ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントであれ 奉仕して導く、リーダーの生き方」(野津智子訳、英治出版、2016 年)の第3回東京読書会は、その第1章「サーバント」の3回目でこの章の最終の会読です。この章は単独の著作として1980年に最初の刊行がなされていますが、1960年代後半から1970年代にかけて、サーバントリーダーシップと名付けたリーダーシップのあり方を考え抜いたグリーンリーフが、そのコンセプトをまとめたものと言えます。とはいえ学術論文や参考書のような記述ではなく、章全体があたかも手紙か随想のように書かれています。しかしながら、その内容の深さは何度も読み返す価値のあるものです。(今回の会読範囲 p.79、9行目~p.111、4行目、この章の最後まで)
【会読内容】
自己再生する組織
・「人や組織や社会全体が存続するためには、絶えず再生しなければならない。また、人材を適切に使おうと思うならば、ずば抜けて有能な理事を集結させる必要がある」とグリーンリーフは言います。
・グリーンリーフは、さらに、「組織のピラミッドにおいてセミナリーや財団はそうした指導的役割を引き受けて然るべき位置に確かにいると納得できるなら、この二種類の組織が理事を持てるよう、一丸となって努力するべきである」と訴えました。理事たちはセミナリーや財団が教会や大学を支え、教会と財団の影響を受けた「活動」組織が高いレベルの思いやりと奉仕を持続するというのがグリーンリーフの考えです。
統括の「システム」
・グリーンリーフは、セミナリーや財団の理事会統括者がリーダーシップを発揮して、監督者としての理事会の質を高く保つように覚悟させることが重要だと主張します。それによって、大学や教会、教会の関連施設までことに統括の質が維持されるというものです。
説得によるサーバントリーダーシップ
・グリーンリーフは、よりよい社会を築くことへの最も効果的な方法は、献身的な個人すなわち「サーバント」が主導者となることを信条としています。彼は、サーバントや奉仕することの言葉の説明として、「奉仕という行為が、それを受ける人、あるいはそれによって何か変化をもたらされるかもしれない人に対して及ぼす影響」と表現しました。
・グリーンリーフがサーバントリーダーシップの概念を確立した著作「リーダーとしてのサーバント」(注)の中で、彼はサーバントや奉仕について、「奉仕を受ける人たちが、人として成長しているか。奉仕を受けている間に(中略)みずからもサーバントになるかの世が高まっているか(後略)」と定義しています。そして、ここでもう一点、「直接、間接を問わず、奉仕という行為によって、当たり前のように傷つく人が一人もいないこと」という定義を加えて、一部の人の深刻な痛み、犠牲の上に成り立つ正義を退けました。グリーンリーフはその考えによってマハトマ・ガンジー(注)に否定的であり、「リーダーとしてのサーバント」」にも取り上げたジョン・ウルマンを範とすると述べています。
(注)グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井弓子訳、英治出版、2009年)に第一章として本書が掲載されている。
(注)マハトマ・ガンジー(1869年10月2日~1948年1月30日)、インド独立の父として非暴力を訴えた。
・グリーンリーフは性急な変化ではなく、充分な理解納得に基づく変化が重要であるとして、他者に対する説得を重視しています。もちろん、それは強圧的なものや相手をだますという手段によるものではありません。
・他者を傷つけないことがサーバントリーダーシップの要素であるとなると、多くの人は自分にはサーバントの資格がないという自覚を持つでしょう。グリーンリーフもそのように述べ、さらに彼自身が過去に人を傷つけてきたことがあるとも述べています。そのような中で、グリーンリーフは、「問題なのは、今負っているリーダーとしての役目をだれかを傷つけることなく果たすこと、あるいは、誰かを苦しめることなく必要な釈迦変化を起こすことは可能である、と信じていない人がいることだ」と書き、リーダーとして人を導く限り、ある程度の数の傷つく人、苦しむ人が出るのは当然、としてそこを最初から看過することを強く批判しました。
・その批判の対象として、教会でのある事実を上げています。人々を導く重要な組織である教会で、教会の理事がスタッフに対して尊大な態度をとっていることに対して、営利企業ですら経済的な動機とはいえもっと従業員を大切にしていると批判したのです。
権力
・グリーンリーフは権力に関してまとまった意見はなく、断片的な考えをいくつか持っているに過ぎないと告白して、この節を開始しています。
・英国の首相となったウィリアム・ピット(大ピット)(注)1770年の庶民院での「無制限な権力はそれを持つ者の心を腐敗させる」という発言とアクトン卿(注)の19世紀末の「権力は得てして腐敗する。絶対権力は確実に腐敗する」ということばを引用しつつ、この二人が腐敗をどのようなものと考えていただろうかと思いを巡らせます。グリーンリーフの結論は、「私は(腐敗を)“尊大さ”と権力の腐敗とそれに続く“さまざまな弊害”のことだと思っています」というものでした。
(注)ウィリアム・ピット(大ピット)(1708年11月15日~1778年5月11日)英国の政治家で首相。小ピットと称される同名の次男は英国首相としてナポレオンとの戦いを指導した。
(注)アクトン卿(1834年1月10日~1902年6月19日)英国の思想家、歴史学者。祖父は英国首相経験者。
・グリーンリーフは、「サーバントとなる可能性のある若者はなんとかして、権力と、それが行使者と目的に及ぼす影響を意識できるようになる必要がある」と述べています。
競争
・グリーンリーフは、競争を願う人間の衝動が人間性来の性質なのか、あるいは後天的なものなのかはわからないとしつつも、競争が人間社会、文化において必ず存在するものになっていることを指摘して、この節を開始しました。
・その直後に、ある医大で行われた「製薬業界の倫理」というパネルディスカッションに呼ばれたときの話を開始しました。ディスカッションの前に20分間、成約会社がつくったコマーシャルフィルムをひたすら見せられた聴衆は、これに飽きて「これに何の意味があるのか」と怒り出します。グリーンリーフは、それらの人に、これが社会の現象の一つであり、現代(注、本章は1980年刊行)の社会が「“競争が無批判によいものとして受け容れられ、文化に深く根付いてしまっているのに、一体どうすれば人や組織から最上の奉仕を引き出すことができるのか”という疑問に対して、より適切な答えはない」という段階にあることを指摘しました。
・競争(compare)という言葉を現代人は戦う、論争するという意味で利用しているが、語源のラテン語である competere には「一緒に探求する・努力する」という協力関係を意味します。このことを指摘しつつ、今よりも思いやりがあり奉仕し合う社会では競争は鳴りをひそめるだろうとグリーンリーフは予想します。彼は競争と奉仕は正反対のものであるとして、このことについて19世紀後半から20世紀初頭にかけて、相互扶助の思想を唱えたピョートル・クロポトキン(注)を参照するようにと勧めています。
(注)ピョートル・アレクセイヴィッチ・クロポトキン(1842年12月9日~1921年2月8日。帝政ロシア生まれの政治思想家。地質学などの科学者でもある。相互扶助を基本とする無政府主義を唱えて、マルクス主義、科学的社会主義にも批判的姿勢を示した。
・「サーバントは、競争などしなくても強いのだ」というのがグリーンリーフの主張であり、この競争社会において、サーバントがどのようにその務めを果たすべきかに考えを巡らせます。
サーバントリーダーは強いのか、それとも弱いのか
・権力欲の強い人は、前記のような人を傷つけないことを信条とするサーバントリーダーに対して、弱いとか考えが甘いと否定的になりがちです。しかしながら、その人の背後にある奉仕の対象としての組織を考えみるようにとグリーンリーフは促します。そしてサーバントに奉仕された組織は自主性にあふれるようになります。
・「長期にわたって最も強く生産的であり続けている組織は、ほかの点では他と変わらないとしても、組織の目標を支持してなされる自発的な行動が抜群に多い」と述べるグリーンリーフは、その証左として、この小論の前半で述べた大きな成功を収めているX社の話を挙げています(注)。X社が徐々にライバルに差をつけていったのは、創業者が社員のことを最優先に考え、その結果として社員全員すなわち会社全体に自主性があったためだと指摘しています。
(注)私たちは何を知っているのか―それとも知りたくないのか? ①企業(本書p.53)
・グリーンリーフは、会社の最高幹部の方針が社員重視でないときでも、強い管理職は社員重視の姿勢ととることができるとも述べており、さらに管理職は「(社員を守るために)意志の固さや信念や粘り強さという意味で、真実強くなければならない」と激励しています。
・グリーンリーフがサーバントリーダーシップについて、論文や著作を書き出した1970年から、導く、奉仕するということばを使っていますが、それはグリーンリーフが理解する「導く」「奉仕する」という意味合いを通して、「産業の没個性化で失われた尊厳を回復できると思ったから(後略)」というのが彼の主張です。
サーバントという考え方の今後の展開 -いくつかの考察
・サーバントリーダーシップという考え方を打ち立て、リーダーシップと組織構築の問題を述べてきたグリーンリーフは、執筆やその執筆をめぐっての多くの権力者との意見交換を重ねる中で、この社会がもっと思いやりのある方向へ向かって導くのは、現在(1970年代)にリーダーの地位にある人たちではない、という確信を得ました。そのリーダーたちは「偏狭なものの見方」に凝り固まってしまっているからです。
・彼の願いは、若者ができるだけ多くの若者が「意識的な選択によって生き方を決められるようになり、大半の年配者が今日果たしている以上に“奉仕”という役割を担うこと」でした。そこに必要なのは、「ほんの一握りの、ただし覚悟と鋭い感性を持つ教授」、「本物のサーバントであり(中略)基本形というべき”導き方“で学生を導く教授」とグリーンリーフは主張しています。そうした教授は金銭的報酬を期待せずに、自ら前に出てサーバントとなる方法を示すようにと聖書のレムナント(残された者)ということばを使って激励しました。
・「サーバントという考え方がこの先、花開くかどうかは、私たちの中の一部の人―ビジョンを掲げて人々の意識を高めることに、エネルギーを傾け、果敢に挑む人々の肩に、ほぼ完全にかかっている」とグリーンリーフは訴えます。そしてビジョンについて、現代においては個人の予言ではなく大勢のビジョナリーの組織(注)が必要と説明を加えました
(注)原書では、the orchestration of many prophetic visionaries 訳となっており、propheticに「予言的=未来を言い当てる」ということばを使っているが、グリーンリーフには、時間の前後に関わらない「預言的=神のことばを代弁する」の表現意図が強いと思われる。
・これからの社会を築く若者たちに教える人たちに、グリーンリーフは、しっかりとしたビジョンを持って若者に希望を抱かせることを求めました。それにより若者は「貪欲で暴力的で不公平でありながら同時に美しく思いやりがあり支えあっている世界」で豊かに生きること、世界の一部をほんの少しだけ良いものにすることができると信じられるようになると述べています。
・そしてグリーンリーフは、希望の向こうの願望と言いながら、何人かのサーバントが、ビジョンを探し続ける求道者として、コミュニティをまとめ、進化する思いやりのある社会を目指す新たな文化を生み出していくという未来に思いを馳せました。
解放のビジョンについて
・「”心を解き放つビジョン“は人を欺くものである」とこの節の冒頭から刺激的なグリーンリーフの主張が現れます。
(注)人を欺くものであるの原文は、This is illusive term.
・グリーンリーフがサーバントリーダーシップという概念を生み出すきっかけとなったのは、1960年代の後半にヘルマン・ヘッセを読み通し、彼の「東方巡礼」(注)からインスピレーションを得たことでした。
(注)ヘルマン・ヘッセ(1877年7月2日~1962年8月9日。ドイツ生まれのスイスの作家。「車輪の下」や「シッダールタ」などが有名。1946年ノーベル文学賞受賞。
(注)東方巡礼の原書は1932年刊行。邦訳は高橋健二訳が新潮社より刊行(全集の一つとして1957年刊行)、三宅博子訳「東方への旅」が臨川書店によるヘルマン・ヘッセ全集第13巻に収められている(2006年刊行)
・この小説は、旅の一座の召使いのレーオが一座での一番の下役でありながら、一座を支える最も重要な人物であったことをこの物語の主人公は、レーオが一座を去ってから知ることになります。そして再会したレーオが旅の主催者である修道会の長であり、高潔で優れたリーダーであることを知るという内容です。グリーンリーフはこの小説を希望に満ちた作品と受け取り、この作品から彼の最初の著作である「リーダーとしてのサーバント」を書くヒントを得ました。
・グリーンリーフはこの作品との出会いに関して、あるカトリック教会のシスターとの会話をエピソードとして書き記しました。サーバントという考えについて言及した最古の書は聖書であり、旧約聖書にもすでに書かれているが、彼自身がリーダーとしてのサーバントというひらめきを得たのはヘッセを読んで心を揺さぶられたときであった。もしこの書を読んでいなければこのテーマについて書かなかったかもしれないと述べたのです。
・さらにこの小論「サーバント」について、解放のビジョンを受け取り、伝えて、対応することに関わることを記したとして、解放のビジョンに出会うための四つの重要な点を挙げています(以下①~④は著書の記述の一部を省略)
①この世界によってもたらされる経験に集中する。
②その経験に関わる人を受け入れ、彼らの心を動かすものを理解する。
③得もいわれぬ神秘を、おそれ敬い受け入れる。そうした神秘がビジョンにつながる。
④ひらめきによってもたらされるものを受け入れ、それに基づいて行動する。
・グリーンリーフはこの章の最後を彼が見た夢の話で終えています。晴れ渡った夏の日に心を浮き立たせて自転車に乗っていたところに突風が吹き、手にていた地図を飛ばされる。それを拾ってくれた老人が差し出したのは地図ではなく、生き生きとした苗の植わった小さな丸い土のトレイだった。そして、キング・ジェームス訳による旧約聖書箴言29章18節「ビジョンがなければ民は滅びる」、そしてウィリアム・ブレイクの「天国と地獄の結婚」(注)から「今ではすでに証明されていることも、かつては想像がめぐらされているだけだった」という二つのことばが示されて、この章を終えています。
(注)ウィリアム・ブレイク(1757年11月29日~1727年8月12日)は英国の詩人、画家。「天国と地獄の結婚」は彼の初期の詩集で魂の解放を賛美している。
記
・グリーンリーフは、この小論を書いているときに、教会関連の小規模な大学から、大学の新たな目標について意見を交わしたいという招待を受けたエピソードを追記として書き足しています。その大学がサーバントリーダーシップに対する準備を最優先事項とする、と述べたことに意を強くしたと述べています。
・そして大学に対して、この動きを成文化して、その後の新たな流れを阻害しない方に、とアドバイスしました。こうした事実が発生してきたこと、グリーンリーフは、こうした流れに時代が徐々に進歩していることを感じとりました。「意見が一致し、自発的に行動し、やがてしっかりと足並みをそろえて未来へ進めるよう、サーバントリーダーシップは手助けするのである」というのが、グリーンリーフの追記での結語です。
【参加者による討議】
・今日の会読範囲で、グリーンリーフはサーバントリーダーの要件として「直接、間接を問わず、奉仕という行為によって、当たり前のように傷つく人がいないこと(p.81 ~p.82)」をはじめ、人を傷つけないことについて何度も言及している。そして、「サーバントは、どんな立派な社会目標であっても、急いで達成しようとしない(p.82)」、「説得することをサーバントリーダーシップの重要なスキルとして捉える信念(p.83)」と続いている。実際の仕事を行う上で、実に難しいというか実現しきれない課題だと思う。
・他人を傷つけないことも説得が重要なことも、よく理解はしているが、時間がないときにはやむを得ず、ということが生じてしまう。時間をかければできることもあると思うが、仕事の時間制約が優先してできないこともかなりある。
・自分の場合は、部下が自律的に動いてくれないとき、これは自分の感覚なので、自律的に動いてくれていないと感じるときに、つい口を出してしまう。その対象が部下の仕事の結果に対してではなく、そのやり方や時間配分などのプロセスに口を出してしまうことがあり、これが傷つける要因となるのではないかと思っている。
・その点については、日常、普段のコミュニケーションが重要だと感じる。仕事が求める成果の詳細を共有して、任せられるようにするのだが、その前に相互の信頼関係が築けるように、組織のメンバーそれぞれの良好な人間関係を築くコミュニケーションが重要だ。
・IT企業としてのグーグルは、仕事の環境面の良さで世界一という評価を得たが、同社が掲げる「世界最高のマネージャーの8つの習慣」(注)の最初に、「マイクロマネジメントの排除」と「部下への権限移譲」が書かれている。よいマネジメントを心がけるあまり、部下の一挙手一投足に介入するマイクロマネジメントに陥りがちであるが、マイクロマネジメントというのは結局のところ、部下の頭脳ではなく手足だけを使おうという行為に他ならないと思う。
・ここまでの議論で、「自分のこうした言動が部下を傷つける」とか「こうした行動で傷つけないようにしよう」という感じで、自分の行動を基準にして、べき・べからず論の話が進んでいるが、まず注意すべきは、傷つけるということについて、ある行為で相手が傷ついたり苦しんだりしたか、という相手の状況を基準にして自分の行動に立ち返ることだ。その視点がないと、自分の行動の良否を表面的なところで判断して、自分の内面に立ち入らないことが起こり得る。「何々したからこれで十分」という自己満足の結果を招来しかねない。
・今の話を踏まえると相手の感覚を基準するとなると、結果を事後的に確認することに陥る。相手の感覚を先に見通す直観力を養い、これを信じて判断、行動することが重要になるのだろう。
・JICA(国際協力機構)の委嘱業務でアフガニスタンのカブールで一人駐在として働いた経験がある。危険地域ということで住居にアフガニスタンではないがある国の兵士が護衛に就いてくれた。最初は、日本型の合意形成のスタイルで接していたが、兵隊の方も困惑するなどうまくいかなかった。そのために、明確な命令を下す管理スタイルに変更せざるを得なかった。ときには高圧的な対応となったが、それでよかったのかという思いが残っている。
・サーバントリーダーシップは人を傷つけないという概念ではあるが、これは必ずしも人との接し方が優しいとか穏やかということだけを意味しない。
・過去に日本サーバントリーダーシップ協会で、「近代のリーダーに見るサーバントリーダー」の一人として取り上げた中村哲氏(注)は、長年にわたりアフガニスタンで用水路を築くという地道なかつ重要な仕事を推進している。彼は普段は大変に穏やかだが、規律を守ることについては厳しく、これを維持するためには、周囲にかなり強い態度で出ることもあるそうだ。
(注)中村哲氏(1946年9月15日生)は、医師としてパキスタン、ペシャワールへ赴任したことを契機に、パキスタン、さらにアフガニスタンでの医療と用水路開発に注力中。現在、ペシャワール会現地代表。日本サーバントリーダーシップ協会では、2013年1月28日に開催した「第1回近代の優れたリーダーに学ぶサーバントリーダーシップ研究会」で同氏を取り上げた。
・「心を解き放つビジョンは人を欺く」と述べているが、この「欺く(あざむく)」ということばに引っ掛かりを覚える。解放のビジョンということばは、「偏狭な物の見方」つまり固定観念に基づいてものごとを見ていたのを、その固定観念を取り外して見ることを意味するが、その中で欺くと書かれていることに対する違和感かとは思う。
・「欺く」ということばは、原著では であり、錯覚とか幻想といったニュアンスが出てくる。ここでの「欺く」という訳語には。相手をだますといった悪いニュアンスはないのではないか?
・ビジョン自体が実体ではない仮想としての目に映るものだ。真実の姿が幻影のように自分の映るというようなイメージだろうか。
・グリーンリーフは幼少のころから聖書に親しんでいた。神に選ばれた預言者が示す世界像の物語についても造詣(ぞうけい)と親しみをもっていただろう。
・グリーンリーフは奉仕と競争の関係性についてクロポトキンの「相互扶助論」(注)を読むことを推奨している。クロポトキンは日本では今一つ有名でないところがあるが、こんにちの協同組合の概念形成に重要な役割を果たした。
・協同組合の設立に関して、日本では賀川豊彦(注)が活躍した。冒頭で紹介した、中村哲氏と同じく、日本サーバントリーダーシップ協会の「近代の優れたリーダーにもるサーバントリーダーシップ研究会」で取り上げているのだが、彼は、大正時代、日本が第一次世界大戦とその後の経済成長の中で、資本主義の発達による格差問題、社会の矛盾が著しい状態になった。そうした状態ですべての人を救うための活動だった。
・サーバントリーダーシップの根底には、他者の尊厳を尊重するというものがある。クロポトキンにも賀川にもその視座があった。先ほどの討論ででてきた「誰も傷つかないこと」には、他者の尊厳という視点から考えると、違和感のない話である。
(注)ピョートル・アレクセイヴィチ・クロポトキン(1842年12月9日~1921年2月8日)帝政ロシアの政治思想家、革命家、科学者。「相互扶助論」は1902年に刊行され、邦訳は明治時代の幸徳秋水の部分訳を皮切りに、1917年に大杉栄によって訳された。現在、大杉訳が同時代社から刊行されている(2017年)
(注)賀川豊彦(1888年7月10日~1960年4月23日)大正、昭和期の社会運動家。キリスト教(プロテスタント)精神に基づく農民運動、労働運動、生活協同組合活動などで活躍。
・本書の中で、説得することをサーバントリーダーシップの重要なスキルと考える信念を持つリーダーは、勇気を出して前に出て道を示す危険を冒す、という趣旨のグリーンリーフのことばがある(本書p.83)。道を示すことをつい安易に考えがちだが、その責任と危険性を冷静に考えると前に出ることが怖くなる。それを乗り越える勇気を持つこと。リーダーに課せられたとても厳しい役割だと感じる。
・この章は、1980年に独立した著作、おそらく小冊子の形式で発行されたのだろう。1960年代からサーバントリーダーシップについて考え、いろいろと書いてきたグリーンリーフが、彼の思索を振り返ってまとめたもので、サーバントリーダーシップの本質を理解するのにとても良い。スピアーズによるサーバントリーダーシップの10の属性がすべてここに出ている(注)
(注)本書の前書きに当たる「はじめに」は、本書の編集者でもあるラリー・スピアーズによるサーバントリーダーシップの10の属性の解説になっている(日本語版 p.8~p.34)
・この章が著作として刊行された1980年から約40年を経た現代を考えると、企業に代表される社会の組織もいろいろと変化してきた。環境への配慮が企業評価の重要な要素となり、従業員満足度なども普通の指標となってきた。エンパワーメントに代表されるような組織とその構成員を活かす新しい手法も開発され、米国のみならず日本企業も変革してきている。まだまだ道半ばではあるが、グリーンリーフが望んだ社会に向かっている面があることは間違いないと言えるだろう。
・グリーンリーフは、解のない社会で望ましいと考える社会の実現を考えてきた。従業員満足度を重視するX社の事例も今日では、ごく普通のことであるが、40年前はかなり異質な提言だったかもしれない。企業社会が、その利益の意義が問われているという点で、社会としてのサーバントの必要性はますます高まっているように感じる。