第二期第32回(通算第87回) 東京読書会開催報告
ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、最終の第11章を終えてグリーンリーフの「追記」とピーター・M・センゲの寄稿「終わりに」を会読しました。「追記」はグリーンリーフの著作や論文をまとめた1997年の本書初版(注、米国で刊行、邦訳なし)に掲載されました。書籍化に際してグリーンリーフにより追加されたものですが、短い文章の中にサーバントリーダーシップの本質に迫る強いメッセージが込められています。「終わりに」は、米国で2002年に本書第2版が刊行されるに際してセンゲから寄稿されたものです。初版の刊行から四半世紀、グリーンリーフの死去から12年を経て、サーバントリーダーシップの重要性が世に知られつつある中で、21世紀を迎えた社会におけるサーバントリーダーシップの深い意義がセンゲによって説き起こされました。((今回の会読範囲 p.521「追記」~p.549、「終わりに」の最後まで)
【会読内容】
[追記]
・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」の著作は1977年に初版が出版されています。彼が書き綴った多くの小論をテーマごとにまとめた、いわば著作集でした。11の章に分けて過去の著述がまとめられましたが、その後にグリーンリーフ自身による「追記」が載せられています。「サーバントリーダーとは誰か」という副題で、日本語版でもわずか2ページのものですが、この本の最後を飾るにふさわしい内容です。
・「サーバント・リーダーは自分の信じた道を突き進むから、ほかの善人たちとは違う(日本語版、p.522)」として、サーバントリーダーは経験から学びつつ重要な場面に対処する確固たる精神が備わっている、と定義しています。
・グリーンリーフは現代の組織リーダーシップの問題を考える中で、「社会変革はどこからでも実行でき、把握できないほど広がっていく」としつつ、その根底で、サーバントリーダーが「彼らのリーダーシップは手本を示すことで信頼を保ち続ける(日本語版、p.523)」ことが社会変革の原動力となると説きました。
[終わりに]
・本書にはマサチューセッツ工科大学上級講師で、組織学習協会(Society for Organization Learning、– SoL)創設者で、「学習する組織」の理論で有名なピーター・M・センゲによる寄稿が、「終わりに」として掲載されています。センゲがグリーンリーフの著書に「終わりに」を寄稿したのは、グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」の米国での出版(1977年)の25年周年を記念した2002年の再版でのことです。センゲは、本書の初版をアメリカン・リーダーシップ・フォーラムの設立者で「シンクロニティ」などの著者であるジョセフ・ジャウォースキーから贈呈されたと記憶しています。本書を読んだセンゲは、これを単なる良書にとどまるものではなく、世界を変え得る書物である、高く称賛しています。
・センゲは、「(世界の)何かを変えることをやってのけるのが、本書“サーバントリーダーシップ”なのである。さらに言えば”サーバントリーダーシップ”の衝撃は、過去二十五年におけるよりも、今後の二十五年間のほうが大きいだろう」と書いています。2002年再刊の本への寄稿ですから、まさに現在をしめしていることになります。
・センゲは本書(サーバントリーダーシップ)が重要な理由として、現代が「”組織の失敗”という時代」であり、抜本的な組織改革の必要性が求められていることを上げています。この文章が寄稿された21世紀冒頭の社会で、Eメールやボイスメールなどの新技術が人々に深く関わってくるようになったと言及する一方で、「(これから)どのように変わっていくのを予想するのは至難の業(後略)」と書いて、未来を含めた時代を把握することが大変に困難であること、ただし、未来が見通せないという理由で変化の中で立ち止まることの危険を訴え、そうした難しい時代への指針としての本書の役割を訴えました。
・さらに、「先に変化するということは難しい」と、時代の方向を見定めることの困難さが21世紀を迎えても重大な課題であることを指摘しています。そのことについて、「私(=センゲ)は本書が将来、さらに重要な役割を果たすことを願っている。革新的な<組織>を立ち上げるときに、どこまでのコミットメントが要求されるかを解説した数少ない本だからだ」と述べています。
・センゲは、サーバントリーダーシップが経営管理のフィールドにおける必要不可欠なものであり、その実態は、「学習」であり「知識」であり「変革」である、と述べています。さらに「変革」と「学習」は異なる概念であり、後者の核には「新たな能力の発達」すなわち「ある確実な結果を得る能力が新たな段階に達することにある」と訴えます。そう主張しつつもセンゲは、組織全体の能力開発活動が、成果を得るまで時間を要するという制約を挙げるとともに、グリーンリーフのことばを引用しつつ、変革の領域が「ここ=組織内」にありながら、変革の結果は「外=組織外」にもたらされるという矛盾があると述べて、「この矛盾こそ、能力開発へのアプローチ」であると力説しました。
・センゲはさらに分析を進めて、能力開発のスタートが「強い願望」にあり、その動機を「目標」の設定により継続することである、とグリーンリーフを引用しながら主張しています。
・さらに仕事で求められる能力開発の第二の領域として「複雑性を理解する」ことを挙げ、その達成の道筋として、グリーンリーフが唱えた「概念的(コンセプチュアル)リーダーシップ」を挙げ、「グリーンリーフは概念化することを、“最も重要なリーダーシップ能力”と呼んでいる。概念化とは、たとえば複雑な状況をどのように把握するかということだ」と解説しています。センゲは、この概念化を、事象の理解のために安直に単純することではないと説いています。「複雑な状況を複雑なものとしてとらえつつ、その状況をしっかりと把握する能力だ」「(リーダーは)「手っ取り早い解決策を模索するだけではだめなのだ」と述べています(日本語版、p.533~p.535)
・こうして話を展開してきたセンゲは、グリーンリーフの独創的な考え方の一つだ、として以下の一文を挙げています。「サーバント・リーダーとは、第一に奉仕する人だ。それは自然な感情として湧き上がり、人々を奉仕したい、まず奉仕したいと思わせる。権力、影響力、名声、富を欲したりはしない」
・センゲはサーバントリーダーシップの核心部分に、あるタイプの「コミットメント」があると述べています。多くの人が「心の底からのコミットメント(日本語版、p.541)」とは疑念のない信念に基づくと考えますが、彼はこれに異を唱えて、「疑念という影に身を置いたときにしか、われわれは自分と意見の異なる人の声に真剣に耳を傾けたりしない。(中略)われわれは学ぶ機会がない。(日本語版、p.542)」と述べています。100パーセントの信念の価値を認めつつも、真実への道を見失わないように「不確実性を抱きながらも奉仕することがわれわれには求められている」と真のリーダーが直面する困難について解析しました。さらに、リーダーとフォロワーの関係において「真のコミットメントは、実際にほかのひとのための選択を生み出すのだ(日本語版、p.544)」として、フォロワーに選択の余地がある、すなわち上からの強制ではない共感のリーダーシップの考え方を導き出しています。
・そして、センゲは、「コミットメントの最後の特徴は脆弱性だ」と書いています。多くの人の通常の理解に反する内容ですが、「自ら進んで脆弱な人間にならないかぎり、リーダーシップを存分に発揮することはできません」と、シャル石油のフィリップ・キャロルの言葉を引きつつ、「脆弱性が人の効果的な力を引き上げる(日本語版、p.545)」とリーダーが常に自己を顧みる重要性を説きました。リーダーの役割とは人々を真実に導くためであり、そのために他者への奉仕と謙遜、すなわち自己への冷静な視線を必要とするという主張です。
・最後に日常で陥りがちな「権限」と「リーダーシップ」の混同を回避する必要性と、リーダーシップは、組織の階層とは独立したものとして考える必要があると注意喚起しています。情報や判断が上層部に限定され、それを当然のこととしがちな企業社会への警句とも言えます。またセンゲはリーダーシップを階層から独立したものと考え、これらを踏まえて彼が設立した組織学習協会(SoL)では、「リーダーシップとは“人間社会の未来を方向づける、人間社会の能力だ”」と定義しました。まさにグリーンリーフが長年にわたって研究したリーダーシップの本質を突いた定義です。そして重要な変革プロセスは、傑出した個人によってではなく、多くの人間の関わりによって成し遂げられることに言及ました。締めくくりに、センゲはサーバントリーダーが組織のトップに君臨するのではなく、その能力を持った人が広く組織全体に散らばり、社会の「いたるところ」にサーバントリーダーが出現することを望みつつ、「真のリーダーシップとは、きわめて個人的なものでありながら、本質的には集団的なものなのだ(日本語版、p.549)」との結論で寄稿を終えました。
【参加者による討議】
・グリーンリーフの追記、「サーバント・リーダーとは誰か」に、「サーバント・リーダーは自分の信じた道を突き進むから、ほかの善人たちとは違う」(日本語版、p.522)と書かれている。サーバントリーダーが奉仕するのは、単純に他の人のために行動する、ということではなく、自らの意志、信念に仕えることで、他者のために尽くすという意味であると理解している
・NPO法人の日本プロジェクトマネジメント協会の集まりで、サーバントリーダーシップの重要性を訴えている。チームで取り組むプロジェクトにはゴールがあり、そこに参加するメンバーがいる。リーダーは正しく設定されたゴールに向かってメンバーを導くために、メンバーを下から支えることになる。奉仕の対象が自分の意志という点は、その意志が正しく設定されたゴールを目指すという意味において、大いに同意する。
・ピーター・センゲが寄稿の中で、シェル石油のフィリップ・キャロル(フィル)の「脆弱性はリーダーシップの大変重要な要素です。自ら進んで脆弱な人間にならないかぎり、リーダーシップを存分に発揮することはできません」(日本語版、p.545)という発言を取り上げている。自らの弱みを見せまいとするストロング・リーダーシップスタイルでは、周囲が警戒して正しい方向を見出すための情報が入ってこないことがしばしは起きる。リーダーが孤立して、正しい答えが見いだせなくなる。
・センゲは、フィルの発言ではさらに、「リーダーシップの理想的なあり方として、(中略)謙遜(が重要)(日本語版、p.546)」を挙げて、「自分の欠点や短所、判断力の欠如を自覚していない人間は、人々を誤った道へ導いてしまいます」と述べている。この発言を裏付ける事例はたくさんある。組織の上に立つものでも、虚勢を張るのではなく、わからないものはわからないという姿勢、真実を語るという態度が重要なことがわかる。
・リーダーとメンバーのそれぞれが、自分の弱みをお互いに理解している組織は強い。お互いが理解しあうためには、語り合うことの重要性を理解し、実践していることが必要だ。
・相手を認めること、相手の考えが理解できるということには、高いレベルでの難しさがある。不確実性のある社会では、相手の考えを正しく認識しない場合に、拒否の反応を起こして排除したいという考えにとらわれる。その方がむしろ多いのではないか。強い信念と意志をもって行動している人と、単にある考えにとらわれてしまった狂信者も見た目では、ほんのわずかな違いでしかない。狂信者に他の意見に耳を傾けないという排除の論理が働く。
・センゲの寄稿の最後にリーダーシップについて、「人間社会の未来を方向づける人間社会の能力だ」と定義して、この定義に「“コミュニティー”というキーワードがある」と書かれている(日本語版、p.548)。自分は数年前に東京での職を辞して、自分の希望で、現在、地方の10万人規模の都市で団体公務員として働いているのだが、先日、市によるフリースクルーを手伝った。コミュニケーションに支障がある子供たちにプロの講師が体操や演劇を通して、コミュニケーション・スキルを身につけていくプログラムだ。それぞれの子供たちに自分のペースで進めることを許容し、課題ができなくても排除されない。安心して所属できるコミュニティーの存在が重要なことを理解した。個性の違う個人が集まり、互いに受け入れる。そのお互いの支え合いがリーダーシップの姿なのではないかと思っている。
・中学校で教員を務めているが、学級を作るとき、生徒それぞれの良いところを集めて、多様性のつながりを大切にしている。そして生徒同士がお互いの弱いところを認め合うことを理解してもらおうと努めている。
・職場の若手職員が転職したいと言ってきた。会社から示された仕事には熱心だったが、本人がやりたいことは、指示されたこととは異なるとのこと。上司である自分は、サーバントリーダーシップの属性に沿って、相手の話を聞くことには注意を払ってきたが、会社の仕事の枠の中での明確なビジョンを示せなかったのかと反省している。目の前の人だけに奉仕するのではなく、その人を含むチームとしてのミッションやビジョンに奉仕するという姿勢が必要だったと感じている。そこがあれば、部下もミッション、ビジョンの中で自己実現を図り、あるいはもっと率直にコミュニケーションが取れたのではないかと思う。
・チームで山に登るには、まず山頂を目指すこととそこの姿を示すことが重要なのだろう。自分たちはつい、そこへの山道と注意事項だけを示してしまいがちだ。
・組織のミッション、ビジョンの達成と個人の幸福が常に一緒に実現することが正解なのかという命題を考えてみたい。例えば企業組織において、売り上げや利益の業績目標といった表面的なことではなく、その組織の意義として設定したゴールに到達せずとも構成員の達成感や幸福が実現することはあり得るのではないか。その場合、そうした組織の参加者が何を感じたか、ゴールに導けなかったリーダーの意義はどうか、単にメンバーに奉仕することで価値を見出し得るのか、といったことを考えてみたい。
・目に見えることや耳に聞こえることなど、感覚でとらえた事象や知識として得た情報に対して、心の片隅に常に疑念をもって、これを健全な批判精神で分析していくことが肝要だ。とくに価値判断において、善悪や正否の二元論に陥ることは避けなければならない。自分の心の中に多様性を許容する広さを準備しておくことが大事だと思う。
・組織のビジョンとはどうなりたいかという未来の姿、ミッションはビジョンの実現に向かってどう行動するかをデザインすること。手近な手順の改善を考える機会はたくさんあるが、ビジョンに向かってどう行動するか、どうすれば一番良いかといったことを考える機会が少ない。われわれは、何をやれ、どう行動せよ、とお膳立てされることに慣れすぎているのかもしれない。意義や使命つまりミッションから考えていかないと本当の達成感は得られないし、意義や使命からスタートすれば、本当の自分の第一歩を踏み出せる。
・達成感を得られるステップでのワクワク、ドキドキ感に勝るものはないと思っている。
・いろいろな意見に、大人の世界で理解し、賛同することが多数あるが、社会的には未熟で成長途上の、さりとて子供とも言い切れない中学生についてはどうなのだろう。
・時代的なものもあるかもしれないが、頭ごなしの指導では生徒に受け入れてもらえない。教師の側も状況をよく理解して説得するという姿勢が必要だ。また、まださまざまな社会的なスキルが十分に身についてないところがあることも事実。最近も見たり聞いたりの行動が自分の友達に集中していて、目の前の自動車に気がつかず、あわや、などということもあった。そのような環境の中で、生徒の指導を含む学校や学年の運営にサーバントの精神が不可欠と感じている。学年主任という立場や肩書を得ても、その学年のすべてを仕切れるわけではなく、同僚の教員をはじめ学校関係者が陰に陽に支えていかないとうまくいかない。
・センゲが寄稿の中で「概念化」を挙げている。「仕事で求められる能力開発の第二の領域は、われわれが複雑性を理解することだ。“リーダーとしてのサーバント”に概念的(コンセプチュアル)リーダーシップに触れたセクションがあるが、読み流した人が多いのではないだろうか。グリーンリーフは概念化することを“もっとも重要なリーダーシップ能力”と呼んでいる(日本語版、p.533~p.534)」とある。グリーンリーフの弟子のラリー・スピアーズはサーバントリーダーシップの10の属性をまとめていて(日本語版、p.572~p.573参照)、概念化はその6番目となっている。ただ、1番目の属性である「傾聴」や2番目の「受容」と比べると、概念化について討論される機会は少ない。
・概念化という用語に「感覚を伝える」という意味を感じている。もう少し詳細に言えば、同じ感覚で共有していない、例えば、その物体を見ていない他者に、形や色、質感などを伝えるといったことだ。
・所属企業の中国進出を手掛けた経験がある。資源リサイクルに関わる業務だが、当時資源リサイクルという概念のなかった場所で、現地の人に、この仕事の意味と意義を伝えて理解してもらう方法と手順に腐心した。人の概念の形成は経験に基づく知識が起点となる。目に見えないものや経験をしたことがない概念を理解してもらうために、現地の人がすでに持っている概念とのつながりとなる別概念を用意して、それを土台に徐々に間隔をつめていった。
・進化のための変化は、まさに見えない世界に進んでいくことだ。つまり0から1を作り出すことであり、その連続。変化した先、つまり1の姿は、変化する前、つまり0の段階では想像上の概念としてしか理解できない。変化への拒否とか揺り戻しは、この概念化が上手にできていないことが起因しているケースが多数ある。
・ものごとには、表面的に見えていることとその本質が異なるどころか全くの逆方向ということが、時折起こりうる。自分の勤務先が過去に独立した会社を多数設立する企業分割を実施したが、内部的には機能統合が発生して、機能単位では企業合併となっている、ということがあった。
・人間の実際の感覚は動物学的にはかなり劣っていて、対象を正確に客観的にとらえられない。そこを知性で補っていて、概念化はその知性の活動といえるだろう。そこを正しく導くのがリーダーの役割ということに納得させられる。