過去の活動報告

第27回 東京読書会(第二期)

開催日時:
2017年12月22日(金)19:00~21:00
場:
レアリゼアカデミー

第二期第27回(通算第82回) 東京読書会開催報告

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期東京読書会は、今回、第8章「サーバント・リーダー」の最後の部分を会読しました。
具体的にはこの章に収められたカールトン大学の学長ドナルド・ジョン・カウリングの評伝の4回目となります。この評伝はグリーンリーフが師事したカールトン大学の学長であったカウリングの人生を語るものですが、カウリングを高く評価し、その生き方に共感していたグリーンリーフ自身の思想形成の履歴書という性格も併せもつものといえるでしょう。今回の会読範囲では、グリーンリーフのカウリングへの思いが彼の講演録の形で赤裸々に語られます。その部分をはじめとして、この評伝全体からグリーンリーフによるサーバントリーダーシップという思想の形成へ、カウリングのことばや生き方がさまざまに影響したことがとてもよく解ります。 (今回の会読範囲、p.447 10行目からp.458 5行目。この章の最後まで)

【会読範囲の紹介】
・カールトン大学の学長の座を退いた後のカウリングには、カンザス州のメニンガー研究所やミネソタ州での薬学部の設立などの他、いくつもの組織に彼の才能を捧げていました。そこにおいて、「カウリングの努力と収益拡大の効果は、建造物や事業といった目に見える形」になった一方で、カウリング自身はすでに「引退していたため、そのどれにも経営責任を負うこと」はありませんでした。
・プリマス会衆派教会の牧師であるハワード・コン博士は、同教会の信徒であり教会会議の初回議長も務めたカウリングについて、後のカウリングの告別式で次のように述べています。「(定期的に日曜礼拝に通っていたカウリングにとって)形式的な儀礼や教会儀式は彼の心に全く響きませんでした。祈りこそがすべてだったのです。祈りこそが、人生のすばらしさと神秘さへの感謝の気持ちを捧げる機会をもたらしてくれます(後略)」とカウリングの聖職者精神を称えます。形式主義を排するカウリングは、同僚であり友人であった、聖オフラ大学ラーズ・ボウ博士が病に倒れると、毎週日曜日の朝にボウ博士に聖書を読み聞かせました。そのようなカウリングを先ほどのコン博士は、「キリスト教的な同胞として愛する隣人へのカウリング博士の優しさは、それ自体彼にとって父なる神への礼拝行為でした」と礼賛しています。
・グリーンリーフは、「私が見たところ、学長の身のまわりには不思議と問題が集中した」と述べています。転がり込んでくる問題もカウリングが首を突っ込むことで問題を作ることもありましたが、そのような中で、カウリングは「(ものごとの成功の秘訣は)問題の渦中にいつも身を置いておくことだよ!」とさまざまな問題に真っ向から取り組んでいました。そのようなカウリングをグリーンリーフは「問題に取り組む中で、学長の信念と行動は見事に調和していた。これは彼の生き方を語る上で揺らぐことのない重要な要素だ」と評します。
・グリーンリーフは、彼のカールトン大学時代に、学生団体の問題解決のためにグリーンリーフを訪ねて、こじれた問題の解決策を提案したことがありました。グリーンリーフの話を辛抱強く聞いたカウリング学長は、関係する教員を少なからず傷つけること避けられないというグリーンリーフに、「自信に満ちた笑顔で私の方を向いて、こう言った。“今回のようなケースもあるんだよ。(中略)(何かを実行することも傍観者でいることにも批判が出てくることを防げない)それなら、大学にとって最善のことをやろうじゃないか”」と明言します。
・また、グリーンリーフは、1930年代に有能なフットボール選手でありながら学業不振で落第を余儀なくされた学生のことで、カウリングと話し合ったことを述懐しています。学業が立ち行かなくなることは入学直後から判っていて、そのことに大学が手をこまねいていたことから、グリーンリーフは「これが人材の有効活用と言えますか」と詰め寄りました。グリーンリーフの詰問に顔をひきつらせつつ、カウリングは大学運営の現実を語りました。
・心の内をさらけ出したカウリングの話はグリーンリーフにとって初めて耳にするものが多くありました。「人間の作った組織など脆弱で、間違うことも多い。人間そのものが脆弱で、間違いが多いからだ」「(大学やその他の組織で)起こっていることを考えるとぞっとする(中略)しかし、強い意志を持ち、能力があって、誠実な人ならいったいどうするだろう(中略)世間とのかかわりを絶ち、他人の犯した失敗で被害を受けないようにするのか。それとも、どこかの組織で責任ある役職を務め、自分にできるかぎりの貢献をして、ときには譲歩することも、努力が報われないこともあるが、何もしないよりはましだと、覚悟を決めるべきなのか(後略)」というカウリングのことばにグリーンリーフは強い感銘を受けています。
・この時の経験をグリーンリーフは、「家路に着く頃、私はいくらか賢い人間になって気がしたのだった。(中略)英知のかけらが転がり込んできた」と表現しています。この評伝は前述のグリーンリーフとカウリングのやり取りから30年以上の時を経て書かれています。グリーンリーフは前記のやりとりがあった30年前とこの評伝を書いた時期(注)比較して、「(社会の)出発点に立とうとしている若者にとって有益なことを、われわれは何かしているだろうか(中略)学長なら(中略)こう言うだろう。“いや、われわれはこの重要な問題に貢献してはいない。その努力のために、もっと誠実で意志の強い人々が自分たちの人生を捧げる必要がある。誠実で意志の強い者に求められているのは、自分が正真正銘の忠誠を誓えるものに貢献することだ”」とカウリングに仮託して警鐘を鳴らしました。
(注)カウリングは1880年生まれで1964年11月27日に死去。
カールトン大学の学長であったのは、1909年から1945年。
グリーンリーフのこの評伝が書かれたのは1970年前後と思われる。
・グリーンリーフが大学生だった時期に学長のカウリングは学校の経営で多忙で、彼と学生が接する機会がとても少なくなっていました。それを気にしたカウリングがある日曜の夕方に男子寮を予告なしに訪れました。寮の中では学生たちが賭け事に興じていました。偶然それを見たカウリングは、穏やかに「これは失礼」と一言述べて部屋を去り、またそのことをとがめだてたり、学部長などの生活指導責任者に伝えることもしませんでした。カウリングは自身が学長であって学部長ではないこと、男子寮の訪問も友人の立場で訪れたこと、などの理由から自身の立場をわきまえた行動をとったのです。
・グリーンリーフとカウリングの再会は1951年、グリーンリーフの卒業25周年を祝う記念会場でした。その数年後、カウリングも参加したメニンガー研究所のパネルディスカッションでパネラーの一人として呼ばれたグリーンリーフは、短い割り当て時間に、カウリングへの謝意を込めたスピーチを行いました。
・パネルディスカッションのスピーチで、グリーンリーフは、「(前略、グリーンリーフがカウリングに)感謝したい理由はおもにふたつあります。ひとつはご自身の天職への模範的な貢献の姿勢に対して(後略)二つ目は、(中略)私が非常に手のかかる学生(中略)(でありながらも)私がいくつかの出来事に遭遇した時、私のそばには先生がいらっしゃった(中略)。窮地に立たされた若者の気持ちを理解してくださった(後略)」と述べました。
・続けて、カウリングと頻繁に会えるようになったグリーンリーフは、カウリングの新しい面を次々と発見したと話を展開します。そしてカウリングが社会から高く評価されるのは、外に現れた功績ではなく、心の奥底の内面性によってのものだと述べています。「深い意味で、本質的な人間性を察知する、鋭敏な認識力がない」若者である大学生から教育者への感謝の気持ちを伝えることが少ないこと、学生時代のグリーンリーフも同様であり、大学を卒業して数十年を経るまでに「(カウリングに対して)本当の意味で感謝の気持ちを私は述べたことがなかったのだ」と告白した上で、「私は学長との思い出を大事にしたい、カールトン大学を設立した彼を称賛したいと思う」と述べつつ、さらに「(偉大さを表すのに)実績は欠かせないものだが(中略)もっとも重要なのはその人の人間性である」と唱えます。
・その観点で、グリーンリーフはカウリングについて、「学長は“真に偉大な”人物として歴史に名を連ねるべき」として、英国の桂冠詩人であるスティーブン・スペンダー(注)の代表的な詩である「真に偉大であった人達」を引用します。グリーンリーフは、カウリングはこの詩の内容そのものであると称賛し、グリーンリーフはカウリングの「偉大さの前にひれ伏し」、そしてカウリングが情熱を注いだ人材育成が「いつの日かカールトン大学のため、そして社会のために彼が残した財産となることを願っている」とメニンガー研究所でのスピーチを締め、またカウリングの評伝の最後としました。
(注)英国の詩人であり評論家。1909年2月28日~1995年7月16日。
細川護熙元首相が日本新党を立ち上げたときに、この詩を掲げて自らを
鼓舞したというエピソードがある。

【会読参加者による討議】
・グリーンリーフはなぜカウリングをサーバントリーダーと認識したのか。グリーンリーフはカウリングに対する謝意と称賛の表明で、「ご自身の天職への模範的な姿勢に対して(称賛する)」と述べている(日本語版、p.454)。カウリングにとっての天職とはサーバントリーダーそのものであり、その責務としての仕事に奉仕する姿勢が評価されているのだろうと思う。
・カウリングについて、グリーンリーフはさらに「彼が本来の強みを発揮するのは、問題に直面した時であり、問題の渦中にある人に向き合うとき・・・(日本語版、p.449)」と評価している。問題の渦中に身を置けるというのは、サーバントリーダーシップの10の属性(注)の中で、6番目の「概念化」や7番目の「先見力」が他の属性とともに長けていることが感じられる。
(注)ラリー・スピアーズによるサーバントリーダーの10の属性。
日本語版p.572~p.573参照。
・この部分を読みながら、会社にとっての最善とは何か、ということを考えていた。自分たちは会社の中での細かい利害関係のもつれが、日常的な摩擦を生んでしまう世界に慣れすぎてしまっている、と反省していたところだ。
・自身がやりたいことのビジョン、そしてそこに進むために必要な個人の能力や属性など、ここに描かれたリーダーから熱さを感じている。クエーカーの教会でのカウリングによる聴聞会が失敗に終わった(日本語版、p.448)のような失敗に挫折せず、前に進む姿に共感を覚える。
・カウリングには信念と行動に調和がある。目的、軸、行動に迷いがなく、その一貫性が共感を生む。われわれの経験でも自分がぶれると他者の共感を得られなくなることが多い。
・自分や周りを見ても管理職となってリーダーシップを学習しようという人が多い。20歳代の若さで大学の学長に就任したカウリングを見ていると、リーダーシップというものは若い内、下積みの内に学習し、体得していく必要があることわかる。そのことに気がつく人とそうでない人の差は大きい。
・自分の経験からリーダーシップは知識ではなく意志だと思う。若いころに、社内でも怖いことで有名だった上長に自分の意思を表明したことがある。組織の方向性を明確にするために絶対に必要だと思って、勇気を奮って発言した。説明はつたなく、欠点だらけだったが、組織を第一に考えた意見であることを理解してもらえ、つたない説明の中からその意図を汲んでもらえた。
・サーバントリーダーシップのサーブ、つまり奉仕だが、サーバントリーダーの奉仕の対象は人ではなく、ミッションつまり仕事だと考える。正しい方向を見出して自分と周囲を導く、その誠実さと忠実さに人は魅かれるのだと思う。
・さらに、やりきって結果を出すことが重要だと思う。人は他人による見た目の結果ではなく、やりきる力ややりきる姿勢についていく。

・数年前にキャリアカウンセラーの資格を取得した。キャリアカウンセラーはカウンセリング相手から傾聴することが基本であり、それぞれの人が何を目指すか、何をやりたいのかを聞き出すことが任務である。企業内でキャリアカウンセリングを実施するときに重要なのが、その企業が目指すものを企業、すなわち組織のトップが示すことである。それが浸透する中で、その組織に属す人が人生をどう作り上げていくのかをカウンセリング相手の話と組織が目指す姿を合せながらカウンセリング相手と一緒にデザインする。この活動を振り返り、リーダーが組織のあり方を示すことが、その組織へのサーバントとなり得ることだと思っている。
・企業に属す職員である以上は、その企業に貢献することは、当然求められる条件となる。企業以外の組織でも同様だ。組織への貢献とは、その組織が目指す方向に進むことを一緒に推進することである。ところが案外多くの組織で、トップが方向を示さないことが多い。もちろん一方で組織に所属メンバーが自分の狭い視野でしか周囲を見ておらず、示された方向が見えていないということも多い。こうした事態が見過ごせないレベルで存在することから、カウリングが示した傾聴や共感の姿勢が多くの組織で必要とされていると感じている。端的に言えば、上司と部下の関係での傾聴と共感だ。各職場単位でこうした動きがあれば、組織は大きく変わることができる。
・カウリングに関して言えば、組織や組織の中の人への共感はもとより、宗教的な面で敬虔な姿勢が見受けられる。リーダーが己の力を過信せず、人智を超えた偉大なものに謙虚な姿勢をもつことが他者に対する共感となり傾聴をもたらすのだと思う。この点についてはグリーンリーフも同様の考えであり、この点はサーバントリーダーシップを理解する上での重要な要素だと思っている。

・カウリングの人生の中で、組織を統べる者としての短期の目標と、組織の将来を見据えた長期目標の整合ということに関心を抱いた。彼が長年にわたり学長の任にあったカールトン大学は、彼の後継者たちが大学の質を高めることを地道に継続したことによって、やっと成果がでてきている。カウリング自身は、その長い生涯にもかかわらず、結果を見届けられていない。
・勤務先で人事関連の仕事に携わっているが、人事のことに制度に関する仕事は短期の成果がだせない。最近は女性の管理職登用比率などさまざまな統計データが整備され、過去や同業他社と比較されることが多いが、ときに表面を取り繕うものとなっていることがある。そのような中で自分自身のポリシーを確立していくことが必要だと考える。自分のポリシーを立てることについては、よく「エッジを立てる」といわれるものだ。さまざまな検討と判断、選択が行われるが、いずれにしても長い年月をかけないと結果が判明しない。
・同様の仕事に関わっているが、人事施策などの目的は全員に伝えるようにしている。いくつかの制度は、同じ会社の職員でも職種や就労形態によって、メリットを享受できない人がでてくる。それらの人にもきちんと理解を求めないと施策が成功しない。

・われわれは、会社とか組織ということばをしばしば口にして、それこそ会社や組織を一人で背負ったような発言をすることがよくある。そのような人が定年すなわち組織を卒業するときに、一個人として何が残るのか。男女雇用機会均等法など就労、勤労に対する環境は変化してきているが、個人の自己実現という観点で見たときに本質的によくなってきているのだろうか。失敗を恐れて周囲の模倣をしているだけということも見受けられる。
・会社だけを軸にした人生は、会社の定年が近づくにつれて、個人の熱意が下がってくる。生涯を貫く軸が欲しい。
・自分は1949年に生まれて、高度成長からバブル崩壊といった時代を企業人として過ごしてきた。会社を引退した後に、ライフキャリアレインボー(注)に気が付いた。会社や家庭、地域社会とのバランスを考えた個人のキャリアだ。いうまでもなく所属する会社がステータスだった時代は終わっている。一方でダイバーシティについては、その意味は表面的な平等ということではなくもっと根が深い。少子高齢化が激しく進むわが国では、いろいろな人が多くの役割を担わないと、国が立ち行かなくなるという危機が迫っている。
(注)職業、技能や生活、人生経験などの広義のキャリアとライフは、年齢や役割、
場面に応じて一生発展し続けるという考え。
・働く人に自律性、つまり自らが考えて仕事に取り組むという姿勢が必要であり、その積み重ねが定年後の余生を新鮮でいきいきとしたものにしている。若年から中高年までの常にその人ならではのパフォーマンスを発揮すること、これがやがて異なる場での活躍の源泉となる。

・今日の会読を通じて、リーダーシップのための行動様式、つまり how to だけではなく、リーダーたる者の人間性が重要だという当然のことを改めて痛感させられた。