過去の活動報告

第40回 読書会 開催報告

開催日時:
2014年6月27日(金)19:00~21:00
場:
レアリゼアカデミー

ロバート・K・グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」(金井壽宏監訳、金井真弓訳、英治出版、2008年)の読書会は、今回、第7章の「教会におけるサーバント・リーダーシップ」の最後の論文「育成の最前線にいる教会」(p.394 7行目~p.398 4行目)を会読しました。
教会におけるサーバントリーダーシップのまとめの論文です。

グリーンリーフは教会が現状に甘んじて停滞することを良しとせず、サーバントリーダーの立場で育成の最前線の役割を担うことを強く期待しています。
そして現代の教会の役割の中に「新たな預言の兆候が受け止められたように感じる」として、「こうした預言は現代の孤独について非常に詳しく語り、厳格で衝撃的な解決方法を示している。(中略)
これまでは誰にも聞こえなかった預言が、人の耳に届き始めるだろうということ」と述べています。
グリーンリーフは自らの時代、すなわち20世紀後半を「前例のないほどの規模で探究が行われており、求道者の上を満たす教祖(グル)が国中にあふれている」という表現で、価値観の多様化する一方で規範が失われた時代を表現し、サーバントリーダーの必要性を訴えています。

・グリーンリーフがサーバントリーダーシップを提唱した1970年前後のアメリカでは、フラワーチルドレンやヒッピーといった個人の自由を尊重する文化が花開く一方で、「ガイアナ人民寺院事件(注)」のようなカルト集団による悲惨な事件も発生させている。
社会が一定の規律を喪失した時代である。今も同様かもしれない。
(注)ガイアナ人民寺院事件:新興宗教教祖の米国人ジム・ジョーンズに率いられた900人の信者が1978年に南米ガイアナで集団自殺した事件。
・教会に来る人は、自らを満たすために何らかの話を聞きたいと思っている。
現代では、教会の話が自分の求めるものと異なると簡単に離れていってしまう。
短絡的に怪しげな新興宗教にはまるようなケースが出てくる。
教会側も引き止めると自分が誤解されるといった躊躇もあった。
地域の重要なコミュニティであり教育機関であった教会学校の地位も低下してしまった。
・確かに現代は宗教に対して自分だけの、そして即物的なご利益(ごりやく)を求める風潮も強まっているようだ。
宗教を軸とした家族や地域社会のコミュニティが崩壊した。
自分などは菩提寺の住職の「身を正せ」と行った何気ない言葉に安心感を覚えたりするが、それでは飽き足らない人も多いだろう。
・価値観を自分で作る、という心構えがあれば、即物的ではないものからもたくさんのものが得られる。
ただ、なかなか自ら「変化」を起こせない。
・最近は自尊感情を持てない人が増えていることを危惧している。
親子関係や夫婦関係も他人が作る、つまり周囲が規定してあげないといけない人がいる。
会社の中にのみ自らの居場所を作っていた人が退職して、居場所を失い、自分を見失うケースがいくつもある。
地域の中に自分を生かせる場を作り、ある種の社会復帰を促すことに注力している。
・自分を見失っているのは米国や日本だけのことではない。
1997年のアジア経済危機では、自殺を禁止しているキリスト教徒が多い韓国でも多くの人が自殺に追い込まれた。
・他者からの承認は、他者に奉仕することで得られるもの。人は自分に関心のないことには関心を持たない。

 

グリーンリーフは「凡庸さとは何か。
与えられた人材や物的資源で、合理的に見て可能なレベルに到達できないこと以外の何物でもない(中略)この世における真に極悪な力のこと」と激しく主張しています。
そして、西洋世界における道徳律が凡庸さに甘んじていること、さらに道徳律(戒律)のほとんどが「~しないこと」という禁止事項のため、禁止事項に従うだけで徳のある人とされてしまうこと、事前に有能とみなされた人がさまざまな機会や能力伸長に恵まれるという特徴を示して、道徳が「あるべき基準に成果が達していない場合に従わねばならぬ法」とみなされると欠点を指摘しています。
そのように厳しく断じていく中で、一転、「私にはもっと大きな望みがある」として「生まれながらのサーバントや、奉仕に喜びを見だせる人たちの中から、奉仕する組織を積極的に築いていく」と訴え、その奉仕する組織の中では、「多くの人が自立性を発揮し、自らの信念を明確に主張するようになり、人間としての力を持つすべての人が組織を築いていく」と彼の信念を述べています。

・金井壽宏先生がエドガー・シャインの「キャリア・アンカー」(注)を紹介している記事を読んだ。
キャリア・アンカーとは自らのキャリアを形成していく中で、捨て去ることのできない個人の動機(求めるもの)や価値観、つまり自分自身の軸である。
個人の側にこれがあって組織に明確な理念があることで、個人と組織が向き合え、相互に向上する 関係が気づくことができる。
(注)「キャリア・アンカー―自分のほんとうの価値を発見しよう」
(エドガー・H・シャイン著、金井壽宏訳、白桃書房、2003年)
・2000年前、イエスは弟子たちに向けて「あなた方は地の塩である」「あなた方は世の光である」と伝えた(注)。
塩の意味するところの一つは腐敗を防ぐことにある。
凡庸は停滞に変化し、さらに腐敗に至ることが多い。
イエスはそのことを回避することを信徒に伝えたかったのかと思う。
グリーンリーフはともすれば旧態然とする教会に対し、この思いで強い激励を与えているのではないだろうか。
(注)新約聖書 マタイによる福音書第5章「山上の垂訓」
・凡庸さを極悪と断じるグリーンリーフの厳しさに思わず背筋が伸びる。

グリーンリーフは、この論文の最後を「ビルダー(組織の創設者)になるだけの能力を持つサーバントにとって、この世で一番の喜びとは何かを築くことである。
育成の最前線にいる教会は、将来のサーバントリーダーや、組織のビルダーを要請する中心的な存在となるのではないだろうか。」と教会の現代的な復権の姿を描くことで、終えています。
また今回の読書会では、会読による討議の他にフォローワーやフォローワーシップについて、参加者間で若干の意見交換を行いました。
貴重な意見のいくつかを掲載します。

・リーダーの姿はフォローワーによって造られると思う。
・リーダーとフォローワーが固定せずに、場面や状況によって柔軟に入れ替わる組織もある。
コミュニケーションが良く、メンバーが自分の「持ち味」を生かした活動ができる。
・強権型のリーダーがいない組織では、メンバーが増えてくると、認識や理想の違いが出てきてやがて分裂するといったことが多い。
ビジョン(展望)がずれるのだろう。
・ビジョン(展望)の共有ではつながりを保つのは難しい、バリュー(価値観)の共通化が必要。
・リーダーは「なぜ」「どこに」を示す役割。
「どうやって」はフォローワーが示すもの。
強権がリーダーの本質ではないと思う。

今回の読書会で第7章を終了し、次回から第8章「サーバント・リーダー」に入ります。
グリーンリーフの人格や思想の形成に大きな影響を与えた二人に関するグリーンリーフによる評伝です。
読書を通じてグリーンリーフの思想が作られていった道筋を追体験していきましょう。

次回は、7月25日(金) 19:00?21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。