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『優れたリーダーはみな小心者である。』著者・荒川詔四氏(ブリヂストン元CEO)インタビュー

開催日時:
2018年8月24日

「グローバルリーダーこそ小心者であれ」主体性を引き出す真のリーダーシップとは?

世界最大のタイヤメーカー・ブリヂストンのCEOとして、世界約14万人もの社員を率いてきた荒川詔四氏。同社がグローバル戦略を強める中、アジア、中近東、ヨーロッパなど海外事業で多大な貢献をされ、CEOに就任されてからは創業以来最大の組織改革を断行。その手腕は大いに注目を集めました。

 

その荒川氏の著書『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)がベストセラーとなっています。そこで書かれたリーダーシップ論は、一般的なグローバルリーダーのイメージとは大きく異なるものでした。

荒川流リーダーシップの本質とは何か。貴重なお話をお聞きしました。

──ご著書『優れたリーダーはみな小心者である。』を拝読して、その内容に本当に感銘を受けました。そもそもこの本を目にした瞬間、タイトルに驚きました。日本を代表するグローバル企業であるブリヂストンのCEOを務められ、約14万人もの社員の方々を率いてこられた人物が「小心者」であるはずがないからです(笑)しかし読んでみると、一流のリーダーこそ、人々の心の内面に気を配り、リスクに備えて万全の準備を怠らないのだと。真のリーダーシップとは、そうした繊細さを備えているのであるというお考えが、ご自身の体験談をもとに丁寧に綴られていて、納得の連続でした。

 

ありがとうございます。本書の内容は、私自身が仕事での実体験を通じて学び、周囲に常々語っていたことを改めてまとめたものです。「小心者」という言葉はレトリックでも何でもありません。昔から絵画が好きで、学生時代は美術部に所属していた内向的なタイプ。「将来はブリヂストン美術館の仕事に携わりたい」というのが入社の本当の動機だったぐらいですから(笑)

 

──そんな荒川さんにとって、大きな転機となったのが本書でも書かれているタイ工場への赴任だったのですね。

 

はい。入社2年目のこと。立ち上げたばかりのタイ・ブリヂストン工場で、現地従業員による在庫管理の立て直しに取り組みました。ペーペーの新入社員が強い態度で指示。しかし、文化も慣習も労働観も違うタイの人々が、まだ何の肩書きもない若造の言うことを簡単に聞いてくれるはずがありません。猛反発を食らい、職場全体が機能不全に陥りそうになりました。上司に相談しても「それはお前の仕事だろう」と突き放される始末。当時航空運賃はものすごく高かったので、会社を辞めて逃げ帰ることもできません。

ほとほと困り果てましたが、しかし人間、そこまで追い詰められると逆に肝が据わって、何とか乗り越えようという前向きな気持ちが生まれるものです。

もはや自分の力では彼らを動かせない。そこで、「どう動かすか」ではなく、「どうしたら彼らが自ら動いてくれるか」を考えるようになりました。そのために、できるかぎり現場に行ってコミュニケーションをするように心がけたのです。すると関係性が少しずつよくなって、私の話を聞いてくれるようになり、やがては彼らが主体的に改革に取り組むようになりました。

これが、私なりのリーダーシップが生まれた瞬間でした。リーダーシップの本質は、人々に自ら動いてもらうことにあります。そのためには、メンバーの主体性を尊重し、自ら動いてくれる環境を整えること。リーダーはメンバーの心や気持ちに丁寧に寄り添う姿勢が必要です。

このことに若い頃に気づくことができたのは、私の人生において最大の収穫でした。

 

──荒川さんはその後もアジア、中近東、ヨーロッパなど海外拠点で大変ご活躍されてきました。当然、人種も宗教もさまざま。多様性の坩堝(るつぼ)の中でリーダーを務めることの大変さは、並大抵ではなかったと思います。「社員に寄り添うリーダーシップ」とは言っても、なかなか難しいのではないかと思えます。

 

いえいえ。リーダーシップの本質は世界どこでも変わりませんでした。そして、多様性の中では、それぞれの個性を認めて主体性を発揮させるようなリーダーシップが大切であることを、身を以て体験してきました。

人種や宗教だけではありません。すでに日本の職場でも価値観の多様化が進んでいますね。リーダーが魅力的なゴールや共感できるビジョンを示し、できるかぎり仕事を面白くする工夫をして、社員たちをどんどん巻き込んでいく。これが、多様性を持ったメンバーたちに主体的に動いてもらうためのコツです。チームの関係性が良くなってメンバーの力が発揮され、おのずと成果が出るようになります。

 

──リーダーシップにおいて、「面白さ」を重要なキーワードとして挙げてらっしゃるのがユニークですね。

 

もちろん仕事は本来、苦しくて大変なもの。なおさら面白くする工夫が大切です。面白いことには自然と人が集まります。実現に向けて力が入るし、頭も使う。前向きなエネルギーが生まれるからこそ成果が上がり、それらを通じて人は成長するのです。

会社組織にはそれぞれ独特のルールや規範があり、面白いことなど受け入れられないと思いがち。でも、気にせずにぜひ面白さを追求していくべきです。すると、あたかも天井に突然穴が開いたかのように実現への道が拓けます。「前向きな」課題を見つけ出してどんどんチャレンンジするのです。小さな改革や改善を積み重ねて活気ある職場をつくっていくためにも、仕事を面白くしようとする姿勢はとても大切だと私は考えています。

じつは多様性も、仕事を面白くする重要な契機になります。メンバー同士の意見が違うと、最初は居心地が悪いと感じるかもしれません。しかし、面白さとは意外性の中から生まれます。価値観が違えば、互いに予想もしなかったアイディアが出てきます。こうしたやり取りが組織に活気を与え、前向きなチャレンジを引き出していくのです。

 

──本書に登場する「順調にトラブルは起こる」という言葉も名言ですね。トラブルをそのように前向きに捉えるのは、なかなか難しいと思うのですが。

 

私がトラブルを前向きに捉えるようにしているのは、より深刻なトラブルを避けるために不可欠だからです。ビジネスにおいては、毎日のように大小さまざまなトラブルが起こります。上司がそれを叱責してばかりいると、部下たちは事情を釈明する、果ては、何とかごまかせないかということばかりに必死になるでしょう。そんなことに時間をかけていると、肝心の「対応策・解決策」を考える方がおろそかになります。ですから私は「トラブル発生は仕事が順調な証拠。トラブル報告を躊躇することはない。大事なのは、事情釈明ではなく、「対応策・解決策」をどうするかだ」と言い続けてきました。

このことは経営トップになってから、より強く意識するようになりました。社員に嘘をつかれ、トラブルを隠されることの方がよほど怖いからです。組織においては、役職が高まるほど結果が強く求められます。例えば、利益目標達成までにあと50億円足りないとします。上から「なぜ達成できないんだ」「何とかならないのか」と強く言えば、経理部門が関係部署を奔走するなどして利益の数字を絞り出し、数字上は目標が達成できるかもしれません。しかし、そのやり方では現場に必ず無理がかかる。それが原因で現場に小さな「嘘」や「隠し事」が生まれ、大きな不祥事に発展する恐れもあります。結局、それでは誰も得をしません。これもトラブルの対処法が間違っている例です。

経営者やマネジメント層ほどトラブルに前向きであるべきです。トラブルが起こっても、まずそれを受け入れ、現場の努力を認めること。そのあとでしっかりと対応策・解決策を考えればいい。波や風が強いときほど、進んで自分の部下たちを守る防波堤、防風林となるのが、リーダーの大切な役割だと私は考えています。

──本日、荒川さんのリーダーシップについてのお話をお聞きして、我々が日頃から推進している「サーバントリーダーシップ」の模範解答のような考え方だと感じました。サーバントリーダーシップとは、メンバーに対して価値のあるミッションやビジョンを示し、それに向かっていくメンバーを精一杯応援していくリーダーのあり方や活動です。そこでは、リーダーには利他的な姿勢や謙虚さが求められます。誰かに教わったわけでもなく、自らその考えに基づいて真摯に実践されてきた荒川さんは本当に素晴らしいと思います。

 

そう言っていただけて光栄です。この本を書いた動機の一つは、さまざまな悩みを抱えている今の若い世代を元気づけたいということでした。私自身も若い頃はまったく自信が持てませんでした。まして経営者になるとは思いも寄りませんでした。しかし、リーダーシップには、年齢も役職も関係ありません。大切なのは、失敗を恐れずにチャレンジするという経験をたくさん積むことです。本当のリーダーシップを身につけることで、仕事を面白くすることができる。それは自分自身の人生を豊かにすることにもつながると思っています。

 

──本日はありがとうございました。

 

荒川詔四氏

(ブリヂストン元CEO)

プロフィール

世界最大のタイヤメーカー株式会社ブリヂストン元CEO。1944年山形県生まれ。東京外国語大学卒業後、1968年ブリヂストンタイヤ(のちにブリヂストン)入社。タイ、中近東、中国、ヨーロッパなどでキャリアを積むほか、アメリカの国民的企業ファイアストン買収時には、社長秘書として実務を取り仕切るなど、海外事業に多大な貢献をする。タイ現地法人CEOとしては、国内トップシェアを確立するとともに東南アジアにおける一大拠点に仕立て上げたほか、ヨーロッパ現地法人CEOとしては、就任時に非常に厳しい経営状況にあった欧州事業の立て直しを成功させる。 その後、本社副社長などを経て、同社がフランスのミシュランを抜いて世界トップシェア企業の地位を奪還した翌年、2006年に本社CEOに就任。「名実ともに世界ナンバーワン企業としての基盤を築く」を旗印に、世界約14万人の従業員を率いる。2008年のリーマンショックなどの危機をくぐりぬけながら、創業以来最大規模の組織改革を敢行したほか、独自のグローバル・マネジメント・システムも導入。また、世界中の工場の統廃合・新設を急ピッチで進めるとともに、基礎研究に多大な投資をすることで長期的な企業戦略も明確化するなど、一部メディアから「超強気の経営」と称せられるアグレッシブな経営を展開。その結果、ROA6%という当初目標を達成する。2012年3月に会長就任。2013年3月に相談役に退いた。キリンホールディングス株式会社社外取締役などを歴任。