【会読内容】
・スピアーズはこの前書き(はじめに)をグリーンリーフがサーバントリーダーシップを世に問うた「リーダーとしてのサーバント」という小冊子(注)からの引用で始めています。それは以下のような引用です。「サーバントリーダーは、第一にサーバント(奉仕者)である。はじめに、奉仕したいという気持ちが自然に湧き起こる。次いで、意識的に行う選択によって、導きたいと強く願うようになる。(中略)しっかり奉仕できているかどうかを判断するには、次のように問うのが最も良い。奉仕を受ける人たちが、人として成長できているか。奉仕を受けている間に、より健康に、聡明に、自由に、自主的になり、自らもサーバントとなる可能性が高まっているか。」
(注)リーダーとしてのサーバントは、グリーンリーフ「サーバントリーダーシップ」(邦訳は金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の第1章に収められている。
・スピアーズは、グリーンリーフが1970年発行の小冊子にそのように記したことを最初に掲げて、その後の30年間(注)のサーバントリーダーシップの広まりと21世紀を迎えてのサーバントリーダーシップの実際上での意義を説いています。
(注)この「はじめに」を含む「サーバントであれ」の原著(The Power of Servantleadership の原著は1998年に米国で刊行された。
・スピアーズは、さらにグリーンリーフの社会人としての人生、米国最大の企業であるAT&Tでマネジメント研究、開発、教育に従事したことに触れ、その後、AT&Tを退いたあとで、多数の大学や企業などのコンサルティングを実施してきたことに言及しました。
・その中でグリーンリーフがヘルマン・ヘッセの短編である「東方巡礼」(注)を読んで、サーバントリーダーシップのインスピレーションを受けたことが、やがて冒頭でその一部を引用した「サーバントとしてのリーダー」の執筆につながっていきます。
・そうした過去の経緯を大まかに確認した上で、グリーンリーフの一番の弟子を任じるスピアーズが、グリーンリーフの著作や叙述(講演録など)を細かく読み込んで見出したサーバントリーダーシップの10の属性(特性)について、一つずつ解説していきます。
・スピアーズは10の属性について、それぞれ日本語版で、250字から500字程度を費やして説明を行っていました。具体的には本書を参照頂くこととして、彼の説明の中で各用語の一般的な意味と異なる説明や、多くの人が連想し得ないと思われる箇所について、書き出してみましょう。
①傾聴: 自分の内なる声と対話することや、身体と精神と心が交わす言葉をリ位仕様とすることも含まれる。
②共感: 人間には唯一無の心のあり方があり、そのために受け容れられ、認められる必要がある。
③癒し: サーバントリーダーは自己を癒し、他者との関係を本来の姿にし得る全体性を持っていることを自覚する。
④気づき: 気づきの力を高めることで、より統合的、全体的(ホリスティック)な立場でものを見ることができる。気づきを高めたリーダーは、不安と闘いながら心の平安を求める。
⑤説得: サーバントリーダーの説得は、組織の中のコンセンサス形成を促す。グリーンリーフにこの影響を与えたのは、彼が深くかかわったクエーカー(キリスト友会)であったろう。
⑥概念化: サーバントリーダーは、考えを広げて概念的思考を取り入れる。理事会は方向性に対して概念的になる必要がある。
⑦先見力: 直観に根差すちからで、この力によって過去から未来までの理解が深まる。
⑧執事役: ピーター・ブロックは、執事の職務を「誰かのために何かを預かること」と定義したが、グリーンリーフも、例えば企業組織のCEO、役員、従業員も社会のために組織を預かると考えていた。
⑨人々への成長の関与: 企業での管理職層であれば、あらゆる人からのアイデアや提案に関心を寄せ、社員にも意志決定に加わってもらい、解雇された人の次の勤め先を見つけるのを手伝う。
⑩コミュニティづくり: 社会の規模の大型化により失われたものを補完する意味で、人々はコミュニティを求めるが、サーバントリーダーは本物のコミュニティを形成する力を有する。
・スピアーズはサーバントリーダーシップの本質をコンパクトにまとめましたが、彼はそれを「サーバントリーダーシップの一部にすぎない」と述べています。この点はわれわれ読者が十分に心得ておくべき点でしょう。
・前述の整理に続いて、スピアーズは、21世紀初頭の米国企業でのサーバントリーダーシップの浸透について具体例を挙げて説明しています。多くの事例が挙げられていますが、一例として、テキサス州ダラスに拠点を置くTDインダストリーズでは、創業者が四半世紀以上にわたってサーバントリーダーシップの社内での浸透を図り、その結果として同社は「ロバート・レベリングとミルトン・モウコウィッツの共著「もっとも働きがいのある全米企業トップ100」に選ばれているエピソードが紹介されています。
・グリーンリーフの思想は企業経営者のみならず、多くの思想家や著述者にも影響を与えました。スピアーズは、「響き合うリーダーシップ」(日本語版 依田卓巳訳、海と月社、2009年)の著者であるマックス・デプリーや「学習する組織」(日本語版、枝廣淳子、小田理一郎、中小路佳代子訳、英治出版、2011年)のピーター・センゲをそれらの代表例として挙げています。
・スピアーズはこれらの他に、サーバントリーダーシップの概念を取り入れて理事会や財団が変革した事例や全米のコミュニティーリーダーシップ組織でのサーバントリーダーシップ学習の成果、大学や高校での体験学習、公的・私的両面の教育・訓練プログラムに与えた影響について言及しています。
・これら多数の事例を踏まえて、スピアーズはサーバントリーダーシップの素晴らしさを「社会全体での人生の質(クオリティー・オブ・ライフ)を高める可能性を創造する点にある」と述べました。サーバントという言葉は、原語では、過去に女性や米国での有色人種らが勤労など社会の各方面で抑圧されてきた歴史を想起させ、否定的なニュアンスを抱かせてしまいますが、スピアーズはサーバントリーダーシップ精神の基づくいろいろな活動への積極的な取り組みで、その深い精神性が理解でき、新たな気づきが得られると説いています。
・そうして徐々に広まってきたサーバントリーダーシップの哲学や実践を踏まえて、スピアーズが第3代の所長を務めたグリーンリーフ・センターがサーバントリーダーシップの理解と実践の普及を目ざす非営利の国際的教育機関であると紹介しています。
・スピアーズは、サーバントリーダーシップへの関心が高まる中でグリーンリーフ・センターの活動が目覚ましく発展していることを、世界各地での書籍の発行やセミナー、学会、著名人の講演、その他各種プログラムの実施例を挙げて具体的に説明しました。
・グリーンリーフ・センターのロゴは裏と表がつながるリングとなっているメビウスの帯です。スピアーズは、このメビウスの輪が「奉仕がリーダーシップに溶け込み、ふたたび奉仕へと溶け込んで、なめらかで途絶えることにない流れを生み出す様子」の象徴であり、サーバントリーダーシップが「人類の新たな進歩の時代に向けて、よりよい、もっと思いやりにあふれた組織の創造に向けて、希望と助言を与えるのである」ということばで解説を締めくくりました。
【参加者による討議】
・今回会読した箇所を執筆したラリー・スピアーズは、グリーンリーフが設立した応用倫理学センターを改組したグリーンリーフ・センターにおいて、グリーンリーグが亡くなった1990年から2007年まで所長を務めた。現在はラリー・C・スピアーズセンターでサーバントリーダーシップの研究と研修を実施している。サーバントリーダーシップの概念はこの30年間で大きく広がってきた。その広がりの度合いや具合をもとに本家のサーバントリーダーシップセンターを観察すると、世界レベルでのサーバントリーダーシップの研究や普及の中核とか主役とは言いきれず、端的に言ってしまうとあまり振るわない感じがする。
・グリーンリーフ・センターのトラスティ組織はどう機能していたのかと皮肉を言いたくなる。
・組織としてのグリーンリーフ・センターを導く方向は正しかったのかという検証が必要だろう。そして実行プランとしては、センターが多くのサーバントリーダーを育て多くの組織に受け入れられるように図ること。これらのサーバントリーダーの横のつながり、すなわち意見交換や各自のリーダーシップの更なる進化のために相互に刺激し合うことが考えられる。
・グリーンリーフ・センターがサーバントリーダーシップの中核としての存在感がないという点について。グリーンリーフが存命中に設立した応用倫理学センターは、グリーンリーフの目が行き届いたが、サーバントリーダーシップという考えが広まる中で、組織の性質や人数規模も大きく変化したと推測する。時代とともに組織が変化することは良いのだが、そこにスピアーズが整理した「先見性」や「概念化」が正しく働いて、自らの未来像を描けていたのかという疑問がある。
・現在、多くの職場、学校などの組織でサーバンリーダーシップによる導きが必要だという声が上がっている。しかしながら、肝心のサーバントリーダーは、トレーニングプログラムを簡単に組んで養成するとか要請できるといったものではない、サーバントリーダーシップはリーダー及びリーダーシップの本質を解明しようとする、いわば哲学であって、サーバントリーダーシップの育成を掲げる教育研修プログラムなるものが前面に出てもうまく進まないだろう。サーバントリーダーシップの体得も、人の生来の気質や性格に拠る部分が多く、トレーニングによって容易に体得できるとは考えられない。
・教育機関でありながら学校現場は、組織の哲学というか設立の理念が失われることが良く発生する。中山素平(注)氏を中心に戦後の主要財界人の発案で設立された新潟県南魚沼市にある大学院大学の国際大学(注)も設立から35年を経てだいぶ様子が変化してきた。創立時の理念が継承できていないと強く感じることがある、
(注)中山素平(1906年3月5日~2005年11月19日)日本興行銀行頭取などを歴任、戦後復興期の財界リーダーとして活躍した。
(注)1982年設立の大学院大学。各国からの留学生も受け入れ、国際関係、国際経営などで実績を挙げる。9月入学方式で学内は英語が公用語である。
・リーダーとなる人のコミュニティ、その中核の組織がしっかりしていることが重要ではないだろうか。
・その話でふと思い出した話だが、我が国で、ある影響力の強い方をシンボル的存在として頂点に置いて、全国各都道府県に支部を、その下に数千に及ぶ会員を抱える団体があった。そのシンボルの方が亡くなった途端に脱会者が続出し、1年もたたない内に実質解散となってしまった。全社事務局と都道府県の事務局が整備されており組織運営の基盤はしっかりしていたのに、本当にあっけないという感想しかない。
・理念や哲学を容易に継承することはできない。引き継ぐ人と引き継がれる人において理念を共有していないと不可能。崇高な理念を共有するという部分にリーダーシップの本質があるように感じる。
・生前のグリーンリーフは、思索や著述の傍らで、実際の企業や大学、教会といった組織に対するコンサルティングを熱心に実施していた。その意味でサーバンリーダーシップの最大の伝道師でもあったと思う。これからの時代、サーバンリーダーシップの理念を広げていくには、優秀かつ優良な伝道師が必要だ。
・サーバントリーダーシップがハウツー(how to)で語り得るものであれば、伝え方をマニュアル化できるので、コンセプトを広めるにもそれほどエネルギーを使わないで済むかもしれない。しかしながら、サーバントリーダーシップは哲学である、この場合、真理を探究するという本来の意味での哲学であるとすれば、サーバントリーダーシップの理念を正しく広げるのは容易ではない。
・「サーバントリーダーシップは、多くの女性やマイノリティや有色人によって、長年にわたり文化として受け継いがれている(本書 p.30、注)」サーバントリーダーシップがダイバーシティの世界で生かされていることを知った。
・中国で新規に合弁会社を立ち上げた経験がある。その時、日本から常駐していたのは自分一人で、仕事のみならず私生活の一挙手一投足まで見られていた。責任者なので部下の中国人に指示を出すことも多かった。部下たちからすると、日常の私生活上のふるまいを見ている上司の指示には素直に従いづらい。こんな状況で部下に指示を出すには、普段から彼らの話をよく聞く傾聴の精神は無論必要であり、その上で概念化や説得などの別のリーダーシップ要素が不可欠だ。これもダイバーシティの一種だと思っている。
・アフガニスタンでJICA関連の仕事をしていたが、安全確保のために兵士が常駐していた。彼らの命令に絶対服従の職業観、さらに人生観は我々のものとは全く異なる。彼らとのコミュニケーションにもリーダーシップ要素が必要だ。
・組織の構成員をすべて生かし、その多様性を組織の中で生かしていく時代だ。バラエティに富んだ能力や個性を自由にさせるだけではなく、組織の方向を示しつつ各自の内発的な力をそこに向けさせることでダイバーシティ経営が実現する。方向性の選択は本当に重要だと感じる。
・昨今はESG経営の重要性が強く訴えられているが、E(Environment、環境)、S(Social、社会)、G(Governance、統治)のSocialには多様性と持続性の二つの意味が込められている。
・企業の第一目的は利益を上げること。企業利益の利害関係者として株主だけを考えていればよい時代は、まさに決算収益、いわゆる利益を最大化することが目的であった。現代の企業経営はその利害関係者として顧客さらには地域社会も加わってきており、利益の意味も広がっている。そんなときにすべての利害関係者を一つのことばで説得するのは不可能だ。それぞれのステークホルダーとのやりとり、つまり現実解の積み重ねでしか最適な方向は示し得ない。グリーンリーフの著書には、クエーカー(キリスト友会)の始祖である17世紀の英国のキリスト者であるジョージ・フォックス(1624年‐1691年)の逸話が出てくるが、彼のように他者に敬意を表しつつ、地道に粘り強く、対等に語りあうという生き方が最上のリーダーの生き方であり、リーダーシップの本質ではないだろうか。
東京読書会は次回からロバート・K・グリーンリーフ著「サーバントリーダーシップ」の第3期読書会を開始します。その初回は2019年3月22日(金) 19:00~21:00、レアリゼアカデミー(麹町)で開催予定です。