サーバントリーダーシップの提唱者であるグリーンリーフは、1973年の初めにクエーカー教徒(米、英を中心とするキリスト教の会派の一つ)の教育審議会で「理事に向けてのセミナー」と題する講演を行っています。
今回はその講演原稿の後半(276ページ14行目から287ページの最後まで)を会読しました。
このセミナーでグリーンリーフは2つの問題提起をしています。
問題1 - ある人たちは何を学ぶべきか知っているので、そういう人に権限を持たせるのが当然だという判断(後略)
問題2 - 教育システムは、すべて強制のもとに成り立っているという事実(後略)
グリーンリーフは未成年者を相手とする中等教育においても、教育者が教えるべき内容を熟知していると自覚して教育を施すことに疑問を呈しています。
「自分たちは理想を体現しているという自負には、モラルの危険性がつきものだと断言できます」とグリーンリーフの指摘は厳しく、これらの発言を巡って、読書会メンバーからはさまざまな意見が示されました。
・強制そのものが悪ではなく、強制力や権力が集中してしまうことが危険。
権力が分散していることが重要であり、そのことはグリーンリーフも述べている。
・権力の集中はその権力者の慢心を生み、周囲を見えなくさせることが多くそれが危険。
・一方で教育には「形から入る」必要性があり、中等教育には不可欠な面がある。
そこにはある程度の強制が必要である。強制と自由のバランスが必要だ。
・組織における権力の分散とともに組織メンバーの自立が重要。
サーバントリーダーはメンバーの自立を促し、導くことが任務になる。
この「自立を促す」という点について、勤務先でのあいさつ奨励運動の経験から「挨拶ができないメンバーをすぐに‘ダメなやつ’と切り捨てるのはなく、挨拶ができるようになるプロセスで葛藤している相手の立場になり、自立を待つことが必要と考える」という提言があり、教育という面で発言が相次ぎました。
また、この講演はグリーンリーフが自身の考えにもっとも適した組織として大企業を挙げている箇所としても有名です(監訳者解説p.566-567参照)。
このことについては、大企業における権限分掌すなわち権力の分散という点で理解できる、という意見がありました。
グリーンリーフのこの講演は「未来への希望?」という疑問文形式の見出とともにまとめに入ります。
そこで例示されているグルントヴィによる19世紀のデンマーク国民高等学校の逸話(第1章p.81-84参照)を参加者で確認しつつ、1970年代の米国の教育界において必要なことは「若者にふたたびやる気を起こさせる」ことというグリーンリーフの指摘は、講演からちょうど40年後の今の日本においても全く同じであるとの意見が出ました。
古代中国の「易経」の引用により説明された変化への対応力と「冷静に考えて自分の道が正しいと思うなら、ただ前進あるのみです」というグリーンリーフの指摘にサーバントリーダーシップのダイナミックで崇高な理念を感じた読書会でした。
次回は8月23日(金) 19:00-21:00 レアリゼアカデミーで開催予定です。
なお、「サーバントリーダーシップ」のエッセンスが述べられた同書第1章の読書会を8月9日(金)19:00-21:00にレアリゼアカデミーで開催致します。