過去の活動報告

第28回 東京読書会(第二期)

開催日時:
2018年1月26日(金)19:00~21:00
場:
レアリゼアカデミー

第二期第28回(通算第83回) 読書会開催報告

「サーバントリーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著、金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第二期東京読書会は、今回、第9章「官僚主義社会におけるサーバントとしての責任」の全体を会読しました。これはグリーンリーフが1966年にカリフォルニア州のレッドランズ大学で行った講演録です。 1960年代、アメリカ社会に若者を中心に社会のリーダーに対する不信感の拡大という変化の兆しが見える中で、グリーンリーフには、アメリカ社会が誇っていたリーダーシップへの危機感と次の時代への期待があったのでしょうか。学生を相手に熱いメッセージが伝えらます。
(今回の会読範囲、p.459 から p.482 のこの章の最後まで)

【会読範囲の紹介】
・グリーンリーフは1966年のレッドランズ大学(注)での集会演説を、米国の漫画家であり作家であったジェイムズ・サーバー(注)の「現代の寓話」に収められた、彼の好きな物語から始めます。
(注)レッドランズ大学、カリフォルニア州ロス・アンゼルス郊外レッドランズ市にある
リベラルアーツ系の私立大学。米西部の上位校。
(注)ジェイムズ・サーバー、1894年~1961年。執筆の他に
雑誌「ニューヨーカー」の編集長としても有名。
・それは朝食をとりながら庭を見ると、そこに一角獣(注)が見えたという夫と、それを取り合わない妻の会話による、日本語版で2ページちょっとのショートストーリーです。
(注)英語でユニコーン(unicorn)。馬に似た動物の額から一本の角が生えている
伝説上の動物。獰猛でありながら人間の病を治す力があり、処女に抱かれると
おとなしくなる、などの伝説がある。
・どんでん返しの結末は、サーバーらしい面白さにあふれ、グリーンリーフの家族の間で、最初に窓の外に目をやるときに「一角獣はいるかい?」と尋ねるのが習慣となっていたそうです。グリーンリーフはレッドランズ大学の演説で、「この寓話が伝える真意とイメージを交えながら、“官僚社会における責任”という非常に扱いにくいテーマについてお話をしたい」と話を進めます。
・そして、まず責任という概念が「論じるとなるととても厄介」として、この言葉の分析に入ります。責任について、「社会的慣習に則った期待や因習的道徳に従うこと」と一般的な定義を踏まえつつ、「それよりも、責任とは、自身が不安を抱えることから生まれるものだと思いたいのです。不安を抱えることで内面が成長し、精神に平穏がもたらされます。精神の平穏なくして、「私は自由だ」と心から言うことはだれにもできないと説き、「家族や仕事仲間、コミュニティ、社会の一員として」隣人に協力する姿勢をもつことで「外見と内面の成長は、一つの織物のよう(に)責任感のある人間はその両方を備えて」いると説きました。
・グリーンリーフは学生達に「居心地のいい、自分にぴったりの小さな落ち着き場所」ではなく、自らが動く有意義な世界に進むようにと訴えます。聴衆である1966年当時の学生について、グリーンリーフの世代が大学生であった1920年代半ばの学生よりも自覚をもっていると評価し、自ら動く機会に恵まれており、ニコス・カザンザキスの「グレコへの報告」の一節を引用して自分の人生を有意義にすることができる、と激励しています。それは「若者たちは幸せだ。美徳と正義、自分自身の信念に従って、社会を変革することを、よりよい社会にすることを、自分の責務だと心から信じている(後略)」というものです。
(注)1883-1957年。ギリシャの小説家、詩人。
イエス・キリストの人間としての苦悩を描いた小説などが有名。
・「官僚機構には(中略)杓子定規で形式主義的な体制で、前例と慣行を重んじ、自主性や臨機応変さに欠けます ―― 非常にまずい状態です。<組織>化されているすべてのものをダメにするという欠点があり(後略)」、多くの組織が官僚主義に陥るなかで「守るべき信念や目指すべき目標を疎かにして」いると批判し、若者への変革への参加を呼びかけます。
・グリーンリーフは、カトリック教会の大規模で根本的な刷新をもたらした第二バチカン公会議(注)が80歳を過ぎていた教皇ヨハネ23世の強い意志で始まったことを挙げて、グリーンリーフと同世代のベテランにも「美徳と正義、自分自身の信念に従って年配の人々が効果的に世界をより良くすることが可能」であり、むしろ年配者の方がさまざまなしがらみに精神的に縛られないために、官僚主義にうまく対処できるとも述べています。
(注)1962年に教皇ヨハネ23世により招集され、ヨハネ23世死後に後を継いだ
パウロ6世により1966年まで継続したカトリック最高峰の会議。
この公会議を通じて教派を超えたキリスト教の一致。
他宗教との対話を目指すこととなり、現代世界憲章などが制定された。
・第二バチカン公会議は、教皇ヨハネ23世が異例の高年齢である80歳代で教皇に就任して、すぐに会議の開催を宣言したものですが、グリーンリーフはヨハネ23世が80歳代であったからこその成功であり、彼の就任が50歳代だったならば、多くのしがらみがヨハネ23世による会議開催の決断を阻んだだろうと述べています。しかしながら同会議を成功させたヨハネ23世の成功要因を経験と年齢のみに求めるのではなく、ヨハネ23世が若い時から「感性や精神力、人としての成熟さ」を養ってきたこと、「彼が長い人生を通して偉大な人物であり得たのは、若いときにいくつかの重要な選択をしてきたから」であると分析しています。
・グリーンリーフは、その一方で、「年数を重ね、規模を増し、社会貢献の責務を負うすべての組織の行き着く先が、官僚主義なのは、(中略)誤った方法で成長し(中略)積極的な生き方を築こうとしない」からであると述べています。こうした分析をふまえて、グリーンリーフは聴衆の大学生に「周囲の同僚や知り合いの若者たちに交じって、自分自身を見つめ直して」いくように勧めました。そして、グリーンリーフたちの世代が、「現状に甘んじ、状況判断を誤(り)」、現状に甘んじることが自らの生き方だと受け入れた結果として「規制に左右されない自由な人間の数が急激に減少」したと認め、「万人に官僚主義の負担が重くのしかかる、完全な管理社会」が近づいていると警鐘をならします。
・グリーンリーフは、自分と同世代の有能な人たちが官僚主義を強化する方向にあることに憤りを覚え、かつ聴衆である若者に「蔓延しつつある官僚主義的な風潮に対処しようという皆さんの覚悟が見えてこない」と批判し、「庭先にいる一角獣の姿に目を留めて一日を迎えられるものがいるでしょうか」と疑問を投げかけました。
・グリーンリーフは、ジェームズ・サーバーの寓話(fable)を演説の冒頭に採用したことについて、「庭先に一角獣の姿を認めることが、なぜ、官僚主義社会に現実的に対応するための準備になるんだ」という聴衆の疑問に対して、「寓話とは超自然的な領域を扱うもので、人間のように言葉を操ったりふるまったりする動物が登場し、役に立つ真実や教訓を強く訴える効果があるからです。それに寓話は驚嘆の念を起こさせる」のです、と説明して、聴衆に、「みなさんはどう思ったでしょうか。どんな真実や教訓が心に浮かんだでしょうか」と投げかけます。
・グリーンリーフは、さきほどの「年数を重ね、規模を増し、社会貢献の責務を負うすべての組織の行き着く先が、官僚主義なのはいったいどうしてでしょうか」という質問に立ち返り、それは、「積極的な生き方(life style)を築こうとしない(から)」であるという回答を示し、さらにニコス・カザンザキスの思想を意識しながら、「(聴衆のみなさんは)社会を変革すること、美徳と正義、自分自身の信念に従って、より良い世界へ導いていくことを自分の責務だと心から信じるなら、今からでも自身の生き方を開拓する準備に入らなければなりません」と強く訴えました。そして、その姿勢に向かう原動力を霊(spirit)ではなく、生き方(life style)を表現したことにも注意するように述べています。
・さらにグリーンリーフは学生に「若いうちに、生き方を確立してください。最適な結果をもたらす前兆となる生き方を。若いうちでなければ、手に入れることは難しいでしょう。もちろん、若くなければ無理だというつもりはないですが、容易なことではありません」と訴えかけました。そして理想的な生き方に欠かせない要素について、各自が見出さねばならないと前提を置きつつ、「生き方について考える一つの指針」として、以下の五つの言葉を紹介しています。
・「美(beauty)」、グリーンリーフは「詩人の想像力をかきたてる」この言葉について、シェークスピアや英国の詩人、ロバート・ブリッジスを引きつつ、数学者の言う美が彼のイメージに一番近いと述べます。「数学的な解法で未知なることを理解し、新しい洞察がひらめいて人間の知識が向上するとき、それは美しい」として、未来への発展を内包する整合性ともいうべきものを美であると説きました。さらに、人としての生き方を確立し、美を磨くことを目指して「‘計り知れぬ、謎に満ちた自然の意図’に触れることができる」とベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番(嬰ハ短調、作品131)を聴くことを進めています。この曲は、ベートーヴェンの作品でも独特の曲想を持ち、時代を超越した作品と言われています。
・「即時性(momentaneity)」、これについて、グリーンリーフは旧約聖書の詩篇やエマソン(注)を引用しつつ、「社会を変革し、美徳と正義、自分自身の信念に従って世界をより良くする義務があると感じている人間は、もっぱら、‘今日こそ!’という姿勢をとっています。」と聴衆である大学生、すなわち若者にチャンスをつかむ少数の人の心得を伝えています。「どんな瞬間も永遠性が内包されています。(中略)(時間の区切りではなく、物事の鮮明さの意味としての)明暗度の中心として‘今’という瞬間に目を向けるべき」と、人生において「今を生きることの重要性」を訴えました。
(注)ラルフ・ワルド・エマソン。1803~1882年。米国の思想家、作家、詩人。
プロテスタントの牧師としてリベラルな思想を持ち、欧州での多数の知識人との
交流をもとに、個人の尊重を至高とする思想を確立した。
・「開放性(openness)」、ここでは「聞けば知恵、話せば後悔」というイタリアの諺を引きつつ、「聞くというのは姿勢、他人が話すことや伝えようとしていることに対する姿勢のこと」であり、「(他人に)心から関心を寄せる」ことの重要性を説いています。多くの管理職が部下の、医師が患者の話を聞いていない事実を示して、上司や医師の視点で相手の話を聞くのではなく、肝心なことは部下や患者にとっての意味や重要性を知ることであると訴えます。アシジの聖フランシスコの祈りのことばを用いて、自分を相手に認めさせようとしがちな振る舞いから、自分が相手を理解することに努めるようにと説いています。
・「ユーモア(humor)」、グリーンリーフはトマス・カーライルのユーモアの本質は愛であるという格言を引きつつ、「どうやったらわれわれは、この世の中を作り変える機会に対応できるようになるでしょうか」という自問に対して、「自分自身が愚かで中途半端な生き物だと思った時に、ユーモアと呼ぶ、穏やかな内なる微笑みがあれば可能でしょう」と回答し、「自分に対して愛情のこもった寛大で内なる微笑をもつこと」と、これが自己受容、自己愛と関係しており、聖書に記載された通り、隣人を自分のように愛するためにこそ自己愛を育てるようにと若者たちに訴えました。
・「忍耐(tolerance)」、この言葉には「心に平静さを持ちながら、苦しみに耐える能力」というオーソドックスな意味を付与し、グリーンリーフが自身にとって重要と述べるアメリカの代表的詩人ロバート・フロスト(注)の詩を引用しつつ説明を加えています。そして「究極の悩みは、他人の苦しみを通じて苦しむことです」と、共感の重要性を訴えています。
(注)1874~1963年。米国の詩人。自然に満ちた農村生活を賛美する思想性の高い詩を
多数作った。本書第11章参照。

【参加者による討議】
・この章を細かく読んでいく内にグリーンリーフの言う官僚主義社会(bureaucratic society)が何かということを再度確認する必要性を感じた。従来は官僚的という言葉にネガティブな印象を持っていたが、ある時期からその合理的側面にも注目している。
・合理的で均質な統治を目指す官僚機構と、この講演で言っている官僚主義は、きちんと区別しないといけないのではないか。グリーンリーフ自身も官僚機構を否定しているわけではない。
・本書に官僚機構の限界を述べた箇所があるが(日本語版 p.464)、良い意味でも悪い意味でも官僚機構はさまざまな仕事や成果から個人の名前を消し去り、組織としての活動にしてしまう。これを悪用して、個人の責任に帰すべきことを組織に転嫁し、組織を隠れ蓑にして非合理的なものや、ときには不正なものを強制してくることがある。このことに強い怒りを覚える。
・前の意見に同意。そのことでは、グリーンリーフも責任感ある人の振る舞いについて、「責任感ある人間とは、自分が生き、自分が働く社会に広く行き渡った官僚主義体質をはっきりと認識しています(日本語版、p.479)」と指摘している。
・自分の勤務先は、歴史があるが古い体質の会社で、内外から官僚的といわれる。経験の少ない若手の意見や発言が顧みられることは殆んどなく、年長者の経験と勘で動くことが多い。自分や周囲を見ていても、若手の発意とリードで、いろいろなことをもっと進められるように思う。そのような状態なので、何をするかよりも、上司や経験者をいかに味方につけるか、が重要なことになっている。
・「上司は最大の資源」。組織の肥大化の中で組織を動かすには、権限のある人を通じて自分の意見を具現化、具体化していくことが大切だと思う。
・自分も官僚主義的といわれる金融業界で働いている。組織の中で大小さまざまな判断の連続だが、その判断を合理的かつ正しく行えるように、ルールと命令伝達の経路が詳細に定められている。官僚機構の精緻な姿でもある。その中で生きていくわれわれに、グリーンフィールが、「美」という形が目に見えない、あいまいなものを大切にするように訴えることに、少し驚きつつ、そこを読み解こうと思っている。
・自分も官僚ということばに必ずしも悪い印象をもっていない。多くの会社も官僚機構に基づく意思の伝達の合理性を活かそうと、その会社組織の設立から運営をルールと簡潔な経路の命令で進めていく。最初はよく機能するが、企業活動が安定稼働へと進むにつれて閉塞感が出て来る。成長と変化が止まることがその要因だと思う。企業が掲げる理念は、その企業の存在意義そのものであるから、安易に変化させるものではないが、官僚機構の機能による組織運営が企業の変革と成長の機会を摘む理由になってはならない。
・官僚主義ということばから、一例としてトヨタの経営のやり方を外側から見てみたい。トヨタの経営は人質(じんしつ)経営と呼ばれている。従業員に対して一定のかつ均質の人的品質を求め、巨大な組織を統一的にしっかりと統制していくスタイルだ。官僚機構そのものだが、その企業業績は目覚ましいことはご存知の通り。
・グリーンリーフは、若い人に官僚主義と戦うことを勧めている(日本語版、p.480など)。大学生向けの講演であることが理由ではあるが、大学での講演ということを差し引いても組織の停滞の防止と成長の持続に若い力は必要だ。
・美、即時性、開放性、ユーモア、忍耐・・・、リーダーにはサーバントとして他者に奉仕することが求められるが、同時に人としてのあたたかさが求められる。コーチングを教えている団体からの参考情報として、人が惹きつけられる人物像について書かれていたが、その内容はグリーンリーフの言ったことと重なる。

・このレッドランズ大学の講演は、1966年に実施されている。ベトナム戦争の戦線が拡大し、アメリカの繁栄に影が差したころである。グリーンリーフの講演は、そこで用いている言葉だけでもかなり熱い。講演自体も相当の熱気があったと思う。組織の腐敗とそこへの立ち回りという意味で普遍性のある内容ではあるが、同時にこの講演時代背景をよく認識して読まないとその熱気から誤読の危険もあると思う。
・1960年代半ばの米国は、東西冷戦の代理戦争の様子を呈してきたベトナム戦争が本格化した時代だ。米国は資本主義、西側諸国の代表としてベトナムへの介入を拡大した。米国本国の直接的な脅威はない中で、若者が戦争に駆り出されるなど、グリーンリーフの直接的問題意識である「リーダーシップの消滅」の意識も若者の間に芽生え始めた。
・当時の若者の意識は、このころからムーブメントになったヒッピーの出現、カウンターカルチャーの流行といった形で表面化してきた。これらの動きを若者の跳ね返りといった表面的な解釈では、時代の流れを十分に理解できなくなる。
・グリーンリーフは、この講演のみではなく、本書に載せられた多くの記事や講演録の中で第二バチカン公会議に言及し、それを指導した教皇ヨハネ23世とともに称賛している。自らの教義の真実性を争い、他を異端として退けることが普通だった宗教の世界で、相互理解のための枠組みを作り、対話の道を開いたことは、宗教史の範囲にとどまらず20世紀の大きな出来事だった。ヨハネ23世が1962年のキューバ危機に際して、ケネディ米大統領とフルシチョフ・ソ連書記長の両者に働きかけて、この危機の解決に大きく影響したことも見逃せない。

・今回の読書で、グリーンリーフが5つの価値を人生の指針として示していることに興味を持った。未来への展望も見える主張だと思う。
・人間の中に論理的、ロジカルなものとともに情感、エモーショナルな要素が必要であることを強く感じた。