日時:2018年10月26日(金)19:00~21:00
場所:レアリゼアカデミー(麹町)
ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントであれ 奉仕して導く、リーダーの生き方」(野津智子訳、英治出版、2016 年)の東京読書会は、第2章「教育と成熟」を会読しました。これは、グリーンリーフが1960年11月30日に、第5回隔年職業指導会議でバーナード大学の教授と学生を相手に行った講演の記録で、1962年に発表されたものです。
グリーンリーフが一般向けに発表したものとしては最初期のものであり、彼の思想がストレートに表明されています。「ほかの人に対する愛が満ちている中で自分自身を愛することが、健全な姿勢であり、人生の実現に必要なことです」と訴えるグリーンリーフの主張は、講演から60年近く経た現在も、広く通用するものであり、彼の思想のもつ普遍性が良く分かります。
(今回の会読範囲 p.113~p.141、11行目、この章の最後まで)
【会読内容】
・講演の冒頭、グリーンリーフは、人間の成熟とは最高の自分になるという言葉とのつながりがあり、それを促す大きな力としての教育、とりわけ一般教養教育が重要であること、人はさまざまな経験を通じて成熟すると考えていると述べて、「教育と成熟」について語り出しました。
・グリーンリーフ自身は、成熟について、最初からことばを重ねて定義することを避けて、“芸術とは何か”と問われた建築家のフランク・ロイド・ライトが、アンデルセンの童話を朗読し、その朗読を終えて、ひとこと「これが芸術です」と語った逸話を披露しました。
その上で、成熟へのプロセスが一人ひとり異なる中で、その共通の土台として意味を探りたいと、この講演の意図を付け加えています。
・彼が成熟に関して学んだ中で最も重要なこととして、「自分を独自の存在にするものが現れ、十分に育つことに、私たちは生涯にわたって最大の関心を傾けるべきだ」と訴えます。彼自身はこのことにたどり着くのにたくさんの遠回り、「やる気が削がれて前向きに対応できなくなる苛立ち」になんども直面しつつ、苦労して学んだと語っています。
・グリーンリーフは、すべての人の人生はエゴを強くする経験とエゴを壊す経験がミックスされているとして、「成熟とは、エゴを破壊する経験に耐えられること、そしてエゴを強くする経験をしているときにバランスを崩さないこと」と定義しました。
彼は非凡な経営手腕を発揮した組織を研究すると、常にそこに部下の隠れた才能を開花させ成長させる有能なマネージャーがおり、ミスによる不本意な事態にも動じずに、その経験から学んでいることを発見しました。
・グリーンリーフは、前記のようなミスからも学習することを可能とするために、自己肯定の意識、他者とは別個の「創造の担い手」であることを自覚することの重要性を説きました。
彼は聴衆に対して「自分という人間に対するこの基本的な見方を、決して忘れないでください」と訴えました。
・人間が、子供から大人に成長することに沿って、自己中心的だった世界が外に広がり、外部と相互に影響し合うようになります。
そうした経験を経て育成される、グリーンリーフが言うところの「自分専用の明かり」、つまり、多数の引き出しによって形作られるただ一人のものである自己についての認識をしっかりと持って、日常を創造的に生きることをグリーンリーフは聴衆に求めました。そして、多くの引き出しを作っていくことこそが一般教養教育の要諦(ようてい)であるというのがグリーンリーフの主張です。
・グリーンリーフは、人がそれぞれ暮らしている世界の文化に条件づけられ、その文化の相違がしばしば紛争を招くことに触れました。
そうした中で文化の差異があることを自覚しつつ、かつ人がそれぞれ独自の存在であるために、「引き出し」のプロセスを持つことの重要性を説きました。
・グリーンリーフは、「引き出す力が人生に関わる重要なものとして生じたら、しっかり取り組むべき大きな問題が四つあります」と述べています。それに加えて「一生の仕事を選ぶときには、第一の目的として、従事する仕事において自分を独自のものとするものを見つけること」と訴えました。それを目的としないと、うつろな存在になると、T.S.エリオットの「可能性と実在の間に/理想と堕落の間に/抜け殻は存在する」という詩の一節を引用して警告しました。
(注)T.S.エリオット(1888年9月6日~1965年1月4日)英国の詩人、劇作家。
・前記のように訴える中で、四つの問題の第一番目として「重圧と責任によって引き起こされる結果」が挙げられています。グリーンリーフは、仕事には可能性を広げる場合と制限を設けてしまう場合があること、さらに大きな重圧に耐えることで引き受けられる責任が重くなるにつれて、現状に甘んじることなく更なる努力で視野を広げる必要が生じることを指摘しました。
そして聴衆に周囲を理解することと理解を追求する知的探求を行うことの重要性を説きました。
グリーンリーフは、自身の達成感についてウォルト・ホイットマンの「大道の歌」を引用しています。
「さあ、十分に理解しよう-ものごとの本質として,/何であれ、どのような素晴らしい成果を収めようと、/さらに苦しい努力を必要とすることが必ず出てくるだろう、と。」
(注)ウォルト・ホイットマン(1819年5月31日~1892年3月26日)米国の詩人、随筆家。
・二つ目の問題点は「基準に従って行動することと、本質的な自己であることの葛藤」と述べています。
・私たちの日常は、周囲と協調することに反発すると物事が進まなくなることは言うまでもありません。
物事への組織的な取り組みには、多くの場面で関係者が「折り合い」をつけることを余儀なくされます。
・グリーンリーフは社会の中での協調の必要性は認めつつも、本質的な自分について理解しないままだったり、自分が外部と協調することの意味を理解しないまま、周囲と折り合うことによって、自分のアイデンティーを喪失したり、自分が大切に思っていることに周囲が気づかず敬意が払われないことがある危険性を説きました。
・三つ目の問題点として、「重要な物-地位、財産、成功という厄介なもの-を求めて必死になること」が挙げられています。
私たちは長い期間与えられる学校教育の中で、学校教育での成果を上げることが目的化してしまいがちです。そのことが影響して社会に出て企業などの組織に所属した時に問題が出てくることがあります。
現代は、すべての組織の仕事に、それに関わる人が個人的な意味を見つけるようになっています。
グリーンリーフは、それぞれのひとがそれぞれの仕事の意味を考える際に、その仕事を遂行することがその人の成熟につながるかどうかを「自分にとって意味のあるものを、たとえ何か強い力によって否定されるように思える状況であっても、見つけられるようになる」ことが必要であると主張しています。
・私たちが一人ひとり自分の内側に持つ種、これが発芽して成長する状況をもたらすものをグリーンリーフは「探究(Search)」と呼びました。
そして探究が不十分で、手に入れられる選択肢を受け入れられないために、むなしいものに終わった人生が歴史のあちこちに垣間見えると述べています。探究の一例としてナサニアル・ホーソーンの「人面の大岩」 (注)を読むように勧めました。
(注)ナサニエル・ホーソーン(1804年7月4日~1864年5月19日)米国の小説家。代表作「緋文字」など
善悪、罪などの宗教色のある作品が多い。「人面の大岩」(竹村和子訳、国書刊行会、1988年)
・ニューイングランドのある村には、人の顔のような大岩があり、いつかその顔に似た人が現れて、村に幸運をもたらしてくれると信じられていました。外から来た人にそのような期待が寄せられましたが、実現しませんでした。ついに現れた岩に似た顔の人は、その村に長く暮らしてきた人だったという寓話です。
・グリーンリーフは、この寓話について、町が人を象徴していると解釈しました。自分の中にありながらまだ表に現われていない性質を出現させるために外部の刺激を求めること、つまり能力や可能性の開花を外部に委ね、性質が現れないことを外部の責任にするという態度への批判を表明しました。
そして、「本当の探究者」であれば、外部にこだわらずに自分の人生をしっかり観察して、「気高く生きることを目の前で実践してくれている人に(中略)生き方を変えられるもっと若いうちに、気づくこともできたはずです」と訴えたのです。
併せて、昔からの考えにとらわれて、本心から求めているものではないものを追い求めてしまう虚しさにも言及し、「(そのような姿勢を見せる自分と同世代の)彼らが、具体的過ぎる(そのために)意味のない目標を捨てて、独自の個性を開花させられたらいいのですが」と述べました。
これはそのまま、この講演の聴衆に対する願いでもあったでしょう。
・「組織にも、人々の集合体にも意味はありません」とグリーンリーフは言い切りました。その一例として、次の話を挙げました、
1930年代の不況の真っただ中、ニューヨークで貧しい自動車に乗って教区の活動に従事していた牧師が信徒たちからもっと品位の増すような車に乗ってほしいといわれたときに、牧師が立ち上がって「みなさん、人間に品格をもたらす車などありません。人間が車に品格をもたらすのです」といって話を収めたという逸話です。
・四つ目については、「大きな問題」として「成長に欠かせないものと向き合うこと、すなわち個性を引き出すプロセスを受け入れること」を挙げました。
・この問題を分析していく中で、グリーンリーフは、現代の英米で使われなくなった entheos (エンテオス)ということばを「今一度、当たり前のように使われるようになったら良いのに」と感想を述べています。
・この単語はenthusiasm(熱意、熱狂)と語源が同じですが、enthusiasm が表面的な熱意のニュアンスがあることにくらべて、entheos は「内に神を持っている」という精神性の深い意味があります。グリーンリーフは、このentheos を「意欲をかき立てられた人を実際に行動させる力」という意味で使うとして、このことば中心に成長の概念を語っていきます。
・グリーンリーフは、成熟が最高の自分になるという意味において、それを望む人は、entheosを自分専用のあかりとして、複雑で重圧のある、一方で創造性を発揮でき希望に満ちた世界を進むことが重要と述べました。
彼は entheos について「人生を前向きにするもっとも重要なもの」と定義しました。グリーンリーフは、このことをウィリアム・ブレイクの詩の一節を引用して説明しています。
「もし知覚への扉が取り払われたら、あらゆるものが/ありのままに、無限のものとして、人々の前に現われるであろう」
・個人の内面に存在する entheos は外部の刺激では生まれません。人が意図して行えるものは探究のみであり探、探究もその人それぞれの方法で、自分だけの道を見つける必要があるというのがグリーンリーフの主張です。
・そして「意欲をかき立てられた人に実際に行動させる」場合において、entheos 以外に、人を行動に駆り立てる誤解を与える「標識」について言及しました。それらは、「物質的に成功している状態」「社会的に成功している(状態)」「求められることをすべてやる」「家族の成功」「相対的な平安」「忙しさ-取り憑かれたように忙しくすること」です。これらを成長の証(あかし)として誤解されやすい指標だと指摘したのです。
・その反対に、「entheosの本当の成長につながる標識だと」グリーンリーフが思っているものの一番目は、「現状に対して同時に生まれる満足と不満足」です。現状に耐えがたい不満足を覚えず、といって、ずっとこれで良いと思えるほどの満足でもない状態。これが重要な問題を深く考え、視野を広げ、目的意識を高める機会を提供します。そして人の関心はうつろうものであると、グリーンリーフが敬愛するロバート・フロストの詩の一節を引用しました。
「はるか遠い昔のこと、/森のなかで道が二つに分かれていた。そして私は-/私は、人があまり通らない方を選び、おかげでこんなにも豊かな人生を歩んでこられたのだった。」
・さらにentheosの力によって、人は自ら仮面をつけて自らを飾ることを避けて、ありのままの姿を見せるようになり、自らを偽ることでの無駄を排除し、平安な心を取戻すことができます。
・entheosの本当の成長につながる第二の鍵について、グリーンリーフは次のように述べました。「“仕事-どれほど単調な仕事であれ、あまり認められていない仕事であれ-を通して、基本的かつ個人的な目標を実現できたという達成感”が強まっているかどうかです」
・グリーンリーフによれば、社会的地位はあくまで社会的地位であり、その高低は個人的な目標の達成の要素ではありません。個人の目標達成のために地位を求めると、逆に達成のチャンスをふいにしてしまうと指摘しました。
・自らの居場所で達成を目指すことで、「“統合性(ユニティ)”-人生のあらゆる側面が一つになる感覚-が生まれ」、仕事や家族、地域などすべてがまとまって調和のとれた人生が送れるようになり、それぞれの活動について、別の活動に移るという感覚がなくなり、自分にとって重要な活動だけを選択するようになります。entheosは自分にとって不要な活動を、不要として受け入れない力を与えます。
・entehos成長の鍵は、「“人に対して豊かな見方をしている”かどうかです」とグリーンリーフは述べています。これによりあらゆる人への信用、信頼、愛情が生まれ、他人というものが自分にとって利用、競争、判断の対象ではなくなり、人間関係が利用から尊重へと変わります。「ほかの人に対する愛が満ちている中で自分自身を愛することが、健全な姿勢であり、人生の実現に必要なことです」とグリーンリーフは聴衆に訴えかけました。
・グリーンリーフは、「entheosが育っているかどうかを示す究極の判断基準は、一体性(ワンネス)と全体性(ホールネス)、そして正しさを直感的に感じられるかどうかで(中略)entheosが成長していることを保証する、確かな基準」と主張しています。
・大学生も聴講しているこの講演の最後にあたって、グリーンリーフは、適職と自分の独自性を引き出すための注意点を整理しました。
– 仕事を得ることを目的とする職探し、報酬を判断基準とする職探しはやめること。
– 自分の可能性を育てて開花させることが人生の目的であること。
– 自分のスキルや能力に合っていることを仕事の選択基準とせず、自らの可能性に挑戦していくこと。
– どのような仕事からでも自分を豊かにするものを生み出していくこと。
・そして目標は「何になる」という観点ではなく「どんなことを成し遂げるか」という観点で語るように呼びかけました。何になるかは自分にはもちろん誰にもわからないことであり、成し遂げるべきことに注力することで、何者かになることは「人生の最もワクワクすることの一つ」であり「実際に自分が何になったかがわかり、まだまだ成長すると気づいたときには、目を見はることでしょう」と訴えて、この講演を終えました。
【参加者による討議】
・全体を通してグリーンリーフが自分を探求することの重要さを指摘したことが強く印象に残っている。その前提として、「自分が個人として大切な存在であるという意識を持ちつづけること(邦訳p.117)や「自分には専用の明かりがあるのだ」(邦訳、p.118)というフレーズが印象深い。この二つのフレーズは、自己の探究という行為に直結すると思う。
・自分が何者であるかという認識は、同時に自分の特殊性の認識でもある。自己の形成は、それまでの経験や生きている社会の文化、あるいは当人が負ってきた責任といった要素に基づいている。一方で、自己の形成が外的刺激に過度に影響されるなど、自分の存在を形作るときに芯を失うようなことは避けたい。
・今、語られたことがしっかりとした自己の探究が必要ということにあたるだろうか。その基盤として自己肯定感を持つことの重要性があるように思う。
・ナサニエル・ホーソーンの「人面の大岩」が引用されているが、そこに関連して、グリーンリーフは「人間の外面的な特徴は、生き方によって生み出されるものである(ことに人々は気づいていませんでした)」と述べている。他者について外面的な特徴だけを見て、その内面までをひとりよがりに判断するのではなく、その外面的な特徴がどのような理由から現れているのかということに目を向けないといけない。それが自分を含めて人に対する探究となるのだろう。
・全般を通して読み進める中で、米国オハイオ州立ケント大学でキャリアカウンセリング論を研究、教育しているマーク・サビカス教授を思い出した。サビカス教授は変化の激しい時代にあった「キャリア構築理論」を提唱しているが、彼の理論を学習した中で、自分がこれまでの自分の何かを手放すことで、一歩前に進むことがあることに気づかされた。この小論の根底に同様のものを感じている。
・一般教養は、ともすれば、専門教育の前の簡単な学問範囲という印象がある。多くの大学で1、2年生の教育課程を示すこともあり、軽く見られがちだ。実際には専門的な学際を設けない総合的な学問であり、人、社会、自然といった対象物の真実を見極める学問で、広がりは大きく、奥行きも深い。
・現在、経済評論家として活躍している寺島実郎氏が若いころ、勤務先で中東情勢の分析と見通しの調査を指示されて中東の現場に赴いた。そこで調査を手掛けたが、単なる政治的な構造の解明では到底収まらず、社会、文化、宗教、民族といった多様な要素を深く冷静に分析し、再構築しないと何も解明できないことに気が付いたという。この経験を踏まえた彼の主張は、一般教養、リベラルアーツは趣味的な学問などではなく、死に物狂いで取り組んでやっと何かを得る学問だというものである。
・挑むということか。グリーンリーフも自分に合う、合わないという基準ではなく、挑んでくる仕事に取り組むべしと主張している。どんな仕事でも成功を目指すべきだが、多くの場合、成功の先の金銭的な報酬や出世といったものが最終目的化し、それが成功の測定の基準となっているが、そうでなく自分の内面の変化が目的であるという主張に強く印象付けられている。仕事の成功による外部からの評価を軽視せよということではないだろうが、そのバランスは本当に重要である。
・この小論は最後がとても印象深い。仕事を通した自己の実現のあり方について、深く考えされられる。また本書のp.130では、あくまで人が中心であって、組織、つまり会社などは意味がないとまで言い切っているが、そのことに衝撃を受けていた。
・勤め先では、公務員の管理職として、部下の知識、特質や性質が異なる部署を異動している。現在は、技術系の専門職が多い部署の責任者を務めている。技術者というと特定分野の専門性が強く、他に応用できないといった先入観があるが、個々の技術者の仕事の取り組み方によって、専門性の中に広がりを感じることがある。周囲の状況ではなく、その本人の姿勢次第ということが良く理解できる。
・現在、勤務先が高校生向けに新しいビジネスプランを提案してもらう活動を実施している。未来のイノベーション精神を育てるためだが、高校生をターゲットにすることで組織などのしがらみを考えない自由な発想を期待している。これを通じて高校生達が自己を探求して未来を開拓してくれることを期待している。
・自分が勤める大学ではスーパーグローバルユニバーシティを標榜して、学習をキャンパス内だけではなく、学校の外、海外を含めて学びの場とするように努めている。入学直後の学生には、本学の基盤となっているキリスト教の精神とともに学習を進めるためのスキルを教えて、以後の自己開拓に注力できるようにプログラム化した。学生には自己を深く掘り下げながら社会についても学ぶことを期待している。
・昨今の世の中の動きをみるにつけて、グリーンリーフが60年も前に、問題を認識し提言していたことに驚きと感慨を禁じ得ない。