。
多くの人の通常の理解に反する内容ですが、この逆説的な要素が人の効果的な力を引き上げる、という論理展開です。
リーダーの役割とは人々を真実に導くためであり、そのために他者への奉仕と謙遜、すなわち自己への冷静な視線を必要とするという主張と考えられます。



最後に日常で陥りがちな「権限」と「リーダーシップ」の混同を回避すべしとの注意は、情報や判断が上層部に限定され、それを当然のこととしがちな企業社会への警句とも言えます。
センゲはリーダーシップを階層から独立したものと考え、彼が設立した組織学習協会(SoL)では、「リーダーシップとは“人間社会の未来を方向づける、人間社会の能力だ”」と定義しました。
まさにグリーンリーフが長年にわたって研究したリーダーシップの本質を突いた定義です。
そして重要な変革プロセスは、傑出した個人によってではなく、多くの人間の関わりによって成し遂げられることに言及しつつ、その広範囲菜実現のために、社会の「いたるところ」にサーバントリーダーが出現することを望みつつ、「真のリーダーシップとは、きわめて個人的なものでありながら、本質的には集団的なものなのだ。」と彼のサーバントリーダーシップについての解説を締めくくります。
センゲの熱意にあおられるように、参加者による議論が始まりました。

・センゲの解説でコミットメントについて、詳細に書かれている。
 リーダーシップを形作る重要な概念であるが、原語をそのままカタカナ表記にした
 日本では、意味が単に「上から与えられる予算目標」だったり、かなり曲解されて
 使われることも多い。
・コミットメントには「自主性」が伴う。
 自主的に設定した目標であればこそ、コミットした人が一心不乱に取り組む。
 周囲が働きかけて、その人を一心不乱にさせるのは、とても難しい。
・企業などの組織に、ミッション、ビジョンが明確に存在することで、従業員は
 やる気になるのではないか。
・真のコミットメントの条件は、その中に脆弱性を内包すること、という意味の
 ことが書かれている。
 一心不乱に取り組むという姿勢の中に脆弱性が存在する、もっと直截に不確実性が
 存在する、といわれることを自分の中で十分に消化しきれていない。
・本書の中で、デビット・パッカードに「人を率いるリーダーシップとは何か」
 と質問して、デビット・パッカードから「秘訣はない、自分がやりたいことを
 やってきただけ」というエピソードが書かれている。
 まさにHPウェイと呼ばれる企業理念であり、従業員の尊厳を尊重する考え方である。
 企業としての方向がきちんと示され、従業員はそれぞれの目標の方向性を
 企業の向きに合せ、そして結果にコミットメントしていく。
・日本では、基幹産業である自動車メーカーでの動きが特徴的だ。
 日産自動車の経営が厳しい状況に陥ったときに社長に就任したカルロス・ゴーンは、
 彼の最初の経営方針である日産リバイバルプラン(NRP)を遂行するに当たり、
 現場に対して細かい指図はしななかった。
 従業員みんなのなかに答えがあるという考え方によるものだ。
 ホンダは本田宗一郎と藤沢武夫が両輪となって牽引してきた会社だが、当初、
 鼻っ柱の強い藤沢は、自分こそが経営者として最適、と会社の乗っ取りを
 考えていたという話がある。
 その藤沢が本田の偉大さや表面には見えない強さに触れて、生涯を黒子、すなわち
 サーバントの役割に徹することと決意した。
・エクセレントカンパニーの事例を交えたセンゲの解説の中に、スピアーズが
 まとめた「サーバントリーダーシップ10の原則」(注)がしっかりと
 埋め込まれている。
 まず「説得」。
 これはむしろ構成員による納得ということばの方がしっくりと来る。
 「人々の成長に関わる」ことで思わぬ力を引き出すことができる。
 「コミュニティづくり」も重要なことだ。
 こうしたすぐには目に見えない力を発揮できるかどうかが組織の成熟度度であると
 思う。
 
 (注)本書p.572-p.573



・米国の経営者はコーチングを受けることが多い。
 メンターやあるいはコンサルタントとしての役割を求めることもあるが、
 自らを鼓舞するために、自分の「鏡」としての役割をコーチに期待することが多い。
 スティーブ・ジョブズが率いたアップルは、各担当が割り当ての分野の
 成果に対して無限の責任を負う代わり、周囲の関わりの低い人による干渉も、
 中途半端な協力も排除した。
 その結果、世界を一変させる製品ができたのだが、同時にトップであるジョブズには
 強いプレッシャーがかかっていた筈だ。
・米国の事例に即すと日本企業の文化はあいまいで無責任な感があるが、
 野中郁次郎氏がとなえたミドルアップダウンの経営をマイケル・ポーターが
 「戦略がない」といったことに対してヘンリー・ミンツバーグが
 「あれは成熟の証」と反論(注)したように、スタイルの違いである。
 日本の場合は、江戸時代の和算の実力は当時の西洋の数学以上であり、
 識字率も高いという歴史の中で、トップがすべてを牽引することとは
 異なる文化が育まれてきた。

 (注)参考:M.ポーター「競争戦略論Ⅰ」(竹内弘高訳、1999年、ダイヤモンド社)、
 H.ミンツバーグ「戦略サファリ」(齋藤嘉則監訳、1999年、東洋経済新報社)


・第二次世界大戦後、米国は日本の財閥を解体したが、あとになって日本経済の
 基幹は財閥ではなく、自立的な中小企業群に存在していたと気がついた。
 小さな企業の集まりが力を大きな力を発揮した。
 目に見えないリーダーシップが働いていたのだろう。
・日本企業の中に「喫煙室の文化」と呼ばれるものがある。
 公式の会議では建前が討議され、決議されるが、実際のことつまり本音は
 会議室からも執務室からも離れた喫煙室で語られる、という意味だ。
・「喫煙室の文化」には、権限がない人や事案に直接関係のない人から良い意見が
 出てくることがあるなどのメリットもあるが、なぜ会議室で正面から真剣に
 語り合わないのかというもどかしさもある。
 トップの強権という意味では欧米やアジアでも他の国の方が強く、その意味では
 日本では、公式の場で多くの人がもっと語り、討議していけば良いのだが。
・その点では日本人は会議やコミュニケーションのスキルをもっと高めて行く
 必要がある。
 良質なリーダーシップが発揮される行動様式を組織として持たないといけないだろう。

センゲのメッセージに強く刺激され、会読者による活発な議論が続きました。センゲが寄稿した「終わりに」の会読を終え、次は「7つの習慣」でよく知られるスティーブン・R・コヴィーの「前書きに代えて」の前半を会読する予定です。
次回の読書会は、8月23日(金) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第52回 読書会開催報告

第52回 読書会開催報告
日時:2015年6月26日(金)19:00~21:00
場所:新レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会では、本書でのグリーンリーフによる最後の著述である「追記」と「学習する組織」などの著書で知られるピーター・M・センゲが寄稿した「終わりに」の前半を会読しました。

グリーンリーフの「追記」には「サーバント・リーダーとは誰か」という副題がついています。
冒頭で「実例から判断すれば、すべてのサーバントがリーダーとは限らないのだろうか。」という多くの読者が持つ疑問を投げかけ、サーバントリーダーの特性とサーバントリーダーによる社会改革の実現の要件を述べていきます。
社会を家族や職場などの第一階層、明確な価値観を与えられる大学や教会を第二階層、ビジョンと希望を育んでくれる神学校と財団を第三階層と定義付けて、サーバントリーダーが活躍する場の重要性が説かれます。
サーバントリーダーは、社会的な権力構造とは無縁に自らの確信に基づいて行動し、その行動によってリーダーシップの手本を示すからです。



わずか2ページの文章ですが、参加者の活発な議論が行われました。

・かなり難しい、というか解らないところが多い。
 「まず奉仕して、その後に導く」というサーバントリーダーシップの外観は
 理解していたつもりだが、この「追記」はすぐに理解できない。
・リーダーシップ発信の第三階層として神学校が挙げられているが、我々の感覚
 としてはこうした精神的な世界からリーダーシップが広がるということに理解が
 及ばない。
・真のリーダーは自分が信じた道を進むということが重要。
 単なる「善い人」とは違う。
 わずか2ページの文章だが、そのことは良く伝わってくる。
・「世間的に見れば、サーバントリーダーは無邪気な存在…」という箇所(p.522)
 が印象に残っている。
 原文では naive(ナイーブ)であり、グリーンリーフの意図は訳されているが(注)
 そのような人物にひとがついていくのだろうか。

 (注)naive(ナイーブ)は、そのままを記した外来語あるいはカタカナ英語では
 「繊細」「傷つきやすい」という意味があるが、原語では「世間知らず」
 「無邪気(若干肯定的ニュアンス)」などの意味で用いられることが多い。


・本書の第1章に「サーバントを見分けるにはどうすればいいか」という文がある。
 例示としてケン・キージーの「カッコーの巣の上で」の主人公、マクマーフィーが
 挙げられている(本書p.98-99)。
 やんちゃな彼の姿にグリーンリーフがリーダーとしての資質と行動力を見いだして
 いるのは興味深い。
・場を作ることの重要性とそれを可能とする人の重要性。
 そこに存在するだけで場を整え、周囲を豊かにし、周囲の今まで以上の力を
 引き出す人がいる。
 そうした人が登場する環境はおのおのであり、登場の方法もさまざまだ。
 発揮されるリーダーシップの形もいろいろなのだろう。
 陳腐なビジネス書などにあるようなステレオタイプの行動ではない、
 周囲にいかに気づかせるかという力である。
・グリーンリーフがそうしたことを実現する環境や実現の方法について
 期待を込めて書いている。
 短いながら濃い内容だった。



本書にはマサチューセッツ工科大学上級講師で、組織学習協会(Society for Organization Learning ? SOL)創設者、「学習する組織」の理論で有名なピーター・M・センゲの寄稿が「終わりに」として掲載されています。
センゲは本書をアメリカン・リーダーシップ・フォーラムの設立者で「シンクロニティ」などの著者であるジョセフ・ジャウォースキーから贈呈され、そのジャスウォースキーは米国の保健福祉教育長官を務め、教育行政やリーダーシップ研究で名をはせたジョン・ガードナーから本書を推奨されたのだろうと推測しています。
これらの権威ある人々がグリーンリーフを真のリーダーシップを追究している人物と評価し、彼の著書を読むことを強く推奨したのです。

センゲが本書の重要性を主張するのは、現代社会を「組織の失敗」の時代と定義した上で、本書がそのような社会を真に変革する価値を内包していること、さらに、現代社会を変革する革新的な組織が求められるコミットメントに言及していると読み取ったからです。

センゲは、彼が研究を重ねた組織学習が内包する問題点について、グリーンリーフは良く理解していたと見ています。
強い願望が真の学習意欲を呼び起こし、トレーニングの繰り返しの上で変化を得るという過程に関連して、センゲはグリーンリーフの「いかなる成功も、まず目標を立てることから始まるが、ただ目標を掲げればいいわけではない」という言葉に共感しています。
さらに、能力開発において不可欠な「複雑性の理解」について、グリーンリーフが概念化を「最も重要なリーダーシップ能力」と説いていることに、センゲが重きを置く「複雑な状況を複雑なものとしてとらえつつ、その状況をしっかりと把握する能力」との共通性を感じ取っています。
「誰かがわれわれを変えてくれる」という願望、「変革を拒む人々をどうにかできないものか」すなわち、自らが仕掛けた「変革への共感」を「他から与えられる」ことを排し、みずからが変革をコミットメントすることを迫るセンゲは、グリーンリーフがその道筋を見いだしているとしているのです。



センゲの熱い文章にあおられるように参加者の討議が活発に行われました。

・「組織の失敗」ということばから、名経営者といわれた人が引き際を誤って
 老害となっているケースが多いことを連想した。
 後進を育成することの意味、これは職人などの世界での技術伝達と同じことだ。
・現代社会は人間や組織の相互関係がアンバランスとの感じを強く持っている。
 組織や社会の環境側塁方向にあると認識しても、打ち手が対症療法的であり、
 結果的に事態は総合的にさらに悪化する。
 今の時代は、社会の根源的なコントロールが不可能な事態に陥っている。
・センゲが複雑性を理解することの重要性を説いている部分が興味深い(本書p.533)。
 複雑なものを単純化することは、自分たちもしばしば行っているが、
 「要は・・・」という言い方で要約しても本質を間違えていることが多い。
 平易に語ることと端折ることを混同してしまう。
・経緯を無視して、結論としての回答を求めることが多すぎるように思う。
・現代は「答えありき」という考え方が強い。
 正解が存在するという考え方が、物事の多面的な見方を阻害することがある。
 未来から現代を見るという姿勢がわれわれの進むべき方向を示してくれるが、
 正解を求める姿勢がそうした見方を阻害する。
・ゴーン革命とも呼ばれる日産自動車の改革の特徴は、業務改善の手法をV-upに
 集約して、各現場には、もっぱら課題形成にのみ注力させていることにある。
 業務改善では手法の優劣を競うことが多いものの、実際には大差がなく、
 時間と労力の無駄になりがちである。
 V-upに集約することで、この無駄を省く。
 また課題形成には自部署のみならず他の組織の要員が
 CFT(クロス・ファンクショナル・チーム)として参画する。
 これにより、その組織の過去の経緯などの「しがらみ」を離れて課題を客観的、
 多面的に形成できる。
 サーバントリーダーシップとはリーダーが一人とは限らない概念と理解するが、
 CFTなどは他人の課題において複数のサーバントリーダーがいるとも考えられる
 のではないか。
・センゲは、組織が意図的に危機を醸成して変革を促すことがあることに
 言及している。
 文脈から否定的な見方をしていると思うが、自分もこうした危機に追い立て
 られるような方法が良好とは思えない。
 そうでないとすれば、組織の成員の意識づけと正しい方向を見いだすことを
 どのように進めていくべきか。
 リーダーシップの本質の課題と認識する。

次回の読書会は、7月24日(金) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーでの開催を予定しています。
ピーター・M・センゲが本書に寄稿した「終わりに」の後半を会読します。
次回もまたセンゲを通してグリーンリーフの思想に迫っていきたいと思います。

第51回 読書会開催報告

第51回 読書会開催報告
日時:2015年5月22日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会では、本書の最終章である第11章「心の旅」を前回と今回の2回ともに章全体を通して会読しました。

この章は、グリーンリーフが米国の詩人であるロバート・フロストの「指示」という詩に基づいて、サーバントリーダーシップの概念を語るという内容です。
この詩は、1874年に生まれ1963年に没したフロストが1946年に完成させた作品であり、彼の他の作品同様、米北部ニューイングランドの自然に培われつつ、自らの魂の昇華のあり方を顧みる詩です。

グリーンリーフがフロスト本人に詩の意味を問いかけたところ、フロストから「何度でも繰り返し読んでみてください。
詩の方から訴えかけてきますよ」との答を得るとともに、フロスト自身が詩を朗読してくれたそうです。
グリーンリーフにとって、それは「(前略)とても印象に残る読み方で、何が重要なことなのか、彼がどんなことを感じているのかがよくわかった」瞬間でした。
ヘルマン・ヘッセの「東方巡礼」(注)からサーバントリーダーシップのヒントを得たグリーンリーフにとって、この詩からも、リーダーシップの本質に関する多くの示唆を得たものと思われます。
(注)グリーンリーフはヘルマン・ヘッセの「東方巡礼」(高橋健二訳。日本ヘルマン・ヘッセ友の会研究会訳では「東方巡礼」(臨川書房))に触発されて、サーバントリーダーシップの概念を打ち立てた。本書第1章参照。
グリーンリーフはフロストの詩に込められた意味を読み解き、そしてリーダーシップの本質である硬質で純粋な世界を説いていきます。



フロストの詩、「指示」はつぎのように始まります。

もはや耐え難いものになった現状のすべてを離れて、
細部が忘れ去られ 単純化した時を遡ってゆくと、
日焼けしたり分解したり、風雨に晒された
墓地の大理石彫刻のように 崩壊した
もう家ではない家が そこにある、(後略)(飯田正志訳)


参加者による討議が手さぐりのように始まりました。

・多くの英雄の物語は旅に出て、自分が過去から保っていたものを失う一方で、
 新しいものを得るという構成になっている。
 その道は自らが発見して切り開いたものである。
 現代は、何かを得る How to ばかりが語られるが、他人の道は自分の道ではない。
 水の清らかさは、そこに行った人にしか得られない。
・旅ということばには、一度、日常の世界や価値観から離れるという意味を
 象徴しているように思う。
 離れる、失うことを経て新しいものを得られる。
・つい先日の実体験の話である。
 ある自分の友人は、昔は自分の感情をコントロールできなかった。
 その後、いろいろな経験を経て、今は大変厳しい状況にも冷静に対処して、
 その状況にある自分を客観視できていた。
 いろいろな経験の中で、何かを手放し、何かを得たのだろう。
 当時は想像もつかないことだったが、いろいろな経験を経ることで人は
 変われるということを実感した。



フロストの「指示」は、続きます。

(前略)内心道に迷わしてやろうとしか 思っていないようなある案内人に
指示させるなら、そこを通る路は かつて
石切り場でも あったように思えようが――
そこの路、昔の街が覆い隠すようなふりなど とっくに
なくしてしまった 巨大な一枚岩の膝の部分なんだ。(後略)


・「内心道に迷わせてやろうとしか思っていないようなある案内人」について、
 グリーンリーフがイエス・キリストをその代表例に挙げている。
 キリスト教批判のようにすら読める。
 この記述を欧米でもキリスト教批判と解釈する人がいるのではないだろうか。
・イエス・キリストの人々の話が、内側にいる人にはよくわかる話で、
 外側の人にはたとえ話として聞こえた、という説明に空海の密教にも
 通じるものを感じる。
 悟りは仏と自分が一致することで得られるが、密教では
 「身(しん)、口(く)、意(い)」と表される三密の修行によって得られる
 とされている。
 密教に対峙する概念である顕教では、言語を通じた理解を求める。
 いわばティーチングである。
 身口意は、相手、すなわち修行者から引き出す、いわばコーチングである。
・キャリア・カウンセリングでは、相談者から「思い」を引き出さないといけない。
 宗教も同様の役割を持っていると思う。
・日本では古来、剱岳の修験者などが多くいたが、言語を媒介にしない悟り
 というものが当然であった。
 経典なども部分的にサンスクリット語の音をそのまま当てはめて受け入れている。
 言葉による理解を超えた理解が得られる世界である。
・「宇宙との一体化」という考え方も「宇宙が自分と一体化する」のと
 「自分が宇宙と一体化する」のでは、ずいぶんと意味が異なるように思う。
 宇宙を主語として自分を空(くう)に、すなわち客体化して一致できるか
 どうか、だ。
・宮大工の西岡常一が作った寺社は、1000年保つといわれている。
 彼自身は、1000年の間、土と一緒にあったものは、切り離しても1000年保つ
 と説いている。
 これは彼自身が1000年前のことを、無意識の内に知覚することができるからだろう。



フロストの詩は、読み手ひとりひとりに、自立と確信の重要性を訴えかけてきます。

今までに 君が迷った挙句 やっと自分の路を見つけたなら、
自分の後ろに梯子路を引っ張り込んで
私以外には、全ての人に「通行止め」の札を出すことだ。(後略)


・禅は型に厳しいが、それは形を模倣することが目的ではなく、それぞれの所作を
 見つけることに本当の目的がある。
 ほんものの所作にはその人の確信が込められている。
 フロストの詩はこのことに通じるものがある。
・日本の企業社会は、ビジネスの名を借りて、働く人を自分の都合の良いように
 洗脳している面がある。
 一人一人が思想に確信を持ち自信を持って行動することとは真逆のものに
 なっている。
・現代は自分の利益確保に熱心で、ときに名声すらも「買う」ことで得よう
 とする動きがある。利益も自分の尺度で測っていない。
・宗教の本質は捨てることにあり、この行動がリーダーシップの源泉であると思う。
 サーバントは目前の利益を自分に向けることはない。
 より高次のレイヤーで人を導くことを考えている。
・サーバントリーダーシップは広い意味でのライフラインを守ることを誇りとする
 リーダーシップであるように思う。
・レジリエンスという言葉が一般化してきたが、変化できることの強さも
 リーダーシップの重要な要素である。
 その背後に確信があって、ここは不変であることが前提になる。

ロバート・フロストの「指示」という詩と、グリーンリーフがその詩から受けたインスピレーションとメッセージに迫ろうと参加者はそれぞれが何度も読み返し、自問した結果を参加者同士の議論に委ねていきました。

次回の読書会は、6月26日(金) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーでの開催を予定しています。
グリーンリーフによる「追記」と「学習する組織」などの著書で知られるピーター・M・センゲが本書に寄稿した「終わりに」の前半を会読します。
センゲが読み解くグリーンリーフからいろいろな示唆を得られることを期待しています。

第50回 読書会開催報告

第50回 読書会開催報告
日時:2015年4月24日(金)19:00~21:00
場所:新レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、今回から、いよいよ最終、第11章「心の旅」の会読に入ります。

この章で、グリーンリーフは米国の詩人、ロバート・フロストの若干の思い出と、彼の「指示」という詩を引用して、グリーンリーフが考えるサーバントリーダーシップの本質を語っています。
この詩は、1874年に生まれ1963年に没したフロストが1946年、70歳を過ぎて完成させて作品です。
彼の他の作品同様、米北部ニューイングランドの自然に培われつつ、自らの魂の昇華のあり方を顧みる詩です。

グリーンリーフはフロスト本人に詩の意味を問いかけたところ、フロストから「何度でも繰り返し読んでみてください。
詩の方から訴えかけてきますよ」との答を得るとともに、フロスト自身によって詩を読んでくれたそうです。
グリーンリーフにとって、それは「(前略)とても印象に残る読み方で、何が重要なことなのか、彼がどんなことを感じているのかがよくわかった」瞬間でした。



グリーンリーフは次のように語ります。
「この詩を繰り返し読んで、どんなことを思い浮かべるかは人それぞれだ。自分が準備段階にある何かや、受け入れ態勢が整っている何かを思い浮かべたりするのだろう。」
「気づきは、何か重要で心をかき乱されるようなものが自分とその象徴との間で発達するままに任せ、求めることによってではなく、じっと待つことによって現れてくる。」
「象徴の力は、意義深い新たな意味の流れをいかに継続できるかによって測られる」
そして、
「人はみな障害にぶつかりながら成長していく。新しく開かれた道は、仲間の探訪者が残してくれた記述の中に見つかるかもしれない。こうした共有の精神から、「指示」を読んで私が考えたことを述べてみたい」とグリーンリーフはフロストの詩に込められた意味を読み解いていきました。

最初に読書会の参加者一同でこの章を通読したときは、参加者に疑問やとまどいの表情がありました。
詩も解説も難解なものですが、この険しい道に挑戦しつつ、解読後の意見交換に入ります。

・難解な詩である。何かを探すプロセスを描いたように思えるが、「指示」という
 タイトルをつけた意図がまだわからない。
 何等かの象徴であろうか。
・今、解読した結果で感じたことと、後日、読み返したところで異なる感想に
 なりそうだ。
 だからこそ、詩に「指示」という表題がついているのかもしれない。
 リーダーが持つ「つらさ」の一面なのか。
・グリーンリーフの主張も全体的にちょっと理解できない点がある。
 サーバントリーダーという役割、あるいは広くリーダーシップというのは
 集団の中での営みであり機能だと思うが、この論文では個人がその個人の中に
 入っていく精神活動を勧めている。
 どういうことだろうか。
・米国の神話学者であるジョセフ・キャンベル(注)は、多くの神話の中で、英雄は
 非日常の世界に旅立ち、その世界でのイニシエーション
 (成員として認められること)を経て、元の世界に戻るという構造を示しているが、
 この詩はそれと同じ型をもつようにも思われる。
(注)1904-1987年。著書に「千の顔を持つ英雄」(訳書、人文書院)、「神の仮面」(訳書、青土社)など。

フロストの「指示」という詩は、読み手を荒涼とした世界に誘い込むように始まります。

もはや耐え難いものになった現状のすべてを離れて、
細部が忘れ去られ
単純化した時を遡ってゆくと、
日焼けしたり分解したり、風雨に晒された
墓地の大理石彫刻のように 崩壊した
もう家ではない家が そこにある、(後略)
(飯田正志訳)


・詩の冒頭の「耐え難い現場」に、現実の世の中の本質が劣化していること、われわれが
 現在はフィクションの世界の上に立っていることを示しているように思われる。
 「内心迷わしてやろうと思っている案内人」が登場するのは、自分の中にある
 ダークな部分を明らかにしたということではないだろうか。
・「気づき(アウェアネス)」と「象徴」が合わせ鏡のように重要なことばとなっている。
 ラスコー壁画は、それを描いた先人が宇宙と結びつくという感覚に気づき、
 絵は原始的な宗教心の象徴としている。
 これらの意味は重そうだ。
・宇宙に結びつくということについて、単に、人と宇宙が接触するような合わせ方を
 意味していないだろう。
 接触面を合わせるという結合の概念を超えたところでの両者のリンクを意味している
 と思う。
 中村天風(注1)が「心身の統一」を提唱し、前述のジョセフ・キャンベルは
 生きづらい環境の中での変化が人を高みに到達させる道であると説いた。
 宮大工として有名な西岡常一(つねかず)氏(注2)の千年は保つといわれた
 奈良の寺院再建に注いだ超人的な技術の体得もそうした経験から得られたもので
 あろう。
 それらの偉大な先人には、あるがままを受け入れる「達観」がある。
(注1)思想家、日本初のヨガ行者。1876-1968年。著書に「運命を拓く」(講談社文庫)、「君に成功を贈る」(日本経営合理化協会出版局)など。
(注2)宮大工。法隆寺の修復や薬師寺金堂の再建を手がける。著書に「木に学べ」(新潮文庫)など。



フロストの「指示」は何者かを象徴するように続きます。

(前略)内心道に迷わしてやろうとしか 思っていないようなある案内人に
指示させるなら、そこを通る路は かつて
石切り場でも あったように思えようが――
そこの路、昔の街が覆い隠すようなふりなど とっくに/なくしてしまった
巨大な一枚岩の膝の部分なんだ。(中略)
今までに 君が迷った挙句 やっと自分の路を見つけたなら、
自分の後ろに梯子路を引っ張り込んで
私以外には、全ての人に「通行止め」の札を出すことだ。(後略)


・詩の中盤から後半にかけてであるが、家を儚い(はかない)ものの象徴として、一方で、
 永遠の象徴として水や小川を対比させている。
 小川には崇高なイメージがあり、一方で振り返るとくだらないものがあるが、その中に
 真実が隠されている。
・フロストの詩とこれを解説するグリーンリーフは、ともに周囲に安易に影響されない
 強い自立を求めている。
 4月に入り、会社には新卒を含む新人が多数入社した。
 会社は入社式の訓示で彼ら彼女らにそれぞれの自立を求めながら、職場では
 「空気を読め」という二重規範を押しつけている。
 自分等もそうだったかもしれない。
 彼らはこれからどうやって折り合いをつけていくのだろうか。
・巷には多くのビジネス書が氾濫している。
 かつてそこに書かれた多くのことを試してみたが、全然うまくいかなかった。
 安易な他人の物まねではだめだと理解した。
 今は古典に真髄を見出すように心がけている。
・多くのビジネス書ではリーダーシップについて人間関係のあり方に限定している。
 特に他人を承認すること、自分がいかに承認されることが説かれていることが多い。
 グリーンリーフにおけるリーダーシップは単にそこにとどまらず、「真実」の追求という
 意味が込められている。
 真のリーダーは、安易に周囲の承認を求めない、あるいは承認されることを目的としない
 ということを説いているように思う。
・他人が通った道は自分の道ではない。
 個人の経験をすべての他人に当てはめようとすることも間違い。
 過去の多くの偉大な経営者のように、肝の据わった自分自身の人生観、死生観を
 持ちたいと思う。
 自分は、西行の「願わくは花の下にて春死なむ、その如月(きさらぎ)の望月の
 ころ(注)」という歌に込められた彼の死生観にひかれている。
(注)西行の家集(王朝和歌における個人の歌集)である「山家集」に収録。西行の死の10年ほど前の作品と言われている。



ロバート・フロストの「指示」という詩と、グリーンリーフがその詩から受けたインスピレーションとメッセージに迫ろうと参加者はそれぞれが何度も読み返し、自問した結果を参加者同士の議論に委ねていきました。
次回の読書会は、再度、第11章「心の旅」の会読を行います。
新しい参加者の意見とともに、今回参加した方から深化した意見を頂けるように期待しています。
5月22日(金) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーでの開催を予定しています。

第49回 読書会開催報告

第49回 読書会開催報告
日時:2015年3月27日(金)19:00~21:00
場所:新レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、今回、第10章「アメリカと世界のリーダーシップ」を会読しました。
1976年1月にグリーンリーフがリーダーシップ開発に関する国際シンポジウムの場で、参加者からアメリカ人の傲慢さを指摘されたことに対して、その回答として行った演説です。

「アフリカ人の友人に言われたことがあります。アメリカ人は傲慢だと。傷つく言葉です-しかし、そう非難されるのも分からなくはありません。」と聴衆にとって、おそらく相当に重いと思われる言葉で講演は、始まりました。
「私が思うに、アメリカ人の傲慢さはその絶大な権力という事実に起因するのでしょう」と話を続けて、「文明はまだ発展の途上」であるり「強力でありながら謙虚な姿勢を失わない状態には達していない(後略)」と問題提起していきます。
「今回の会合で、マルタ共和国のベンジャミン・トナ神父から、強者が持つ謙虚さ」を学んだグリーンリーフは、この強者が持つ謙虚さを「弱者に学び、弱者の持つ才能を喜んで受け入れる能力によって確かめられる」と説きました。



このことを踏まえて、グリーンリーフは、講演の10数年前のインドでの体験を語ります。
1947年のインド独立後に英国の学校をモデルにした経営大学の方針は、インド社会になじむことができず、そのことから米国のある財団は技術支援と多額の資金提供の要求を受けました。
グリーンリーフはその学校にインド発展のための新たな教育課程を設ける支援を求められたのです。
グリーンリーフは1960年代半ばに乞われてその財団のスタッフとなり、訪問したインドでは専門家として高い待遇を受けることで、自身が傲慢になる危うさを感じつつも、的確な仕事によって新しい教育課程の制定を行いました。

1970年、グリーンリーフは彼の最後のインド訪問で、同国が独自の価値観と方法で国を発展させようとすることを発見し、その方法に対するアドバーザーの必要を感じつつも、そのことに気がつくのが遅かった、と悟りました。
ガンジーとネルー、インドの独立と独立インドの初期に国を支えた二人も、それぞれが描いたインドの未来像は異なりました。
そのことも一因となって、インドへの支援のあり方について、正しい方向を見いだせなかったのです。
アメリカのインドへの長年にわたる支援に対して、グリーンリーフは「たまたま資金があるからといって、一方的に支援を提供していればそれでいい、などと考えるのは思い上がりにもほどがある。」「彼らの学習に貢献したように、われわれの人材をもっと有効活用して、インドの人々からも学ぶべきだ。」と自らの報告書に書きました。

彼はメリモン・カニンガム博士の「提供という行為は、モラルに反する危険性を秘めている」と彼の報告書に記載しています。
メリモン・カニンガム教授の「提供という行為は、モラルに反する危険性を占めている」という警句を引きつつ「提供という行為の危険性は、行為者がそれを美徳だと思い込むこと、つまりその仕事が美徳だと思い込むことにあり、これには不道徳な考え方も幾つか付随する。比較的単純な動機から力になりたいと思うことと、支援者になりたいという欲望は似て非なるものである。」「支援者として名を売りたい、あれこれと指図したい、支持したい、父親風を吹かせたい、人を巧みに操りたいと考えてしまう」と訴えます。
アメリカは大規模な支援を背景に影響力が強い国であることを自覚すべきとしながら、「心を開き、相手が何者であろうと、その人の資質を受け入れる準備ができていない限り、安全に何かを提供できない」として、支援を受ける者が謙虚な気持ちを抱くことの難しさと、支援するものが簡単に傲慢担ってしまうことの危険性を説きます。



「アメリカという(中略)、絶大な影響力を持った国家におけるリーダーシップの重要な要素は、(中略)、支援する側にいるものを動かす能力で(中略)援助の手を差し伸べることや、与えられたものを喜んで受け入れること、そして、条件に恵まれない者の費用を負担」することとして、この公園を次の言葉で締めくくっています。
「現代社会においては、とくに権力のある者にとっては、少なくともそれが救いの道です。支援することを通じて支援してもらうこと?なかなか容易な道ではありません」
講演録を一気に会読して、参加者の議論が始まりました。

・本文中に使徒言行録をはじめとして聖書の引用がある。その教えや
 「覆面のサンタクロース」と呼ばれたラリー・スチュアート(注)の
 行動などからも、「謙遜」が到達点なのだと実感した。
 本書(金井真弓訳)では「謙虚」となっているが、虚しいという言葉が使われる
 謙虚よりも、譲るという意味の遜という文字を使った謙遜がじっくりくる。
 全てのものは神様からの預かり物であり、これを神様に返すということ。
 私心をもたずに相手を敬う気持ちがあることが大切だ。
 (注)米国の慈善活動家(1948-2007)、生涯の匿名での寄付金が130万ドル
 (現在の為替で、約1.5億円)
・受け取る側の謙虚な気持ちも重要。提供者も受け手も中道の道が求められるが、
 なかなか実現しない。
 現代の中東やアフリカでの米国を中心とする西側諸国の支援は、
 逆に反感を買ってしまい、昨日の味方は今日の敵、今日の味方は明日の敵、
 となっている感がある。
 自らの誤りを認めることができない弊害があるように思う。
・自分は、現在、個人を支援する仕事に従事している。
 周囲を見渡すと、相談のテーブルを挟んで、支援する側は傲慢になりがち、
 支援を受ける側は支援慣れして自立のために与えられた資金を無駄遣いして
 スポイルされている、と感じている。
・「自立と共生」が求められる社会に、意図と異なり「甘えと依存」が
 充満してしまっている。
 「依存」から「自立」に向けて何が必要になってくるのか。支援を受ける側の
 姿勢も厳しく問われそうだ。
・寄付について、日本では「与える/与えられる」という一方的な関係に見られがち
 であるが、 欧米では、寄付を求める側が寄付する側に的確に働きかけて
 「ハートを射抜く」ことが必要、という双方向の関係の中で行われている。



・カトリック系児童介護施設で、園長が「入園している被虐待児に親の育児放棄や
 ネグレクトにより、乳幼児期に親に十分に甘えられず、依存できなかったことが
 心の傷となっている子供が多い。
 やみくもに自立を求めず、まず職員に甘えることを許容するように」と
 指示した話を聞いた。
 自立が最善と思っていた職員は、少なからず驚いたという。
・社会の中における個人には、自分に対する適度の「自信」と
 「安心、安全の場」が存在することが健全な活動の源泉になる。
 国家にもあてはまるのかもしれない。
・その意味では、支援者が支援することに満足してしまい、「支援を受ける側が
 どの段階にあるか」ということを支援者が考慮しないことに問題がありそうだ。

・本文中に第二次大戦後にインドに設立された経営大学院がうまく機能しない
 という話が出てきた。
 自立的運営に行き詰まるという話に、自分が関わる仕事でも後進に
 マニュアルは与えたが、後進が自分で考える習慣が身につける機会を
 与えていなかった、という反省がある。
 第二次大戦後のインドで、ネルーとガンジーの政治的対立をはじめとして
 多くの社会的な動きや要素がある中で、ただ漫然と支援を続けていたことに
 問題がありそうだ。
・自立のきっかけを与えるための短期間の支援であれば、良かったように思う。
・聖書を読むときも同様であるが、その時代の目で物事を見ることが重要だ。
 講演が行われたのは1976年、同時のアメリカの世界における影響力を
 念頭に置いて、この章のタイトルでもある「アメリカと世界のリーダーシップ」を
 考えていかないといけない。

・サーバントリーダーシップは、世間が一般に理解していることを倒立させた
 概念であると思う。
 従来の考え方であれば、リーダーシップとは支援される者を動かすこと、
 サーバントリーダーシップは支援するものを動かすもの。
・さらに周囲を「意識させずに自然に動かす」のも重要だ。
 「解答」は相手の中にありそれを引き出していく。
 ものごとを上下関係の立ち位置で見ていては、解答を引き出せない。

比較的短く、読みやすそうに思えましたが、その内容を読み解くのにそれぞれ悪戦苦闘し、議論も活発に行われた章でした。
次はいよいよ本書の最終章である第11章「心の旅」に入ります。
次回の読書会は4月24日(金) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第48回 読書会開催報告

第48回 読書会開催報告
日時:2015年2月27日(金)19:00~21:00
場所:新レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、前回から第9章「官僚主義社会におけるサーバントとしての責任」を会読しています。
1966年、レッズランド大学での集会演説でのグリーンリーフの講演です。今回は、その後半を会読しました。



グリーンリーフは学生に「若いうちに、生き方を確立してください。最適な結果をもたらす前兆となる生き方を。若いうちでなければ、手に入れることは難しいでしょう。もちろん、若くなければ無理だと言うつもりはないですが、容易なことではありません」と訴えかけ、「生き方について考える一つの指針」として、次の五つの言葉を紹介しています。

「美」、グリーンリーフはシェークスピアなどの美の定義を引用しつつ、ここでいう美にふさわしいものとして「数学的な解法で未知なることを理解し、新しい洞察がひらめいて人間の知識が向上するとき、それは美しいと言われます。」と述べます。
さらに、人としての生き方を確立することで「‘計り知れぬ、謎に満ちた自然の意図’に触れることができる」とベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番(嬰ハ短調、作品131)が持つ時代を超越した曲想と調性の展開を例として「美」の意味するところを訴えました。

「即時性」、これについては「社会を変革し、美徳と正義、自分自身の信念に従って世界をより良くする義務があると感じている人間はもっぱら、‘今日こそ!’という姿勢をとっています。」と聴衆である大学生、すなわち若者にチャンスをつかむ少数の人の心得を伝えています。
「どんな瞬間も永遠性が内包されています。(中略)‘今’という瞬間に目を向けるべき」と、人生において躊躇することを回避するように訴えました。

「開放性」、ここでは「聞けば知恵、話せば後悔」というイタリアの諺を引きつつ、「聞くというのは姿勢、他人が話すことや伝えようとしていることに対する姿勢のこと」であり、「(他者に)心から関心を寄せる」ことの重要性を説いています。

「ユーモア」、グリーンリーフは「どうやったらわれわれは、この世の中を作り変える機会に対応できるようになるでしょうか」という自問に対して、「自分自身が愚かで中途半端な生き物だと思った時に、ユーモアと呼ぶ、穏やかな内なる微笑みがあれば可能でしょう。」と回答し、若者たちに生きるヒントを与えました。

「忍耐」、この言葉には「心に平静さを持ちながら、苦しみに耐える能力」というオーソドックスな意味からロバート・フロストの詩を引用しつつ説明を加えています。
そして「究極の悩みは、他人の苦しみを通じて苦しむことです」と、共感の重要性を訴えています。

グリーンリーフが示す5つの言葉を読んで、参加者による議論が始まりました。

・他者の話に心から関心を寄せることはとても難しい。
 家族との会話でも、相手の意図が話の内容ではなく、文脈というか話の「行間」に
 本意があって、それを理解できずにコミュニケーションが成立しないことがある。
・メラビアンの法則(注)は、情報の受け手側の差異の比率のことであるが、情報を
 発信する側のいろいろなシグナルをバランス良く受け止めないといけない。
(注)米国心理学者メラビアンの調査。情報の受け手の認識は、視覚から55%、
   聴覚から38%、言語(内容)から7%という比率である、というもの。



・会話だけではなく、読むことにおいても同様の難しさがある。
 書き手の意図をきちんと受け止めていられるのかどうか、自信を持てないことも多い。
・医療の分野では、過去は医師の主観でカルテをとっていたが、現在は
 「患者が語ることをそのまま聴く」というスタイルに変わり、教育もそのように
 行われている。
 言うは易いが大変に難しいことである。
・オープンコミュニケーションで、相手の中に入っていくことが重要。
 自分からコミュニケーションをとるときは、相手の心への「ノック」の仕方が
 大切である。
・生徒や部下、後輩の指導においては、詳細に進む道を用意しすぎると逆効果に
 なることもある。
 教えすぎないことが肝要と思う。教えるということについて、教える側の自己満足が
 目的となったり、評価の基準になったりしているケースが多い。
・吉田松陰が牢の中で、収監された者同士で得意な分野について教え合ったという故事は、
 牢獄の中に適当な教材がなかったことも要因だろうが、教育と学習というものの本質を
 ついていると思う。
 一橋大学の野中郁次郎先生が「場」を作るということを提唱されている。
 この「場」という言葉に対応する外国語、例えば英語の単語ないということだが、
 それはともかくとして、場を作るということはサーバントリーダーの一つの
 要件であるように思う。

グリーンリーフは、前記の5つの言葉を「内なる優雅さに根を張った生き方」にとって不可欠であるとしています。
彼は学生に対して「人生で何かを得る以上に、何かに貢献」する人生が価値あるものであると定義しつつ、官僚主義的な社会において「規律を意識しつつ、成熟した人間らしい人生で反官僚主義的な影響力としててきせつに機能する生き方を築いていく」ように、と説いています。

さらに「建設的な活動の中心には必ず、責任感のある人物が存在し、(中略)現実の問題に取り組みます」としつつも「残念ながら、家庭生活から社会生活にいたるあらゆる場面でこうした人材が不足しています。
有能な人材は豊富ですが、批評しかできず、ただの専門家にすぎない」と彼が当時(1966年)の米国やそれを取り巻く世界に抱いていた危機感を表明しました。
この視点は現代米国の最高の知性と良心を代表すると言われるケネディ政権下の教育タスクフォースメンバーであるジョン・ガードナーと一緒です。
グリーンリーフはそうした社会の改革に向けて聴衆を鼓舞していきます。
若い聴衆がそれを実現できるように「美に対する感性」「ユーモア」「心の平静」の育成と習得を唱え、さらに加えて、ニコス・カザンザキスの言葉を引用して、自らの強い信念をもって美徳と正義に従って社会の変革に向かうように若者を促しました。
その道筋で達成する偉業こそ、庭先で目に留まる一角獣であるとして、「明日の朝、一日を迎えるとき、一角獣を探してみてはいかがでしょうか」と語って講演を結びました。



グリーンリーフの熱気の余韻さめやらぬ中、参加者の意見も熱く交わされます。

・ギリシャ神話に基づいた名称であるが、時間には「クロノス時間」と
 「カイロス時間」の2種類がある。
 前者は時計が刻む時間の流れを、後者はさまざまな営みの中で認識する時の流れを
 意味する。
 グリーンリーフが「今を積み重ねた移動平均」と言っているのは、カイロス時間の
 ことだと思う。
・グリーンリーフが大切にするようにと訴えている「今」は、「未来」との対峙した
 「現在」であると思う。
・学生たちへのメッセージだけで「ユーモアを持つ」ことを推奨しているのも面白い。
 人間は自己のことは正当化して高く自己評価しがちで、自分が劣っていることを
 認めるのが苦痛である。
 自己を評価するのにユーモアを持って、「劣っている自分」も許して受け入れる
 ことを勧めているように思われる。
・産業カウンセリングの基本は傾聴にあるが、米国のカウンセリングの大家である
 カール・ロジャースは「自らの内面に入らなければ、他人のことを傾聴できない」
 としている。
・官僚主義に抗うように学生に主張しているが、ある意味でとても壮大な提言である。
 古代中国以来の科挙制度の官僚制にせよ、近代欧米の官僚制度にせよ、批判精神が
 欠如して柔軟性と健全性を喪失することが多いことが官僚主義の欠点でもある。
・この講演は1960年代の米国で行われているが、同時代の米国では、たとえば
 国防長官のロバート・マクナマラの下で硬直した軍事・国防政策が展開され、
 世界一の大国である米国が東南アジアの小国であるベトナム(北ベトナム)に
 ついに一敗地にまみれる結果となった。
・ロバート・マクナマラは、当時の米国でもっとも優秀と言われた分析能力を持ち、
 彼の理論はオペレーションリサーチ(OR)として広まっている。
 そこまでの秀才をもってして、思考が硬直化していった。
 その過程には、自己の高い能力と強いリーダーシップを過信し、周囲には分析に
 必要なデータのみを求め、他者による分析の結果の意見は受け付けなかったそうだ。
 常に多忙で、周囲と対等に話をする時間もなかったらしい。
 効率を突き詰めた結果であるが、一つのリーダーシップだけで動くと方向の修正が
 効かないことがわかる。
・組織の上に立つ者の心得は、唐の時代の「貞観政要」(注)以来、傾聴と需要
 ということが訴えられているが、長い時間をかけても実現しないということらしい。
(注)7世紀半ばに「貞観の治」と呼ばれる善政を行った、唐の太宗の言行を呉兢が
   まとめたもの。帝王学の基礎と言われている。
・日本には日本の良さ、米国井は米国の良さがある。
 現実主義、実用主義の徹底ということでは米国に一日の長がある。
 人生の道、未来への方向を明確に示しているこの章、あるいは本書を通じて、
 そうした米国の良さを感じることが多い。

今回をもって、第9章「官僚主義社会におけるサーバントとしての責任」を終えました。
次回は第10章「アメリカと世界のリーダーシップ」の全文を会読します。
次回の読書会は3月27日(金) 19:00~21:00 新レアリゼアカデミーで開催予定です。

第7回 近代の優れたリーダーに学ぶSL研究会 開催報告

第7回 近代の優れたリーダーに学ぶSL研究会 開催報告
日時:2015年2月23日(月)19:00~21:15
場所:レアリゼアカデミー

今回は新渡戸稲造シリーズの第二弾として「新渡戸稲造に影響力を与えたリーダー達、新渡戸稲造から影響力を受けたリーダー達」計10名を取り上げました。
そしてその影響力・感化力の源泉の中に見られる、サーバントリーダーシップの要素を研究する機会を持ちました。



まず新渡戸に影響を与えた人物として札幌農学校初代教頭のウィリアム・クラーク博士が挙げられます。
わずか8ヶ月の滞在期間に聖書に基づく道徳教育・幅広いリベラルアーツ教育・日常生活を通して、クラーク博士が学生達に与えた感化は直接指導にあたった第一期生のみにとどまらず、新渡戸ら二期生にも計り知れない程大きな影響を与えました。
入学早々に第一期生から「イエスを信ずる者の誓約」に署名を求められ、翌年には洗礼を受けた新渡戸でしたが、その後煩悶の日々を送る中で、イギリスの思想家トーマス・カーライルの著書『衣服哲学』に出会い、心の安らぎを得ることができました。
この『衣服哲学』は彼の生涯に亘る愛読書となりましたが、この本の中でカーライルは、クエーカー(キリスト教の一派)の創始者ジョージ・フォックスを心から賞賛しています。
フォックスは、全ての人の心に「内なる光(神の種)」が宿っているという信仰に立っていますが、このフォックスとの出会いは新渡戸にとって決定的なものになりました。
1884年にアメリカに留学した新渡戸は、翌々年に日本人クエーカーの第一号となりました。

また影響力を与え合った二期生の親友に内村鑑三がいます。
彼も新渡戸と同時期に(クラーク博士が卒業した)アマースト大学で学びました。
1906年に旧制第一高等学校の校長に就任した新渡戸は倫理講義を行い、科外講義では「衣服哲学」や「リンカーン伝」などの講義を行い一高生は新渡戸に心酔していくようになりました。
また別途に「読書会」も開かれるようになり、メンバーたちはキリスト教にも関心を示すようになりました。
新渡戸は一高ではキリスト教の講義はせず、その代わり読書会のメンバーを、聖書の研究に専念していた内村鑑三のところを紹介しました。
内村の門を叩いた20数名の一高生は内村から計り知れない程の大きな感化を受け、後の日本の教育界に大きな影響を及ぼす人材を輩出することになりました。



その中に、戦後初の東大総長である南原繁、南原に続いて東大総長を務めた矢内原忠雄がいました。
南原は新渡戸先生から「Not to do, but to be」⇒「何をなす」の前に、「何であらねばならぬか」を考える、まずは今日の一番近い義務を果たすことの大切さ、を学んだと言いました。
また矢内原は新渡戸に「先生の信仰と内村先生の信仰とではどこが違うのでしょうか」と尋ねた時、新渡戸は「内村君の信仰は正門から入った信仰だ(オーソドックスな福音主義の信仰)。私の信仰は横の門から入った信仰だ。横の門というのは悲しみ(悲しむ者と共に悲しむ)ということだ」と答えました。
また矢内原は「内村先生から“神”を学び、新渡戸先生から“人”を学んだ」と言いました。

その他に、新渡戸が敬愛していたアブラハム・リンカーン、東京医療生活協同組合中野総合病院設立のために協働した賀川豊彦、元台湾総督で「武士道解題」の著者でもある李登輝を紹介しました。
そして新渡戸から影響を受けた最後の人物として、元資生堂社長の池田守男氏を紹介しました。
池田氏は資生堂入社後「生涯一秘書」として「サービス・アンド・サクリファイス」(奉仕と献身)を信条として歴代の社長に仕えてきました。
2001年に当時の会長と社長から「次の社長を君に任せたい」と指名を受けた時、「少し考えさせていただきたい」と答え、その場を外しました。
しばらくして「Be just and fear not」(正しくあれ、恐れるな)の新渡戸稲造の言葉が頭をよぎり、「これは天命なのだ。よし、引き受けようじゃないか」と腹が固まったと言います。
そう決心すると、社長という役割がこれまでとは違うイメージで捉えられるようになりました。
そして店頭基点の「逆ピラミッド型組織」の発想で一番下から社員たちを支えるサーバントとしての役割に徹しました。



参考図書として、クエーカー教徒であったロバート・K・グリーンリーフの著書「サーバント リーダーシップ」から「道徳的権限(Moral Authority)」についても学びました。
道徳的権限又は良心とはサーバントリーダーシップの別名でもあり、その本質は「犠牲」で、それは「自分自身や自分のエゴを犠牲にしてまでも、より高い目的や大義・原理を目指すこと」であることも理解できました。

この研究会を通して見えてきたのは、新渡戸は「サーバントリーダーの10の特徴」の一つである深い「共感」ができる人であり、悲しみを共に負い、泣くものと共に泣くことが出来る人であるということでした。
そして影響力・感化力はどこから生まれるのか、他者に対して喜んで犠牲を払える源泉は何なのか、についても話し合いの時が持たれ「犠牲を伴った愛に触れる体験」から来るのではないかという推察に及びました。

次回は8月3日を予定しています。

第7回実践リーダー研究会 開催報告

第7回実践リーダー研究会 開催報告
日時:2015年1月15日(木)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

「第7回実践リーダー研究会」を開催致しました。
ゲスト:株式会社ブロックスの西川敬一(にしかわ けいいち)氏

西川氏は日本全国の素晴らしい経営や取り組みをしている企業を取材したドキュメンタリー映像のDOIT!シリーズの編集長です。
今回、多くの素晴らしい企業や経営者を取材してきた西川氏に、どのような想いでDOIT!シリーズを作ってきたか、優れた経営者の共通点などを伺いました。



西川氏は96本の映像を撮ってきましたが、ご自身が顧客として感動しないと取材しないそうです。
その基準の一つは、CS(顧客満足)が高い会社です。
例えば、スーパーであれば、「○○という塩はありますか?」と珍しい商品があるかを尋ねます。
大体はそこで、「ありません」と答えます。
ときどき、一緒に探してくれるスーパーもあるそうです。
ただ、いい会社というのは、皆で大騒ぎして探してくれ、他社のスーパーにまで電話して聞いてくれるのだそうです。
そういう会社はお客さんをいつも見ているということなのですが、そんな会社は200社に1つあるかないかだそうです。
そして、経営者の出社前から張り込み、晩まで取材するそうです。「お客さんが選ぶ理由」を撮れるまで、対象を徹底的に取材するのです。

カメラは真実を映します。
見掛けはきれいでもバックヤードがぐちゃぐちゃだったり、後ろでおしゃべりしていたり、ということも分かってしまうのです。
成功について書かれた本は多いですが、未だに多くの人は成功について模索しています。
一方で、映像はインパクトが大きく、それを見て元気になったり、何かヒントになるとうれしいと西川氏は思っているそうです。



ところが、CSに取り組んでいるという会社でも、実はCSやらされ病の企業も多いと西川氏は言います。
会社がCSをやれと言うから、社員は嫌々「CSプログラム」をやっているというのです。
お客さんは、社員や店員のやる気や思いやりが見えるものです。
結局、いい会社はサービスがいいのではなく、スタッフのホスピタリティが溢れているのです。

また、いい会社はお客のためにとことんやるので激しく忙しいのですが、それでも社員はニコニコしているそうです。
なぜなら、その仕事が好きだからです。
多くの企業を見てきて、伸びていてもギラギラしている会社はいつかダメになり、働く人が幸せな会社、つまり働いている人の目がキラキラ輝いている会社こそ、伸び続けられるいい会社だと気づきました。

ここで、実際にDVD映像の抜粋を見ました。
「ヨリタ歯科クリニック」は、子どもが「行きたい」と思う歯医者で、様々な取り組みをしています。
ここでは、院長は口出しせず、現場に任せてくれるので、スタッフ皆がイキイキと働いていました。



「ネッツトヨタ南国」では、一度でも指示するとスタッフは上を見て働くようになるので、指示・命令をしないそうです。
皆が自分で考えて動き、多数決ではなく、徹底的に議論するのだそうです。

結局、従業員がイキイキと働くということは、ES(従業員満足)が高いからですが、そのESに影響を与えるのはCSだと西川氏はいいます。
つまり、お客様からの感謝(CS)があって初めて、従業員が金銭以外の報酬を受け取り、ESが高まるということなのです。

また、いい会社の中間管理職は存在感がない、ともおっしゃいます。
本人がサーバントであり、皆が嫌がることを率先してやるから、偉そうな雰囲気がないのだそうです。
しかも、いい会社のトップや管理職は、従業員に対して職場を「セーフティの場」(安心、安全な)にしているという特徴があるのです。

結局、いい会社は人間尊重の考えが徹底していると西川氏はくくりました。
西川氏ご自身も経営者として、社員がイキイキ働くことに真剣に取り組んでいらっしゃるそうです。
そこに伸び続けるいい会社の原点が見えた気がしました。

第47回読書会開催報告

第47回 読書会開催報告
日時:2015年1月23日(金)19:00~21:00
場所:新レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、新しい年を迎え、会場も新レアリゼアカデミーに変わったタイミングで、第9章「官僚主義社会におけるサーバントとしての責任」に入ります。
この章は、1966年、グリーンリーフがレッズランド大学での集会の演説です。
今回は、その前半を会読しました。



グリーンリーフは、米国の短編作家ジェームズ・サーバー(1894-1961)の「現代の寓話」(邦訳なし)から庭に一角獣を見たという夫婦の話を引用して、演説を始めました。
短編の寓話で聴衆を引きつけておいて、おもむろに「この寓話が伝える真意とイメージを交えながら「官僚社会における責任」という、非常に扱いにくいテーマについてお話ししたい〈後略〉」と本論に切り込んでいきます。
グリーンリーフは、責任という言葉を一旦は「社会的慣習に則った期待や因習的道徳に従うこと〈後略〉」と一般常識の定義を示しますが、すぐに、この演説における意味を聴衆に与えました。
「責任とは、自身が不安を抱えることから生まれるもの(である)〈後略〉」
そして、「不安を抱えることで内面が成長し、精神に平穏がもたらされ〈中略〉「私は自由だ」と心から言う(ことができる。) 外見と内面の成長は、〈中略〉責任感のある人間はその両方を備えてい(る)」と大学生が中心の聴衆に熱く語りました。
グリーンリーフは学生達に「居心地のいい、自分にぴったりの小さな落ち着き場所」ではなく、自らが動く有意義な世界に進むようにと訴え、聴衆である1966年当時の学生は自ら動く機会に恵まれており、グリーンリーフの世代が大学生であった1920年代半ばの学生よりも自覚をもっていることで、自分の人生を有意義にすることができる、と激励しています。
講演録を読みながらの参加者意見交換が始まりました。

・年を取ってくると自分にも若く必死になっていた時代があることを痛感する。
 身の回りで起きていることの大部分は、たいしたことではなかったが。
 一方で、最近、これからの日本を背負う若い人が元気を失っているように見える。
 この講演はそういう人たちへのエールとしても心に入ってきた。
・寓話は「つかみ」の話としても面白い。肉体の目に見えずとも心の目に見えたものに
 真実がある。
 肉体の目に見えるものは、個人のレベルで見えているに過ぎず、目に見える成功は
 個人レベルの成功に他ならない。
 見えないエネルギーに引かれて全体のエネルギーの源と繋がったときに心の目が
 開かれる。
・自分が関わったあるツアーに全盲の方が参加されたことがある。
 しかしながらその全盲の方が参加者の中で周囲の状況を一番よく把握されていた。
 なまじ肉体の目が見えることが、何かを邪魔するのではないだろうか。
・「ダイアローグ・イン・ザ・ダーク」を体験したことがある。
 参加者の視覚を使えない状態にして、いわば暗闇の中でさまざまな行動をする
 体験イベントであるが、これを経験してみて、見えることの安心感とその安心感に
 浸ったまま、多くのものを正視していないことを自覚した。
・マスコミやインターネットなどの玉石混交の雑多な情報は、それらがすべて見えて
 しまうために、かえって真実を掴めないことがある。心の目を開くということばに
 強く惹かれる。
・心の目とは自分の内側に神経を研ぎ澄まし思考を止めることで、心の鎖、肉体の鎖を
 断ち切ることで一体感覚で得られるものである。
・グリーンリーフが家族の中で「一角獣はいるかい」と問いかけているという
 エピソードは、まさに心の目で新しいものを見つけることができたか、という
 問いかけなのだろう。
・寓話の中で妻は夫の話を聞かず、かつ夫の嫌いな言葉を夫が起きたときに発して
 いる。
 自分が正しいと思い込み、その思い込みで行動しているという面がる。
 そこに「傾聴」が存在していない。
・お互いの話を聞いていないというのは家庭の中の家族関係でありがちな話。
 相手の話を聞かず、自分のことばに責任を取らない。
 家庭内での会話の状況で家族の関係を問うている寓話のように思う。



グリーンリーフの講演は、「(若い人たちが)自分の人生を見いだすために、「官僚主義的社会」と私が呼ぶことにした社会と、みなさんはどう関わっていくのでしょうか。どうすれば、官僚主義的社会で責任感を持って生きていけるのでしょうか。」という問いかけにつながります。
「官僚機構には〈中略〉杓子定規で形式主義的(で)、<組織>化されているすべてのものをダメにする〈後略〉。あらゆる組織が官僚主義になる〈中略〉。(わたしたちはその)弊害については見て見ぬ振りをしがち」と厳しく批判する中で、ひとつの解決事例として、第二バチカン公会議を挙げています。
第二バチカン公会議は、カトリックの最高権威である教皇ヨハネ23世が1962年に招集した公会議で、世界中から参加者を募り、東方教会(ギリシャ正教)を皮切りにキリスト教の他宗派、他の宗教との関係を対立から対話に変え、古い因習の要素が残っていたカトリックの典礼を刷新するなど、カトリックの近代化に貢献した会議です。
20世紀に入って何人かの教皇(ローマ法皇)が公会議の開催を検討していましたが、会議がまとまらないことを懸念した反対意見が多く、刷新の機会を逸したカトリック教会は、ただ古いだけの伝統の中に衰退の道を進むにと思われていました。
そこに単独で風穴を開けたのが、80歳を過ぎてから教皇となったヨハネ23世でした。
グリーンリーフは80歳を過ぎて積極的な活動を続けるヨハネ23世の若き日の蓄積に言及し、そのような精神の輝きを求めて「周囲の同僚や知り合いの若者たちに交じって、自分自身を見つめ直して下さい」と求めています。
そして社会が官僚主義化することは、ある程度必然との理解の上で「実際に行動に移す」ことの重要性を説きつつ、そこに向かう「みなさんの覚悟が見えてこない」、「今からでも自身の生き方を開拓する準備に取り掛からねばなりません」「四十歳になって権力と影響力のある地位に就いてから、意欲が買われ、実力が認められて、適切な生き方が確立するわけではないのです」と若者に檄を飛ばして激励しています。
そして「私は長年にわたり、実績のある、意欲にあふれた社会人を応援してきました。彼らは希望を与えてくれる自分たちの生き方を再構築したかったのです。最も必要とされるときに、それが手に入るように」と先達の志を受け継ぐことを求めました。
グリーンリーフの熱意に煽られるように、参加者の議論も熱を帯びます。



・まず、官僚制そのものがものごとの決定や推進を全てルールに則り、公平かつ迅速に
 処理する仕組みであるというプラス面を持つことを確認しておきたい。
 その上で「官僚的」「官僚主義」といったことが停滞的な意味と動議になって
 批判されることについて吟味していきたい。
 マックス・ウェーバー(1864-1920)は官僚制の良い面に目を向けており、社会学者の
 ロバート・キング・マートン(1910-2003)は否定的に捉えている。
・官僚主義ということばに、バランスを考慮したものごとの進め方、という意味を
 感じ、そこに居心地の良さや安全、安定を感じる人も多くいるだろう。
 若い人たちにもそうした世界に魅了されて安住し、その後、埋もれていってしまう
 ということも多い。
・行き過ぎた成果主義の結果として、また組織の行き着く先として、悪しき官僚主義が
 はびこることが多いように思う。
・組織が安定的になる一方で、時代が次々と変化することで、やがて組織が時代に
 不適合となってくる。
 実際にある官公庁で結論が予定調和する形式的な会議に参加したことがあり、
 人と意識しない運営に驚いたことがある。
 何をなすべきかを考えないといけない。
・京セラの稲盛和夫氏は「迷った時は人として正しいかどうかで判断せよ」と主張して
 いる。
 責任の重い話である、人としての正しい生き方の重要性を痛感させられる。
・組織の仕事はその割り当ての関係で「やらされるもの」であることが多いが、その
 仕事を自分の「文脈」で取り組むようにして、自分のやりたいことと重ね合わせる
 ようにしていくことが肝要だと思う。
・他人にルールを説くときは、その背景にまで触れるようにしたい。
・「導く」ということに焦点を当てた講演の方に思う。グリーンリーフが若者向けた
 発信力の強い講演であることを感じる。
・キリスト教の信徒の立場で、グリーンリーフの宗教観に興味を覚える。
 第二バチカン公会議での決定には他宗派として異見もある。
 なによりもカトリック教徒ではないクエーカーのグリーンリーフの独自の考えが
 興味を引く。
 さらに読み込んでいきたい。

グリーンリーフの熱い講演は、参加者に強いエネルギーを与えているようです。
続きでどのようなものを与えてくれるのでしょうか。
次回の読書会は2月27日(金) 19:00~21:00 新レアリゼアカデミーで開催予定です。

第46回 読書会開催報告

第46回 読書会開催報告
日時:2014年12月12日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会では、今年の7月から11月にかけて第8章「サーバント・リーダー」を会読してきました。
グリーンリーフが強い信頼を寄せたユダヤ教学者であり教育者のヨシュア・ヘシェルと、グリーンリーフがカールトン大学の学生として、そして長じてからも強い影響を受けた、同大学の学長ドナルド・ジョン・カウリングの評伝です。
今回の読書会は、多くの示唆を得た第8章について、全体を通しての意見交換を実施しました。

1907年にユダヤ教の学者の家系に生まれたヘシェルは、自身も敬虔なユダヤ教徒であり、また若くしてベルリン大学の優秀な学者、作家、教育者として名を上げました。
しかしながらヘシェルが活動の拠点としたドイツは、彼の活躍と軌を一にして台頭してきたナチスによりユダヤ人弾圧の場となります。
へシェルはワルシャワへの追放を経て、1939年、第二次世界大戦が始まる直前にロンドンを経てアメリカに渡りました。
アメリカでのヘシェルは、研究に打ち込むだけではなく、社会運動にも積極的に関わりました。
マルチン・ルーサー・キングJr.とともに公民権運動のデモ行進に参加し、病身を押して彼の正義感に沿った政治犯の釈放を出迎えに行くなど、精神と肉体は常に動いていました。
同世代のグリーンリーフ(1904年生まれ)とへシェルはかなり高齢になってから出会っていますが、すぐにお互いに認め合い、最高度の信頼と尊敬によって結ばれた関係になりました。
へシェルが死の直前にテレビのインタビューに応えて若者に向けたメッセージは次のようなものでした。
「不条理を超えたところに意味がある、ということを覚えていてほしい。どんな些細な行いも大事です。どんな言葉にも力があります。すべての不条理を、すべての不満を、すべての失望をなくすために、社会を変革する役割がわれわれにはあるのです。これだけは心に留めておいてほしい。人生の意味とは、芸術作品のような人生を築くことだ、と」



ロナルド・ジョン・カウリングは1880年にイギリスで貧しいながらも敬虔なクエーカー教徒の家庭に生まれ、幼い頃に一家で米国に渡り、苦学の末に、その類まれなる才能を開花させます。
彼は高い能力を認められ、30歳を前にして、カールトン大学の学長に任じられました。
財政状態が苦しい大学の運営に腐心しつつも、この大学を学生にとっても教師にとっても最高の教育の場とすべく、多くの困難に立ち向かいました。
孤高の姿勢を保つカウリングは周囲から敬遠されることもあったようですが、グリーンリーフは学生時代からいろいろな活動に携わったこともあり、24歳年長のカウリングとの接点を持つことができました。
そして卒業後、カウリングと再会したグリーンリーフはカウリングの偉大さに気がつきます。
グリーンリーフはカウリングとの多くの対話と討議、そして周囲の人たちからカウリングの事績や振る舞いから、彼に誠実で強い信念を見出していきました。
グリーンリーフがサーバントリーダーシップの概念を作り上げることにおいて、とても大きな影響があったものと思われます。
グリーンリーフはカウリングの評伝を次のように終えています。
「…自分の名誉を署名した、生き生きとした空気を彼は残したのだ。天職であるカールトン大学の創設にすべてを捧げた彼の献身、自由への情熱、精神解放への情熱、そして彼の魅力的な人間性は、偉大さの証であり、私はその偉大さの前に畏敬の念に打たれてひれ伏してしまう。こうした人材の育成がいつの日かカールトン大学のため、そして社会のために彼が残した財産となることを祈っている。」



第8章の会読を行った第41回(2014年7月25日)から第45回(2014年11月28日)の読書会開催報告をもとに第8章の概要を確認して、参加者による討議が始まりました。
(日本サーバント・リーダーシップ協会のサイトに掲載されている上記の開催報告をご参照下さい)

・へシェルの人生は「昇華」ということばに集約されるように思う。
 優秀な学者でありながら書物とともに研究室に籠るのではなく、政治的な活動にも
 関わっている。
 孟子の言葉で吉田松陰がさかんに唱えた「至誠而不動者未之有也=
 至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり(注)」ということばを思い出した。
 まさに「誠」の人であり、芸術的な人生だと思う。
  (注)「しせいにしてうごかざるものは、まだこれあらざるなり」
     誠意を尽くしてことに当たれば、どのようなものでも必ず動かすことができる、
     といった意味。
・へシェルも松陰も誠をもって行動することで、世の中を変えられるとの確信がある。
 それぞれの本人の活動の中で具体的な成果が出てこずとも、誠をもって行動することで、
 志が受け継がれ、やがて実現するという確信を持っている。
 混沌とした世の中を変えられるのは「誠」なのだと痛感する。
・カウリングについては、評伝の最初の方を読んだ時は、「本当にこの人はリーダーに
 ふさわしいのだろうか」という感想を抱いていた。
 最後まで読み終えたところで、彼がリーダーであることをよく理解した。
・カウリングは学生を主体として、教育においてリベラルアーツを重要視するという
 学校を作り、経営の基礎を築いたが、これは大変な苦行である。
 長い年月を見据えた活動であり、崇高な規範が存在することを感じさせる。
 カウリングの成果は彼の代ではなく次の代において実現している。
 理念が次に引き継いでいることがすばらしい。
 ここにカウリングが真の起業家であり企業家であることを感じる。
 真の経営者は公人として、自己実現を超えた自己超越が必要と思っているが、
 ここにその姿を見た。
・グリーンリーフはヘシェルの評伝に「華麗な人生を築く」、カウリングの評伝に
 「偉人の生き方」という副題を付している。読み終えて、改めてこの副題の意味の
 深さに感嘆する。
 へシェルもカウリングもさまざまな苦労の中で、つつましい生活を送ってきたが、
 その人間的な内面、精神の姿は華麗であり偉大であること、それが信念の崇高さと
 強さによって現わされていることに気がつく。



・サーバントリーダーについて、最初は「優しい人、自分を優しく包んでくれる人」
 というイメージを抱いていた。
 読書会などに参加する中で、目的を達成するための意志を持ち、本当に必要なことに
 向かって、苦しくとも正しい決断をできる人が真のリーダーと思うようになった。
・職場においてリーダーであることが求められているが、本当に周囲を納得させて
 自分の活動に参加させているのかどうか自信が持てない。
 単に職場での地位を利用して自分の考えを当てはめようとしているだけではないか。
 しかし組織として成果を出さないと、単なる仲良しクラブになってしまう。
 この点に悩んでいる。
・リーダーとは信念を持った意思決定者と定義している。
 その信念に多くの人を巻き込むことで、大きな力を作り出せる。
 フォロワーとの間で価値観の共有を行うことになる。
 価値観には価値基準、価値判断、公共性、公益性といった「大義」が必要である。
 リーダーの言動が一致することは自明かつ当然の条件である。
・衆議院選挙を明後日(2014年12月14日)に控えて、この国のリーダーについて
 思いを寄せている。
 本当のリーダーが存在しているのか、日本と日本人の美学を実現するための、
 塾(人の素質、素養)と学(知識)の両面での研鑚を積んだリーダーが望まれる。
・ここ100年は経済的な利益、つまり数字をもって成果とする時代だった。
 これからは仁や義、本当の幸福度といった視点でリードしていくことが望まれる。
 リーダーの信念とその信念の実現に向けて寄り添うフォロワーが重要になってきた。
・最近、ゴスペルを聴く機会があった。
 本当の信仰、信念を持つ人が実に穏やかに自分の経験や信仰を語ることに目を
 見開かされた。
 大義を抱いていたヘシェルとカウリングの二人にも共通するように思う。
・自分なりに、サーバントリーダーシップを ①ビジョンを描くこと
 ②相手の心からの納得を得ること ③尊敬と奉仕の精神に基づく人間関係、
 と整理している。本当のリーダーシップを体得する入り口を見つけたい。
・二人の評伝を読みながら、大義に尽くすことがリーダーのミッションであると感じた。
 大義の実現に向けて地道な活動をコツコツと続けることの重要性、そして行動する
 勇気が必要であることを痛感した。
・第8章の序文でグリーンリーフがヘシェルとカウリングの二人を
 「ふたりとも心のおもむくままに行動した。(日本語訳書 p.400 最終行)」
 と書いている。
 9月22日の第43回読書会で「?儻不覊(てきとうふき)(注)」ということば
 について、語り合ったが、グリーンリーフ自身がそのことを語っていたことに、
 驚くとともに、本書をさらに深く読まないといけないと痛感した。
   (注)徳川時代に使われた個人の気質を表す言葉。?(てき)は
      「すぐれていて、 拘束されないさま」
      儻(とう)は「志が大きくてぬきんでていること」、
      羈(き)は「馬を 制御する手綱」、不羈(ふき)は「拘束されない」こと。
・読書会に参加してみなさんの意見を聞いて、とても参考になった。
 2015年はさらに視野を広げて、みなさんから多くのことを学んでいきたい。

読書会は次回から第9章に入ります。
次回は2015年1月23日(金) 19:00~21:00、麻布十番に開設する新レアリゼアカデミーで開催予定です。

第45回 読書会開催報告

第45回 読書会開催報告
日時:2014年11月28日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、第8章「サーバント・リーダー」の中のドナルド・ジョン・カウリングの評伝を会読してきましたが、第4回目の今回で最終回となります。
今回はp.447の10行目から評伝の最後までを読みました。
カウリングはグリーンリーフが学んだカールトン大学の学長であり、グリーンリーフは在学中と卒業後の長きにわたる交流で強い影響を受けています。



カールトン大学の学長を辞した後もカウリングはメニンガー研究所やミネソタ大学の薬学部はじめ多くの組織に彼の才能を捧げていました。
いずれの組織でもトップの座(本書内では「責任を負う役割」)につかなかったことについて、グリーンリーフはプリマス会衆派教会牧師のハワード・コン博士のことばをきっかけにカウリングの真意を探り、そこからカウリングという人物の本質を解明しようと努めています。
コン博士がカウリングの告別式で、「(前略)カウリング博士は・・・祈りこそが人の感性を刺激し、天地万物に宿る神の創造的な自発性へと導いてくれ・・・人生のすばらしさと神秘さへ感謝の気持ちを捧げる機会をもたらしてくれ(る、と考えていた)。キリスト教的な同胞として愛する隣人へのカウリング博士の優しさは、それ自体彼にとって父なる神への礼拝行為でした。」と語りました。
この弔辞をもとに、グリーンリーフはカウリングについて、「(カウリングは常に問題の渦中にあるが、)問題に取り組む中で、学長の信念と行動は見事に調和していた。これは彼の生き方を語る上で揺らぐことのない重要な要素だ。」と述べています。
大学運営に注力中のカウリングは、議論を持ちかけたグリーンリーフに組織運営について語ります。
「問題の渦中にいつも身を置いておくことだよ!」、成功の秘訣を問われたカウリングの回答です。
カウリングはグリーンリーフからの厳しい質問に、「人間の作った組織など脆弱で、間違うことも多い。人間そのものが脆弱で間違いが多いからだ。・・・しかし、強い意志を持ち、能力があって、誠実な人ならいったいどうするだろう・・・自分にできる限りの貢献をして、ときには譲歩することも、報われないこともあるが、何もしないよりはいくらかましだ、と覚悟を決めるべきなのか(後略)」とものごとへ取り組む姿勢を説明しています。
カウリングの人となりを会読して、参加者からの発言が始まりました。



・「問題の渦中に身を置く」というカウリングの言葉に触発されている。
 ものごとを無難に片付けようとせず、正面から取り組む姿勢を示したものと思う。
 今の会社生活でも問題に真剣に取り組むことで、顧客との信頼関係の強化につながる
 といったことが何度もある。
・カウリングは自分とは関わりのない問題についても「この問題に対して、自分ならば、
 どう立ち向かうか」という課題で常日頃考えたいたのではないだろうか。
 それがあればこそ、本当のトラブルにおいて、冷静に適切に対処できたのだろうと
 思う。
・新たな問題に直面しても解決案が示されない、他者も解決策を持ち合わせない
 というときに頼れるのは自分の信念だけである。
 グリーンリーフは「自分が正真正銘の忠誠を誓えるものに献身することだ」と
 カウリングの思いを伝えているが、正真正銘の忠誠を誓う対象を得ることが難しい。
 全くの暗闇の中にいて、ここにもいつか光が当たるということを信じ通せるか
 という課題提起である。
・さまざまな問題や課題に正面から取り組みながら、カウリングが生涯心身のバランスを
 保っていたことすばらしい。
 レリジエンス、人間の心身で言えば回復力や耐久力といった意味であるが、高い
 レリジエンスを持ち合わせている。
・心身のバランスには言行を一致させることが重要。
 「組織の論理」が企業理念などの「ことば」と実際の「行動」をしばしば乖離させる
 ことがあるが、これはストレスを貯める大きな原因となる。
・自分は企業を経営していく中で、従業員個人の経験や価値観を尊重しつつ、組織共通の
 価値観を醸成するために行動規範を明確にすることを心がけている。
 組織のメンバーが相互に認め合いつつ、経営者である自分の理念や規範を知ってもらう
 ために、通り一遍の説明ではなく、常時ことばと行動で示すように努める。
 組織の行動規範に則っての失敗はとがめない。
 これを突きつめていくことで、今では指示命令系統を示す組織図も、
 そして指示命令自体も不要になっている。

学生との接触においても自らの立場をわきまえて清廉な姿勢を示すカウリングにグリーンリーフは大いに感化され、久々の再会となったメニンガー研究所のパネルディスカッションの席上、カウリングへの謝意を伝えます。
「(前略)ひとつは、ご自身の天職への模範的な姿勢に対して・・・ふたつ目は・・・私がいくつかの出来事に遭遇したとき、私のそばに先生がいらっしゃったこと・・・窮地に立たされた若者の気持ちを理解してくださった(後略)」
別の大学教授から「感謝の気持ちを伝えられるのは成熟したものの才能だ。そして若者は往往にしてそれを持ち合わせていない」という言葉を聞いたグリーンリーフは、カールトン大学を卒後業してからカウリングに感化され、感謝の念を持つようになった自分に気がついていったようです。
グリーンリーフはスティーブン・スペンダーの「真に偉大であった人達」という詩を引用しつつ、この評伝の最後を次のように結んでいます。
「(前略)自分の名誉を署名した、生き生きとした空気を彼は残したのだ。天職であるカールトン大学の創設にすべてを捧げた彼の献身、自由への情熱、精神解放への情熱、そして彼の魅力的な人間性は、偉大さの証であり、私はその偉大さの前に畏敬の念に打たれてひれ伏してしまう。こうした人材の育成がいつの日かカールトン大学のため、そして社会のために彼が残した財産となることを祈っている。」



・他人に教えるということは本質的に難しいことである。少なとも自分が理解している
 範囲でしか教えることはできないし、教えることから何かを教わるという姿勢を
 崩してはいけない。
 孔子の「学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆し(注)」という言葉に
 つながる。
  (注)読みは、「まなびておもわざれば、すなわちくらし。おもいてまなばざれば、
     すなわちあやうし。」論語の中の言葉で、「学んだ結果を自分の考えに変えて
     いかなければ身につかず、自分で考えるだけで他人から学ぼうとしなければ、
     考えが凝り固まって危険である」といった意味。
・感謝ということを重要視している。
 技術研修においても感謝を受容するように指導している。
 感謝というものが人間的に成熟してこそわかる感覚ということに同感する。
・組織の中での行動規範は、個人が成熟する方向を示すものであるべきであると思って
 いる。
 今できることを全力で突き詰めるなかで、「ありがとう」という感謝の言葉がまったく
 自然に出てくる。
 そうした組織が周囲から見られることで見えてくる姿が本当の意味でのブランドである。
・従業員には教えるのではなく、伝えるようにしている。教えるという行為はどうしても
 知識という量的な情報を扱うことになり、受け手のキャパシィティー、つまり理解力や
 記憶力に依存してしまう。
 伝えるという行為に注意することで、情報の量という性質をなくすことで相手の理解に
 限界が来ることがなくなる。
・カウリングは自らの行為に周囲からの見返りを求めていない、未熟な学生が
 カウリングの献身に感謝することがなくても、それを意に介さず、不満を持っていない。
 こうしたカウリングの内面性や信念が実に興味深かった。

これで4回にわたったグリーンリーフによるカウリングの評伝を読了しました。サーバントリーダーシップの概念を確立するグリーンリーフの原点に触れ、会読の中で、われわれも多くの示唆を得ることができました。次回の読書会は12月12日(金) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第44回 読書会開催報告

第44回 読書会開催報告
日時:2014年10月24日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、第8章「サーバント・リーダー」の中のドナルド・ジョン・カウリングの評伝を会読中です。
今回、カウリングの評伝会読の第3回目は、p.434の5行目からp.447の9行目までを読みました。
カウリングはグリーンリーフが学んだカールトン大学の学長であり、グリーンリーフは在学中と卒業後の長きにわたる交流で強い影響を受けています。

カウリングの学長としての仕事は多忙を極め、特に大恐慌時代の状況は深刻でしたが、彼にとって大学経営はむしろ心安らぐもので、大学のあるミネソタ州ノースフィールドでは礼拝には欠かさず参加し、親睦団体の活動にも積極的に関わってきました。
大学経営においても斬新な手腕を発揮して、別法人を作って新たに大学寮を建て、これを収益事業とするよう先駆的な行動により大恐慌を乗り切りました。
カウリングはその手腕を見込まれて米国やカナダのさまざまな機関の理事に推挙されましたが、彼の教育に対する取り組みは、きわめて原則的であり、教育の在り方を革新的に変えたわけではありません。
グリーンリーフはカウリングについて、「教育に必要なものは、優秀で献身的な学者は教師を教員陣に配置し、理想的な設備を揃えれば、すべてキリスト教環境の中からあふれ出してくると本気で考えていた」と評価し、カウリングの教育に対する信念を次のようにまとめています。

●従来のリベラル・アーツを基礎とするカリキュラム。
●キリスト教的な雰囲気で施される教育。
●優秀な学者でもある教員陣はこのふたつの理念に従事すること。
 彼らには、自身が心に抱く真実を支持する自由、自身の知識を最大限に生かして
 教育する自由が与えられる。
●魅力ある施設・環境の中で、教員と学生の両者が互いに切磋琢磨すること。



カウリングの教育への取組みに向けたグリーンリーフの評価を踏まえて、参加者の意見交換が始まりました。

・今回の読書範囲の前半では、信念、正義、徳といった言葉が盛んに出てくることが
 目についた。
・前回の読書会で?儻不覊(てきとうふき)(注)」という言葉とその気質を持った
 吉田松陰が話題になったが、松蔭の松下村塾も学問の自由、その意志があれば
 誰でも参加できるということに大いなる意義があった。
 学問に対する自由を尊重する姿勢は福沢諭吉の「学問のすすめ」の思想と
 共通する。
 (注)徳川時代に使われた個人の気質を表す言葉。?(てき)は「すぐれていて、
    拘束されないさま」
    儻(とう)は「志が大きくてぬきんでていること」、羈(き)は「馬を
    制御する手綱」、不羈(ふき)は「拘束されない」こと。
・キリスト教への畏敬と敬虔な姿勢も印象的だ。教会の理念を大切にしつつも、
 さまざまな教義に関する信仰に排他的にならず自由も認めている。
・リベラル・アーツ、概して一般教養科目のことだが、これを重要視するという点に
 注目している。
 さらにキリスト教的な雰囲気で施されるべき、としているところに、現代の課題が
 凝縮されているようにも思う。
・ここではキリスト教と定められているが、当時のアメリカの標準的な宗教だったが
 故のことではないか。
 真っ当な宗教の持つ尊厳を尊重することを求めることで、真理の追究に謙虚である
 ことを求めているように感じる。
・社会人入学した青山学院大学大学院の入学式で、「あなた方の学問は神様に
 守られている。なにも心配せずに研究に励むように」という訓示があった。
 社会人として大学院での学ぶ不安と不安からくる迷いを持っている中で、自分が
 神に守られているという言葉に勇気を与えられた。
 自分はクリスチャンではないが、宗教的雰囲気の中で学問に臨むことについての
 意味を体感した瞬間だった。



カウリングはさまざまな場で国際問題や政治問題にも言及しました。
キリスト教に基づく教育者であり大学学長という経営者でもあったカウリングの思想は保守的なものでしたが、決して教条的ではなく、たとえば、1928年にロシアの教育制度を視察したときには、同国(この当時はソ連)の教育にかける意欲を高く評価しています。
また、国際的な平和を希求するとともに政府などの権力による個人の自由への干渉を嫌っていました。
しなしながら父親の影響を受けて理想主義の気質を持っていた彼の主張は年齢とともに伝統主義的、理想主義の色が濃くなり、周囲に受け入れられないこともあったようです。
グリーンリーフはその辺りのことも冷静に評価しています。

・今回の読書範囲の後半には、個人、個性などの言葉が多く見られる。
 グリーンリーフがカウリングの内面に切り込んでいる。
・カウリングは信念が強いのみならず、説得力に富んだ才能を持っているように
 思う。
 語感のイメージにすぎないが、説得というよりも愚直なまでに続ける行動で、
 自分の思いを示して周囲の納得を得るという印象がある。
 この箇所を読みながら「信念」と「頑固」の差異について考えていた。
・「信念」と「頑固」の差は「先見力」があるかどうかが鍵になると思う。
 さらにその先見力のための「傾聴」が必要なのだろう。
・カウリングが大恐慌後のニューディール政策を快く思っていなかったのは、その
 政策の背景にある社会主義的要素が個人の自由を制限することを警戒したの
 だろうか。
 その一方でカウリングがロシアを視察した1928年はボルシェビキ革命でソヴィエト
 連邦が誕生して10年ほど経ってのこと。
 この時代の米国で共産主義ソ連の制度を高く評価したことも驚きだが、彼の
 観察眼が先入観に左右されないこと、つまり本当の意味で自由を尊重するという
 信念の強さに驚嘆する。

グリーンリーフはカウリングの生きざまから「…生き方の選択がうまくいけば、どんな人であれ、個人の能力をうまく活かす事が可能になる。
このように生き方の選択が意義深い生涯を送れるか否かを左右する…」と影響を受けたと述べています。
カウリングはその職務に懸命に取り組んだ学長の座を、まだ健康を維持していながらも後進に譲るべき、と潔く退き、かつ退職後は大学とのつながりを見事なまでに断ち切りました。
引退後もその体力と知力に見合った仕事に従事し、メニンガー研究所の小児科病棟の資金調達やミネソタ州立大学の薬学部の経営支援などを行いました。
彼の尽力によりミネソタ州立大学薬学部の設備、人材、教育課程の質は格段に向上した
とのことです。



・カウリングの引き際は実に見事。数十年にわたって心血を注いで尽力した大学学長
 の座を自ら限界を決めて引退し、以後はそこに未練を見せずに、次のミッションに
 向かっていった。
 普通はとてもできない。
・看板や肩書きが外れても、自分の居場所と自分が必要とされる世界を持っている。
 カウリングという生身の人間、個人がブランドになっている。
・大きな任務を終えても次の任務が見えている。年を取っても前に前にと進む姿勢が
 素晴らしい。
・組織に拘泥しないという点で、ソニーの元社長の大賀典雄さん(故人)を
 思い出した。
 音楽家の一面を持っていた大賀氏はソニーを世界的企業としたことに大きな功績が
 あったが、公私を区別し、一線を退いてからはソニーの経営に直接口を
 はさむことをしなかった。
・カウリングがカールトン大学の学長になった経緯とその後の努力、そして引退後の
 潔さに、金井壽宏先生の「キャリアドリフト理論」やスタンフォード大学の
 ジョン・D・クランボルツ教授の「計画された偶発性」を思い出す。
 自分に起きたことを素直に受け入れつつ、そのことから始まる仕事に真剣に
 取り組み、任務が終われば静かに去る。
 思い通りにならないといって、失望して手を抜いたりしない。
・自分に起きたことを受け入れて、天命として取り組む。
 その点は新渡戸稲造にも共通するものがある。
・今回の読書範囲から自分自身の軸や尺度を持ち、なんらかの形で社会貢献する
 必要性と継続することの重要性を感じた。
・信託業の分野で「フィデューシャリー」という言葉がある。
 信認を意味する法律用語だが、契約という二者間の合意を超えて、信託を受けた
 財産を正しく管理し長い期間で価値あるものとしていく社会的義務、欧米では
 神から与えられた義務を意味する法理である。
 天与の職務に全力を傾注し、そしてこれ以上ない鮮やかな引き際を見せた
 カウリングにフィデューシャリーの精神の何たるかを垣間見た。

グリーンリーフによるカウリングの評伝から参加者も多くの示唆を得ました。
カウリングの評伝の会読も次回が最後の予定です。
次回の読書会は11月28日(金) 19:00?21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第43回 読書会開催報告

第43回 読書会開催報告
日時:2014年9月26日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、前回から第8章「サーバント・リーダー」の中の2番目、ドナルド・ジョン・カウリングの評伝の会読に入りました。
グリーンリーフが学んだカールトン大学の学長を長く務め、グリーンリーフの思想形成に大きな影響を与えた人物です。
第2回目の今回は、p.421の10行目からp.434の4行目までを読みました。

強い信念を持って大学経営に携わったカウリングは、同時に大学教員の強い庇護者でも
ありました。
バプテスト派(キリスト教プロテスタントの一つ)の人々がリベラル派神学者のアルバート・
パーカー・フィッチ教授を大学から排除しようとしたときは、バプテスト派を相手に丁寧にしかし毅然と対峙してフィッチ教授を擁護しています。
さらにキリスト教原理主義から大学を守るために大学の自由を重視する明確な方針を示し、教授会もこのカウリングの方針を支持しました。
20世紀前半、宗教をバックにした大学では大変に困難な問題であったと思われます。
さらに大学や教員の自治、自由とその環境を守るための学長の権限のあり方、それを表す大学憲章について、常に考えて苦心していました。
そのようなカウリングの大学学長としてのエピーソードを読みながら、参加者による語り合いが始まりました。



・最近はダイバーシティーという言葉に代表されるように、社会の中での多様性や自分と
 異なる価値観の受容が求められているが、実際にはなかなか受け入れられない。
 正統という思想が新しい考えを拒否や排除する根拠になることもある。
 とりわけ宗教にはその傾向が強い。
 その渦中で対立する宗派に粘り強く説得を行ったことは、100年近く前という時代を
 考えると 感銘を受ける。
・正論を「愛のないせっかち」と表現した人がいる。
 神学において正統を主張する人はとかく自身の信仰を絶対視しがち。
 カウリングは自身の信仰とは別にいろいろな主張を受け入れている。
 彼の中に「自分の神学」があって信念として確立されていたのだろうか。
・欧米企業が管理職に示すリーダーシップ原則に「決断力」が強く求められていることが
 多い。
 リーダーが直面する困難は、目の前の現象がリーダーの決断を迷わせることだろう。
 カウリングは彼自身のもつ原理原則を尊重しつつ、困難な決断を日常のものとしていた。
・カウリングのすごさは、決断の後に行動が伴うこと、そして視野狭窄に陥って
 頑固になるのではなく、さまざまなものを受容しつつも、本人の信念はぶれないことに
 ある。

28歳の若さで学長に就任したカウリングは、その就任演説で、決然と決意を語ります。
「歴史の流れは容赦を知らず(中略)無力な組織や、絶え間ない時代の変化と増大する時代の要求にうまく対応できない組織のすべてを、歴史の流れは無慈悲になぎ倒していきます」と危機を表明した上で、「教育力」を最も重要な価値として、「人生への備えとなる訓練を大学が
引き受け、アメリカの他の組織には真似できない教育を施し」、「大学の存在理由と、確固とした社会的立場を提示」することが彼の学長としての展望であると述べています。
一方で、組織経営の上で現実の重要な任務である財務、つまり収益の拡大は、彼の不断の努力をもってしても、長きにわたる学長時代を通じての悩みとなりました。
しかしながら、彼は常に前向きな姿勢と見事なスピーチ、諧謔精神に富んだ巧みな応対で、この問題にも明るく取り組んでいました。



・カウリングがなぜ28歳の若さでカールトン大学の学長に推されたのか。
 もちろん優秀だからだが、前述の通り決断力も重要な要素と思う。
 才能は付与されたもの、一方で決断はさまざまな選択肢から選ぶこと。
 この選択を不断にかつ的確に実施しうる人物であったことが重要なポイントだと思う。
・才能は他人のために使うべきもの、自分のために使うとすぐに失う、神に取り去られる。
・カウリングのすごさは、目的=ビジョンと目標をきちんとセットで語っていること。
 ビジョンだけでは空虚なものになり、目標だけを言い立てると卑近になるが通常は
 どちらかに傾きがち。
 カウリングの経営に対する概念化がしっかりとできているのだろう。
 概念化はサーバント・リーダーシップの重要な属性でもある。
・中央大学の鍋山教授の感性工学の公開講座で、資料にサーバント・リーダーシップと
 書かれていた。
 時間の都合で講義の中で語られなかったので、終了後、サーバント・リーダーシップに
 ついて伺ったところ、いろいろ説明頂いた上で、「?儻不覊(てきとうふき)」という
 言葉を教えて頂いた。
 信念と独立心に富み、才気があって常軌では律しがたいという意味らしい。
・「?儻不覊(てきとうふき)」については、司馬遼太郎が「この国のかたち」という
 本の中で解説している。
 (司馬遼太郎「この国のかたち」(1)、1990年文芸春秋、1993年文春文庫)
 明治維新に貢献した土佐のひとびとの気質を表明する言葉として、
 ?(てき)は「すぐれていて、拘束されないさま」
 儻(とう)は「志が大きくてぬきんでていること」、
 羈(き)は「馬を制御する手綱」、
 不羈(ふき)は「拘束されない」ということ、と説明している。
 司馬は維新時の代表的な土佐人である中江兆民を「強烈なほどに自律的であったが、
 他から 拘束されることを病的なほど好まなかった。ただし頑質ではない」と描いている。
 自己への強い規律を持ちながら世間から拘束されることを良しとせず、ペリーに
 直談判して海外渡航しようとした吉田松陰もこの気質があったと思う。
 グリーンリーフが描くカウリングの思想や行動を読んでいると、?儻不覊(てきとうふき)
 という言葉が彼にも当てはまるように思われる。



ユーモアと過剰に深刻にならない素養をもったカウリングは、一筋に仕事に立ち向かうとともに、自己抑制の利いた良き家庭人でもありました。
多忙な中にも睡眠や運動など健康に良い生活習慣を保ちました。
彼は1907年にエリザベス・L・ステーマンと結婚し、この建設的な妻との間に4人の娘に
恵まれます。
多忙な毎日に幼い娘たちは、「普通の父親像を思い描くこと」ができませんでしたが、ときには暖炉を背に娘たちに宇宙の本質を語ることがありました。
グリーンリーフは自身が暖炉の前に立つカウリングから受けた講義を良き思い出として持っており、カウリング家のささやかなできごともありありと想像できたようです。

・「人にやる気を起こさせる人」という評価が目を引く。
 リーダーに不可欠な要素であり、サーバント・リーダーの本質のように思う。
 スポーツでの自校の敗戦も次の成功につなげられている。
・外資系企業で示されたリーダーに必要な資質、行動様式にenvision=心に描く、がある。
 楽観的な姿勢は健全でいきいきとしたビジョンを描くもとになる。そのためにも健康的で
 温和な生活は重要だと思う。
・カウリングの健康法は参考になる。その点、自らの生活には反省点が多い。
 見習っていきたい。
・前回読んだカウリング像から変化がある。前回はかなり偏狭で固い人物という印象だった。
 家庭人としてのカウリングにはそうした要素が全くない。
 妻や娘等の家族の影響も大きいと思うが、カウリング自身が懐の広い人物であったことは
 間違いなさそうだ。続きが楽しみだ。

若い時から確たる自己を確立し?儻不覊(てきとうふき)な気風であったカウリングからグリーンリーフは多くのことを感じ、学んだようです。
カウリングとの関係が深まる中で彼の多様な面に接するようになり、グリーンリーフの評伝は新たな展開を見せていきます。

次回の読書会は10月24日(金) 19:00?21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

入門講座 開催報告(9/18)

日時:2014年9月18日(木)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

この入門講座は、「サーバント・リーダーシップ」とは?「サーバント・リーダー」とは?といった言葉に触れ、それがどういったものなのか、まずは基礎的な理解を深めていただくための初心者向けの講座となっています。

当日は、13名の参加をいただきました。
医療関係、介護、金融、NPO団体、会社社長、コンサルタント、営業等各方面から様々な顔ぶれが集って下さいました。



・リーダーシップとは
・サーバント・リーダーシップの歴史と概要
・サーバント・リーダーシップとは?
・組織にみるサーバント・リーダーシップの導入事例
・サーバント・リーダーとは?
・サーバント・リーダー10の特徴
・支配型リーダーとサーバント
・リーダー・今なぜサーバント
・リーダーが求められるのか?
・自分の中のサーバント・リーダーシップ

といった内容を、講義6割とディスカッション4割という比率で共に学び合いました。
やはり様々な分野、職種の方々が集まりますので、意見も色々とそれぞれのお立場から出てきますので、より幅の広いディスカッションとなりました。



「自社のミッション・ビジョンを改めて見直し、リーダーとして受け入れようと思った」
「サーバント・リーダーシップはリーダーシップの本質だと思った」 
「サーバント・リーダーシップを実行するには具体的にどうすればよいか考える
 きっかけになった」
「関わる人に対してどうすれば役に立てるかを考えることから始めたいと感じた」
「傾聴し、共感しながら愛情を持って人と接していこうと思った」
 
等、入門編ですが互いのリーダーシップに関する意見交換や悩みの共有できたなどのお声もいただくことができました。



次回は12月2日(火)を予定しております。
時間: 19:00~21:30
会場: レアリゼアカデミー

第6回 近代の優れたリーダーに学ぶSL研究会 開催報告

第6回 近代の優れたリーダーに学ぶSL研究会 開催報告
日時:2014年8月25日(火)19:00~21:15
場所:レアリゼアカデミー

今回は「我、太平洋の橋とならん」という夢を生涯に亘って追い続け、国際連盟事務次長を務めるなど、真の国際人として活躍した新渡戸稲造の生涯を取り上げました。
また彼の著書である「武士道」の中に見る「サーバントリーダーシップ」の要素について学ぶ機会を持ちました。



新渡戸の生涯は多岐に亘り、多くの分野で重要な業績を残しています。
あまりにも幅広く活躍したため、一口で言い表すのは困難ですが、大きく分ければ、①教育、②植民学、③国際理解と平和、という三つの分野にまとめることができます。

教育の分野においては、母校札幌農学校の教授、京都帝国大学教授、第一高等学校校長、東京大学教授として、人格教育に基づき多くの青年たちを育てました。
また女子教育の振興にも力を注ぎ、東京女子大学の初代学長も務めました。
札幌においては、就学機会に恵まれない貧しい子供達のための無料の夜学校である「遠友夜学校」を開校し校長になりました。
新渡戸は貧しい人々、困っている人々を目の当たりにした時、見て見ぬふりをすることが出来ず、その解決のために立ち上がる人でありました。
この「遠友夜学校」の働きを見る時、その中にはサーバントリーダーシップの「5つのバリュー」や「10の特徴」が全て網羅されていることを発見します。
また武士道の観点からは、弱者や劣者や敗者に対する「仁」(惻隠の心)という「サーバントハート」そのものになります。

植民学の分野においては、台湾総督府に招かれ「住民の利益を優先する」という考えを第一に置き、台湾における農業の振興に大きく貢献しました。
砂糖の生産高は5年間で5倍に増え、台湾の財政は予想よりも5年早く自立することが出来ました。
戦後台湾の総統となった李登輝は、新渡戸の生き方に大きく感化された一人で、2006年には「武士道解題」を出版しました。
その中で「新渡戸稲造先生を、台湾が社会的基盤創建の曙時代に、我々のパイオニア的指導者として迎え入れることが出来たのは、実に幸運で誇らしいことでした」と述べています。
新渡戸は「公に仕える奉仕者」であり「変革リーダー」でもありました。



国際理解・平和の分野では、英文で「武士道」を出版した他に、特に日米間の交流と相互理解に貢献しました。
第一次世界大戦後に国際連盟が創設されるとその初代事務次長に就任し、オーランド諸島の領土紛争を平和的に解決しました [新渡戸裁定]。
またアインシュタインやキュリー夫人らを委員とする知的協力委員会を創設し、その幹事役を務めました。
この事業は現在ユネスコに受け継がれています。
事務次長退任後も、太平洋問題調査会理事長に就任し「平和の使徒」として、満州事変前後の暗雲が垂れ込める中で、世界平和の実現に心血を注ぎました。
新渡戸は「義と平和の実現」のために仕えました。

新渡戸が英文で「武士道~日本の魂」を書くきっかけとなったのは、ドイツに留学中、ベルギーの碩学ド・ラヴレー教授が発した「宗教教育なくして、どうして道徳教育が出来るのか?」という問いかけでした。
「武士道」は欧米人に対して、日本人の物の考え方や行動を支配する倫理道徳思想について説明をしようと試みたものであります。
新渡戸は武士道を「武士の掟」、すなわち「高き身分の者に伴う義務」(ノブレス・オブリージュ)であると言っています。
「武士道」の第三章~第七章まではそれぞれ「義」「勇」「仁」「礼」「誠」の各徳目について解説されています。
「義」は、いま一つの勇ましい徳である「勇」と双子の関係にあり、「義を見てせざるは勇なきなり」とあります。
「仁」は慈悲の心であり、「礼」の最高の形態は愛に近づきます。
「誠」は「言」うを「成」すであり、言行一致(インテグリティ)に繋がります。
サーバントリーダーの定義としては「大義あるミッション・ビジョン・バリューを示し、それを遂行してくれるメンバーに奉仕する人」とか「サーバントハートを持った変革リーダー」とか「この人について行きたいと思わせる人」等があります。
以上のことから推察すると、サーバントリーダーは大義を実行することから「義」と「勇」の徳目を備え、サーバントハートの持ち主であることから「仁」と「礼」の徳目を備え、ついて行きたいと思わせる人から「誠」の徳目を備えていると、考えることができます。
そして、新渡戸稲造こそ武士道精神の体現者であり、サーバントリーダーそのものであることが良く理解できます。



当日の参加者のアンケートからは、以下のようなコメントが挙がってきました。
・武士道の内容をサーバントリーダーの切り口で考える視点が勉強になりました。
 リーダーシップの実践の結果が人生を築いていくと改めて感じました。
・新渡戸稲造の人生と武士道について学ぶ中で、サーバントリーダーの資質が表れていて
 感銘を受けた。
・時代が急に変わる中で、自分の志(太平洋の橋になりたい)を強く持っていたことが、
 彼の体幹になったのだと思う。
 その後の彼の活躍は志をしっかり持っていたからだと思う。
・読書会でサーバントリーダーシップについて読み解いていますが、実際に体現している
 人を通して学ぶということは、大変理解が深まります。
・新渡戸は一昔前の時代に生きた人だが、今彼の言葉を聞いても、すごく斬新で先進的な
 考えを持つ人という印象を受けた。

次回は新渡戸稲造シリーズの第二弾を予定しています。

第42回 読書会開催報告

第42回 読書会開催報告
日時:2014年8月22日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、
英治出版、2008年)の読書会は、前回から第8章「サーバント・リーダー」の会読に入り
ました。
前回はグリーンリーフと同時代人で敬虔なユダヤ教の有力な思想家、教師である一方、公民権運動やベトナム反戦運動にも情熱を燃やしたアブラハム・ヨシュア・へシェルの評伝を会読しました。
今回は、若きグリーンリーフが学んだカールトン大学の学長を長く務めたドナルド・ジョン・カウリングについての思い出の会読に入ります。
大変に長い評伝であり、何回かに分けて会読を進める予定です。
今回は、本評伝の冒頭であるp.409の10行目からp.421の9行目までを読みました。



大きな志と計画をもって「偉大なる人生」を送りたいと思っていた若きグリーンリーフはカウリングが学長を務めるカールトン大学に学びました。
グリーンリーフは1926年度の卒業生です。
ちなみに日本では大正から昭和に切り替わったのが1926年です。
カウリングは1909年に28歳という年齢でカールトン大学の学長に就任していますから、グリーンリーフがカールトン大学に学んだのは、カウリングが学長として10数年を経た、40歳過ぎの頃となります。
カウリングについて、グリーンリーフは「お高く止まった無口な男で、愛想も悪く、とはいえ節度はあったが、ファースト・ネームで呼び合える友人は少なかった」という印象を語りつつ、別の一面として「深い洞察力を備えた、話の分かる易しい人で、開花すべき人間の精神の自由について確固とした信念を持っていた」人物と評しています。
「内に秘めた一貫性」は、彼を保守的にしていましたが、カールトン大学の復興、そして何よりも「大学の自由」を求めて、長年にわたって忍耐強く取り組んだ人物でした。

・一読した印象ではカウリングはかなり取っ付きにくい人物のようだ。
 グリーンリーフがカウリングのどこに惹かれたのか興味がある。
・冒頭でグリーンリーフは「大きな目標」に向かうことの重要性を指摘してから
 カウリングの評伝に入っている。
 カウリングは一代で大きな目標を達成した人。
 通常こうした人は他人の話を聞かないことが多いけれども、カウリングは全く
 別の面をもっている。
・カウリングの印象を「お高く止まった」「無口」「愛想が悪い」「気の置けない
 友人が少ない」と酷評しつつ、一方で、「深い洞察力」「話が分かる」「優しい人」
 「確固とした信念」と絶賛している。
 ビルダーとして「初めて取り組むこと」も多く、不安を抱えていた面もあっただろう。
 そうしたことがあって安易に他人に心を開かず、心を許せる友人も少なかったのだろう。
 簡単に理解できる人ではなさそうだ。
・グリーンリーフは自分のことを「揉め事に首を突っ込み、たびたび学長室で事情を
 説明する羽目になる学生」と説明している。
 それがまだ学生のグリーンリーフが学長のカウリングとは深い仲になるきっかけだが、
 グリーンリーフにそうした積極的な姿勢があってこその成果と思う。
 その点で最近の学生の姿勢はかなり変わってきて、消極的なことが多い。
 年長者との接点を持つと、いろいろとで学ぶことが多いのに、残念なことである。
・企業組織では「社長以上には大きくならい」といわれている。
 その中でグリーンリーフは目的やビジョンや信念を曲げなかった。
 リーダーの孤独というものを考えさせられる。



ドナルド・ジョン・カウリングは1880年8月21日に英国コーンウォール州トレヴァルガで生まれています。
父は靴職人で母は裕福な農家の生まれで、一家は1982年にアメリカ・ペンシルヴァニアに移りました。
貧しい生活でしたが、カウリングは気性が激しいが敬虔な父から宗教への信念と強い不屈の精神を受け継いだと言われています。
自ら学費を稼がねばならない環境下でもカウリングは貧しい中でも学問に集中し1906年にはカンザス州のベーカー大学で哲学と聖書学の教授となり、翌年に教授、そして1909年、29歳になる直前に推されてカールトン大学の学長となりました。
異例の若さで学長になったカウリングは、すべて自分の責任という強い自覚のもとで、徹底的な責任感をもって学校の運営に努めたのです。



・カウリングの若い頃の貧しさは尋常ではない、まさに過酷な学生時代だったろう。
 苦学の中で高い学績を修めたことがわかる。
・組織のオーナーであれば、かなり自由に、ある意味で独善的に運営ができる。
 カウリングは若くして学長に推薦されて就任している。
 理事会との関係も微妙であったろうが、説得力もあったのだと思う。
・大学の校舎や構内のデザインにこだわっていることに興味をもった。
 理事会との関係を考えれば妥協しても良さそうであるが、信念を貫いたことに
 彼の美学がある。
 その信念で細かいことにも注意を払っているのは、まさに「神は細部に宿る」
 ということなのだろう。
 それが理事会の理解を得た要因だと思う。
・グリーンリーフはカウリングを「どんなに考えが合わない相手であっても、
 人の才能は高く評価」していて、政治的に追いつめられた人も才能があれば
 採用した、とある。
 大学について教育機関としての機能を最重要視することを信念として貫いて
 いたことがわかる。
・カウリングは1909年から1945年までの長きにわたって、カールトン大学の学長の
 座にあって信念を貫いて経営を行ってきた。
 これ自体が大変なことだが、彼の去ったあとの大学では、関係者の大学への
 忠誠心が薄れ、教員の間では学生教育が最優先事項ではなくなった、という話を
 読んで、改めてカウリングの信念の強さに驚嘆すると同時にカウリングを
 もってしても、組織が自動的に信念を引き継いで持続できないことにも
 気づかされる。
・グリーンリーフはカウリングをサーバント・リーダーと見ていたのだろうか。
 ラリー・スピアーズがまとめた「サーバント・リーダーの10の属性」と照らし
 合わせると、ここに書かれているカウリングに当てはまらない属性も多そうだ。
 ひょっとしたらリーダーという点では反面的な部分を見ていたのではないか。
 この評伝の続きに興味をかき立てられる。

グリーンリーフの目を通したドナルド・ジョン・カウリングはかなり複雑で奥が深いものをもった人であることが分かります。
グリーンリーフの人物と思考の形成に強い影響を与えたカウリングとはいかなる人物か、グリーンリーフはカウリングのどこから、どのような影響を受けたのか、こうしたことを探るべく、この評伝の会読を続けていきます。

次回は、9月26日(金) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第41回 読書会開催報告

第41回 読書会開催報告
日時:2014年7月25日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、今回から第8章「サーバント・リーダー」の会読に入ります。
グリーンリーフのサーバント・リーダーシップの思想形成に大きな影響を与えたアブラハム・ヨシュア・へシェルとドナルド・カウリングについての思い出であり、グリーンリーフの手になる評伝です。
グリーンリーフは二人をサーバント・リーダーの模範とみなしています。
今回はヘシェルについての評伝を会読しました。



グリーンリーフはヘシェルが若者に向けたメッセージで記述を始めています。
放送局のインタビュー番組で「若者たちに伝えたいことは?」との問いかけに対するヘシェルのことばです。
「不条理を超えたところに意味がある、ということを覚えていてほしい。どんな些細な行いも大事です。どんな言葉にも力があります。すべての不条理を、すべての不満を、すべての失望をなくすために、社会を変革する役割がわれわれにはあるのです。これだけは心に留めておいてほしい。人生の意味とは、芸術作品のような人生を築くことだ、と」

へシェルは1907年にワルシャワで、ユダヤ敬虔主義派の指導者の家系に生まれ、幼少のときから聖書とユダヤ教の教義に触れ、ベルリン大学に学びました。
若くして博士号を取得し、ユダヤ教の学者、指導者、そして作家としての名声を得ています。
しなしながら彼の青年期から壮年期はナチス・ドイツによるユダヤ迫害の時代で、へシェルはまずドイツからワルシャワに追放され、ドイツによるポーランド侵攻の直前に米国シンシナティのヘブライ・ユニオン・カレッジに招聘されて、ロンドンを経由して米国に渡っています。

・「不条理を超えたところに意味がある」という主張は、ナチスによるユダヤ人の迫害を
 見てきたへシェルのことばと考えると壮絶なものがある。
 当時(40年ほど前)の米国でも今の日本でも若い人は到底受け入れられないだろう。
・若い人たちは、どうしても行動の意味とか目的を考えて、納得感や合理性を求めてしまう
 ことを絶対化しがちである。
 自然界では「納得できないこと」も多くあり、合理性だけが価値ではない。
・本題と趣の異なる話であるが、東京藝術大学の八谷和彦准教授が宮崎駿の映画
 「風の谷のナウシカ」に出てくるメーヴェという乗り物(注)を実際に作るプロジェクトに
 共感している。
 計算高い合理性ではなく感じるもの、インスピレーションから作っていく取り組みを
 応援している。
  (注)映画の主人公ナウシカが乗る大きな鳥の背に乗ったような形をした飛行機械。



シンシナティからニューヨークに移ったヘシェルは思索や教育のみならず、公民権運動でマーティン・ルーサー・キング・ジュニアとともにデモ行進に加わり、ベトナム戦争の反戦運動にも関与するなど、「活動家」としての一面も強く見せました。
また深化が進む彼の思索はユダヤ教の教条主義的な解釈ではなく、神と人の関係を特定の宗教の枠を超えて考え抜いたものと言われています。
そのようなヘシェルをグリーンリーフは最大級の敬意を込めて、「へシェルの著作は魂のこもった力作(後略)」と讃えて、「生涯を通じてのヘシェルの信条を簡単に表現すれば『ただ存在することが祈りであり、ただ生きることが神聖である』と言えるだろう」と書いています。
グリーンリーフは、彼の関心領域がヘシェルと異なるとしながらも「われわれは固い絆で結ばれていた」、「人の良い穏やかなこのラビを前にして、そうした感覚に包まれながら胸を熱くしていたとき、私は人を分かつすべての垣根を乗り越えていた」と述べています。

・グリーンリーフはクエーカー(キリスト教の一派)、へシェルはユダヤ教、と二人は宗教も
 異なれば、活動の焦点も違う。
 この二人が共感したのはなぜなのだろう。
 前の章「教会におけるサーバント・リーダーシップ」で、グリーンリーフは教会こそ
 最前線に立つ必要がある、と主張しているが、宗派を超えた活動という点で共感しあった
 のだろうか。
・新進気鋭の経営者を前にしたヘシェルの講演に感動した聴衆が「預言者アモスの再来」と
 感嘆している(本書p.403 - p.404)。
 預言者アモスはおそらくはみすぼらしい羊飼いであろうが、旧約聖書の中で神を忘れた
 イスラエルの王に神の言葉を伝えている。
 聖書にはアモスの言葉は力強かった、とある。
 へシェルの講演もおそらく大きな声を出したものではなかっただろう。
 そんな彼の言葉に聴衆はしばらく席を立てなかったと言わせているが、何がそうしたの
 だろう。
 彼の経歴や背景、思想そのもののかたり、視線…へシェルが語ることで、何かが
 伝わっている。
・へシェルは神とのワンネス(一体感)を重要視している。
 自分も信州の上高地で、人智を超えた自然との一体感を感じたことがある。
 サーバント・リーダーシップを学習していて、このワンネスはサーバント・リーダーシップ
 10の原則(本書 p.572-573)の(6)の概念化と(7)の先見力、予見力と結びつくと
 思うようになった。
・自然との一体感経験はないが、ある場所にいるときに「その昔、ここで起きたできごと」を
 思い出して、高揚感を感じることがある。
 時間との一体感なのか。
 過去を見て未来につなげる力が湧き出てくる。
・一体感は「次につなげる」という願いから生まれるのだろう。
 日本の国土の森林率は諸外国より高い比率があるが、これは多くの森林職人が
 「三代先の子孫の水田を守るために」と植林した結果であり、そう思う職人には
 自然や時間との一体感があったのではないだろうか。



生涯最後まで積極的な活動を続けていたヘシェルは、雪混じりの雨の中で反戦運動家の出所を迎えて体調を悪化させ、安息日(ユダヤ教では土曜日)の未明に息を引き取りました。
グリーンリーフはヘシェルの評伝を次のフレーズで終えています。
「生前のへシェルがよく口にしていた言葉を思い返すことが、友人たちの慰めとなった。‘敬虔な人に、死の恩恵を’」
一足先に神のもとへ旅立った友人へのグリーンリーフの惜別のことばです。

・今回、読んだ評伝のタイトルは「アブラハム・ヨシュア・へシェル -華麗な人生を築く」
 である。
 若いときはナチスの迫害を受け、壮年期以降、弱者やマイノリティの側に立ったヘシェルの
 人生の何が華麗なのか。
 やはり行動することであろう。
 行動が示す誠実さが周囲を巻き込み、大きな行動の原動力となったのだと思う。
・フランスの哲学者でユダヤ人のエマニュエル・レヴィナスは、ナチスのホロコーストの下で
 多くのユダヤ人が「自分は神に見捨てられた」と思い信仰を放棄する者も多数いる中で、
 「ユダヤ人であればこそ苦難の道をいくように神に選ばれた」という意味のことを説いた。
 へシェルの華麗なる人生とは、へシェルの神に見放されたごとき苦難の人生こそがが、
 まさに神に選ばれし華麗なるものを意味しているのだと思う。
・グリーンリーフはそのような人生を送ったヘシェルを真のリーダーとして認めている。
 リーダーが負うものの重さを痛感する。

へシェルの評伝の会読を終え、次は、若きグリーンリーフに多大な影響を与え、生涯の師であり友であったドナルド・ジョン・カウリングの評伝に入ります。
次回は、8月22日(金) 19:00?21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第40回 読書会開催報告

第40回 読書会開催報告
日時:2014年6月27日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、今回、第7章の「教会におけるサーバント・リーダーシップ」の最後の論文「育成の最前線にいる教会」(p.394 7行目~p.398 4行目)を会読しました。
教会におけるサーバントリーダーシップのまとめの論文です。

グリーンリーフは教会が現状に甘んじて停滞することを良しとせず、サーバントリーダーの立場で育成の最前線の役割を担うことを強く期待しています。
そして現代の教会の役割の中に「新たな預言の兆候が受け止められたように感じる」として、「こうした預言は現代の孤独について非常に詳しく語り、厳格で衝撃的な解決方法を示している。(中略)
これまでは誰にも聞こえなかった預言が、人の耳に届き始めるだろうということ」と述べています。
グリーンリーフは自らの時代、すなわち20世紀後半を「前例のないほどの規模で探究が行われており、求道者の上を満たす教祖(グル)が国中にあふれている」という表現で、価値観の多様化する一方で規範が失われた時代を表現し、サーバントリーダーの必要性を訴えています。



・グリーンリーフがサーバントリーダーシップを提唱した1970年前後のアメリカでは、
 フラワーチルドレンやヒッピーといった個人の自由を尊重する文化が花開く一方で、
 「ガイアナ人民寺院事件(注)」のようなカルト集団による悲惨な事件も発生させている。
 社会が一定の規律を喪失した時代である。今も同様かもしれない。
 (注)ガイアナ人民寺院事件:新興宗教教祖の米国人ジム・ジョーンズに率いられた
 900人の信者が1978年に南米ガイアナで集団自殺した事件。
・教会に来る人は、自らを満たすために何らかの話を聞きたいと思っている。
 現代では、教会の話が自分の求めるものと異なると簡単に離れていってしまう。
 短絡的に怪しげな新興宗教にはまるようなケースが出てくる。
 教会側も引き止めると自分が誤解されるといった躊躇もあった。
 地域の重要なコミュニティであり教育機関であった教会学校の地位も低下してしまった。
・確かに現代は宗教に対して自分だけの、そして即物的なご利益(ごりやく)を求める風潮も
 強まっているようだ。
 宗教を軸とした家族や地域社会のコミュニティが崩壊した。
 自分などは菩提寺の住職の「身を正せ」と行った何気ない言葉に安心感を覚えたりするが、
 それでは飽き足らない人も多いだろう。
・価値観を自分で作る、という心構えがあれば、即物的ではないものからもたくさんのものが
 得られる。
 ただ、なかなか自ら「変化」を起こせない。
・最近は自尊感情を持てない人が増えていることを危惧している。
 親子関係や夫婦関係も他人が作る、つまり周囲が規定してあげないといけない人がいる。
 会社の中にのみ自らの居場所を作っていた人が退職して、居場所を失い、自分を見失う
 ケースがいくつもある。
 地域の中に自分を生かせる場を作り、ある種の社会復帰を促すことに注力している。
・自分を見失っているのは米国や日本だけのことではない。
 1997年のアジア経済危機では、自殺を禁止しているキリスト教徒が多い韓国でも多くの人が
 自殺に追い込まれた。
・他者からの承認は、他者に奉仕することで得られるもの。人は自分に関心のないことには
 関心を持たない。



グリーンリーフは「凡庸さとは何か。
与えられた人材や物的資源で、合理的に見て可能なレベルに到達できないこと以外の何物でもない(中略)この世における真に極悪な力のこと」と激しく主張しています。
そして、西洋世界における道徳律が凡庸さに甘んじていること、さらに道徳律(戒律)のほとんどが「~しないこと」という禁止事項のため、禁止事項に従うだけで徳のある人とされてしまうこと、事前に有能とみなされた人がさまざまな機会や能力伸長に恵まれるという特徴を示して、道徳が「あるべき基準に成果が達していない場合に従わねばならぬ法」とみなされると欠点を指摘しています。
そのように厳しく断じていく中で、一転、「私にはもっと大きな望みがある」として「生まれながらのサーバントや、奉仕に喜びを見だせる人たちの中から、奉仕する組織を積極的に築いていく」と訴え、その奉仕する組織の中では、「多くの人が自立性を発揮し、自らの信念を明確に主張するようになり、人間としての力を持つすべての人が組織を築いていく」と彼の信念を述べています。

・金井壽宏先生がエドガー・シャインの「キャリア・アンカー」(注)を紹介している記事を
 読んだ。
 キャリア・アンカーとは自らのキャリアを形成していく中で、捨て去ることのできない
 個人の動機(求めるもの)や価値観、つまり自分自身の軸である。
 個人の側にこれがあって組織に明確な理念があることで、個人と組織が向き合え、相互に
 向上する 関係が気づくことができる。
 (注)「キャリア・アンカー―自分のほんとうの価値を発見しよう」
 (エドガー・H・シャイン著、金井壽宏訳、白桃書房、2003年)
・2000年前、イエスは弟子たちに向けて「あなた方は地の塩である」「あなた方は世の光
 である」と伝えた(注)。
 塩の意味するところの一つは腐敗を防ぐことにある。
 凡庸は停滞に変化し、さらに腐敗に至ることが多い。
 イエスはそのことを回避することを信徒に伝えたかったのかと思う。
 グリーンリーフはともすれば旧態然とする教会に対し、この思いで強い激励を与えている
 のではないだろうか。
 (注)新約聖書 マタイによる福音書第5章「山上の垂訓」
・凡庸さを極悪と断じるグリーンリーフの厳しさに思わず背筋が伸びる。



グリーンリーフは、この論文の最後を「ビルダー(組織の創設者)になるだけの能力を持つサーバントにとって、この世で一番の喜びとは何かを築くことである。
育成の最前線にいる教会は、将来のサーバントリーダーや、組織のビルダーを要請する中心的な存在となるのではないだろうか。」と教会の現代的な復権の姿を描くことで、
終えています。
また今回の読書会では、会読による討議の他にフォローワーやフォローワーシップについて、参加者間で若干の意見交換を行いました。
貴重な意見のいくつかを掲載します。

・リーダーの姿はフォローワーによって造られると思う。
・リーダーとフォローワーが固定せずに、場面や状況によって柔軟に入れ替わる組織もある。
 コミュニケーションが良く、メンバーが自分の「持ち味」を生かした活動ができる。
・強権型のリーダーがいない組織では、メンバーが増えてくると、認識や理想の違いが
 出てきてやがて分裂するといったことが多い。
 ビジョン(展望)がずれるのだろう。
・ビジョン(展望)の共有ではつながりを保つのは難しい、バリュー(価値観)の共通化が
 必要。
・リーダーは「なぜ」「どこに」を示す役割。
 「どうやって」はフォローワーが示すもの。
 強権がリーダーの本質ではないと思う。

今回の読書会で第7章を終了し、次回から第8章「サーバント・リーダー」に入ります。
グリーンリーフの人格や思想の形成に大きな影響を与えた二人に関するグリーンリーフによる評伝です。
読書を通じてグリーンリーフの思想が作られていった道筋を追体験していきましょう。
次回は、7月25日(金) 19:00?21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

入門講座 開催報告

日時:2014年5月28日(水)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

この入門講座は、「サーバント・リーダーシップ」とは?「サーバント・リーダー」とは?といった言葉に触れ、それがどういったものなのか、まずは基礎的な理解を深めていただくための初心者向けの講座となっています。

当日は15名の参加をいただきました。
医療関係、組合、食品業界、物流、会社社長、キャリアカウンセラー等各方面から様々な顔ぶれが集って下さいました。



・リーダーシップとは
・サーバント・リーダーシップの歴史と概要
・サーバント・リーダーシップとは?
・組織にみるサーバント・リーダーシップの導入事例
・サーバント・リーダーとは?
・サーバント・リーダー10の特徴
・支配型リーダーとサーバント
・リーダー・今なぜサーバント
・リーダーが求められるのか?
・自分の中のサーバント・リーダーシップ

といった内容を、講義6割とディスカッション4割という比率で共に学び合いました。
やはり様々な分野、職種の方々が集まりますので、意見も色々とそれぞれのお立場から出てきますので、より幅の広いディスカッシ ョンとなりました。



「ポジションで人を動かすのではなく信頼で動かすという事に気づいた」
「社員に愛を注ぐと愛社精神が芽生え、その社員に顧客もついてくる事がわかった」 
「サーバント・リーダーシップを実行するには具体的にどうすればよいか考えるきっかけになった」
「サーバント・リーダーになるのはハードルが高いと思ったがチャレンジしていきたい」
「10の特性について実践していくとともに周りに広めたい」
 
等、入門編ですが互いのリーダーシップに関する意見交換や悩みの共有できたなどのお声もいただくことができました。



次回は7月24日(木)を予定しております。

開催日:2014年7月24日(木)
時間: 19:00~21:30会場: レアリゼアカデミー

第39回 読書会開催報告

第39回 読書会開催報告
日時:2014年5月29日(木)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、前回から第7章の「教会におけるサーバント・リーダーシップ」の「奉仕のための組織編成」を会読しています。
1974年8月12日にミルウォーキーのアヴェルノ大学構内の聖フランシス教育修道女会で行われた同修道会の100周年記念講演で、今回はその後半部分です。(p.384 14行目からp.394 4行目まで)
グリーンリーフは自他ともに認める敬虔なクエーカー(キリスト友会)教徒ですが、
そのクエーカー教は17世紀の英国でジョージ・フォックスによって誕生し、独自の教義を持っています。
このためプロテスタントのさまざまな宗派とカトリックが対立していたように、クエーカー教もカトリックとは相容れない部分が多くあるのですが、グリーンリーフも聖フランシスコ修道女会もそうした宗派を超えて、これからの教会の方向を模索しています。
前回会読した講演の前半部分では、グリーンリーフから「混乱は改善と飛躍の機会」という激励とともにローマ教皇ヨハネス23世(在位1958-1962)による改革を経たカトリックへの強い期待が表明されていました。



講演の前半で教会組織が直面する危機を訴えたグリーンリーフは、この厳しい言葉も「むしろ、希望を授け」るためのものである、としてモデルとなる組織の構築に向けた4つの戦略要素を説明しました。

1.並外れた奉仕をする組織には目的とコンセプトが必要不可欠であること。
  規律がない状況で働くよりも、組織内で規律を受け入れて働く、文字通り「すべて」の
  人々の方が高い名声を博し、大きな影響力を持つ。
2.リーダーシップとフォローワーシップの理解が必要であること。
3.組織構造のありかたを設計し、権力と権限を適正に規制すること。
4.トラスティ(受託者)の必要性を認識すること。

この講演が行われた1974年の米国では、企業や大学、財団など多くの組織に欠陥が見いだされ、若い人を中心に多くの人が失望し、組織自体を否定する風潮が強くありました。
グリーンリーフは、組織は本来的に多数の人を真実に導く機能を持つという信念をもって、良き組織の構築と運営に向けて力強く語りかけます。
グリーンリーフの固い信念の言葉に参加者も触発されて活発な議論が始まりました。

・リーダーは目的を掲げて、実行することが条件。
 きちんとした目的を掲げないと組織は空中分解する。
・リーダーとフォローワーが一体となって組織全体でのコミットメントをもたないと
 いけない。
 組織が存在することの意味や理念の共感が重要であり、これを気づかせることも
 リーダーの重要な職責である。
・長い歴史のある組織に関わっている。
 組織に課題が生じたときに創立の理念に立ち返ることもあるが、行動に結びつかない
 ことが多い。
 理念に沿った行動に結びつくように成員の意識に方向付けをすることが必要だ。
・企業は創業者が理想を込めて起業しても日常活動を経る中で後継者が理念を見失う
 ことが多い。
 非営利組織のNPO/NGOなどは、その辺りが違うように思う。
・たしかにNPO/NGOは「問題意識」を核に人が集まる。
 その結果、中の連帯は強いが、外との連携が弱いことも多い。
 NPO/NGOの中で自己満足してしまうようなケースも散見される。
・目的や理念を掲げる企業は多いが、実態は空虚なただの言葉遊びになっていること
 が多い。
 ただ、言葉を超えた何かが成員全員の琴線に触れてことがある。
 「共感」が理念の共有を実現する。
 グリーンリーフは組織の戦略要素で、「並外れた」という言葉と「すべての人」
 という言葉を使っているが、この二つの言葉に本質がひそんでいるのではないか。
・組織内に意図的に「共感」に参加しないメンバーがいるケースもある。
 そのメンバーをどうするか、組織の長として苦しい決断を強いられる。
・10数年で世界のトップレベルになったあるIT企業では、職員の思考や行動が
 その企業の理念に沿ったものである場合、自分の企業名を模した形容詞をつかって
 お互いにたたえると聞いている。
 そうした一見単純な活動が成員に理念を反芻(はんすう)させて、ぶれない組織を
 作っていくのかもしれない。



グリーンリーフは、「生きるに値する社会」の構築のために、組織に対して「注意を払う」
こと。
これには自己犠牲や英知、タフな精神、そして規律が必要であるとしつつ、「組織に充分な注意を払う」ことは、まずその組織の人々が個人として力を注ぐことであり、その一方で「ひとりではできない」「成長をさせてくれる」という組織に内在する機能を生かすように訴えています。
リーダーシップとは、ひとりの人として現在やるべき以上のことを想定して、リスクを冒して「今すぐこれをやりましょう」ということ。
フォローワーシップもリーダーシップ同様、責任ある役割。
従う人はリーダーを信頼し、権限を与えるリスクを冒している。
組織を良き存在とするのは、実際に信念を実行すること・・・・
グリーンリーフの信念に基づく力強い提言が連綿として語られ、参加者は少しばかり圧倒されながら、提言に触発され活発な意見を出し合います。

・地位や役職だけの名ばかりのリーダーにはフォローワーが共感できない。
 信念をもって行動する人に志(こころざし)を見ることができる。
 そうしたリーダーに共感を覚える。
・集中していると周りが見えないと言われるが、本当の「信念」や「志」を持った人ほど、
 周囲に注意を払っている。
 自然と気になり気がつくものである。
 ゴールイメージをもっていないと周囲のことに注意がいかなくなる。
・名ばかりリーダーは、その役割をもって組織に貢献するよりも自己防衛に走ることが
 多いようだ。
・自分はある学生団体を支援している。
 伝統ある組織なのだが、規律が失われつつある状況に注意を払わなかったため、次第に
 仲間内だけの組織に変質してしまった。
 その結果、その組織に対して周囲が注意を払うことがますます低下し、すっかり弱体化
 している。
 立て直しの支援をしようとしているが、糸口がみつからない。
 このことを思い出した。

グリーンリーフは、この講演の締めくくりを半世紀前のクエーカー教のリーダーであるルーファス・マシュー・ジョーンズの「私たちは松明の担い手にもなれますし、小さな炎を大切に守り・・・」という言葉を引用して、「この数分間、私はみなさんに松明を渡そうと、話をしてきました。この松明を受け取ってくださいますか?」という言葉に託しました。

・カトリックのフランシス教育修道女会が他宗派の講演を受け入れていることに、
 その組織の柔軟さと素直さを見た。
 いわば一つの「傾聴」であり、リーダーとしての資質がある証拠と思う。
・形としての組織は時間とともに変質し、消滅することもある。
 しかしながら中に「価値」「尊いもの」があれば、組織の本質は残っていく。
・グリーンリーフの提言は本当に厳しいものと感じる。「会社が変わった」「企業文化を
 変える」など、多くの人がよく口にするが、本質的に変わらないことが多い。
 その中で変わらないものを変えるリスクとチャレンジを受け入れる覚悟を求める
 グリーンリーフの厳しさに襟を正す思いだ。
・グリーンリーフが掲げる「松明」をわれわれも受け取るように努めていく。

カトリック修道女会の人々は、彼の言葉をあたかも教皇ヨハネス23世を通じて伝えられる神の言葉のように受け取ったのではないでしょうか。
わたしたちもこの松明を受け取ることができるでしょうか。
強い余熱を残して読書会を終了しました。

次回は、6月27日(金) 19:00?21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第38回 読書会開催報告

第38回 読書会開催報告
日時:2014年4月18日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、現在、第7章の「教会におけるサーバント・リーダーシップ」を読み進めています。
今回から「奉仕のための組織編成」を読み出しました。
これは1974年8月12日にミルウォーキーのアヴェルノ大学構内の聖フランシス教育修道女会の100周年記念講演録で、今回、その前半を会読しました。(373ページ1行目から384ページ14行目まで)
グリーンリーフが17世紀のイングランドで設立されたクエーカー(キリスト友会)の敬虔で熱心な教徒であることは、これまでの会読箇所に何回も出てきました。
今回は宗派の異なるカトリック修道会での講演ですが、歴史ある修道会の100周年という節目の記念講演に、クエーカーのグリーンリーフが呼ばれることからも彼が高い信頼を得ていたことがうかがえます。
講演は「みなさんがこの修道会の過去を振り返り、その将来の計画を立てるとき、切迫感が修道院中に広がりそうな気がします。
みなさんは、どの組織も信頼できず、伝統的な価値観が揺らぎ、これまで行ってきた奉仕ももはや適切でないように思われるという、時代のさなかにいるのです。」と1974年当時の米国の時代背景を背に、カトリックの指導者に語りかけます。



会読後、参加者の討議のはじめに、それぞれが持つカトリックのイメージについて、表明し合いました。
・海外テレビドラマなどに影響されているのかもしれないが、規律が厳しく、保守的で他人に
 不寛容という印象がある。
・反発する勢力や違反者に対して罰を与え、他の宗教を厳格に認めないというイメージを
 持っている。
・海外に1年ほど居たことがある。地域には複数のキリスト教の宗派の人たちが併存していた。
 その中で、カトリックは自分を絶対視して他の宗教や宗派を認めようとしない、という
 印象を持っていた。
・米国政府にたとえると共和党に該当するのだろうか。
カトリックに対しては、総じて「保守的で頑迷、厳格」というイメージがあるようです。



グリーンリーフは、ただ社会の不安を言い立てるのではなく「‘どこもかしこも混乱している’という」のは「チャンス」である。有能なリーダーは困難と混乱した状況を組織の存続のために生かすことができる」と述べています。
組織の混乱とは、構成員が組織の在り方に不満を持つことに起因するものであり、真のリーダーはこれを解消しうる能力を持つ、との信念からの発言と思われます。
グリーンリーフがこの講演を行った時期、米国は既成の社会秩序に不満を表明し、新しい世界、新しい秩序を求める動きが若者や有色人種などの間で盛んに行われていました。
参加者の発言も徐々に熱を帯びてきます。
・リーダーの役割の一つのパターンは、自信を失っている人に自信をつけさせ、行動を促し、
 変化をもたらす人、と定義できる。
 自身の職場で、外部から来た組織長が短い期間で改革を実行し、組織委のモチベーションを
 上げたことがある。
 背景には不振な職場を変えたいという意図が部外者を受け入れる組織側にもあったことも
 大きな要素だった。
・企業も平穏な時にはその内部をなかなか変えられない。
 お互いが牽制し合ってナアナアの世界ができてしまう。
 混乱の中で生じる危機感が率直な意見を引き出し、そこから企業改革が可能になる。
 リーダーシップが発揮される時である。
・プロ野球の話であるが、数年前に中日ドラゴンズの落合監督(当時)が内野手の井端選手と
 荒木選手の守備位置を入れ替えたことがある。
 レギュラーの地位が安泰だった両選手には新しい刺激になり、選手生命も伸びた。
 周囲の若手にも出場のチャンスが生まれたと思わせるなど、チーム力向上に効果があったと
 聞いている。
・組織の質は、仕事のやり方などではなく、つまるところ人間の質、端的には人の意識だと
 思う。
 他人を評価したり批判したりするだけでは人を動かせない。
・既存の組織が現状維持を主張するのは、変化することがそれまでの自分を否定されるように
 感じるからだと思う。
 改革に臨んでは、人と仕事を切り離すことが必要。
 切り離すためにはそれまでその仕事に携わっていた人から、きちんと話を訊く、傾聴の
 姿勢が必要だ。



混迷を深める世の中で、グリーンリーフは「アメリカでカトリック教会は少数派ですが、永久的に最大の力を持つ可能性がある社会的勢力だと私は考えています。」と述べ、1958年から1963年の間、ローマ教皇の座にあったヨハネス(ヨハネ)23世に強いリーダーシップを見出しています。
ヨハネ23世は、自らの絶対性を主張していたカトリックの他宗派(東方教会やプロテスタント)との融和を図り、キューバ危機に際して平和の希求を積極的に発言するなど、カトリック教会の中興の祖と目される人物です。
熱心なクエーカー教徒であるグリーンリーフが宗派を超えて、教皇の事跡を評価していることからも、グリーンリーフはヨハネ23世に真のリーダーシップを垣間見たのだろうと思います。

参加者の熱い討議は、時間が過ぎることを忘れさせながら続きました。
・否定ではなく、提案し行動すること。ビジョンを示すことの重要性を改めて感じた。
・グリーンリーフは、世の中が個人としての達成感を重要視しつつことを受け入れている。
 その一方で組織による達成も評価し、組織の中での各個人の達成感を得られることに価値を
 置いている。
・先ほどの組織の質は人の質という意見を聞いて考えた。前章で言及された学校では研究や
 学問を通じて、人の質を高める目的がある。
 宗教は癒しや魂の救済をもって人の質を高める。学校や教会、宗教団体では高い
 エネルギーで高い質の行動が求められている。
 その元は倫理観であり、営利を求心とする企業活動とは異なるところがあり、強い自律性を
 求めている。
・この本の構成に関わる話だが、「教育におけるサーバント・リーダーシップ」の次の章が
 「教会におけるサーバント・リーダーシップ」であるが、この配置の意味を考えた。
 どちらも倫理観を根底に据えた組織であり、グリーンリーフが良い組織を作ることに
 注目している。
 数十年前の他のリーダーシップ論ではあまり重視されない組織自体のすばらしさに言及して
 いるところに、彼の先進性を感じる。とても熱い章だ。

次回の読書会では、この講演録の続きを会読します。
5月29日(木) 19:00?21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第37回 読書会開催報告

第37回 読書会開催報告
日時:2014年3月28日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

今回は第7章「教会におけるサーバント・リーダーシップ」から、1974年10月5日に
フレンズ・ジャーナル誌に「現代のクエーカー教徒の思想と暮らし」と題して掲載された論文を読みました。
本書の中では「知る技術」と題されています。(p.359 8行目 ~ p.372 10行目)
序文にこの論文の由来が書かれていますが、本論では17世紀イングランドでクエーカー教を設立したジョージ・フォックスの事績をもとにリーダーシップを論じています。
その要諦は「身をもって知る(knowing experimentally)」という言葉に尽きます。
初期のクエーカー教が国王により弾圧され、ジョージ・フォックスや多数の信者が投獄などの迫害を受ける中で、フォックス自身は外部の権威ではなく、自らの洞察力と深い思索により得た思想を、まさに神の啓示と感じ、そこに真実を見いだしていきました。
グリーンリーフはこのことに真のリーダーシップが示されていると考えたのです。
読書会では参加者による序文と論文の全編を輪読した上で、活発な議論が始まりました。

・この論文に何度も出てくる「こうして私は身をもって知ったのだ」という言葉が印象的。
 スキルや知識を頭で理解するだけではない行動の重要性が示されている。
 現場で実際に見て、体験しないと分からないことは現代にもたくさんある。
・この論文にはサーバントリーダーシップの10の原則(本書p.572~p.573)のいくつかが
 具体的に言及されている。
 傾聴や共感、これらの重要性と実行が困難なことが良くわかる。
・「身をもって知る」には謙虚な姿勢と好奇心、その両方を継続させることが必要。
・ジョージ・フォックスの事績から自分が正しいと体感したことを継続することの大切さを
 感じる。
 自分の周囲にも困難な仕事に集中力をもって取り組んで、結果的に周囲が自然についていく
 という姿を見せている人がいる。
 リーダーシップの一つの形なのだと思う。

グリーンリーフはこの論文でも教育の重要性を述べています。
ただし、われわれが教育という言葉から連想する客観的な知識や形式的分析、これらを偏重する教育について厳しく批判しています。
有能で道徳的な人によるリーダーシップが強く求められる時代、リーダーの責務である「真実を知る」ことは「身をもって知る」ことによってのみ達成するからに他なりません。
そして「世界中で至急求められている」のは「生まれつきサーバントになりたいと願う人」、すなわち、「他者がより健康で賢く、自由に、自律的になるよう手助けしたいと願い、自らもサーバントになりたいと願う」人であると論じています。
そして、そうした人たちこそ「他者が建設的な方向に進むのを手助けできる」人、「ヒーラー(癒す人)」であり、これが真のリーダーであると主張しています。
グリーンリーフは論文当時(1974年)の米国で、「心から必要としているのは、先に立って進むべき道を示してくれる、有能で道徳的なリーダー」と説いていますが、このことは40年後の今日、米国に限らないことと思われます。



・1974年のこの論文が書に掲載する際に「知る技術」、原題で「Art of knowing」という
 タイトルが付されている。
 スキルやテクニックという用語ではなくアートという言葉を使ったところに、知ることに
 ついての価値観や倫理観を含む深い意味があるように感じる。
・本当に会得したい、自分のものにしたいという気持ちが学問を成功させる。
 コピー&ペーストを悪用するような小手先の学習では何も得られないし、何も伝えて
 いけない。
・最初は教師役となる人の言動をまねていくことは致し方ない。
 それをどう吟味し議論して自分のものに形を変えていくかが重要。
 こうしたプロセスも「身をもって知る」経験なのだと思う。

グリーンリーフはこの論文の時代(1974年)を「リーダーシップをなおざりにする」「ほとんどが、粗野な人間や利己主義者、堕落した人間の手に握られている」と定義して、「われわれは反リーダーの時代に生きているだけでなく、‘反変革’の姿勢という重荷も同様に負わされている」と批判しています。
こうした事態に対して、グリーンリーフは、変革する能力の体得、そのために現代的な意味での「身をもって知る」ことを教育に組み込むことを主張しています。
そしてこの論文は「身をもって知り、人を導き、他者に教えることができる」「才能とともに進んでいく若者たちに手を貸そうではないか!」と読み手を力強く鼓舞して終わります。

・経験によって何を得たか、何を知ったかを振り返り、次の行動につなげることが重要。
 行動とともに感情を自在にコントロールすることが大切で、かつ難しい。
・経験すること、お互いの違いを認識して認め合うこと、目標に向けて意志を持って行動する
 こと、これらの重要性を改めて認識した。
・リーダーとフォローワーが意識することで、個人に属すリーダーシップを組織が持つことが
 できる可能性を感じた。
 こうした真の意味での学習する組織が実現すれば、社会が良い方向に変革するだろう。
・組織の中での肩書がリーダーを決めるのではない。
 リーダーとフォローワーが協力し、お互いに助け合い、時に立場を入れ替わっていくことで
 本当のリーダーシップが出現する。

読書会は今回読んだ論文からちょうど40年後に実施されました。この40年間に変わってきたこと、変わらないことを見定めて、次の時代を意識しつつ「何をなすべきか‘身をもって知る’ように」とグリーンリーフの激励が聞こえてきそうです。

次回の読書会は 4月18日(金) 19:00?21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

入門講座 開催報告

日時:2014年3月5日(水)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

この入門講座は、「サーバント・リーダーシップ」とは?「サーバント・リーダー」とは?といった言葉に触れ、それがどういったものなのか、まずは基礎的な理解を深めていただくための初心者向けの講座となっています。



当日は、19名のご参加をいただきました。
今回は医療関係、金融機関、不動産関係、人事担当者、会社執行役、キャリアカウンセラー等各方面から様々な顔ぶれが集って下さいました。

・リーダーシップとは
・サーバント・リーダーシップの歴史と概要
・サーバント・リーダーシップとは?
・組織にみるサーバント・リーダーシップの導入事例
・サーバント・リーダーとは?
・サーバント・リーダー10の特徴
・支配型リーダーとサーバント
・リーダー・今なぜサーバント
・リーダーが求められるのか?
・自分の中のサーバント・リーダーシップ

といった内容を、講義6割とディスカッション4割という比率で共に学び合いました。
やはり様々な分野、職種の方々が集まりますので、意見も色々とそれぞれのお立場から出てきますので、より幅の広いディスカッシ ョンとなりました。



「自分がサーバントとして足りない点がわかった」
「短い時間で皆で一緒に考えられるよう必要なポイントをレクチャーでレビューしてもらえて
 よかった」 
「自分のリーダーとしての考え方を見直すきっかけとなった」
「他の業種で仕事をされている方の話が聞けて自分の仕事を振り返る良い機会となった」
 
等、ご自身のリーダーシップのスタイルを省みたり、この考え方を活かす糸口が見えました、などのお声をいただくことができました。



次回は5月28日(水)を予定しております。

日時:2014年5月28日(水)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

第36回 読書会開催報告

第36回 読書会開催報告
日時:2014年2月28日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

今回から第7章「教会におけるサーバント・リーダーシップ」を読み出しました。
グリーンリーフはこの章の序文で
「私の宗教観はあまり神学を基盤としていない。
言いようのない神秘の前に、畏敬と驚嘆の念を抱いて立ち尽くすだけで満足なのだ。
神秘について何かを説明しなければという気にはならない。」
とこの章全体に及ぶ彼の視点を提供しています。
そして教会を「人間の宗教的関心が<組織>化されたもの」と大胆に定義して、その中で教会が「設立時の目的を果たすための最良の方法を見つけるのに苦心している」と今日的な問題を指摘し、「(教会)組織や、社会に対する組織の奉仕といった点にまで」論考していくと宣言しています。
会読は序文からグリーンリーフがフレンズ・ジャーナル誌(クェーカー教徒向けの月刊誌)に投稿した「二十世紀後半に、求道者となることについて」という論文に入ります。
グリーンリーフのこの論文は1970年前後に書かれています。
当時の米国は、60年代からの公民権運動、泥沼化したベトナム戦争、そして1973年のオイルショック・・・、繁栄の中に不安が広がり、若者を中心に既存社会への反発や離反に端を発したヒッピームーブメントや自己啓発が盛んになってきました。
アメリカ社会の中で多くの人が既存の組織とリーダーに失望し、迷っていることに対して教会が救いの道を示せないことに、グリーンリーフは強い警鐘をならしています。
序文と論文を通読して、参加者による議論に入りました。



・一読して感じたことは、フォローワーがリーダーを作るということ。
 リーダーを極めることはフォローワーを極めること、と認識した。
・リーダーシップそのものも、これを求めることで得られる、逆に求めなければ得られない。
・預言者がリーダー、求道者がフォローワーという構図なのだろうか。
 求道者が求めるものが何か、求めているものは正しいのか、といった評価が必要で、
 それが難しいと感じる。
 社会に不足している「もの」に対して、人々から自然発生的に求めるという行為が
 起きるのではないか。

グリーンリーフはこの論文で、「人々が預言に耳を傾けてくれたとき、預言者は名声を得る」という逆説表現で、我々に対して真実のことばを求めること、雑多なものと真実を聞き分けることの重要性を示しています。
そして、「昔の預言には価値があるが、現在の預言と預言者には期待できない」という声を一蹴し、その時代、すなわち現代の預言が重要であると説いています。



・本論文は宗教に言及しているために読む前から解りづらいと思ってしまいがちだが、
 普遍的な原理を述べているように思う。
・教会には一人の司祭や牧師と多くの信者が対面しているイメージがある。
 組織の中での上司対部下のような1対多の関係では、納得できない上司のことばでも周囲に
 流されて黙って受け入れてしてしまうことがある。
 1対多の存在の中で、1対1の関係を作っていけることが重要だと思う。
・ファシリテーションやリーダーシップは他の人の創造性を引き出せるかどうかが
 成功の鍵という話を聞いた。
 さらに、人の行動の裏には感情があり、その感情の裏にはニーズがあるという説明だった。
 求道者が何かを求めるのもそこにニーズがあるから。
・さまざまな組織の中でニーズは一人一人異なり、矛盾することも多い。
 リーダーはその中で方向を定める責務があり、寛容さと粘り強さが必要。
 短絡な判断や行動では、ニーズを満たせない。
・一人一人のニーズが異なることは事実であるが、その背景にもニーズがある。
 そうした真のニーズには全員に共通したものがあるのではないか。
 たとえば、会社勤務者の中で、仕事よりもワークライフバランスが重要という人もいるが、
 そうした人も会社が良くなることをよしとする点では共通する。
・表面的な価値観は、人の成長度合いの違いによっても異なることがある。
 曾野綾子は「人は幼いときは親や周囲に養って‘もらい’、成長すると他者に
 いろいろなものを‘与え’、老年になると周囲にやって‘もらう’ことばかり求めるように
 なる」という意味のことを言っている(注)。
 周囲を理解する寛容さも「与えるもの」であり、リーダーに必要な資質であると思う。
 (注)曾野綾子の著作「戒老録」などに述べられている。
・共感力が重要と思う。お互いのニーズを認め合う者が集うのがコミュニティー。
 その底辺に流れるものに耳を傾け、共感から共通の動機づけをしていく、ほんとうの
 束ねる力がリーダーに求められるのだろう。
・何人もの職人から構成される組織での話。
 技術向上を図り成果を出すという点で目標が一致し、一番腕の良い組織長の下で一枚岩と
 見えた職場だったが、あるとき、実は目指すものが人によりバラバラだということが
 分かって、組織の絆が一気に崩壊したことがある。
 真のニーズはきちんと確認しないと怖い。
・組織の長が強引にではなく自然に周囲の力と意欲を引き出すことがサーバントリーダー。
 例えば、リーダーの働きかけによってメンバーがあたかも自分で課題形成して、自分の
 意思で長時間働くこともいとわないような。
 これは自分がなりたいリーダーの姿である。
・本当のニーズをつかみ、本当にやるべきことを見つけ、周囲の心に訴える。
 そして自らが行動で示すこと、そうした姿勢に価値を見いだす。
 過剰の時代の欠乏を見つけることができるか。
・内なる声に耳を傾け真実を見つけることが重要。
 短い論文だが訴えることの意味は深い。
・一人で読んだ時とは異なる気づきがある。
 他の人の話を注意深く聴き、利他の精神、他者のバリューすなわち多様性への共感、
 これを実現する寛容さと忍耐力をもったリーダーが求められる時代だと思う。
・先般、会社を定年退職した。
 家族に「もう退職したのに、いまさらなぜ読書会に行くの」と尋ねられたが、今日、
 その解答を得た。
 自分はサーバントリーダーを目指して、‘もらう’老年ではなく、‘与える’壮年で
 あり続けたい。



リーダーの役割は「真実」を見つけること。
その真実は一人のリーダーが独善的に示すのではなく、周囲の人々が求めるものを、その奥底にあるニーズを理解して探し求め始めるものです。
そのためにリーダーには傾聴、共感、寛容の能力が求められるのでしょう。
会読に参加した我々も、ごくわずかながらグリーンリーフの深い思索の世界に近づけたのではないでしょうか。

次回の読書会は 3月28日(金) 19:00?21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第35回 読書会開催報告

第35回 読書会開催報告
日時:2014年1月24日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

前回から第6章「財団におけるサーバント・リーダーシップ」を読み進めています。
この章はグリーンリーフが慈善団体発行の雑誌であるファウンデーション・ニュースに1973年と1974年に寄稿した記事が核になって構成されています。
今回は1974年の寄稿である「慎重さと創造性 - トラスティの責務」を会読しました(p.341、3行目からp.350最後)



この時代、米国では財団(基金)が議会をはじめ、世論の批判の矢面に立たされていました。
ロックフェラーやフォードなどの富者が財団を隠れ蓑に税制の優遇措置を受けながら富を蓄積しようとしている、という批判です。
グリーンリーフは、この記事の冒頭、財団(基金)の特徴として次の3つを挙げています。

1. 財団は識者が撤廃すべきだと判定した、唯一のカテゴリーに属する。
2. 財団は、どの組織よりも後で批判されやすい。
  (運営も容易と思われ)自分(批判者)達ならもっとうまく運営できると言われがち
  である。
3. 財団は、顧客や取引先による市場テストがまったくない。

そして、財団が社会的価値を存続するためには、「慎重さ」と「創造性」、すなわち、「慎重さ」は財務面などの組織運営のリスク対処、「創造性」は組織に社会に役立つアイデアを出し行動する力が重要と説き、さらに「有用な組織として財団が生き残れるかどうかは、影響力を持つ一般市民の大多数から慎重さと創造性を兼ね備えていると見なされるかどうかにかかっている」と訴えています。
これは多くの財団が「慎重さと創造性の両方のテストをクリアする組織を構築すべきだとは捉えていない」とのグリーンリーフの問題認識によるものです。
グリーンリーフはこれらの問題に対して、財団のトラスティ(報告者注:トラスティとは受託者を意味し、ここでは財団の理事を指す)は一般市民を納得させる責務があり、そのために財団運営職員とは別の顧問やコンサルタントを必要とすると説いています。
グリーンリーフは財団組織の構造にも言及しました。
「財団独自の創造的な事業を行うため、自分たちに直接報告する職員を配置すべきとトラスティに提案」し、「財団のトラスティが、社会に対する財団の義務の一部は、型にはまった考えから抜け出せるような想像あふれる事業への投資」とその意義を説きつつ「変革の第一歩は財団の<組織>構造の面で創造的になるということである」と激励の言葉を贈っています。



会読を踏まえて参加者同士の議論では、対象を「財団」に限定せずに「周囲の信頼を失った組織のリーダーシップのあり方」という点に拡張して意見の交換を行いました。

・組織が周囲の信任を失っていながらも何も変われないという事例がある。
 何らかの必死の動きはあるのだが、全部内向きで内部の争いばかり。
 周囲の信頼は下がる一方ながらそのことに気がつかない。
・財団と慈善団体のつながりが金銭を介したものだけに周囲を含む信頼関係を失うと大変な
 事態に陥る。
 NPOでの経験を通じて感じたが、その組織がどれだけの価値を生む活動をしているか、
 金銭で測れない価値も含めて大変重要なポイントと思う。
・グリーンリーフは「創造性」と「慎重さ」の二つの要素を重要点としているが、
 「慎重さ」が何を示すのかがまだ理解しきれない。
 ここで示されたリーダーシップのあり方を個人の活動に落とし込みたい。
 今の段階では、自らの立場を理解し価値創造に向けたビジョンを形成することが
 「創造性」、活動が自分のエゴに陥らないようにすることが「慎重さ」ということなかと
 思っている。
・自治体が運営する芸術関連の施設で働いていたことがある。
 新たな芸術を創造したい職員と現状を変えたくない職員が対立していた。
 後者は主に自治体からの出向者で、税金による運営というに責任意識が逆効果に作用して、
 ひたすら実績踏襲、現状維持を主張していた。
 公的支援、つまり金銭はあるのに活動にミッションとビジョンがないと目的のない迷走に
 なる。
・100年続くシステムを作りたいと願って社内の改革を進めている。
 未来はある意味で現状の破壊の上にあると思っているが、経営と現場の両方を見据えて、
 「創造性のある改革」と「慎重に現場の同意を得ること」を両立させたい。
 改革へのロードマップを示すことが重要と考えている。
・信頼を失った組織におけるリーダーシップは難しい課題。
 グリーンリーフが指摘し、みんなで議論してきた「慎重さ」と「創造性」の結果は、
 両者の掛け算で判定されるものだろう。
 どちらかが0であれば積は0になる。
 この積をどう大きくするか、積を大きくすることにサーバント・リーダーシップの本質の
 一端がある。
 現実の場面では、まさにリーダーのあり方が問われるだろう。
・今回もグリーンリーフの提言にはとても厳しいものを感じた。
 心ある財団の人ほど厳しく思うのではないか。
 そして、この論文は組織の置かれた立場とそこから次に向かう方向に気づく人から何かを
 変えていけるのだ、というグリーンリーフの激励と読める。
 現在の社会においても多くの組織で自由に動ける人、制約で動けない人、水面下で同士を
 募って改革を目指す人、いろいろいる。
 真実に向かう人を応援し、ついていくことを激励する内容だ。



40年前の米国で書かれた短い論文でしたが、現在の状況を踏まえて活発な議論が最後まで続きました。
これで、第6章を読了。
次回から第7章「教会におけるサーバント・リーダーシップ」に入ります。
グリーンリーフは宗教の教義ではなく、人々が心のよりどころとしている組織でのリーダーシップを論考しています。
私たちも会読を通じて、広く議論していきましょう。

第5回 近代の優れたリーダーに学ぶSL研究会 開催報告

日時:2014年1月20日(月)19:00~21:15
場所:レアリゼアカデミー

今回は、第二次世界大戦下、ナチスの迫害によって追い詰められた6000人のユダヤ難民の命を救った杉原千畝と、その英断のバトンを受け継ぎ「命のビザ」のリレーを実現させた、根井三郎小辻節三を取り上げ、彼らの職や命を賭した勇気ある行動の中に見るサーバント・リーダーシップの要素を学ぶ機会を持ちました。



在リトアニア領事代理であった杉原千畝は、なぜ外務省の訓令に背いてまで日本の通過ビザ発給を決断したのか?
まず始めにYouTubeを観て、また杉原が晩年その時の思いを「決断・命のビザ」(杉原幸子:監修、渡辺勝正:編著)で告白している以下の文章を読みながら話し合いをしました。
「・・・ビザを拒否してかまわないのか。それが果たして、国益に叶うことだというのか?苦慮、煩悶の挙句、私はついに、人道、博愛精神第一という結論を得た。そして私は、何も恐れることなく、職を賭して忠実にこれを実行し終えたと今も確信している。」
この、外務省の訓令には従わず、人道・博愛の道に従った杉原の決断から、大義に生き「人命を尊重」した、サーバントリーダーの姿を垣間見る事が出来ました。

その後、ユダヤ難民はシベリア鉄道で約2週間かけて極東のウラジオストクに到着しました。
ここで外務省から「杉原ビザを承認するな」という「待った」がかかります。
ウラジオストク総領事代理の根井三郎は、これに正面から異を唱えました。
「検印を拒絶することは、日本帝国の威信を損なう」と、杉原ビザの正当性を既成事実として認めるように擁護したのです。
本省とのやり取りは5回にも及びましたが、この根井の粘り腰と人道的な英断により、ユダヤ難民たちは日本海を船で渡り敦賀港に向かうことができました。



敦賀での温かい歓迎を受け、神戸に辿り着いた彼らでしたが、杉原が発給した日本の通過ビザは滞在日数も10日程度で、もしビザが延長されなければユダヤ難民は本国に強制送還されます。
それは彼らにとって“死”を意味しました。
窮した神戸ユダヤ人協会の代表者は「我々ユダヤ人が直面する窮地を救ってくれるのはあなたしかいない」と、ヘブライ語学者・ユダヤ専門家の小辻節三に手紙を書きました。
「義を見てせざるは勇なきなり」その手紙を読み小辻は立ち上がります。
そして外務省に通い、ビザの延長と入国出来ない難民の受け入れの陳情を続けました。
その甲斐あって難民の受け入れは認められ、滞在期間の延長も大きな犠牲を払うことにより認められたのです。

やがて1941年の秋頃にはほとんどのユダヤ難民が、日本からアメリカやカナダや上海に出国することができました。
もし同年の12月8日太平洋戦争突入までに、ユダヤ難民を出国させられなかったらどうなっていたでしょうか。
日本の歴史の1ページに「ホロコースト」という汚点を残さずに済んだのは、杉原・根井・小辻という「大義に生きた功労者」が存在したからとも言えます。

戦後杉原は、政府に背き独断でビザを発行したことで、外務省を免官させられるという悲劇を味わいます。
小辻は終戦直前に(反ユダヤ勢力の)憲兵隊から拷問を受け、暗殺者リストにも記載され、我が身と家族を守るために満州国ハルビンに逃げました。
二人はユダヤ難民を助けたことによって、自らもユダヤ人と同じような迫害を経験する事になったのです。
しかしながら、杉原が後にその名誉を回復し、小辻がシベリア抑留から逃れることができたのは、ユダヤ人の理解と働きと助けとがあったからでした。
そして、杉原は1985年イスラエル政府から「ヤド・バシェム賞」(諸国民の中の正義の人賞)を受賞しました。
小辻は死後、アブラハム小辻としてエルサレムに埋葬され「ゴールデン・ブック」に刻銘されました。



以上の内容をもとに、杉原・根井・小辻の行動の背景にあった価値観や行動規範はどんなものであったのか?等について自由な話し合いの時を持ちました。
参加者のアンケートやフェイスブックの投稿からは以下のような意見が挙がってきました。

・今まで杉原千畝のビザ発給という点でしか理解していなかったものが、壮大な線から面に
 なって事実を知る事が出来、良質な映画を鑑賞した後のような感動を覚えました。
 これから大義を持って、ブレない判断が出来るようになりたいと思います。
・全く知らない事実を知りました。
 (一部のリーダーかもしれませんが)戦中の日本人の命をかけた行動力・意志力・判断力は
 素晴らしい。
 「義をみてせざるは勇なきなり」を肝に銘じて、判断・行動したいと思います。
・映画を観た後のような心が動く感覚、知らなかったことを初めて知る驚き、本当に価値ある
 時間になりました。
 先人の生き方についてもっと学び自分の行動に繋げたいと思います。
・杉原千畝の事跡は近年有名になってきたが、根井、小辻、樋口といった人々と併せて学習
 できたことはとても良かった。
 周囲に安易に流されることを避け、自分としての柔軟な軸を持つ。
 「B層」であることからの脱却を図りリーダーを目指す。
・自分の行動規範を持つことの大切さを学びました。
 自分の行動でその対象者の人生が変わる時(活かされる時)に、ふさわしい行動をとる
 ことができるようになりたい。
・杉原だけでなく、様々な方がリーダーシップを発揮しているのを知る事が出来て良かった。
 自分には欠けているリーダーシップを学び心がけて行きたい。

第34回 読書会開催報告

第34回 読書会開催報告
日時:2013年12月13日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

今回から「第6章 財団におけるサーバント・リーダーシップ」に入ります。
今回は章の全体説明と慈善団体が発行するファウンデーション・ニュースに、グリーンリーフが1973年に寄稿した「財団のトラスティ」を読みました(p.329 - p.341、2行目)。



本章は、奉仕に当たって一番難しいのは、金銭を与えること、という命題から始まります。
財団(foundations)は、昨今、基金という呼称がなじみやすいかもしれません。
東日本大震災の復興支援に当たるNPOやNGOへのさまざまな資金援助の主体となるなど、日本においてもかなり身近な存在になりました。
グリーンリーフは、「財団が‘われわれ全員の利益’という前提を検討する、尊厳のある組織に変わる機会」に強い関心を寄せて、実際面からの提言を進めています。
前半を読み進めた後、参加者間で組織内の委員会やNPOでの意思決定を巡って、発言と議論が始まりました。



・あるプロジェクトでは、意欲のあるメンバーが主体的に会議体を設け、定期的に協議を
 進めている。
 プロジェクトチームの一分科会という位置づけだが、ボランティアなスタイルでの
 会議運営で質の高い議論と意思決定を長続きさせる原動力となりそうだ。
・会社からトップダウンで作られた組織がなかなか機能しない。
 現場から上がってきた提言をテーマにして議論しても決断ができず、「現場アンケートを
 実施しよう」といった結論が出たりする。
 これは組織の中で「上」を見てしまうのだろう。
 本来は下を見なければいけない。
 自信がなく保身に走っている。
・ある一般社団法人で、いろいろと不透明感が募っている。
 組織の目的に沿ってボランティアからプロまでいる組織であるが、組織、活動、金銭の
 収支に透明性が必要。
・米国ではNPO組織の規模(組織数や組織ごとの財政規模)も個人からの寄付金も莫大。
 米国は法律や税務の面でNPO活動しやすい。
 文化的、社会的背景の違いもあろう。
 一方で、基金などの組織では周囲からの誘惑も多く、第三者によるチェックなど規律維持の
 対策が必要。

グリーンリーフは、財団の高潔さを維持するために、現在、各組織のトラスティ(受託者)や管理者が持っている権限を活用する」ことを挙げ、これがアメリカ社会全体の質を上げると述べています。
トラスティとは理事会など、組織の運営に直接に携わらない中で、組織の意思決定を行う立場ある人たちを指し、グリーンリーフは、トラスティのリーダーシップについて、多くの場所で言及しています(第3章では章全体でトラスティのリーダーシップを検討)
「高潔さ(中略)は、対処すべき状況を予期し、行動の自由があるうちに行動するという
先見の明」
「こうした類の行動こそがトラスティの機能」
「自ら主導権をとって内部に高潔さを築く責務は、トラスティにとって何よりもすばらしい
もの」
「財団は「公共の」ものでも、「民間の」ものでもない。「トラスト(信託)」が、財団を
言い表すのに一番ふさわしい」とトラスティの役割を説き、
「これまでの組織はその分野でトップレベルだとされていれば「優良」と判断されてきたが、現在はどれだけ社会に奉仕したかが、各組織に与えられる課題となっている」
グリーンリーフは、財団の未来は組織の質や高潔さ、そして影響力を構築し、それらを維持できるかどうかにかかっている、としてその役割はトラスティにある、と強く主張しています。
これを受け、参加者による議論が続きます。



・社会活動に対する民間からの寄付金は米国で年間10兆円規模、日本は1兆円規模と人口比を
 考慮しても5倍の差がある。
 米国の規模には文化的背景の他に、行政サービスが足りないという社会的背景もある。
・米国での相互扶助についてはキリスト教の影響もあるだろう。
 一方でかつての日本でも相互扶助は一般的だった。
 宮本常一によれば、大人になること、つまり一人前とは地域(村落など)に力を提供する
 ことができることを意味していた
 (宮本常一「ふるさとの生活」(講談社学術文庫、1986))
・自分の実体験でも、今も沖縄などで模合(もあい)という結(ゆい)や頼母子講
 (たのもしこう)に類似の相互出資の制度がある。
・いろいろな組織で資金を管理する人には周囲からの誘惑があり、甘言に乗る人も多い。
 ただ、それは最初から個人の利得を求めてというよりも、周囲との人間関係を良好に保とう
 といった配慮が過度になり、やがてモラルを喪失するようなことになっているのでは
 ないか。
 事態の推移する中で、人間不信に陥るケースもある。
・組織の中で高潔を保つというのは、精神的につらいものがある。
 金銭の話ではないが、多くの部下との関係を公平に保つため、部下と一緒に昼食を取らず、
 常に一人で、という行動が必要なケースがあった。
 そうして作り上げた公平を維持するために、職場に気楽な話をする場もつくれず、孤独に
 耐えていかなければならなかった。
・高潔なリーダーシップは、思考だけではなく行動で示さなければならない。
 精神的にも決して楽なものではない。

リーダーシップのもととなる高潔さに内在する厳しさを感じつつ進んだ読書会でした。
次回も財団におけるサーバント・リーダシップの学びを続けていきます。
次回の読書会は、2014年1月24日(金)19:00~21:00 レアリゼアカデミーで
開催予定です。

入門講座 開催報告

日時:2013年12月5日(水)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

この入門講座は、「サーバント・リーダーシップ」とは?「サーバント・リーダー」とは?といった言葉に触れ、それがどういったものなのか、まずは基礎的な理解を深めていただくための初心者向けの講座となっています。



当日は、8名の参加をいただきました。
参加の目的を伺ったところ、

・現在、人材派遣の会社でマネージャーをやっていて、部下指導のいい方法があればと
 思った。
・製造業ですが、開発競争の中で無理な要求が続き、本社の機能より製造現場の声が強く
 なってきてしまい、うまく会社側の意向を現場に落とせない。
 その間で苦しんでいる。
・市役所に勤務しているのですが、うまく市民をたてながら行政を進めるスタンスがここに
 あるのではないかと思った。
・副所長をしていて、上役はボスマネジメントなので、少しづつそうした体質を変えて
 いきたいと思って。

等々でした。
今回の参加者の皆さんに感じたのは、社内や現場にサーバント・リーダーシップを取り入れていきたいというような声を伺えた事です。
当日は医療関係、役所職員、IT関係、製造業、人材派遣会社、人事担当者等各方面から様々な顔ぶれが集って下さいました。

・リーダーシップとは
・サーバント・リーダーシップの歴史と概要
・サーバント・リーダーシップとは?
・組織にみるサーバント・リーダーシップの導入事例
・サーバント・リーダーとは?
・サーバント・リーダー10の特徴
・支配型リーダーとサーバント
・リーダー・今なぜサーバント
・リーダーが求められるのか?
・自分の中のサーバント・リーダーシップ

といった内容を、講義6割とディスカッション4割という比率で共に学び合いました。
やはり様々な分野、職種の方々が集まりますので、意見も色々とそれぞれのお立場から出てきて、より幅の広いディスカッションとなりました。



「自分の業界以外の方のご意見を伺えてとても良かった。多様化の時代に向けて、この考え方を活かしたい」
「職場はリーダーが作る空気やムードが大事で力ではもはや無理だと感じた」 
「自分の中にサーバント・リーダーの10の特徴をとらえられて、今のまま進んでいい事が確認できた」
「自分がこれからサーバント・リーダーシップを実践するうえで足りない事が明確になった」
「サーバント・リーダーはあらゆる組織で取り入れられる事がわかった。この場所に集っている人からも自分もがんばろうと意欲を新たにできた」
 
等、ご自身のリーダーシップのスタイルを省みたり、この考え方を活かす糸口が見えました、などのお声をいただくことができました。

次回は2014年3月5日(水)を予定しております。

開催日:2014年3月5日(水)
時間: 19:00~21:30会場: レアリゼアカデミー

第33回 読書会開催報告

第33回 読書会開催報告
日時:2013年11月29日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

今回は「第5章 教育におけるサーバント・リーダーシップ」から1974年の秋に実施されたウッドロー・ウイルソン財団が実施するシニア・フェロープログラムでの講演録である「大学における人材の活用法」(p.316、10行目 - p.328、3行目)を読みました。



日本語版の「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏氏監訳、金井真弓氏訳。英治出版、2008)では、この講演の主題でもある senior fellowをそのままシニア・フェローと記述しています。
日本では主席研究員といった意味に使われることが多いこの用語ですが、ここでは政府機関や企業などでの社会人経験を積んだ人物が大学に赴いて学生を支援(奉仕)するプログラムを担う人々を指しています。学生はこうした人を通じて社会を知る機会が得られます。
グリーンリーフは、一般的なシニア・フェローを
 1.大物、すなわち社会的有名人
 2.一般的な講演やイベントを実施して貢献する人
 3.自身の専門分野の知見を活かす人
と3つに類型化しています。
多くの大学がこうしたシニア・フェローに期待していると説明しつつ、ウッドロー・ウイルソン財団のシニア・フェローには異なる任務と役割があると主張しています。
その任務とは、社会的責任を担う能力とそれを発揮するための直感的な判断力や知識を持った人物を学生の中から見出し、その能力を育成する(=そうした学生に奉仕する)ことです。
こうした主張を述べた講演録の前半を読んだ段階で、参加者同士の議論に入りました。

・大学が「学生のため」ではなく、大学自身の名声のために活動しているという事例は、
 現在でもよく見受けられる。
 多くの組織で似たようなことがあり、講演会の企画を議論している際に「聴衆に何を
 伝えるのか」を問うても答えがはっきりしないことが多い。
 聴衆が目的を持たずに参加することにも一因がある。
・目的を先に明確化する「ワークショップ」という形式が増えているのは、そのことにも
 一因がありそうだ。
・若い人には「周囲の人、ことに年長者の話はとりあえず聞いてみる」という姿勢も必要では
 ないか。
 若さゆえの吸収力がある一方で社会経験が少ないので、何がその人の心に訴えるか、事前に
 わからないことも多い。
・前述の一般的な類型は上から下に与える「講義型」が中心で、聴衆がだまって視聴する
 「劇場」に似た感じがする。



グリーンリーフはシニア・フェローの特殊性に期待しつつ、一方で学生が自身の素質に気がつくように促す役割は教職員にあり、この分野をシニア・フェローに頼ってはいけない、とも主張しています。
そしてシニア・フェローは自身の経験から何かを与えてくれると鋭く気づいている学生たちの特殊な英知の源、と定義しました。
さらに、大学では教職員が中心となって、並はずれて責任感のある学生を発掘し指導する必要がある。
1970年代の米国は大学進学率が50%に及んでおり、大学を社会から隔絶した「非現実」の世界とするのではなく、実際的で現実の場として、素質のある学生を大学教育の中で伸ばさなければ、将来、他の場で伸ばすことは難しい。
大学がこうした学生に奉仕する(指導して伸ばす)意志と明確な目的と決断が必要、と喝破しています。
グリーンリーフの過激ともいえる主張に触れて、参加者の議論は続きます。

・今も大学においては、学生の学問に取り組む姿勢や手立てを教えていないことが多い。
 実社会に出ればすぐに第一線での競争があるにもかかわらず、スキルとしての取組み方法の
 知識が不足していることが多い。
 大学が非現実の世界となっている証拠ではないだろうか。
・いわゆる文系で履修、卒業する学生の場合、目的があいまいで「自分が何者か」という
 ことも分からない可能性がある。
 実際にいろいろな社会経験を経て40歳代、50歳代になって分かることもある。
・グリーンリーフの主張が「素質のある人を選抜」であることに違和感がぬぐえない。
 先天的なものを重要視するのであれば、努力することの価値が損なわれる。
 人生や社会が運命論に陥るのではないか。
 経営者も素質だけで決まるわけではない。
・ある分野のトップについて、第一人者(ナンバーワン)が一人いれば十分ということも
 多い。
 ただしナンバーワンに選ばれなかった人も組織の中で存在意義があることを忘れては
 ならない。
・留意点がある。グリーンリーフはリーダーを組織の長に限定していない。
 むしろ真実を知り、ここに周囲を導く者がリーダーであり、そうしたリーダーが組織の
 どこに いるか、耳を澄まして探す必要性を主張している。
 またリーダーとしての能力を後天的に得る可能性にも言及しており、その点はラリー・
 スピアーズがサーバント・リーダーの属性を10にまとめている(本書p.572-573)。
 もっとも、その資質の獲得は極めて厳しいものであるとも言っており、安直な慰めは
 していない。
・社会では失敗から学ぶことも多い。重要なことと思うが、大学が失敗を経験した人に
 「学生のために、失敗について語ってほしい」と依頼してくることは少ない。
・次の世代を育て価値を伝えるには、無私とならねばならない。どうしても自分の利益
 (評価など)に惑わされがちで無私となるのは難しい。
・この学習で得たことを職場でも共有し、現場で生かしていきたいと思う。



グリーンリーフの思想と主張には、学習すべきことがまだ多数あり、これからも参加者の語り合いの中で、彼の神髄に少しでも近づきたいと思います。
これで、第5章「教育におけるサーバント・リーダーシップ」を読了し、次は第6章「財団におけるサーバント・リーダーシップ」に入ります。
次回は 12月13日(金) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第32回 読書会開催報告

第32回 読書会開催報告
日時:2013年10月29日(火)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

前回の読書会に引き続き、「第5章 教育におけるサーバントリーダーシップ」から
ディキンソンカレッジでの1974年の「一般教養と社会に出ること」と題する講演で、
大学における一般教養(Liberal Arts)教育に関して行った提言の後半部分
(p.309、7行目-p.316、9行目)を会読しました。



ちなみに現代の米国や日本では、大学が最終学歴、すなわち社会に出る前の最後の
学校教育の場となるケースが多くなっています。米国の大学進学率は、1974年当時が
約50%で、現在(2013年)は約70%。同様に日本では1974年が約30%、現在(2013年)
は約50%の大学進学率となっています。
グリーンリーフは、講演の中で「仕事の世界とは非常に曖昧なもの」と社会人生活を
とらえて、その曖昧さに対処するために体得すべき力を提示しました。
「学生が学ぶべきことは、「正しい質問をする」という高度な技術」
「必要に迫られたらすぐに洞察や発想を受け取れるように、認識する力」
「準備は整っているから、経験に飛びこめるという自信」
「必要なときには創造的な洞察力が現れてくるという自信」
「その時の答えは、実際の場で生まれたものだから正しいに決まっているという自信」
さらに、グリーンリーフは、これらを学ぶのには一般教養(Liberal Arts)の学習が
最適と主張し、大学の一般教養プログラムが持つ潜在能力に期待し、その改革を
訴えています。
この主張をめぐって参加者から活発な意見が出されました。

・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」をテレビで見て、大勢の学生を前にしながらも
 双方向、未来志向で進める大学講義に感銘したことがある。
 米国のすべての大学の 講義が同様ではないかもしれないが、こうした姿勢を日本の
 大学に学んでもらいたい。
・若い人は即効の結果を求め、有名人の成功者を追い求めがち。多くの大学教員はそうした
 有名人とはかけ離れているが、学ぶべきものは多数持っている。
 このことをどう理解させてギャップを埋めていくかが課題。
・グリーンリーフの言う「曖昧な社会」の中で、「正しい質問をする」つまり周囲との
 コミュニケーション能力を高めることは、自分への自信も芽生えさせ、苦しいとばかり
 思う日常を楽しいものにすることも可能にする。
 このことを大学生のみならず、若い社会人も知らないことが多い。
・大学で一般教養を学ぶことは、先人の知恵と経験に学んで自分の「引き出し」をたくさん
 作ること。
 若いころに培った「引き出し」が年齢を重ねる中で空になっていく恐怖を感じることが
 ある。
 「引き出し」を多数持っていることで、逆に社会人になっても勉強する意欲を保てて
 いる。
・若い人が新たに事を覚えることは常にゼロからのスタート。
 先人が到達したゴールをスタートラインにはできない。
 地道に先人の成果を示していかないといけない。



グリーンリーフは、講演の中で学習プログラムについて提案を行っています。
具体的には「学生に現代社会に奉仕し、奉仕を受ける準備をさせるように学期ごとに目標を
示し」「この目標に惹きつけられる学生と、参加する意思のある教職員による限定された
プログラム」を課外活動で実施することを示しました。(引用一部改編)
そして講演のまとめの段階で、グリーンリーフは大学における一般教養(Liberal Arts)
について、「それを学んでいる大学という環境が現実として、人生のどの段階とも変わらぬ
現実であるとして受け止められる状況を生み出し、さらに大学での経験を実用的な実験期間
として用いることで、現代社会に奉仕し、奉仕を受けるような心構えを学生にさせる明確な
努力生み出すもの」と、その理想像を整理しています。
最後まで読み通したメンバーによる意見交換はさらに熱を帯びてきました。

・最近の教育再生会議によるセンター試験改革案は、大学入学前の資格取得もポイントと
 するなど大学の就職予備校化に拍車をかける結果になりはしないかと懸念している。
・米国では、社会奉仕につながる課外活動、とくにこうした場でリーダーシップを発揮する
 ことが大学入学資格の取得においても重視されている。
 日本における個人の知識習得量がもっぱら重視される入試方法については再考の余地が
 ある。
・学生に学習計画を立てさせると、本人の学習意欲が向上し、習得のレベルが変わって
 くる。
 設定能力の向上も体得すべきこと。
 また、内容に魅力がありながらも単位を与えないという講義には本当に学びたい人だけが
 集まってくるだろう。
・グリーンリーフの提言の中に「グループを作る」ということが挙げられているが、これは
 重要なポイントと思う。
 相互のコミュニケーション能力の向上のために表現力の向上が重要であり、表現力の向上
 の中で自分を客観視して冷静に分析できることを学びたい。
 コミュニケーション教育の中で演劇の技法を取り入れるケースも増えてきている。
・ワークショップ型の学習も効果があるだろう。意見交換の中でお互いの立ち位置を意識
 できる。
・Liberal Arts日本語で一般教養と呼ばれる教科は奥が深い。文芸や芸術といった分野の
 学習を進めると、この世の中にいろいろな価値観や立場があることが学べる。
 つまりどこにあってもその人の存在に意義があることを知り、受け入れられるように
 なる。
 グリーンリーフの主張は一般教養の学習を通じてサーバントリーダーシップを学ぶという
 ことと理解した。



議論の最後に、参加者からのこんな発言がありました。
・サーバントリーダーシップのコンセプトに最初に触れた時は、柔らかく優しいもの、
 という感想をもっていた。
 2回にわたって講演録を読んで、グリーンリーフの力強い提言やサーバント
 リーダーシップの強靭な本質を垣間見て驚いている。
 これからもサーバントリーダーシップの本質に迫っていきたい。

自らが能動的、積極的な姿勢を持ちながらも自己中心に陥らず、他者の価値と存在を認識
できる。
グリーンリーフは一般教養の学習を通じてサーバントリーダーシップを学ぶことを強く訴え
かけてきました。
われわれも彼の著作を通じて、サーバントリーダーシップを学び、求める旅を続けていき
ましょう。

次回は 11月29日(金) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

入門講座 開催報告

日時:2013年9月17日(火)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

この入門講座は、「サーバント・リーダーシップ」とは?「サーバント・リーダー」とは?といった言葉に触れ、それがどういったものなのか、まずは基礎的な理解を深めていただくための初心者向けの講座となっています。

当日は、13名の参加をいただきました。参加の目的を伺ったところ

・現在、リーダーシップについて論文を書いているので、その中でサーバント・
 リーダーシップについて取り上げたい
・社長以下、社内でサーバント・リーダーシップの在り方を取り入れ、
 実践していく方向性で動いてるため
・IT系でプロジェクトマネージャーとなり、どのようにメンバーを動かして良いの
 かリーダーシップに悩んでいる
・全社的に、全国の店長にサーバント・リーダーシップ的な在り方を学んでもらう
 事になったので人事として知っておきたい

等々でした。



今回の参加者の皆さんに感じたのは、いよいよ社内にサーバント・リーダーシップを取り入れていきたいというような声を伺えた事です。
当日は医療関係、役所職員、フィットネス関連、IT関係、コンサルタント、研究員、人材派遣会社等各方面から様々な顔ぶれが集って下さいました。

・リーダーシップとは
・サーバント・リーダーシップの歴史と概要
・サーバント・リーダーシップとは?
・組織にみるサーバント・リーダーシップの導入事例
・サーバント・リーダーとは?
・サーバント・リーダー10の特徴
・支配型リーダーとサーバント
・リーダー・今なぜサーバント
・リーダーが求められるのか?
・自分の中のサーバント・リーダーシップ

といった内容を、講義6割とディスカッション4割という比率で共に学び合いました。
やはり様々な分野、職種の方々が集まりますので、意見も色々とそれぞれのお立場から出てきますので、より幅の広いディスカッシ ョンとなりました。



「自分がサーバントリーダーの10の特徴を実勢できているのか、セルフチェックととともに、部下からも聞いてみたいと思った」
「情報をシェアしながら自分のリーダーシップのスタイルや考え方も再考させられた」 
「リーダーシップの違いを考える機会となり大変参考になりました」
「ディスカッションの中で最初はサーバント・リーダーシップは無私の奉仕と思っていましたがそうではないこともわかりました」
「学びに集った方々の姿勢も素晴らしかった。講師のファシリテーションも良く、様々なディスカッションができて良かった」
 
等、ご自身のリーダーシップのスタイルを省みたり、この考え方を活かす糸口が見えましたなどのお声をいただくことができました。



次回は12月5日(木)を予定しております。

開催日:12月5日(木)
時間: 19:00-21:30会場: レアリゼアカデミー

第31回 読書会開催報告

第31回 読書会開催報告
日時:2013年9月30日(月)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

今回の読書会は、「第5章 教育におけるサーバントリーダーシップ」の中の大学における一般教養(Liberal Arts)教育に関する提言の前半を読みました。
(p.300、5行目 - p.309、6行目)

グリーンリーフは1974年春にペンシルバニア州ディキンソン・カレッジで「一般教養と、社会に出ること」と題する講演を行っています。多くの学生が職業やキャリアの見通しに不安を抱いていることから質問を受け、これに対する回答としての講演です。
1974年の段階で米国では大学あるいはこれに準じる高等教育への進学率は50%に及び、一方で前年、1973年のオイルショックに端を発した世界経済の停滞は、米国の学生の進路にも深刻な影響を与えていたものと思われます。
現在のわが国を取り巻く環境やその中にいる大学生の状況にも似通っています。
参加者からグリーンリーフの提言は、現在のわが国の学生や若手、あるいは大学に対するメッセージとも読める、との発言をきっかけに、活発な意見交換が行われました。



・宇宙工学のような高度な科学を学んだ人でもメンタルな問題で知的能力に合った職業に
 就けないケースがある。社会との接点や人間関係を学習する機会が無かったことが原因。
 大学での学習内容の再考が必要である。
・「すぐに役立つものはすぐに役立たなくなる」、大学時代の就職目的の学習はその類の
 もの。一方で芸術、文化、歴史などの一般教養科目の学習で得た知識は会社勤務で使う
 ことは無かったが、それ以前に自分の視野を広げることに役立った。
・ここを読みながら吉田松陰の松下村塾のことを考えた。同塾の存在は短時間であったが、
 そこから幕末の人材が多数輩出されたのは、即効薬の知識を与えるのではなく視野を
 広げる気づきの場を与えたからだろう。
・周囲が今の若い人たちに即答を求めすぎている。そのために若い人たちも熟考を捨て、
 手っ取り早い回答を志向している。仕事の基礎的スキルすら身につけない段階で、
 「この仕事は天職ではない」と離職したり、極度に失敗を恐れたり、表面的な
 「仲の良さ」を求めるなど。社会もそうした雰囲気を作り、教養、つまり基礎力を体得
 しないままの小手先技術教育がもてはやされている。



グリーンリーフは、この講演で大学における一般教養の教育について、「社会に奉仕し、奉仕を受ける心構えを学生にさせよう(to prepare to serve, and be served by, the present society)」と目標を述べています。

・グリーンリーフが述べていることは、じっくり考えると難解で奥深い。
・自分の人生に意味を見出すには内省が重要。内省している人は、社会に対する自分の
 価値や立ち位置を自覚でき、失敗や挫折も糧(かて)にできる。その意味では今の時代は
 競争に勝つことに価値があるため、耐性が養えない。社会構造の側も敗者復活の仕組みが
 不十分。
・学生や若い人が自分は社会に対して白黒をはっきりさせようとしたがるし、社会もその
 風潮を後押ししている。ブラック企業という言葉が流行っているが、将来の勤め先である
 会社には、ほとんどの場合白も黒もあるグレーであることを知るべき。グレーを受け入れ
 られるということは、いわば人間の深みでもある。
・内省する姿勢や多様性の受容などを体得する力を養う教育が必要。



議論は尽きず、話題は先般テレビ放映が終わった「半沢直樹」にも及びました。
そして会読と議論の最後に、参加者のみなさんに現在の大学と学生へのメッセージという形で、この日の議論をまとめてもらいました。

・大学における一般教養の学習は人間関係の勉強、他人との真剣な議論を行える貴重な
 機会でもある。
・人は社会に奉仕することを義務とする一方で、奉仕(助け)を受けることができる。
 孤立せずに社会との接点をしっかり持ってほしい。
・大学生となったならば、「自立」した人間であるとの自覚を持つべき。
・学生時代の経験は重要。ボランティアで他者と助け合うことの重要性を学ぶ、異文化に
 触れる、こうした経験で得られることは多い。また、その経験を後輩に伝えていくことも
 重要である。
・「事情があっての中退者にも在学経験の価値を認める」「敗者復活のためのサポートが
 ある」「歴史に類を見ない高齢化、財政悪化という現代社会において世界をリードする
 人材を育成する」「学生が自分で考えて内省できる教育」、大学はこうした価値観を持ち
 機能を備えてほしい。

混沌とした社会の中で、若者への激励とサーバント・リーダー養成機関の一翼を担うことを大学に期待する参加者の声は、40年前の米国でのグリーンリーフと同じ「思い」を共有している証と思われます。

次回は 10月29日(火) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第30回 読書会開催報告

日時 : 2013年8月23日(金) 19:00~21:00
場所 : レアリゼアカデミー

今回の読書会は、「第5章 教育におけるサーバントリーダーシップ」に掲載された大学の理事とのやりとりの部分を読みました。(p.288-p.300、4行目)

グリーンリーフはチェスウィック大学の25人の理事に、「現代社会に奉仕し、また奉仕を受け、与えられた機会を使って成長できるような学生を訓練する」ことを目的とする新しい教育ブログラムの調査と作成に1,000万ドルの資金を提供するという提案を行いました。
新プログラムの作成について理事は大学の教職員や生徒に助言を求めることはできますが、教職員らへの全面委託や報酬の支払いを禁じる、すなわち理事が自らの責任で新しい教育プログラムを作ることなどが条件となっています。
このことに関する質疑応答や意見交換が発言録としてまとめられています。グリーンリーフと理事達とのやり取りを巡って参加者からもいろいろな意見が出されました。

・現在の日本の大学教育もグリーンリーフが提言した1970年頃の米国と変わらず、それぞれの
 学部の領域(経済学や物理工学など)の知識教育や技術教育が中心となっていて、未来を
 担う有為な人材づくりへの配慮が少ない。
・かつては企業側が社会人教育の重要な役割を担っていたが、企業に余裕がなくなり
 大企業においてもそうした機能が減退している。
・学生の姿勢も「成功への事前担保」を求めるものになっている。就職難のため企業の
 採用担当に評価される活動に傾きがちなのはある程度分かるが、自らの意思と
 チャレンジ精神が失われてしまっている。



こうした問題はこれまでも語られてきましたが、クリーンリーフと理事たちのやり取りから40年経った今も解決には至っていないようです。
グリーンリーフは大学進学率が上昇する中で、大学が人間づくりに配慮しないことは大きな社会問題である、と喝破しています。

グリーンリーフの提案とその切込みにもかかわらず、チェスウィック大学の理事たちは、与えられた課題を解決するのが大学経営のトラスティである理事、すなわち自らの責務であることが理解できないためか、グリーンリーフの提案の意図を疑い、それを問うばかりで話が前に進みません。

・日本の大学も同様の話が多いと思うが、一部で地元への貢献を目指した活動がある。
 学生を地元企業にインターンに出すとともに人間教育を意識し地元への貢献、還元を
 求めている。
・ただし、この活動は大学の教員や理事によるものではなく、企業出身の大学職員による
 ものである。



グリーンリーフは本書の第3章「サーバントとしてのトラスティ」における主張と同様に、組織の信託を受けた者へのリーダーシップを強く求めています。
大学の教員が専門分野の研究や学内の人間関係にのみ注意を払う現状を憂いつつ、「理事に今回の申し出をする目的は、社会からの信頼を大学に築くための新しいリーダーシップを確立するため(文章一部改)」とその主張のボルテージはあがります。

・理事、すなわちトラスティがその任務において重要なことをなすには、まず周囲の話を
 静かに傾聴し、ひたすら目的に向かってぶれない、権威ある姿勢を保つ必要がある。

グリーンリーフの熱い思いに参加者も強い刺激と影響を受けた会でした。
次回は 9月30日(月) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第4回 近代の優れたリーダーに学ぶSL研究会 開催報告

日時:2013年8月27日(火)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

今回は、南アフリカのアパルトヘイト撤廃の指導者であり、報復ではなく和解の道へ導いたネルソン・マンデラ元大統領が発揮したリーダーシップやその生き様から、サーバント・リーダーシップの要素を学ぶ機会を持ちました。



当日は14名のご参加をいただき、まず初めにYouTubeで「ネルソン・マンデラ物語」を観て、お互いの心に留まったことを自由に語り合いました。
この話し合いでは、次のような意見が挙がってきました。

・(リボニア裁判での)「全ての人が、共に調和して暮らす事の出来る、民主的で自由な
 社会の実現の為に、私は自分の命を捧げる覚悟がある」という発言に感銘を受けた。
・27年の刑務所生活から釈放された日の演説「私は預言者としてではなく、国民の
 皆さんの“Humble Servant”(謙虚な使用人)として、ここに立っています」という
 言葉に彼の信念を見た。



その後、マンデラが示した「和解」、「対話」、「赦し」といった姿勢に焦点を当て、「インビクタス・負けざる者たち」(⇒1995年に自国開催の南アフリカのラグビーチームがワールドカップで優勝した実話を映画化)の中から、マンデラの獄中生活を支えた詩の紹介や、かつての敵に対して示した態度や「赦し」の実例を見ました。

また「真実和解委員会」を組織し、アパルトヘイト政権下での激しい虐待と人権侵害に対し「復讐ではなく理解すること、報復ではなく償うこと、処罰ではなく赦しが必要」という精神に基づき、過去と真正面から向き合い、心から謝罪した加害者には恩赦を施した事実も学びました。



話し合いやアンケートの結果から、参加者の意見や感想をまとめてみますと、次のようになります。

・マンデラのスケールの大きな人間性に圧倒された。
・対話の力を感じた。自分ももっと忍耐を持って周りとの対話を重ねる必要を感じた。
・愛を持って相手に接すること。怒りに支配されるのではなく、対話を持って相手の意見に
 耳を傾けることが大切だと感じた。
・「赦し」までは出来ないが、意識して人に対してポジティブなストロークを与えて行きたい
 と思った。
・小さな赦し、小さな償いを何回も行って行きたい。
・「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。・・自分を愛してくれる者を
 愛したからといって、何の報いが受けられるでしょう。」という聖書の言葉が心に
 浮かんで来た。
・少しでも偉大なリーダーに近づけるように、学び続けたいと思います。

今回も驚きや発見の多い有益な研究会になりました。

第6回実践リーダー研究会 開催報告

第6回実践リーダー研究会 開催報告
日時:2013年7月23日(火)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

「第6回実践リーダー研究会」を開催致しました。
ゲスト:鎌倉投信株式会社の鎌田恭幸(かまた やすゆき)氏

鎌倉投信は公募の投資信託を運用する会社です。
結果が全ての金融業界にあって、その投資対象は、本業で社会問題を解決する【いい会社】です。
鎌田社長は、まだ立ち上げたばかりで「成功」とは言えないと断りながらも、この数年間での経験の中で得たものをお話していただきました。



鎌田社長は、リーマンショック後の大変な時期に鎌倉投信を立ち上げました。
誰もやらない大変と言われるところこそ、逆に優位になれる可能性を秘めています。
このような大変な時期の創業にもかかわらずここまでやってきたのは、最初の半年間に行った、創業メンバー4人での徹底した議論のおかげです。
その時期にどういう方針でどういう方向へ進むか、を徹底して議論しました。
前職では、何のためにやっているのか苦しんだので、本当にやりたいことをやろうと考えたのです。

さて、企業は事業性だけではなく、社会性も必要だと考えています(企業=事業性+社会性)。
それは、投資も同じです。
投資の成果を追求するだけではなく、投資によって健全な社会を実現することが大切なのです。
そこで、「結い2101」という投資信託では、【いい会社】に投資することで、いい会社を増やし、それを通して投資家の人格も育てることを目指しています。
そのために、運用報告会としてユーシン精機やデジタルハーツなどの投資先の社長の話を投資家が聞く場も設けており、投資先の社長には株価や業績について話してもらうのではなく、どういう思いで事業を行っているかを話してもらっています。



投資先である【いい会社】を探すために、様々な企業の社長とお会いしてきました。
その中で、いい会社の社長に次のような共通の要素を見つけ出しました。

(1) 圧倒的な使命感
いい会社の社長は、会社の存在意義を徹底的に考え、その使命感は非常に大きなものです。

(2) 謙虚さ
いい会社の社長は、謙虚で人に耳を傾け、傾聴の姿勢を持っています。

(3) 人に対する関心の度合いが高い
例えば、ツムラの加藤社長は就任時、まず経営理念を浸透させたいと考え、全員と握手をしたそうです。

(4) 勉強家
会社が成長し続けるためにどうすればよいか、Only OneやNumber Oneになるために常に勉強しています。

(5) 現場主義
社員とスクラムを組めるように現場に足を運びます。
社長室にこもっているようではだめです。



かつて17世紀に「商業資本主義」が起こり、18世紀中ごろになると「工業資本主義」に、20世紀後半には「金融資本主義」に発展しました。
しかし、今、この21世紀には社会価値創造型の資本主義が重要になっています。
今後もこの流れは加速し続けるでしょう。
これからも健全ないい会社を見つけて育て、少しでもそういう会社が増えるように一助となりたいと、鎌田社長は締めくくりました。

穏やかな話しぶりの中にも非常に熱い想いをお持ちの鎌田社長は、成果に目が行きがちな金融の世界において何が本質かを見極める先見性、そして想いを実現に移す実行力、創業メンバーの話を聞く傾聴の姿勢など、まさにサーバントリーダーだと思いました。

サーバントリーダーシップ第一章読書会開催報告

日時 : 2013年8月9日(金) 19:00~21:00
場所 : レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフのServant Leadership(邦訳「サーバントリーダーシップ(金井壽宏監訳、金井真弓訳。英治出版2008年)」は、グリーンリーフの思想の集大成であり、サーバントリーダーシップの原典です。
その第1章はグリーンリーフがその考えをまとめた初の出版物である「The servant as Leader」(1969年刊行)を採用したものであり、サーバントリーダーシップの概念を包括的に述べたものです。
今回は12名の参加を得て、邦訳で70ページあまりの「サーバントリーダーシップ」第1章について説明とディスカッションによる通読を実施しました。



グリーンリーフは、冒頭でヘルマン・ヘッセの「東方巡礼」(注)を読んで、サーバントリーダーシップの概念を生むインスピレーションを得たと説明しています。
サーバントリーダーシップを生み出した重要な作品です。
1932年に書かれたこの作品は、旅の一座の従者レーオが実際はリーダーで、皆はそれをレーオが去った後に気がついたという内容です。
(注)サーバントリーダーシップ日本語版では、「東方巡礼」(高橋健二訳 新潮社)が参照されていますが、現在は、「東方への旅」(日本ヘルマン・ヘッセ友の会研究会訳、臨川書店。全集13に所収)で読めます。

・「東方巡礼」については「サーバントリーダーシップ」やその他の解説本に書かれている
 あらすじから童話的な話を想像するが、実際はきわめて難解で内容も深淵である。
・「20世紀は賢人が正義に基づいて世界を正しく導く」と考えられていたが、その信念は
 欧州大戦(第一次大戦)によりあっさりと壊された。
 ヘッセに代表される20世紀前半の知識人は、そのことにいずれも苦悩していたと思われる。
・1932年はドイツでナチスが実権を握ろうとするときであり、再び暗黒の時代へと向かって
 いた。
 社会の頂点に立つリーダーが世界を正義に導く者はではない、というヘッセの思索が
 グリーンリーフによってサーバントリーダーシップという形に作られたと思う。
・サーバントリーダーシップは、部下に対する配慮が重要といった表面的な話だけではなく、
 正義へ導く者のありかを探る使命をもった深く、重い課題でもある。


第1章は、東方巡礼を引いた導入を受けて、30近い節にわけてサーバントリーダーシップを説明しています。
読書会では各節の内容を確認しながら、ディスカッションを行っていきました。

・自分のかつての職場では数名の職員が多数のオペレータを管理していた。
 業務の性質上、上からの指示という形がある一方、ピラミッド型の組織ヒエラルキーが
 ないために、上位者の指示への反応はオペレータから見たリーダーシップの有無で左右
 されてしまう。
・リーダーシップは、決してきれいごとではない。
 収益を上げることが義務付けられる中で組織をマネジメントして成果を出す。
 成果は部下と気持ちを一つにするための地道な行為の積み重ねの結果である。


グリーンリーフはリーダーシップの第一歩として「傾聴」の重要性を唱えています。

・他人に対する心からの関心はなかなか持てない。傾聴は自分に余裕があってようやく
 できる。
・カウンセラーの教程でも傾聴のトレーニングはとても厳しい。傾聴は日常の中で自然には
 できないので、意識し続けて習慣化する必要がある。



また傾聴を起点として「共感」、「受容」の重要性に論を展開していきます

・企業がどういう人を受け入れるのか、その幅は社風などの組織文化によってかなり異なる。
・組織の中では異端を排除しても、つぎの異端が生み出されるだけである
・仕事の能力よりも組織目標に共感してもらえるかどうかが重要、共感は相互の問題。


そうした姿勢から「気づき」「予見」の力が生み出され、導く方向を示すことができると展開されていきます。

・医師の世界では患者一人ずつを相手にする臨床とは別に基礎的な医学研究がある。
 後者は直接聞こえない患者の声を聞き、新しい世界を切り開いて、直接目に見えない
 世界中の患者を助ける役割を持っている。
・グリーンリーフは、歴史上の人物をサーバントリーダーとして挙げているが、
 その一人のトマス・ジェファーソンについては、やや違和感がある。
 彼の事跡を確認してみたい。

グリーンリーフは第1章の中でサーバントリーダーの原則を示しながら、サーバントリーダーシップの本質を徐々に解明していきます。それらはラリー・C・スピアーズによりサーバントリーダーの10の原則として整理されています。
こうして定義されたサーバントリーダーシップに関連して、グリーンリーフは「生まれながらの真のサーバントだけがまず耳を傾けることに寄って問題に対処する」とも述べています。

・「サーバントリーダーは生まれながら」と言っているが先天的資質を持たないと
 リーダーにはなれないのだろうか。
・一方で、資質を持たない者も長く過酷な訓練でサーバントに近づける可能性があるとも
 述べている。
 大変厳しい話だが、サーバントリーダーを目指す具体的な行動指針を考えたい。


サーバントリーダーシップの基本概念を改めて読み、討議することで、新たな気づきと課題を認識した読書会でした。
この成果が各自のリーダーシップ養成に生かされるとともに、今後の読書会での学習と討議にもつなげていきたいと思います。

次回は通常の読書会を8月23日(金)19:00~21:00にレアリゼアカデミーで開催致します。詳細はこのサイトの「活動に参加する」の「第30回読書会」をご参照下さい。

第29回 読書会開催報告

日時:2013年7月26日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

サーバントリーダーシップの提唱者であるグリーンリーフは、1973年の初めにクエーカー教徒(米、英を中心とするキリスト教の会派の一つ)の教育審議会で「理事に向けてのセミナー」と題する講演を行っています。
今回はその講演原稿の後半(276ページ14行目から287ページの最後まで)を会読しました。



このセミナーでグリーンリーフは2つの問題提起をしています。
問題1 - ある人たちは何を学ぶべきか知っているので、そういう人に権限を持たせるのが当然だという判断(後略)
問題2 - 教育システムは、すべて強制のもとに成り立っているという事実(後略)

グリーンリーフは未成年者を相手とする中等教育においても、教育者が教えるべき内容を熟知していると自覚して教育を施すことに疑問を呈しています。
「自分たちは理想を体現しているという自負には、モラルの危険性がつきものだと断言できます」とグリーンリーフの指摘は厳しく、これらの発言を巡って、読書会メンバーからはさまざまな意見が示されました。

・強制そのものが悪ではなく、強制力や権力が集中してしまうことが危険。
 権力が分散していることが重要であり、そのことはグリーンリーフも述べている。

・権力の集中はその権力者の慢心を生み、周囲を見えなくさせることが多くそれが危険。

・一方で教育には「形から入る」必要性があり、中等教育には不可欠な面がある。
 そこにはある程度の強制が必要である。強制と自由のバランスが必要だ。

・組織における権力の分散とともに組織メンバーの自立が重要。
 サーバントリーダーはメンバーの自立を促し、導くことが任務になる。

この「自立を促す」という点について、勤務先でのあいさつ奨励運動の経験から「挨拶ができないメンバーをすぐに‘ダメなやつ’と切り捨てるのはなく、挨拶ができるようになるプロセスで葛藤している相手の立場になり、自立を待つことが必要と考える」という提言があり、教育という面で発言が相次ぎました。
また、この講演はグリーンリーフが自身の考えにもっとも適した組織として大企業を挙げている箇所としても有名です(監訳者解説p.566-567参照)。
このことについては、大企業における権限分掌すなわち権力の分散という点で理解できる、という意見がありました。



グリーンリーフのこの講演は「未来への希望?」という疑問文形式の見出とともにまとめに入ります。
そこで例示されているグルントヴィによる19世紀のデンマーク国民高等学校の逸話(第1章p.81-84参照)を参加者で確認しつつ、1970年代の米国の教育界において必要なことは「若者にふたたびやる気を起こさせる」ことというグリーンリーフの指摘は、講演からちょうど40年後の今の日本においても全く同じであるとの意見が出ました。
古代中国の「易経」の引用により説明された変化への対応力と「冷静に考えて自分の道が正しいと思うなら、ただ前進あるのみです」というグリーンリーフの指摘にサーバントリーダーシップのダイナミックで崇高な理念を感じた読書会でした。

次回は8月23日(金) 19:00-21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。
なお、「サーバントリーダーシップ」のエッセンスが述べられた同書第1章の読書会を
8月9日(金)19:00-21:00にレアリゼアカデミーで開催致します。

入門講座 開催報告

日時:2013年7月10日(水)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

この入門講座は、「サーバントリーダーシップ」とは?「サーバントリーダー」とは?といった言葉に触れ、それがどういったものなのか、まずは基礎的な理解を深めていただくための初心者向けの講座となっています。



当日は、15名の参加をいただきました。参加の目的を伺ったところ

・医療法人に勤めていますが、学生時代からの論文にサーバント・リーダーシップ
 の考え方をとりいれましたが現場に出てまさしくこれが必要と強く感じ、愛知から来ました
・公僕としての役所勤めですが、トップダウンで物事が進んでいく役所で、どうしたら
 下からの意見をあげられるのかの答えをここに求めたから
・企業でGMでとして働いている中で、リーダーシップの姿勢がいつも問われているから
・IT系の開発系から、部下を持たせられるプロジェクトマネージャーになったとたん、
 マネジメントやリーダーシップが必要となったから

等々、今回の参加者の皆さんに感じたのは、様々な組織の中で、改めてリーダーの在り方が問われているということでした。
当日は医療関係、市役所、キャリアカウンセラー、経営幹部、IT関係、営業関係製造業幹部等各方面から様々な顔ぶれが集って下さいました。

・リーダーシップとは
・サーバントリーダーシップの歴史と概要
・サーバントリーダーシップとは?
・組織にみるサーバントリーダーシップの導入事例
・サーバントリーダーとは?
・サーバントリーダー10の特徴
・支配型リーダーとサーバント
・リーダー・今なぜサーバント
・リーダーが求められるのか?
・自分の中のサーバントリーダーシップ

といった内容を、講義6割とディスカッション4割という比率で共に学び合いました。
やはり様々な分野、職種の方々が集まりますので、意見も色々とそれぞれのお立場から出てきますので、より幅の広いディスカッシ ョンとなりました。



「全てのベースは信頼にある。信頼関係を作るために尽くす事が大事だと感じた」
「ディスカッションが多く、他の人の意見の中でたくさんの気づきがあった」 
「サーバントリーダーシップとは実践哲学であるという発見。哲学ですから生き方にも通じる」
「傾聴、共感、気づき等サーバントリーダーの特徴をあらためて実践すること」
「サーバントリーダーシップは特別なスキルではなく生き方の追求であるかもしれない」
 等、ご自身のリーダーシップのスタイルを省みたり、この考え方を活かす糸口が見えました、などのお声をいただくことができました。



次回は9月17日(火)を予定しております。

開催日:9月17日(火)
時間: 19:00~21:30
会場: レアリゼアカデミー

対話会(7/3)開催報告

日時:2013年7月3日(水)18:45~22:30
場所:レアリゼアカデミー

今回初めて、リーダーシップについて自由に忌憚のない意見交換を行う対話会を開催いたしました。
第一部から第三部と分かれており、各々お好きな部分に参加するという形態で、のべ27名の方にご参加いただきました。



第一部では、6月12日~14日にアメリカ・インディアナポリスで開催されたサーバントリーダーシップの国際カンファレンス(グリーンリーフセンター主催)について、理事長の真田がご報告させていただきました。
グリーンリーフがなぜ「サーバント」という言葉を使うことにしたのか等、カンファレンスで得た情報をご紹介いたしました。
また、各団体の取り組みの発表や、真田がカンファレンス中に個人的にお会いした方々(空軍の大佐、グリーンリーフセンター前理事長のケント・キース、コンサルタントのアン・マギー=クーパーなど)から伺ったお話のご紹介もありました。

第二部では、「サーバントリーダーシップ・カフェ」と称して、ワールドカフェ形式で、リーダーシップについて自由に忌憚のない意見交換を行いました。
最初にグループ内で自己紹介を行い、「リーダー(シップ)の悩み、喜びとは」というテーマで自由に話し合いました。
グループ替えを行った後の第2ラウンドでも再び同じテーマで、第3ラウンドでは「自分がサーバントリーダーになるには」というテーマで話し合いました。
「同じベクトルを向く難しさがある」「リーダーシップは許しにつながるのでは?」「どうやったら信頼関係ができるのか」といった意見が交わされ、皆さんが日ごろ抱えている悩みやリーダーシップについて考えていることを共有し、新たな気づきを得られた方も多くいらしたようでした。

 

第三部では、近くの居酒屋に移動して懇親会を行いました。
短い時間でしたが、引き続きリーダーシップについて話したり、親交を深めることができました。
これからもサーバントリーダーシップについて共に学んでいくことを誓い、お開きとなりました。

第28回 読書会開催報告

日時:2013年6月14日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー


今回から第5章「教育におけるサーバント・リーダーシップ」に入ります。
第5章の初回は270ページから276ページの13行目までを読みました。



グリーンリーフはサーバント・リーダーシップの育成に向けて学校教育を重要視しています。
その立場から本書を書いた1970年前後の米国の中等教育や大学教育への建設的な批判を展開しました。

1.リーダーの素質がある人材(学生)に対してリーダーシップを教えていない。
2.学校(特に大学)や教育者が学校教育は学生の個人的な経済的成功のためにあるとの
  考えを持っている。
3.学生に価値観については教えても、どのような人材になるべきかを教えないように
  指導に混乱があり、学生の道徳規範を支える立場から大学が撤退している。

今回の読書会参加者はいずれも日本で教育を受けてきており、グリーンリーフが指摘する1970年前後のアメリカの教育問題について細かく正否の判断はできませんでしたが、それぞれの経験や見聞に基づいて活発に意見が交されました。

・日本の大学も学生がリーダーシップを体得するための教育は実施していない。
 リーダーシップは教室だけで教わるものではなく、活動実践や自らが考える経験が重要。
・複数の大学が学校の枠を超えて交流し、学生同士がかなり深い議論を行っているケースが
 あり、参加する学生には良い経験になっている。
・初等教育から自ら考える習慣づけることは将来において効果がある。
 そのような教育の場合、生徒を導く教員の役割は重要である。
・当事者意識を持って自分の役割を忠実に実行し周囲に貢献することもリーダーシップ
 である。



会読はグリーンリーフによるクエーカー教徒が設立運営しているウエストタウン・スクール(フレンズスクールと呼ばれる初中等学校)の理事向けのセミナーについて言及した箇所に入り、参加者による中等教育についての活発な議論が続きます。

参加者から「長年不登校だった生徒があるとき突然、学習意欲を示して数年の遅れをあっという間に追いついた」という事例に、「青少年の学習意欲が開花する時期はわからない。学校教育は短期的な成果を求めない、時期を待つ長期の視野が必要。リーダーシップ教育も同様であろう」という意見で締めくくられました。

次回は7月26日(金) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。

第27回 読書会開催報告

日時:2013年5月10日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー


今回は、第4章「企業におけるサーバント・リーダーシップ」の最後の節となる「社会的方針を生み出すビジネス・リーダー」(261ページから267ページ)を読みました。
これは、グリーンリーフが1974年にある企業から「積極的に社内に奉仕する組織とはどういうものか」との問いを受け、これに対する回答、提案として書いたものです。

まず、読書会メンバーで1974年という時代について確認しました。
前年1973年のオイルショックは日本にもまた本書の舞台である米国にも大きな影響を与え、また米国ではベトナム戦争の敗色が濃くなった時代(翌1975年にサイゴン陥落)です。
経済的利益の増大が社会の幸福につながることへの懐疑が生じつつも、企業の行動規範はまだ変化していない時代ではなかったかという見解が表明されました。



本節でのグリーンリーフの提言は「企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)」の概念に直結するもので、この提言の先進性について、読書会での「CSRという考え方は、わずか10年前の日本においてもにも全く一般的ではなかった」との意見に象徴されています。

読書会ではこの意見を機に、参加者それぞれの所属企業での体験やさまざまな見聞に基づいて、CSRについて活発に議論がかわされました。
「不祥事をきっかけに経営者がCSRを認識することが多い」との発言に対して、「経営者が企業のミッションやCSRを重要と感じていても、仕事が細分化され多忙な現場はそれを実感できないことがある」という意見がいくつか出てきました。
これを巡る意見交換の中で、企業の日常活動が社会でどう役立っているかを自社従業員に積極的に紹介している例が挙げられたところ、参加者から同様の活動に取り組んでいるとの報告があり、現場での地道な取り組みの有効性や重要性を認識したという意見が多数出てきました。

グリーンリーフはこの提言での中で、CSRの取組みについて詳細かつ具体的に述べています。
現場従業員を含む調査委員会の組成、企業の事務所がある各国(提言の相手が多国籍企業と思われる)の事情に基づいた調査、専門のコンサルタントの協力を得た分析などです。

CSRへの取り組みが単に流行に乗った活動ではなく、企業の統治機構やカルチャーの変革を伴うものであるという事実は、この概念が一般的となった今日でもきわめて重い課題であるとの認識させられた読書会でした。


次回は第5章「教育におけるサーバント・リーダーシップ」に入ります。
6月14日(金) 19:00~21:00 レアリゼアカデミーで開催予定。


【ご案内】
本読書会はロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳「サーバントリーダーシップ」(英治出版、2008年)を毎回、5~10ページ程度読み進める会です。
本書はグリーンリーフの考えが各所にちりばめられており、読書会のいずれの回もその箇所でのグリーンリーフの記述をもとに自由な討議を行っています。
これまでに参加されていなかった方や途中の回が抜けてしまった方も自由に質問や意見交換ができますので、遠慮せずにご参加下さい。

入門講座 開催報告

日時:2013年5月7日(火)19:00~21:30
場所: レアリゼアカデミー


この入門講座は、「サーバント・リーダーシップ」とは?「サーバント・リーダー」とは?といった言葉に触れ、それがどういったものなのか、まずは基礎的な理解を深めていただくための初心者向けの講座となっています。

当日は、16名にご参加いただきました。参加の目的を伺ったところ、
・「2ヵ月前から社長が、これから俺はサーバント・リーダーでいく」と宣言したので、
 それがどういったものなのか知りたかった
・外資系に勤めていますが、最近まわりの「できる」といわれる社員の人が、
 しきりにこの言葉を口にしているため、それが何かを知りたかった
・顧問先の経営者の方との会話の中で、この言葉を最近よく耳にするようになったため
・この度、課長になって部下を3名抱えることになりましたので、どんなリーダーシップが
 有効か知りたかった
・医療系ですが現場での指導方法で何か有効なやり方がここにあるのではないかと
 思ってきました

等々特に今回の参加者の皆さんに感じたのは、いよいよこのサーバント・リーダーシップという言葉自体が浸透してきているという事を、その参加目的の中で知ることができたことでした。
当日は弁護士、医療関係、福祉法人、営業関係、経営幹部、人事コンサル、起業家、学生等各方面から様々な顔ぶれが集って下さいました。



・リーダーシップとは
・サーバント・リーダーシップの歴史と概要
・サーバント・リーダーシップとは?
・組織にみるサーバント・リーダーシップの導入事例
・サーバント・リーダーとは?
・サーバント・リーダー10の特徴
・支配型リーダーとサーバント
・リーダー・今なぜサーバント
・リーダーが求められるのか?
・自分の中のサーバント・リーダーシップ

といった内容を、講義6割とディスカッション4割という比率で共に学び合いました。
やはり様々な分野、職種の方々が集まりますので、意見も色々とそれぞれのお立場から出てきますので、より幅の広いディスカッシ ョンとなりました。

「自分の内面に正直に生きる事がサーバント・リーダーにつながると感じた」
「サーバント・リーダーシップは仕事でも人生でも一貫して持つべきだと思った」 
「奉仕する精神こそ愛の精神で、それを持って人を育てることだと感じた」
「改めて、ミッションやビジョン、バリューの大切さがわかった」 等、

ご自身のリーダーシップのスタイルを省みたり、この考え方を活かす糸口が見えましたなどのお声をいただくことができました。

次回は7月10日(水)を予定しております。
・開催日:7月10日(水)
・時間: 19:00~21:30会場: レアリゼアカデミー

第26回 読書会開催報告

日時:2013年4月9日(火)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

4月の読書会では、250ページから260ページまで読みました。
この部分は「中小企業から大企業への成長に関する覚書」という文章で、グリーンリーフがある中小企業の幹部に向けた覚書です。

筆者は、自身がAT&Tの管理職だった経験もあってか、大企業を評価しています。
そしてこの覚書には、中小企業から大企業に成長するためには、幹部の人たちが「日常業務管理者」から「進行管理責任者」になるべきであると説いています。
原書によると「日常業務管理者」とはアドミニストレーター・オブ・デイ・トゥ・デイ・オペレーションズであるのに対し、「進行管理責任者」とはマネジャー・オブ・プロセスとあります。
つまり日々の業務に終始するのではなく、マネジャーになりなさい、ということです。

「一般論として、マネジャーは部下を信頼して業務を任せるべきといわれていますが、いざ自らを振り返るとなかなか任せ切れない」
「仮に同じ千人規模の会社であったとしても、成長期にある会社と成熟期にある会社では違う。部下が育たないから会社が成長しない。成長している会社は、部下育成がしっかりしている」
「筆者が大企業といっている規模はどのレベルなのか、はっきりしない。会社の従業員規模としては、250人がティッピングポイントといわれており、それ以上の規模になると、仕組みが必要だ」といった意見が出ました。

世界的IT企業に勤務する参加者からは、同社ではトップが経営方針を出すときに、かなりのコストとエネルギーをかけて、社員にわかりやすいメッセージを発信しているとの話をしてくれました。
この会社ではトップが、社員にオーナーシップを持ってもらえるために、いかに腐心しているかを知り、メンバー一同が感嘆。

ということで、今回も活発な議論が交わされました。

入門講座 開催報告

日時: 2013年3月7日(木)19:00~21:30
場所: レアリゼアカデミー


この入門講座は、
「サーバント・リーダーシップ」とは?
「サーバント・リーダー」とは?
といった言葉に触れ、それがどういったものなのか、まずは基礎的な理解を深めていただくための初心者向けの講座となっています。



当日は、13名の参加をいただき、金融関係、医療関係、福祉法人、営業関係、食品製造、自営業等各方面から興味を持った方々が集って下さいました。

・リーダーシップとは
・サーバント・リーダーシップの歴史と概要
・サーバント・リーダーシップとは?
・組織にみるサーバント・リーダーシップの導入事例
・サーバント・リーダーとは?
・サーバント・リーダー10の属性
・支配型リーダーとサーバント・リーダー
・今なぜサーバント・リーダーが求められるのか?
・自分の中のサーバント・リーダーシップ

といった内容を、講義5割とディスカッション5割という比率で共に学び合いました。



やはり様々な分野、職種の方々が集まりますので、意見も色々とそれぞれのお立場から出てきますので、より幅の広いディスカッションとなりました。

「サーバント・リーダーとして実践するには葛藤も大きいですがそれ以上の果実があるのではないかと思えた」
「本の中、机上で理解していたことが皆さんの意見、考え、議論を通してはっきりしてきました」
「サーバントは志が基礎になるのではと感じた」
等、ご自身のリーダ ーシップのスタイルを省みたり、この考え方を活かす糸口が見えましたなどのお声をいただくことができました。

次回の入門講座は、開催日程が決まり次第、ご案内します。

第25回 読書会開催報告

日時:2013年3月12日(火)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー



今回は、244ページ15行目から249ページまで読みました。
読んだ箇所はわずか5ページ少々でしたが、書かれている内容の抽象度が高いため、参加者各人がそれぞれの置かれている状況に照らして文章の意味を推測し、対話を進めました。

今回は参加者が11名と多かったため、前半は2グループに分かれて話し合いました。



市民運動が高まりを見せていた70年代、大企業は悪というイメージはいまよりも強かったと思います。そのような時代のなかで筆者は、「従業員第一」を強調しています。まるで現在語られているような内容が、はるか40年前に書かれていたのは驚きです。



参加者の一人は、ここに書かれている文章を要約すると、こういうことではないかと語りました。
「企業は新しいコンセプトが求められる人材に育てることに重きを置くべきだ」と。

また筆者がなぜこのような文章を書いたのかというと、おそらく「貧しい時代は生活のために働いたのに対し、アメリカでは70年代は既に豊かになってしまったため、物質的豊かさだけでは精神的に満ち足りず、働く意義を見出すことが求められていたのではないか」といった意見が出ました。いま日本では30年遅れて、この本に書かれているような内容が課題になっています。
さらに「リーダーの務めは人を育てることにあり、それに対して企業の目的は社会にどのような価値を提供することができるかだ」といった意見も出ました。

それらの意見から派生して、日本の企業では教育をコストと捉えるのに対して外資系企業は投資と捉えているとの意見が出て、必ずしもそうではないとの意見も交わされるなど、今回も活発なやり取りが交わされました。

次回は、4月9日(火)19:00~21:00@レアリゼアカデミーを予定しています。

第5回実践リーダー研究会 開催報告

日時:2013年2月26日(火)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

「第5回実践リーダー研究会」を開催致しました。
ゲスト : マテックス株式会社の3代目社長、松本浩史氏



マテックス株式会社は、窓ガラスの「卸事業」を主とした創業85年目の老舗企業です。
業界全体の売上が2ケタも減り、また業界構造もメーカーによる直販化(流通業者の中抜き)と価格競争が激化しているにも関わらず、社長就任後4年連続増収増益を達成。松本社長は、どのようなリーダーシップを発揮されてきたのかを忌憚なく披露いただきました。



社長就任後、最初に取り組んだのが「経営理念」の明文化です。そのために、創業期から受け継いできた価値観を再確認しました。
同時に、松本社長には「売上最大、コスト最小」を追求するだけでは通用しない時代、「社会性」重視の時代になったという時代認識がありました。社会に生かされる社会志向型企業になる必要を感じていたそうです。
そこで「マテックスはなぜ存在するのか・・・」「その目的は何か・・・」「これからどう在りたいのか・・・」といったあり方を深く考え抜くことで「経営理念」を制定したのです。自社のアイデンティティも明確にしました。

①窓を通じて社会や環境に貢献する
  窓を防犯対策やエコへの配慮という観点で捉え直したのです。中でも、省エネ効果の高い
  窓を『エコ窓』と名づけ、『エコ窓』の普及をすることで地球環境保護に貢献しようと
  取り組んでいます。
  地域で開催されるエコフェアや小学校で行われる環境教育など、『エコ窓』を普及する
  ための「エコ窓普及促進会」の設立をはじめ、復興支援プロジェクトの
  「ECO MADO AID」などに取り組んでいます。
  これは、一見ビジネスとは関係ないように見えますが、自分たちの経営理念を形にした
  ものであり、従業員や顧客に対して、その本気度を示すことにもなっています。
  
②地域の担い手の支援
  一社だけが成功するのでなく、「共創共栄」の生態系を目指して、お客様であるガラス
  販売店や工務店に対して、様々な支援を行っています。
   ・リテラシー向上と職人意識からサービス業意識への意識転換の勉強会実施
   ・後継者問題を解決するための次世代経営者のネットワークの創設  等・・・

◇社内においては、気軽にお茶を飲みながら社員と直接対話する『経営理念浸透カフェ』を実施しています。
社員一人ひとりが大切な存在であることを感じてもらえるように、社員の名前、性格、お客さんとの関わりを踏まえて接しているそうです。

◇毎年、年末に第三者に『マテックスの社会的取組ミ』を客観的に評価してもらっています。
松本社長は、社員にとって仕事が作業ではなく、「仕事の大切さ」を実感できるように心を砕いています。
また、物事を見るモノサシを短期から超長期に変えて、自分が担当できる約30年間に、永続的に世の中かた生かされる企業にしたいと取り組んでいます



非常に心優しく、謙虚でありながら、先見力を持ち、大胆に会社のビジョンを示して進んでいく松本社長に理想的なサーバントリーダー像を見た想いです。

第24回 読書会開催報告

日時:2013年2月12日(火)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー



今回読んだ箇所(238ページ14行目から244ページ14行目まで)は、昨年暮れから数回にわたり読み進めているグリーンリーフ氏の1970年の執筆論文「倫理と、人を使うこと」の中で核となる部分です。

「やがて新しい企業倫理が現れ」「消費者よりも社員に対する奉仕が勝るようになり」「働く喜びこそが仕事をする意義となる」とたたみ掛けてくるグリーンリーフ氏の主張に、参加者から「共感できる」「1970年代の米国産業界でパラダイムの変化があったのでは」という意見が出てきました。

その中で「最近の日本の企業はこれに逆行した動き、つまり利益の獲得が重要視され、人材の育成がおろそかになってきているのではないか」という疑問が呈され、参加者から自らの体験に基づくものを含めたさまざまな意見が出て、質疑応答を含めて活発な議論となりました。



そして「(企業のこの倫理観の採択)が成功するか否かは、ビルダー(組織の創設者)やリーダーの能力にかかっている。」というグリーンリーフ氏の主張に、社員が各企業が創業の理念や創業者の願いに思いを馳せることの重要性を指摘する意見が出てきました。

また今回の読書範囲から参加者が「サーバントリーダーシップの「奉仕」という概念が、キリスト教の基盤のない日本で受け入れられるのか」という問いかけや、「リーダーシップとはコミュニケーションである」との発言に対して、お互いに質問や意見の交換を行いました。



さらに今回の読書範囲の最後に「職務を遂行する人々の成長が企業の第一目的だ」というグリーンリーフ氏の主張がありますが、この言葉に乗せられたかのように、今回の読書会も参加者の熱い議論が最後まで交わされました。

次回は、2013年3月12日(火)に開催予定です。

第一回 近代の優れたリーダーに学ぶSL研究会 開催報告。

日時:2013年1月28日(月)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー



今回は、「風の学校」の創設者であり「井戸掘り」の技術で国際貢献を果たした中田正一氏と、医者でありながらアフガニスタンで井戸を掘り、用水路を拓いた中村哲氏の生き様とその功績を通して、サーバント・リーダーシップの要素や、彼らを突き動かした背景や動機について学ぶ機会をもちました。



まずサーバント・リーダーシップの5つのバリュー、10の特徴の確認をし、YouTubeで2人の人物紹介映像を見たあとに、「その働きの詳しい内容」や「生い立ち・心の遍歴」を探りながら、お互いの心に留まったことなどを自由に話し合う時間を持ちました。

ミスターNGOと呼ばれる故中田氏の気持ちを動かし続けた大きな要因は、自らの戦争体験から来る贖罪の意識でした。おわび奉仕のつもりで東南アジアやアフリカなどの困っている国々に対し、「井戸掘り」の技術で協力し奉仕してきました。また中学時代に「アルプスを越える3人の少年」の話を知りました。これは、雪のアルプスで3人の少年が猛吹雪に遭遇し、生死を分ける話です。その話を通じ「助けることは、助けられること」を悟りました。
なお、医療NGOペシャワール会の中村氏が大旱魃にあえぐ瀕死のアフガニスタンで「井戸掘り」を始めようとした時に、協力を仰いだのが「風の学校」でした。その後の中村氏の超人的な働きの基を支えたのは故中田氏が残した働きでありました。

また中村医師は若い日に内村鑑三の「後世への最大遺物」を読み、深い影響を受けました。「人のやりたがらぬことをなせ。人の嫌がるところへ行け」の精神でハンセン病患者に仕える事から始め、「勇ましく高尚なる生涯」を送っておられる方です。



二人のご紹介を通じ、自由な話し合いでは、その生き様に圧倒されつつも、リーダーとして自分がどのように活かしていくべきかを真剣に考える話し合いがなされていました。参加者の皆様から出てきたご意見(アンケート結果を含む)から代表的なものを挙げてみますと以下のようになります。

・「一人の人としてどうあるか?」と言った自分の軸を再考するヒントをたくさんいただきました。

・心の深いところにある怒りや憂いや痛みが、ポジティブな形で人々に貢献し爆発した姿にとても感銘を受けました。

・先見力・予見力をイメージする力、それはコミュニティづくりだと思いました。(今回は井戸の周りに人の集まる姿や、大地に水が流れ農業が再生し人々が喜ぶ姿です)

・日々現場に根付いた行動の中から、自らの使命を見つめ直して行きたいと思います。

・自分は生きているのではなく、生かされていることが分かりました。

・自分の「サーバント・ハート」に向き合い、ぶれずに行動に移したいと思います。

今回の学びを通して改めて、優れたサーバント・リーダーについて掘り下げて学ぶ事は、それ自体が高尚な「生き方モデル」を提供してくれるものであり、「現在の自分のあり方や使命」について問いかけてくるものである事を実感致しました。

次回は、「新渡戸稲造」を取り上げる予定です。

第23回 読書会開催報告

日時:2013年1月8日(火)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー



今回読んだ箇所(234ページ4行目から238ページ13行目まで)は、昨年暮れに引き続き、グリーンリーフ氏が1970年に執筆した「倫理と、人を使うこと」という論文です。

毎回難解な文章で、解釈をめぐってさまざまな意見が交わされました。今回はメンバーのお一人が原書を持ってこられ、該当部分を全員にコピーして配布していただいたお陰で、原文の意味を確かめることができました。



読み進める中で、「産業界には職業規範というものがまるでないように思われる」との一文には、現在では違和感を感じるという意見が複数挙がりました。アメリカでは76年のロッキード事件をきっかけに倫理規定が定められ、それ以降、企業倫理が厳しく問われるようになったとのこと。「この事件を契機にこれまでの成長段階から成熟期にステージが変わったのではないか」、「腐敗や汚職に対する社会的影響力が非常に大きいので、現在、CSRの概念が強く出てきたのではないか」といったいくつかの意見が交わされた中から、「会社は何のために存在するのかが問われている」と企業の存在意義を問う発言がなされました。



そして「それ故に本当のCSRは、本業の外にあるのではなく、本業として行っている仕事の中にこそある」と。含蓄ある深い言葉だと思います。

読んだページは5ページでしたが、今回も著者の見解とそれに対するメンバー間の熱い意見から、さまざまな気づきを得た読書会でした。

次回は2013年2月12日(火)を予定しております。
是非、ご参加ください。

「グローバルリーダーシップ・サミット2012」 理事長真田の講演報告

2012年11月22日(木)、23日(金・祝)に大和カルバリーチャペルにて開催された「グローバルリーダーシップ・サミット2012」におきまして、理事長真田が講演しました。

このグローバルリーダーシップ・サミットは、毎年アメリカでリーダシップに関してビジネスから政治、教育関係と多彩な講演者を招いて開催され、今年は、ライス元米国国務長官、ジム・コリンズ氏、ダニエル・ピンク氏等が講演されました。日本ではその講演映像を大スクリーンに写すもので、その中で毎年一人だけ日本人講演者がライブ講演を実施しており、今年はそのライブ講演者
として、真田が「非営利団体におけるサーバントリーダーシップ」をテーマに講演しました。

講演当日(23日・祝)は約200名もの方々にお集まり頂きましたが、「サーバントリーダーシップ」を初めて聞いた、多少は聞いたことがあるという参加者の方が多く、最近注目された野球やサッカーの監督のリーダーシップを取り上げながら、サーバントリーダーシップの基本的な考え方とその特徴を分かり易くご紹介しました。



そして米国のスターバックスやサウスウエスト航空などの大手企業や一部の警察や軍隊といった公共組織にまでサーバントリーダーシップの考え方が取り入れられ、また日本ではサーバントリーダーシップという言葉が意識されていなくても、サーバントリーダーシップの要素を発揮し、成果をあげ続けている企業トップの方々をご紹介しました。国内外を問わず様々な事例をご紹介することで、参加者の方々がサーバントリーダーシップについて少しでもイメージできればと思っております。



講演終了後、ある参加者から「サーバントリーダーシップを初めて知り、自分のリーダーシップのスタイルに非常に近く、より深く学びたい」という声を頂きました。今回の講演を通じて、1人でも多くの方がサーバントリーダーシップに関心を持って頂ければ嬉しく思います。

「グローバルリーダーシップ・サミット2012」の詳細は
こちらから。

入門講座 開催報告

日時: 2012年11月29日(木)19:00~21:30
場所: レアリゼアカデミー

2012年11月29日(木)にサーバントリーダーシップの入門講座が開催されました。



この入門講座は、
「サーバント・リーダーシップ」とは?
「サーバント・リーダー」とは?
といった言葉に触れ、それがどういったものなのか、まずは基礎的な理解を深めていただくための初心者向けの講座となっています。

当日は、13名の参加をいただき、金融関係、医療関係、教育コンサル関係、営業関係メーカー関連と様々な方面から興味を持った方々が集って下さいました。



・リーダーシップとは
・サーバント・リーダーシップの歴史と概要
・サーバント・リーダーシップとは?
・組織にみるサーバント・リーダーシップの導入事例
・サーバント・リーダーとは?
・サーバント・リーダー10の属性
・支配型リーダーとサーバント・リーダー
・今なぜサーバント・リーダーが求められるのか?
・自分の中のサーバント・リーダーシップ

といった内容を、講義とディスカッションを織り交ぜながら共に学び合いました。

様々な分野の方々が集まるとそれだけ、意見も色々とそれぞれのお立場から出てきますので、より幅の広いディスカッションとなりました。入門編でしたが、かなり皆さんの学びが深く、内容も濃いものになりました。



「いままで自分がリーダーとして考えていたことが、こうしてしっかりとまとまっていて、間違いがなかったことに自信を持てた。今後は、迷いを捨てて信じてがんばりたい」など、ご自身のリーダーシップのスタイルと照らし合わせながら考えていただけたようです。

次回の入門講座は、来年2月を予定しております。開催日程が決まり次第、ご案内します。

第22回 読書会開催報告

日時:2012年11月13日(火)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー



「第4章 企業におけるサーバント・リーダーシップ」の228ページから234ページ3行目まで話し合いを行いました。

筆者は、「これから数年のうちにサーバント・リーダーシップが社会で多大な影響力を及ぼすのは、まずビジネスの現場ではないか」と語っています。そして「企業は優れた製品やサービスを提供するだけでなく、組織として、より優れた社会的資産となることを求められている」のだと。

ここで、メンバーから「企業は何のために存在するのか?社会の役に立たなければ存在価値はないのではないか」との意見が挙がりました。また「ビジネスの世界には、高潔さというオーラに包まれた弱肉強食の掟がもたらされた」という文章の意味をめぐって議論が交わされました。

「高潔さ」とは、英語でいうインテグリティであり、このインティグリティという言葉をさらに詳しく述べると「誰も見ていなくても正しいことをする」。つまり「お天道様は見ているよ」という姿勢のことなのだと。
そして次に出てくる「弱肉強食」について、勝ち残りの尺度は何なのか?企業やサービスが役に立つかどうかを判断する材料は当時と今とでは異なる。その中でより自分のニーズを満たせる時間が限られている。だから競争自体はわるいことではないのではないか、といった意見も出ました。

また「良心を律しようとする個人の意欲を減少させないため、どんな行動も法律によって制限されるべきではない」「自発的な倫理観と、法的な規制は両立しない」と太字で強調した一節については、法律さえ守っていればそれでいいという考えを批判したものだと思いますが、最近注目されている内発的動機づけに重なる考えだとの意見もありました。

さらに「人こそが組織なのだ!」との一文から「良い会社」とはどんな会社なのか、という話題になり、「そこで働いている人たちがよい人たちだったら、その会社はよい会社ではないだろうか」との某氏の意見に多くのメンバ―が納得。



最後に文章に出てくる「操る」という言葉は、「サーバント」とは対称的な感じがして違和感を覚えましたが、筆者はきっとこういうことを言いたかったのではと語ったメンバーの意見は下記の通りです。

・「操る」とは教育的な面でいえば、「適材適所」。人の適性、能力を見定めるという点から「操る」という言葉を使ったのではないか?
・目的を自覚している人に対しては、リードできるが、自覚できていない人には「操る」という語を使っているのではないか?なぜならリーダーは「違い」をわかってリードできる人だから。
といった意見が交わされました。

今回も数ページ読んでは振り返り、深い議論をしながらの読書会でした。

次回は2013年1月上旬~中旬を予定しております。
日程が決まり次第、お知らせいたします。

第21回読書会開催報告

日時:2012年9月11日(火)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー


当日は、P218~226まで読みました。



J.P.モルガン(モルガン財閥の祖)といえば、米国では一般に政府以上の力を持ち、独裁的な権力を振るった人物といったイメージを持たれています。しかし著者のグリーンリーフは、意外にもこの人物を偉大なトラスティとして高く評価しています。
なぜなら彼こそは、時代を先取りするコンセプトを持ち、自分が望む組織を築くために、強力な人材が必要だと知っていたからです。
サーバント・リーダーというと、我々はともすれば優しくて人を癒すような人、というイメージを抱きがちですが、このイメージとは対極にあるモルガンという人物の本質に、著者は「思いやり」を見出しています。
そしてトラスティにとって「何よりも重要なのは、思いやりである」とのこと。

この「思いやり」について、参加メンバーからリーダーシップ論の権威といわれるジョン・マクスウェルの著書の中に、「人格者とは、人への思いやりである」との一節がある
との意見が出されました。



また別のメンバーからは、「人が成長するとは?」といった本質的な問いかけがなされ、それに対し、「他者のために(for Others)という視点が持てる人」「内省力のある人」
「悟りに近づくこと」等、意見が百出。

また「優秀な人」とは「憂うる人」との見解も。それに対して、「日本には憂いを持っている人がいないのが、いまの日本の不幸」との意見が出される等、今回も活発な討議が交わされました。

次回は、2012年11月13日(火)に開催予定です。

入門講座 開催報告

日時: 2012年7月19日(木)19:00~21:30
場所: レアリゼアカデミー

2012年7月19日(木)にサーバントリーダーシップの入門講座が開催されました。



この入門講座は、「サーバント・リーダーシップ」とは?「サーバント・リーダー」とは?
といった言葉に触れ、それがどういったものなのか、まずは基礎的な理解を深めて
いただくための初心者向けの講座となっています。

当日は、12名の方のご参加をいただき、金融関係、医療関係、教育コンサル関係、
営業関係、司法書士等各方面から興味を持った方々が集って下さいました。

・リーダーシップとは
・サーバントリーダーシップの歴史と概要
・サーバントリーダーシップとは?
・組織にみるサーバントリーダーシップの導入事例
・サーバントリーダーとは?
・サーバントリーダー10の属性
・支配型リーダーとサーバントリーダー
・今、なぜサーバントリーダーが求められるのか?
・自分の中のサーバントリーダーシップ

といった内容を、講義とディスカッションを織り交ぜながら共に学び合いました。



やはり様々な分野の方々が集まると、それだけ意見も色々とそれぞれのお立場から
出てきますので、より幅の広いディスカッションとなりました。

「人を育てたい、スタッフの成長が自分の喜びであるという自分の考え方が
間違っていなかったと思いました」「リーダーシップのスタイルを省みる
良い機会になりました」というお声をほとんどの参加者の方々から頂くことが
できました。



次回は10月を予定しております。
日程が決まり次第、お知らせいたします。



第20回読書会 開催報告

日時:2012年7月13日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー


今回の読書会では、P207~217までを読みました。

グリーンリーフは、これまで企業、教会、学校、財団に関わってきた経験に基づき、
トラスティの役割について繰り返し語ってきました。
今回、読んだページは、「トラスティの判断」「トラスティの教育」です。



この論文を執筆したのは1970年代ですが、全く古さを感じさせないどころか、
まるで現在の状況を語っているかのような内容です。
将来のサーバントとしての若者の育成をしてこなかったくだりについて、
参加者から「これは著者自身の嘆きなのではないか」という意見が出、
さらに「トップの暴走を防ぎ、賢明な判断ができるようになるためにも、
トラスティのシステムをつくっておく必要がある」
「トラスティは、平和、秩序を維持する新しいシステムを創り出す働きなのではないか」
といった意見が出されました。



読み進む中で、ユニークだと思ったのは、トラスティにコーチが必要だと
述べている箇所です。
そしてコーチを探しているトラスティは、グループで立派な実績を積んだ人物を選ばないほうがいいとのこと。その理由として「実績を誇る人は、往々にして不適切なイデオロギーを押し付ける可能性が高くなりすぎるから」とはなかなか深い。著者の人生体験を感じさせる意見ですね。

いろいろと考えさせられるページでした。


次回は、2012年9月11日(火)に開催予定です。

第4回実践リーダー研究会 開催報告

日時:2012年7月5日(木)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

「第4回実践リーダー研究会」を開催致しました。
ゲスト : 株式会社シマーズ代表取締役社長 島津清彦氏



島津氏は、千曲不動産株式会社(*現スターツコーポレーション(株))入社後、取締役人事部長、常務取締役人事部長兼ピタットハウス事業部長、専務取締役を務めた後、スターツファシリティサービス(株)代表取締役社長、スターツピタットハウス(株)代表取締役社長を歴任されました。
なかでも、M&Aで買収したビル管理会社(スタ-ツファシリティサービス(株))の社長時代の取り組みをご披露いただきました。



会社は当時、ビル管理という業種柄、社員は高齢者の方が多く、地味で活気の無い職場でした。
そこで島津氏は、失敗談付プロフィールやブログを通じて、自身と社長としての考え方をさらけ出し、また社員の経営参画意識を高めるため「風土改革委員会」をスタートさせました。
また清掃・設備員のユニフォームのリニューアルを現場社員に任せるなど、成果物へのこだわりを通じて、社員との信頼関係を高めることに注力しました。

こうした様々な取り組みの結果として、業績を赤字から在任1年で黒字に転換させ、従業員が元気になり、明るく楽しい社風に生まれ変わりました。そして社長退任時には、社員が『すべては島津社長と共に』という全社員の笑顔とメッセージが満載された本をプレゼントされたことを紹介し、実物とその温かいメッセージの一部を披露いただきました。



島津氏の話を受け、小グループに分かれて感想や質問等の活発な話し合いが行われました。
参加者より「この取り組みが徹底できたのはなぜか?」の質問に、島津氏は「自分が壁にぶつかった経験から、「初心」と「人への感謝」を忘れずに実践してきた」など、多くの質問に回答いただくことで、非常に中身の濃く、学びの多い会となりました。

第2回聖書に学ぶサーバントリーダーシップ研究会 開催報告

日時:2012年6月11日(月)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

第1回目は社会事業家・伝道者として超人的な働きをした賀川豊彦の
生涯を中心に学びましたが、今回は彼の多方面の事業を支えた
コワーカー達(同労者)に焦点を当て学ぶ機会を持ちました。



その中でも、妻として生涯にわたり最大の協力者となった賀川ハル、
豊彦の最初の弟子となり賀川思想の忠実な実践者となった武内勝、
本所セツルメント活動に素晴らしいリーダーシップを発揮した木立義道
の3名の生涯を取り上げました。

彼らのサーバントハートから出た数々の愛の実践、フォロワーとしての
責任ある行動、また変革リーダーとしての実際の働きを見ながら、
賀川豊彦という真のサーバントリーダーの生き様が、次のサーバントリーダーを
生み出していくプロセスも同時に学ぶ事が出来ました。



話し合いの時間は様々な意見が飛び交い、改めて自分の隣人(顧客)や
存在意義を考え、各人がいかに生きるか?この学びを仕事の中でどう活かすか?
を話し合う、深い対話のひと時となりました。




次回の開催予定が決まり次第お知らせいたします。

第3回実践リーダー研究会 開催報告

日時:2012年5月14日(月)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

第3回実践リーダー研究会を開催致しました。
今回のゲストは、一般社団法人プロジェクト結コンソーシアム理事長であり、
株式会社ナガオ考務店代表取締役社長、
NPO法人エデュケーショナルフューチャーセンター代表理事でもある 
長尾 彰(ながおあきら)さん。



長尾さんは、体育教員、会社員を経て、経営者になりました。
そして、自分が創った会社を卒業し、被災地石巻を支援するNPOを設立。精力的に
活動されています。
また、自分では未経験の競技であるラフティング女子日本代表チームのコーチ、オリンピック招致委員会メンバーも務めていらっしゃいます。

簡単に今までの歩みについて、お話し頂いたうえで、
「何でも聞いで下さい」
「全て答えます」
ということで、参加者からの質問に答える形で進んでいきました。
波乱に満ちた歩みも、長尾さん曰く「常に、面白い、楽しい、役に立つ、こと」を
意識しての結果だと言います。
この場合の「面白い」は「interesting」で、多くの場合、苦痛や痛みを伴うものだと話されてました。
つまり、自ら困難に飛び込んで行っているのです。



長尾さんは、いつも大きなビジョンを描く一方で、関わってくれる仲間ひとり一人を尊重し、コントロールすることを手放しています。
たとえ、自分の期待と違う行動を取る人がいても、人の行動には理由があると信じているのです。
天性のサーバントリーダーとも言える長尾さんの話があまりにも面白く、
参加者一同引き込まれていました。

最後に長尾さんの話を受けて、サーバントリーダーの要素について、
小グループに分かれて対話の時間を設けました。非常に中身の濃い、学びの多い会となりました。



次回の開催予定が決まり次第、お知らせいたします。

第19回読書会開催報告

開催日:2012年6月8日(金)19:00~21:00
会 場:レアリゼアカデミー


今回の読書会では、下記の箇所(P194~207)を読みました。

Ⅳ新しいトラスティの役割

 ・やり遂げることの問題
 ・トラスティの役割--対応するのではなく、主導する
 ・トラスティの会長
 ・新しいトラスティはスーパー経営者ではない


Ⅴ情報--トラスティの役割を再構築するための鍵

前回に引き続き、トラスティの役割について述べています。
ここでは、トラスティの役割は「対応」ではなく、「主導する」ことを強調しています。
そして超然としているのではなく、自分のタスクを持ってしっかり情報を集めなさい、と。
書かれた内容については、成程と思う一方で、「役員の育成と人選」や「経営陣の編成」、
「トラスティの会長」などは、現在の日本ではあまりピンとこない、との意見が出ました。
読み進む中で、トラスティとファシリテーターの類似性や「サーバントリーダーとは、
サーバントハートを持った生き方だ」、といった意見が交わされました。



少ない人数でしたが、読んだ内容について振り返り、参加者同士の対話を通じて
考えを深められたのではないかと思います。


次回は、7月13日(金)に開催致します。

第18回読書会開催報告

開催日:2012年4月25日(水)19:00~21:00
会 場:レアリゼアカデミー

今回の読書会では、P181~P193まで読みました。

このページでは、主にトラスティの責務について述べています。
筆者によれば、トラスティの第一の責務は、力の悪用を避けるために
きちんと監督すること。
そしてトラスティはその法的権力を使って情報を入手して、監視し、
運営に用いる権力をコントロールしなければならない。
なぜなら権力はそれが委ねられた人を腐敗させる影響力があるので、これを阻止するためである、と述べています。
筆者が、あえてトラスティの責務について強調している理由は、これまでトラスティの地位が名目ばかりで、
本来の役割を果たしてこなかった。それ故に健全な組織運営が阻害された
ことにあるようです。



日本ではこの10年程、コーポレートガバナンスのあり方が問われ、社外取締役を
置く会社が増えています。
ちょうど読書会当日の新聞でも日立製作所が取締役の過半数を社外取締役に、
との記事が掲載されていました。

今回の読書会では、トラスティとは、日本の企業で言えば、まさにこの社外取締役や監査役の
ような役割ではないかという話題になり、筆者の云わんとしていることが腑に落ちました。

参加人数は少なかったですが、さまざまな話題で盛り上がり、あっという間の2時間でした。


次回は、6月8日(金)を予定しております。

入門講座開催報告

開催日:2012年4月17日(火)19:00~21:30
会 場:レアリゼアカデミー

この入門講座は、「サーバントリーダーシップ」とは?
「サーバントリーダー」とは?といった言葉に触れ、
それがどういったものなのかを、まずは基礎的な理解を深めていただくための
初心者向けの講座です。



当日は、
・リーダーシップとは
・サーバント・リーダーシップの歴史と概要
・サーバント・リーダーシップとは?
・組織にみるサーバント・リーダーシップの導入事例
・サーバント・リーダーとは?
・サーバント・リーダー10の属性
・支配型リーダーとサーバント・リーダー
・今なぜサーバント・リーダーが求められるのか?
・自分の中のサーバント・リーダーシップ

といった内容を、講義とディスカッションを織り交ぜながら共に学び合いました。



初級の講座に位置付けられてはいますが、それぞれの
テーマに対する参加者様からの意見や洞察は非常に豊かで、そして深いものになりました。

「自分のリーダーシップの在り方を考える大変有意義な時間になりました」
そんな声をほとんどの参加者からいただけるほど、自分に対する気づきも持って帰っていただけたようです。

次回は2012年7月18日(水)を予定しております。

第17回読書会開催報告

日時:2012年3月23日(金)19:00~21:00
会場:レアリゼアカデミー


今回は第3章「サーバントとしてのトラスティ」(P166~P181)を読みました。

これまで過去1年以上にわたって、『サーバントリーダーシップ』を読み進める中で、我々にとってなじみのない「トラスティ」という言葉が頻発し、そのたびにこの言葉の意味をめぐり、読書会メンバーの間でいろいろな推測がなされてきました。

そこで今回は、いよいよその言葉そのものをずばりタイトルとした章に突入。
今回の読書会を通じて、トラスティとは、日本でいえば、社外取締役、理事、評議員に近い役割だということが、はっきりとわかりました。

「著者のグリーンリーフは、トラスティの本来あるべき役割について、あえて一章を設けて持論を語る程、強い思いを持っている。それはおそらく彼自身がこれまで組織の一員として、憤るような経験をし、そうであってはならないという強い思いがあったからではないだろうか」といった意見が複数の参加者から出ました。



今回の参加メンバーは、所属する組織や関係するNPO団体での現状をイメージしつつ、トラスティの本来の役割の持つ半端でない重さを認識するとともに、著者の思いに大いに触発されました。


次回読書会は、2012年4月25日(水)を予定しております。

第2回実践リーダー研究会 開催報告

日時:2012年3月15日(木)19:00~21:30
場所:レアリゼアカデミー

「第2回実践リーダー研究会」を開催致しました。
ゲストは『私が会社を変えるんですか?』(日本能率協会マネジメントセンター)の著者でもあるNEC広報室の中島さん。



中島さんの今までの組織風土改革の取組みを語って頂き、それを通じてリーダーシップについて皆で学びました。

  

内容は3部構成でした。
第一部:子会社の改革に取り組み、それを本にまとめ出版するまで
第二部:NECに戻り、「3000人に対話集会」を実施するまで
第三部:広報室のマネジャーとしての現在の葛藤

綺麗ごとではない、生々しく本質的な話に参加者はみな引き込まれてしまいました。
最後のほうでは、その場が、中島さんの言う「神社のような空気」になりました。



表面的な組織開発の手法ではなく、リーダーの「あり方」を改めて考えさせられた、とても学びの深い2時間半でした。

次回は2012年5月14日(月)に開催を予定しております。

第16回読書会開催報告

日時:2012年2月28日(火)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー

今回の読書会では、「育成の最前線にいる教会」(150ページ)から第2章の最後(164ページ)まで読み進めました。



今回読んだページでは、主に教会のあり方について述べられています。

参加者の多くは教会そのものに馴染みがないため、朗読後の話し合いに先立ち、キリスト教に造詣の深い広崎理事から、教会の意味や仕組み、牧師と祭司の違い等について詳しく説明をしていただきました。

そのうえで、
・筆者が教会をテーマとして取り上げた背景
・米国におけるキリスト教的価値観について
・ミニスターの本来の意味
・教会におけるトラスティの役割
・リーダーシップの原動力が宗教に関わること、それを培うことが教会の使命
・筆者の思想とサイコシンセシスとの類似性

といったこと等、幅広い意見や感想が交わされました。

次回の日程が決まり次第、ご案内いたします。

第1回聖書に学ぶサーバントリーダーシップ研究会開催報告

日時:2012年2月6日(月)19:00~21:00
場所:レアリゼ会議室

今回は「聖書に生きたサーバントリーダーの事例」として、賀川豊彦の生涯から学ぶ時を
持ちました。



賀川はガンジーやシュヴァイツァーと並んで20世紀の三大聖人とも呼ばれ、
ノーベル賞候補に5回も挙げられた方です。
そして生涯にわたり、救済活動をベースに3つの働き(CPC)を実践しました。

1つ目のC(Christianity)はキリスト教の伝道
2つめのP(Peace)は平和運動
3つ目のC(Cooperative)は協同組合運動です。

近代日本社会の人間化に賀川ほどの貢献をした人物はあまり見当たりません。
また彼を21世紀のグランドデザイナーと呼ぶ方もおられます。

賀川が何故キリストのように人に仕えたいと願うようになったのか、そして、その愛と社会正義を追い求めた生涯から、
・彼はどのような特徴を持ったリーダーであったのか?
・彼の生き方や活動実績を通してインスパイアされた事は?
等について話し合う機会を持ちました。

参加者からは、
・このような人物が日本にいた事を知らなかったが、その生き方にとても感動を覚えた。
・賀川のような大きなリーダーになれなくても、小さなリーダーを目指したいと思った。
・SL協会がtwitterで発信している「サーバントリーダーに関するメッセージ」の内容をより深く理解する事が出来た。
等の意見が挙がって参りました。

その他、とても深い内容に関する意見交換の場となりました。



次回は別の人物を取り上げる予定です。日程等詳細が決まりましたらお知らせいたします。



第15回読書会

第15回読書会では、「組織としての大学」(P143~P150)について話し合いました。

大学改革のためのトラスティの在り方、役割などについて、活発な議論が交わされました。



開催日:2012年1月19日(木)
時間: 19:00~21:00
会場: 株式会社レアリゼ内会議室

次回は「育成の最前線にいる教会」に入ります。
次回日程が決まり次第、お知らせ致します。

第1回実践リーダー研究会開催報告

日時:2011年12月1日(木)19:00~21:00
場所:レアリゼ会議室

第1回実践リーダー研究会を開催致しました。
参加者はいずれも、部下を持つ部長や課長といった立場の方々でした。 
中には大阪から参加して下さった方もいました。
今、自分がリーダーとして抱えている課題について共有し、サーバントリーダーシップの観点でどんなことが見えるか、どんなことができるかについて議論しました。

皆さん、自分自身の課題なので熱心な議論が行われました。
また、自分自身がサーバントリーダーになろうと、既に努力されている方が多かったことが印象的でした。

今後の予定ですが、以下の2つのテーマについて深めていく予定です。

● 参加者の皆さんの抱える課題についての議論
● サーバントリーダーシップの要素をどう身につけるか、どう磨くか

次回の日程が決まり次第、お知らせ致します。

入門講座 【東京開催】

2011年11月14日(月)に入門講座が開催されました。
今回の入門講座では、サーバントリーダーシップに関する
基本的な考え方から、さらに深い理解を得るための
有意義な時間となりました。



開催日:2011年11月14日(月)
時間: 19:00~21:30
会場: 株式会社レアリゼ内会議室

第14回読書会

第14回読書会では、「リーダーシップコンセプトと運営」、
「リーダーとしてのトラスティ」について話し合いを
行いました。



開催日:2011年10月13日(木)
時間: 19:00~21:00
会場: 株式会社レアリゼ内会議室

第13回読書会

第13回読書会では、「組織編成の構造」について
話し合いをしました。


開催日:2011年9月6日(火)
時間: 19:00~21:00
会場: 株式会社レアリゼ内会議室