「サーバントであれ 奉仕して導く、リーダーの生き方」 第一期第01回(通算第89回)東京読書会開催報告
サーバントリーダーシップ東京読書会は、今回からロバート・K・グリーンリーフの「サーバントであれ 奉仕して導く、リーダーの生き方」(野津智子訳、英治出版、2016年)のを会読を開始致しました。同書は、「The Power of Servant Leadership」(1998年にThe Greenleaf Center for Servant Leadership、1998年)(注)」の邦訳で、グリーンリーフの著作としては「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)に続くまとまった日本語での著書となります。グリーンリーフが書いたいくつかの小論をまとめて掲載した点は、前著「サーバントリーダーシップ」と同様です。今回から会読する本書は、小論のと取りまとめと前書の寄稿をグリーンリーフ・センターの責任者であったラリー・スピアーズが行いました。前書きにはスピアーズがまとめた「サーバントリーダーシップの10の属性」が説明されています。東京読書会では、グリーンリーフの小論から読み始めることとして、今回は、最初の掲載である「サーバント」(原著は1980年にグリーンリーフセンターから刊行)を冒頭から約1/3を会読しました。
(注)現在流通している原書(英文)は、Berrett-Koehler Publishers, Inc.から刊行されている。
(今回の会読範囲 p.35~p.56の5行目まで)
【会読内容】
はじめに
・「ひとを思いやり、何かにたけている人とそうでない人が奉仕し合うことが、よりよい社会をつくる、と私は思っている」という一文で始まるこの小論で、グリーンリーフはリーダーシップの視点から見た組織について語ります。
・公正で人を成長させる性質を持つ組織、言い換えればよりよい社会とは、サーバントとしての資質を持った人が主導し、その中で次のサーバントが生み出され、「できるだけ多くの人がサーバントとしてもっとしっかり行動できるようになることである」というのがグリーンリーフの主張です。
・そして、グリーンリーフはこの書を執筆した1970年代の組織について、「深刻なレベルでビジョンが欠如している」と指摘しています。教会、学校、そして企業や慈善団体などの組織の経営者からビジョンが発信されず、先々を見据えた歴史観を欠いているという批判です。
・そのような状況のもとで、グリーンリーフがビジョンを提示する人として期待を寄せたのは、経営を理解できる程度の関係と、それを客観視できる距離感を持っている理事(トラスティ)でした。グリーンリーフは、「有能で先見の明がある理事長が率い」る組織は質の高いリーダーショップを発揮できるとしつつ、その一方で理事長が必ずしも組織のトップ層である必要はない、とも述べています。肝心なことは、理事会のリーダーシップを高め、「高い価値に対する新たなビジョンを、一度に一組織ずつ、できるだけ多くの組織に浸透させ」ることであると訴えました。
・グリーンリーフは1970年代の初めにサーバントというテーマについて執筆を始めました。多くの人との交わりの中で思索を深め、「もっと奉仕しあう社会に必要なもの」や「賢明な、共に生きる社会、そんな世界へと確実に向上していくために、何が必要なのか」という問いに少しずつ回答を得ていったのです。この小論はグリーンリーフがサーバントというテーマで思索をめぐらし、書き溜めたものをまとめながら考えたことを語るという意図で書かれています。
組織-その仕事の仕方
・キリスト教系のカールトン大学(注1)を1926年に卒業したグリーンリーフは、大学時代に恩師から得た示唆に基づいて、当時、世界最大企業であった通信関連会社のAT&T(注2)に勤めました。彼は同社で研修や人材開発の仕事を進める傍ら、独自に有能な組織についての研究を実施します。
(注)米国ミネソタ州ノースフィールドにあるキリスト友会(クエーカー)系の大学。リベラルアーツで有名。この学校に学んだことは、後のグリーンリーフのサーバントリーダーシップの考え方に大きな影響を与えた。
(注)The American Telephone & Telegraph Company。アレクサンダー・グラハム・ベルによるベル電話会社を前身として、1885年にセオドア・ニュートン・ヴェイルによって設立された。米国の電信、電話から通信、放送分野の主力を占め、資産や従業員数で全米のみならず世界最大とも言われた。1984年から解体と再編が行われたが、インターネット事業を中心に再度規模を拡大している。
・グリーンリーフが関心をもったのは、「この会社(注、AT&T)の価値観、歴史と神話、とりわけ経営トップについて」でした。そして、「苦労した末に理解した」のは、「歴史と、目を見張るような歴史を持つ組織の神話とが、組織の価値観や目標やリーダーシップに、深遠な影響を及ぼすこと」であると語っています。経営トップは、自らが統率する組織の成り立ちや内在する性質、すなわち組織文化に留意を払うべき立場にあることを強調したのです。
・AT&Tでの38年の勤務とその後の様々な活動の中で得た数々の体験によって視野を広げたグリーンリーフは、1960年代に学生運動の混乱の中にあった大学と関わり合いを持つようになり、その中で、サーバントというテーマに取り組みだしました。そして、このテーマでの研究と著作に彼の生涯をかけることになります。
サーバントという考え方
・サーバントという考え方は、ユダヤ教やキリスト教に深く根差しています。グリーンリーフは、改訂標準訳聖書(注)の用語索引にサーバント、サーブ、サービスという言葉が1,300以上登場することを指摘しました。しかしながら聖書の時代から数千年を経た現代には、社会には思いやりのなさを示す証拠が多数あると指摘しています。
(注)20世紀半ばに刊行された聖書の英語訳。読みやすさと逐語的正確さを目指して編集された。
・そのような中でもグリーンリーフは、現代は希望のある時代であると述べています。それは、(1)サーバントとなる潜在的な資質がある若者が多数いて、私たちが彼らのサーバントとなろうとする意志を育む方法を知っていること。(2)組織による奉仕をさらに高めるための組織の変革方法を知っていること、にあると述べ、その障害要素として「偏狭なものの見方」があると指摘しています。
「偏狭なものの見方」という問題
・グリーンリーフは「偏狭なものの見方」を変えるのは一筋縄ではなく、サーバントの性質を持たない年配の「責任ある立場」の人が変わるには、宗教的あるいは圧倒的な至高体験が必要であると述べています。
・さらに、グリーンリーフは、(1)成人になってもサーバントとなる可能性を持った人の中からできるだけ多くのサーバントを生み出す方法、(2)組織における最適な奉仕の実現方法、は現代もそして未来においても重要な課題だろうと語りました。
私たちの時代のビジョン-それはどこにあるか
・「ビジョンがなければ民は滅びる」、これは旧約聖書の箴言(しんげん)第29章18節にある聖句(注)であり、グリーンリーフが引用したのは、17世紀の英国国王ジェームズ1世が16世紀以来の英国国教である聖公会のために編纂を命じた欽定訳とよばれる英訳です。この聖句はグリーンリーフの心をとらえ、19世紀デンマークにあって、その発展の基礎を地道に築き上げたグルントヴィが未来へのビジョンを持っていたことが地道な活動の継続と成功の要因であったと述べました。
(注)箴言(しんげん、Proverbs)は、旧約聖書の中の一書として古代ユダヤのソロモン王などが述べた多数の教訓の聖句からなる。この箇所は、本著の原著(欽定訳 KJV)では、「Where there is no vision, the people perish.」と書かれ、現代の標準英訳(English Standard Version(ESV)では「Where there is no prophetic vision the people cast off restraint.」、本邦で一番普及している新共同訳では「幻がなければ民は堕落する」と訳されている。
・翻って、グリーンリーフは、現代(1970年代)の自分たちが「十分に与えられるはずのしっかりとした手助けを、全く若者たちに与えていない。それどころか、志ではなく知識こそが力になるという主義に基づいて行動してしまっている」と批判しています。彼の信念は「知識は道具に過ぎない。最も重要なのは志だ」というものです。そして「必要なのは、人々が志を高く持ち、前向きに行動するみずからの意志に気づき、開放できるようになるビジョン」をこの時代に求めました。
・グリーンリーフは、彼の晩年の親友であるユダヤ教宗教指導者、アブラハム・ヨシュア・ヘシェルが学生から本物の預言者を見分ける方法を尋ねられた時に、簡単に見分ける方法はなく、もし容易に見分ける方法があれば、人間らしい苦悩がなくなり人生が無意味なものとなる、と諭しつつ、「しかし違いが分かることは重要だ」と学生を諭した言葉が現代社会においても重要な意味を持つと述べました。
私たちは何を知っているかーそれとも知りたくないのか?
・「(1)大人になってもサーバントになろうという気持ちを持ち続ける若者の割合を、どうやれば増やせるか。(中略)。(2)組織をどのように変えれば、もっとしっかり人々に奉仕し、人々の心を動かせるか」の二つの課題への回答を私たちは知っているはずだとグリーンリーフは言います。
・18世紀、貧しさの底に居たデンマークの人々は、若者の志を高めるために学校を作るべきだということを知りつつも行動できずにおり、変革の着手にはグルントヴィがビジョンを示すことが必要でした。グリーンリーフは前述の課題の解決にもビジョンが必要であるという思いから、現代の代表的な組織から4つの例を挙げると述べています。(注)
(注)2018年7月27日の第1回読書会では、この内、①企業と②大学に関する箇所を会読した。
・例示の①企業として、グリーンリーフは次のような事例を挙げました。ある人がある業界トップの会社の経営者に、動きの激しいその業界内で安定的な経営が成り立っている会社(X社)について、X社から何を学んでいるか、という質問を受け付けることなく拒絶した。グリーンリーフは、X社にあるのは常識にとわれない考え方であり夢である、と述べて、ここに学ぶべきだと言外で訴えています。
・例示の②として「大学」を挙げています。そこでは、若者である学生の持つリーダーシップの潜在能力を高めるためのグリーンリーフの尽力も、大学への資金次第というのが実情である、と述べています。
【参加者による討議】
・この小論の冒頭、「ひとを思いやり、何かに長けている人とそうでない人が奉仕し合うことが、良い社会をつくる、と私は思っている(日本語版、p.35)」の箇所は、原書では、‘I believe that caring for persons, the more able and the less abele serving each other, is what makes a good society.’ となっている。思いやりは caring の訳語である。日本語としての思いやりにせよ、外来語としてのケアにせよ、日本語の世界では、人間関係の中で、相対的に強い人や余裕がある人が弱い人や苦しんでいる人に対して示すものというニュアンスがある。そして、相手を思いやるにしても、そこに、与えてやるというある種の優位間、上下感覚がある。英語の care あるいは caringということばには、与える側も受ける側もお互いが対等の関係で、かつ内面的な連携を意味するニュアンスがある。日本語ではこの「対等の関係の中で与える」を的確に意味する適正なことば思いつかない。本書の翻訳は全体にかなり良いと思うが、翻訳の巧拙とは別に、ことばのレベルにおいて、日本語と英語の差異に注意するべき箇所もありそうだ。
・長けた人が the more able で劣った人が the less ableであり、お互いが協力し合ってという箇所に注目している。通常、現場では常に長けた人が指揮して、劣った人がフォローするという構図がほとんどだ。劣った人の行動はフォロワーのものとして発揮される。よきフォロワーシップの発揮は、それ自体がよきリーダーシップである。フォロワーの中にも高度なリーダーシップがあることを見抜いて相互に協力する必要があるだろう。
・何かに長けた人とそうでない人、ということばに関して。相互に協力しあうといことから、個人の持つスキルの比較ではなく、ある物事に取り組む経験の量的な差が、長けた人とそうでない人を分ける要素のように感じた。
・この1つのセンテンスに限りない深みと広がりを感じる。
・この小論に限らないが、グリーンリーフは常に組織に関心を寄せて、現代の組織という視点からリーダーシップということに言及している。ただし、そのリーダーシップ論は、上司が部下に対してどうふるまうと部下がその通り行動するようになる、といった表面的な行動論、ハウツーものとは一線を画している。
・レヴィンの法則、あるいはレヴィンの関数(注)と呼ばれる人間の行動様式に関する学説がある。これによれば、人間の行動様式は、その人のパーソナリティとその人を取り巻く環境を要因とする関数である、というものだ。パーソナリティには人間性や性格、価値観といったものからなる。人を取り巻く環境は、文化や慣習、規範といったものである。組織がどのように行動していくかといえば、組織構成員のパーソナリティであり、環境には社会の状況に加えて、その組織を統率する人たちの思想や行動も含まれる。
(注)ドイツ生まれのユダヤ系心理学者のクルト・レヴィン(1890年9月9日~1947年2月12日)が提唱。レヴィンはナチスの迫害により米国に移住、その活躍により「社会心理学の父」と呼ばれる。
・企業活動に投入される機械は、その利用成果や性能を数値化したデータで表現して、評価してメンテナンスや交換などさまざまな判断を行う。企業の中では人間の行動も数値化して評価しがちだ。だが、コミュニケーションの活発度の測定に会議の回数を利用するなど、本質をつかめていないものも多い。
・組織の中で、人間を単なる歯車のように使うこと、人から使われることになれてしまい、そのことに無批判になっている自分がいるように感じる。明らかにサーバントリーダーシップの考え方と真逆である。
・日本サーバントリーダーシップ協会の学習会である「近代の優れたリーダーに見るサーバントリーダシップ研究会」(注)で、宅急便を誕生させたヤマト運輸の小倉昌男氏(注)を取り上げたことがある。よく知られるように、当時郵政省が全ての荷物を握っていた個人同士の小荷物の輸送の世界に乗り込んでいった(注)。当時のヤマト運輸の業績はギリギリの厳しい状況で、同社自身が変革を迫られていた。その中でも小倉氏は「顧客へのサービスが先、利益が後」という信念を持ち、従業員全員で「ヤマトは我なり」という思いを共有化した。昨今は労務などで問題も出てきているが、未だ高く評価しうる企業と思う。
(注)小倉昌男氏を取り上げた近代の優れたリーダーに見るサーバントリーダーシップ研究会は、2016年5月24日に実施された。
(注)1924年12月13日~2005年6月30日。1971年に父、康臣から大和運輸を引き継ぎ、1976年にわが国初の民間宅配便である「宅急便」を開始した。1995年に同社の役職を辞した後は、ヤマト福祉財団理事長として障碍者自立支援に尽力。なお、大和運輸は1982年にヤマト運輸に改称、2005年よりヤマトホールディングスを筆頭とする企業グループとなっている。
(注)サービス初日の1976年1月の初日の取り扱いは11個であった。現在は、ヤマト運輸の宅急便は1日当たり500万個を超える荷物を扱っている。
・哲学のある企業は、その組織運営の最初のところに人の尊重、人間としての尊厳がある。多くの組織が評価尺度の設定から入り、人間をモノ化するところから入るのと対照的である。
・今日の会読範囲で、グリーンリーフが「偏狭なものの見方」を戒めているが、具体的にはどのような態度を指すのだろうか。
・「偏狭なものの見方」と翻訳されている語句の原書での表現は、‘mind-sets’である。マインド、つまり心が固定化して、考えが習慣化してしまうことを意味している。
・Aについてなになに、Bについてなになに、それらが揃ってCについて…とただロジカルにだけ進めるだけでは、本来の目的を達成できないことも多い。定量評価がその計算方法を固定化してしまい、環境の変化や状況に応じた柔軟な対応を阻害してしまいがちになる。組織の判断や行動がミッションにふさわしいかどうかは、定性的に評価されるものである。
・組織の活動や行動がミッションに沿うものとなるためには、リーダーが俯瞰的(ふかんてき)にものごとを見ることができること、そして感性や感情が大切だ。
・「ビジョナリーカンパニー」の著者として知られる、ジェームズ・C・コリンズは成功を収めた企業のリーダーの共通の特質を調べて、それを「第5水準のリーダーシップ」と名付けた(注)。その本質は謙虚さと大胆さであり、数値経営の能力ではない。
(注)ジェームズ・C・コリンズ(1958年1月25日~)は米国の経営学者、コンサルタント。著書「美女なりーカンパニー2」(山岡洋一訳、2001年、日経BP社)などで第5世代のリーダーについて言及している。
・たしかに、企業に限らず、何事かをなした人が持つ志(こころざし)は数字では語れないものがある。
・今回の読書会からもいろいろな示唆を得た。現在、勤務先で労使の懇談の従業員代表の一人として、働き方改革を中心としたいくつもの課題に取り組んでいる。顧客満足(Customer Satisfaction、CS)は賢伝されているが従業員満足(Employee Satisfaction、ES)がなく、若い従業員の離職率の高さが問題視されていることもあり、この活動を形式的なものから意味のあるものにしたいと思っている。これまでの活動では、会社、従業員ともに「思い」が伝わりきらないところがあると思っている。だが、そこはあと少しの働きかけで改善できると考えており、相互の理解を高めるように働きかけていくつもりである。
・公共的な組織で働いている。公務員を英語ではパブリックサーバント(public servant)と呼ぶが、サーバントとしての本質を実現していないところも多数ある。その理由も複雑で、現れる現象もさまざまであるが、例えば、きれいごとしか言わず、きれいごとしか書かないという点が挙げられる。職場も運営効率化を求めて、「報、連、相」中心の縦割りの世界。相互に「腹を割って話せるようにするためにもサーバントの本質を追求していきたいと思っている。